中條 浩一、久保 義弘
自然科学研究機構 生理学研究所
DOI:10.14931/bsd.1893 原稿受付日:2012年6月5日 原稿完成日:2013年8月12日
担当編集委員:林 康紀(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英:selectivity filter 独: Selektivitätsfilter 仏: filtre sélectif
イオン選択性フィルターとは、イオンチャネルに備わっている特定のイオン種のみを透過するフィルター機能や構造のことである。基本的にはイオン透過路のもっとも狭い部分が選択性フィルターに相当する。その透過路(ポア)の径の物理的大きさで規定される他、ポア周辺の電荷をもつアミノ酸の配置などに影響されて機能が決まる。多くのカリウムチャネルは非常に高いカリウムイオン選択性を有する。しかしカリウムチャネルがどのような仕組みでより小さいナトリウムイオンはあまり透過させず、カリウムイオンを効率よく通すのかについては、長い間議論されてきた。このイオン選択性の精妙な仕組みが近年の結晶構造解析から急速に明らかになりつつある。
イオン選択性フィルターとは
イオンチャネルには特定のイオンを選択的に透過させる機能が備わっている。たとえばカリウムチャネルはほぼカリウムイオンのみを選択的に透過させることができる。この機能はイオンチャネルのイオン透過路に存在するイオン選択性フィルターによって担われている。
カリウムチャネルの選択性フィルター
カリウムチャネルの選択性フィルターはカリウムイオンを選択的に透過させる。ヒトにはカリウムチャネルだけでも数十種類もの遺伝子が存在するが、そのほとんどすべてがポアドメインに特徴的なモチーフ”TXGYG”(スレオニン-疎水性アミノ酸-グリシン-チロシン-グリシン)”を持つ。この部位がイオン選択性を決める役割を果たしていると考えられている。カリウムチャネルは四量体であるため、4つのサブユニットのポアドメインから一つのイオン透過路が構成される。
1998年のMacKinnonらによるKcsAチャネルの結晶構造の発表と、その後の種々のカリウムチャネルの結晶構造解析により、カリウムチャネルの透過性と選択性フィルター機能の構造的基盤の理解は近年飛躍的に進んでいる[1][2]。TXGYGのそれぞれのアミノ酸のバックボーンのカルボニル基の酸素原子がイオンチャネルの中心に向いており、イオン透過路を形成する(図1)。カルボニル基の酸素原子は電気的に負に帯電しているため、正の電荷をもつカリウムイオンをひきつけやすくなっている。通常カリウムイオンは静電的に引き寄せられた水分子をまとっている(水和)。しかしカリウムチャネルのイオン透過路は狭いため、水分子を脱いでカリウムイオン単体にならなければ通ることができない。複数のカルボニル基の酸素原子がこれら水和水分子の代わりにぴったりとカリウムイオンに結合し、カリウムイオンにとってエネルギー的に安定な環境を提供していると考えられている。これによりカリウムイオンは、ほぼ自由拡散しているのと同様の速度で流れることができる。
カリウムイオン(直径1.33 Å)より径が小さいナトリウムイオン(0.95 Å)は、イオン透過路ではカリウムイオンほどエネルギー的に安定していないと推測される。このことが、カリウムイオン選択性フィルターが、ナトリウムイオンよりもカリウムイオンをずっとよく透過することの理由だと考えられている。カリウムチャネルのイオン選択性フィルターには4つのカリウムイオン結合サイトが存在し、それぞれ細胞外側からS1~S4と名付けられている。カリウムイオン同士の電気的反発のために、通常すべてのサイトに同時にカリウムイオンが存在することはなく、空いているイオン結合サイトには水分子が入る(図1ではS1とS3にカリウムイオン(紫)が結合している。水分子は表示していない)。カリウムイオンと水分子は一列になって4つの結合サイトを移り替わりながら流れる。
MacKinnonは、イオンチャネルの構造解析とそれに基づくイオン透過機構の解明を称えられ、水チャネルを発見したAgreとともに2003年のノーベル化学賞を受賞している。
ナトリウムチャネルとカルシウムチャネルの選択性フィルター
哺乳類の電位依存性ナトリウムチャネル(Nav)と電位依存性カルシウムチャネル(Cav)は、選択性フィルター付近のアミノ酸配列が似ているため、似たようなフィルター構造を持っていると考えられる。電位依存性カリウムチャネル(Kv)が四量体であるのに対し、NavやCavはKvの4つのサブユニットが直列につながったような構造を持っている。したがって選択性フィルターもKvのような完全4回回転対称ではなく、ある程度非対称な構造であると考えられている。Cavのイオン選択性にはポアドメインに存在するグルタミン酸(E)が重要だと考えられているが、Navの相当する部位は、4つのドメインからアスパラギン酸(D)、グルタミン酸(E)、リジン(K)、アラニン(A)とすべて異なるアミノ酸によって構成されている。ポアの大きさも5.5 x 5.5 ÅのCavに対し、Nav は3.1 x 5.1 Åと長方形のような形であると考えられている。
原核生物には、Kvと同様6回膜貫通型の四量体で機能する電位依存性ナトリウムチャネルが存在しており、その一種NavAbの結晶構造も明らかになっている[3]。NavAbは四量体であるがゆえ、完全な4回回転対称であるが、選択性フィルター付近はNavやCavと似た配列を有している。ナトリウム選択性チャネルでありながら4回回転対称であるがゆえに、選択性に重要なサイトは電位依存性カルシウムチャネルと同様すべてグルタミン酸(E177)で構成されている(図2)。イオン透過路の最も狭い領域はむしろカリウムチャネルよりも広く、ナトリウムイオンが透過する際は少なくとも部分的に水和したまま通ると考えられる。
NaChBacという別の原核生物由来のナトリウムチャネルでは、このグルタミン酸の細胞外側にアスパラギン酸(D)を導入することで、このナトリウム選択性チャネルをカルシウム選択性チャネルに変えることができる。したがって、ポアの入り口の負電荷がナトリウムイオンとカルシウムイオンのどちらをよりよく透過するかを決めていると考えられる。
プロトンチャネルの選択性フィルター
電位依存性プロトンチャネル(Hv, VSOP)はKvチャネルやNavチャネルの膜電位センサードメインのみからできているような構造を持つ、4回膜貫通型で2量体のイオンチャネルである。二つのサブユニットそれぞれにイオン透過路が存在し、KvチャネルやNavチャネルのような明確なポア構造を持たず、イオン選択性フィルターの機構もまったく異なる。Hv1チャネルでは1回目の膜貫通セグメント(S1)上の112番目のアスパラギン酸(D)がイオン選択性を決めている[4][5]。このD112を別のアミノ酸に変えると、プロトンの透過性がなくなったり、陰イオンを通すようになったりする。膜電位センサードメインとポアドメインが明確に分かれているKvチャネルやNavチャネルとは異なり、Hv1チャネルはひとつのドメインで膜電位センサーとイオン透過路の両方の機能を兼ね備えていることになる。
その他のイオンチャネルの選択性フィルター
ニコチン性アセチルコリン受容体は非選択性カチオン(陽イオン)チャネルである。ポアが6.5 x 6.5 Åと大きく、ナトリウムイオンなど各種陽イオンを水和したままで通すと考えられる。ファミリーにはグリシン受容体やGABA受容体など陰イオン透過性のイオンチャネルも存在する。M1-M2ループの0’位に存在するリジン、あるいはアルギニン残基がプロトン化しているかどうかが電荷選択性に重要である。陽イオン選択性チャネルではこの残基がプロトン化しないように埋っているが、陰イオン選択性チャネルではイオン透過路に露出してプロトン化されていて陰イオンをひきつけると考えられる[6]。
その他イオンチャネル型グルタミン酸受容体やP2X受容体等、各種リガンド依存性チャネルも非選択性カチオンチャネルである。カルシウムの透過性に多少の違いはあるものの、おそらく同様に各種陽イオンを水和したままで通していると思われる。
GABA受容体も含めた多くの塩素チャネルは非選択的なアニオン(陰イオン)チャネルである。ClCとよばれる塩素チャネルは14回膜貫通型構造の2量体チャネルであるが、プロトンチャネルと同様それぞれのサブユニットにイオン透過路が存在する。ClCの選択性フィルターはいくつかのαへリックスの末端が電気双極子モーメントによって正の電荷を帯びており、塩素イオンが結合しやすい環境になっていると考えられる[7]。
関連項目
参考文献
- ↑
Doyle, D.A., Morais Cabral, J., Pfuetzner, R.A., Kuo, A., Gulbis, J.M., Cohen, S.L., ..., & MacKinnon, R. (1998).
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Morais-Cabral, J.H., Zhou, Y., & MacKinnon, R. (2001).
Energetic optimization of ion conduction rate by the K+ selectivity filter. Nature, 414(6859), 37-42. [PubMed:11689935] [WorldCat] [DOI] - ↑
Payandeh, J., Scheuer, T., Zheng, N., & Catterall, W.A. (2011).
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Berger, T.K., & Isacoff, E.Y. (2011).
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Cymes, G.D., & Grosman, C. (2011).
Tunable pKa values and the basis of opposite charge selectivities in nicotinic-type receptors. Nature, 474(7352), 526-30. [PubMed:21602825] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Dutzler, R., Campbell, E.B., Cadene, M., Chait, B.T., & MacKinnon, R. (2002).
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