桑原 斉
東京大学 大学院医学系研究科 脳神経医学専攻統合脳医学講座
DOI:10.14931/bsd.977 原稿受付日:2012年4月6日 原稿完成日:2012年4月27日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名:Asperger syndrome 独:Asperger-Syndrom 仏:syndrome d'Asperger
類義語:アスペルガー障害
関連語:高機能自閉症、広汎性発達障害、自閉症スペクトラム障害、自閉性障害、自閉症
アスペルガー症候群は、自閉症と同様の三つの主症状(社会性の障害、コミュニケーションの障害、想像力の障害およびそれに基づく行動の障害)を持つ、神経発達障害である。自閉症と比べてコミュニケーションの障害が軽微であるグループであるとされ、言語発達の遅れは少なく、知的には正常な者が多い。研究領域においては、DSM-IVを用いてアスペルガー障害を診断することが困難であることと、アスペルガー症候群の疾患としての独立性に疑義が持たれているために、アスペルガー障害/アスペルガー症候群を対象とした研究は自閉性障害/自閉症を対象とした研究に比べて少ない。その概念、定義には議論があり、十分なコンセンサスには至っていなかったが、2013年刊行予定のDSM-5では自閉症スペクトラム障害の中に統合される見込みである。
アスペルガー症候群とは
アスペルガー症候群は、自閉症と同様の三つの主症状(社会性の障害、コミュニケーションの障害、想像力の障害およびそれに基づく行動の障害)を持つ、神経発達障害である。自閉症と比べてコミュニケーションの障害が軽微であるグループであるとされ、言語発達の遅れは少なく、知的には正常な者が多い。自閉症と同様の生来の社会性の障害をもつが、積極的に他者と関わろうとする傾向を持つ者が多い。また、興味の著しい偏りやファンタジーへの没頭があり、時には儀式行為をもつ。不器用な者が多いことも特徴であるとされている[1]。知的な遅れのない自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder; ASD)の者を記述する用語として臨床上は有用な概念であるが、長年にわたる疾病分類(nosology)の問題があり、臨床上あるいは一般社会での高い認知度と、研究領域における存在感の乏しさに解離が大きい疾患概念である。
疾病分類の歴史
1944年に、オーストリアの小児科医Aspergerが友人との関係に問題を抱えている4例の子どもを「自閉的精神病質」として紹介した[2]。この報告は、ドイツ語でなされたためか、紹介後数十年、国際的な認知を得ることはなかったが、1981年にイギリスの自閉症専門家Wingが、自身が記述した同様の特徴を持つ34例の子どもを「アスペルガー症候群」として英語で記述し世界的に知られるようになった[3]。
その後、1994年発行のDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th edition(DSM-Ⅳ)ではアスペルガー障害という診断名で広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorders; PDD)の下位分類として位置付けられた[4]。しかしながら、DSM-Ⅳで規定されたアスペルガー障害は、①社会性の障害の程度を自閉性障害と同じ基準にしている、②コミュニケーションの障害を診断基準に含めていない、③認知機能と言語の遅れを除外基準としている、という診断基準の問題を持ち、実際にアスペルガー症候群と臨床的に診断されていた者に、DSM-Ⅳの診断基準を適用すると多くは自閉性障害と操作的に診断される。このため、PDDの中でアスペルガー障害と診断できる者はごく少数であるとされ、DSM-Ⅳで規定されたアスペルガー障害の、下位分類としての有用性には疑問が持たれている[5]。
またDSM-Ⅳの自閉性障害の診断に関しても、各症状の有無を判定する基準が曖昧であり、研究領域で厳密に対象を選択するときには、Autism Diagnostic Interview-Revised(ADI-R)[6]という養育者に対する構造的診断面接とAutism Diagnostic Observation Schedule(ADOS)[7]という本人に対する構造的診断面接を実施して診断を確定することが多いが、これらの構造的診断面接の診断アルゴリズムにはアスペルガー障害は含まれていない。
DSM-Ⅳ以外にも複数の診断基準がアスペルガー症候群[8][9]を規定しているが、いずれも明確に高機能自閉性障害(精神遅滞を合併しない自閉性障害)との差異を見出すことは出来なかった。現在では多くの研究者がこれらをASDと一つのカテゴリーで捉える考え方に同調し[10]、2013年を目指して出版の準備が進められているDSM-Ⅴではアスペルガー障害の分類がなくなり、自閉性障害、特定不能の広汎性発達障害とともにASDの診断にまとめる方向で検討が進んでいる[11]。
研究
研究領域において、精神疾患の診断に最も汎用されているDSM-Ⅳを用いてアスペルガー障害を診断することが困難であることと、アスペルガー症候群の疾患としての独立性に疑義が持たれているために、アスペルガー障害/アスペルガー症候群を対象とした研究は自閉性障害/自閉症を対象とした研究に比べて少ない。
疫学研究の結果は複数報告され、例えば、Gillberg and Gillbergの診断基準を用いた疫学研究ではアスペルガー症候群の有病率が7.1 / 1,000と報告されている[12]一方で、DSM-Ⅳによるアスペルガー障害の有病率は1.1/ 1,000と報告されている[13]。独自の診断基準に基づくアスペルガー症候群を対象にした臨床研究では、心の理論課題施行時の前頭前野機能の異常[14]、ゲノムワイド連鎖解析による1q21-22、3p14-24、13q31-33領域における高いLOD値[15]などが報告されているが、疫学研究の結果ともども、診断の妥当性が問題になり研究結果の解釈を困難にしている。
関連項目
参考文献
- ↑
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