柳 雅也、辻井 農亜、白川 治
近畿大学医学部精神神経科学教室
DOI:10.14931/bsd.5594 原稿受付日:2015年2月25日 原稿完成日:2015年月日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英:impulse control disorder 独:Störung der Impulskontrolle 仏:trouble des habitudes et des impulsions
概念
衝動とは、人の心や感覚をつきうごかし、反省や抑制なしに人を行動におもむかせる心の動きである(広辞苑)。衝動は本能に準ずる原始的な脳機能であり、通常は意志や理性といったより高次の脳機能によって制御されている。しかし、制御しきれないほどの衝動や衝動の制御障害が起きると欲求がそのまま行動として現れ、無計画で暴発的、短絡的な行動がみられる。これを衝動行為といい、その行動特性、すなわち衝動行為があらわれる傾向のことを衝動性と呼ぶ。衝動制御障害において対象となる衝動はさまざまであり、自己制御が破綻することによって衝動行為としてあらわれる。
衝動制御の障害と精神疾患
パーソナリティ障害をはじめとするさまざまな精神疾患において衝動の制御は障害されることがあり、自殺行動、自傷行為、暴力、攻撃性、反社会性行動などといった形で表出される。さらに、双極性障害では躁状態に伴う気分の高揚や興奮によって衝動行為に至りやすくなるほか、統合失調症では急性期にみられる幻覚妄想状態により衝動行為におよぶこともある。注意欠如/多動性障害(attention-deficit/hyperactivity disorder: ADHD)は通常小児期に発症する疾患であるが、不注意や多動を特徴とするほかに、自分の順番を待てない、他人の会話を邪魔する、質問が終わる前に出し抜けに答え始めるなどといった衝動制御の障害もみられる[1]。さらに、衝動制御の障害を主症状とする疾患群は、次項に述べる衝動制御障害の診断カテゴリーに位置づけられる。
診断
衝動制御障害とは、情動や行動の自己制御の障害であり、自分または他人に危害を与えるような行為に至る衝動、欲動、または誘惑に抵抗できないことが基本的特徴であるとされる[1]。しかし、この障害は独立した一カテゴリーとして確立されておらず、その位置づけはいまだ変遷している。
従来のカテゴリー
精神障害の診断マニュアル、DSM-Ⅳ(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-Ⅳ)には「他のどこにも分類されない衝動制御の障害」というカテゴリーが存在し、間欠性爆発性障害、窃盗癖、放火癖、病的賭博、抜毛癖、特定不能の衝動制御の障害が含まれる[1]。
間欠性爆発性障害とは、攻撃的衝動に抵抗できずに、ひどい暴力行為をふるったり所有物を破壊したりする病態を指し、窃盗癖、放火癖、抜毛癖、病的賭博はそれぞれ、窃盗、放火、抜毛、賭博といった行為に対する衝動の制御障害である。しかしながら、これら6疾患をまとめたカテゴリー自体が「他のどこにも分類されない」と名付けられているように、物質関連障害、性嗜癖異常、反社会性パーソナリティ障害、行為障害、統合失調症、気分障害などといった他のカテゴリーの精神疾患を除外することによってこのカテゴリーは形成されている。これは、「衝動制御の障害」が独立したカテゴリーとして存在するというよりは、さまざまな精神疾患で認められる非特異的な症候群であるという事実を示している。
現在のカテゴリー
2013年に改定されたDSM-5では、「注意欠如および破壊的行動障害」のカテゴリーに含まれていた破壊的行動障害が抽出され、衝動制御障害と組み合わさって、「秩序破壊的、衝動制御・素行症群」という一つのカテゴリーとしてまとめられた[2]。
このカテゴリーには、反抗挑発症(反抗挑戦性障害)、間欠爆発症(間欠性爆発性障害)、素行症(素行障害)、反社会性パーソナリティ障害、放火症、窃盗症、他の特定される秩序破壊的・衝動制御・素行症、特定不能の秩序破壊的・衝動制御・素行症が含まれる。
一方で、DSM-Ⅳでは「他のどこにも分類されない衝動制御の障害」に含まれていた抜毛癖は、DSM-5では抜毛症として「強迫症および関連症群(強迫性障害および関連障害群)」のカテゴリーへと移行し、病的賭博はギャンブル障害として「物質関連障害および嗜癖性障害群」のカテゴリーへと移行した。
これらの変化は、DSM-Ⅳの「他のどこにも分類されない衝動制御の障害」に含まれていた疾患群から自分への危害を中心とする疾患群を除くことにより、他者の権利の侵害や社会的規範との葛藤をもたらす情動および行動の制御障害としてまとめられ、DSM-5の「秩序破壊的、衝動制御・素行症群」というカテゴリーに組み込まれたものといえる。
問題点
診断カテゴリーの変遷からも窺えるように、衝動制御障害を独立した一カテゴリーとして捉えることが難しいだけでなく、それぞれの疾患がどのカテゴリーに位置づけられるべきかについてもいまだ定まった概念を形成するに至っていない。さらに、「衝動性」という行動特性そのものは、健常者においてもみられるものであり、どこまでを「衝動制御障害」という病的な症候として捉えるべきかという基本的な問題が存在する。
DSM-5ではそれぞれの症状の強さや頻度、持続性などによる基準が一部の疾患に設けられてはいるものの、ヒトの行動特性は年齢や性別、文化の違いなどに大きく影響を受けるものであり、また主観的にも客観的にも個人差が存在することを考慮すると、一概に線引きすることは難しい。
DSM-Ⅳの編集者でもあるアレン・フランセスは、世の中には衝動性があふれていて、ほとんどは精神疾患とはみなされないものであり、衝動制御障害という診断を安易に用いることは避けねばならないと述べている[3]。
病態
脳部位
衝動の制御について、脳部位との関係を考える上で外傷性脳損傷の有名な症例がある。もともと真面目な性格であったGageは、作業中の事故で鉄の棒が上顎部から頭蓋部へ貫通した。彼の運動機能と感覚機能は障害を残さずに回復したものの、事故後に人格変化をきたし、無責任で衝動的にふるまうようになった。のちに、彼の頭蓋骨をもとに正常MRI画像とあわせて検討した結果、おもな損傷部位は前頭前野眼窩部や前部帯状回であったことが報告された[4]。現在の脳研究では、前頭前野眼窩部は扁桃体の活動を抑制し、情動を引き起こす神経回路を制御することがわかっている[5] [6]。
セロトニン神経伝達
セロトニンは衝動性をコントロールする代表的な神経伝達物質であり、セロトニン神経伝達が低下すると衝動性が亢進すると考えられている。衝動的な暴力行為を認める男性においてセロトニンの代謝産物である5-ヒドロキシインドール酢酸(5-HIAA)が尿中で低値であるほか、パーソナリティ障害や殺人者では衝動性が高いほど脳脊髄液中5-HIAA濃度が低いことが報告されている[7]。
動物実験では、神経毒によってセロトニン神経の働きを弱められたラットには衝動的な選択行動が増え、逆にセロトニン神経伝達が増強されるセロトニントランスポーターノックアウトマウスでは衝動的選択が減ると報告されている[7]。
各疾患についての知見
衝動制御障害のカテゴリーに含まれる各疾患についての報告は限られているが、間欠性爆発性障害やギャンブル障害については、いくつか再現性の高い知見が得られている。
間欠性爆発性障害
ポジトロン断層法(positron emission tomography: PET)を用いた研究により、健常群に比べ、前部帯状回におけるセロトニントランスポーターが減少していること、セロトニン遊離促進薬であるフェンフルラミンを投与すると前頭葉における脳代謝が低下することが報告されている[8]。
末梢血においても、血小板のセロトニントランスポーターが減少していることや、プロラクチン分泌量を指標とした試験でフェンフルラミン投与による反応が低下していることが報告されており、間欠性爆発性障害ではセロトニン神経伝達の機能が低下していることが推測される[8]。また課題による賦活をみた脳機能画像研究では、同疾患は健常群に比べ、怒りの表情を提示された際の前頭前野眼窩部の賦活が乏しい一方で、扁桃体の賦活が強いことがfunctional MRIを用いた研究で報告されている[8]。こういった間欠性爆発性障害にみられる所見は、セロトニン神経伝達の低下や前頭前野眼窩部の障害といった衝動性を亢進させる所見に類似していることから、間欠性爆発性障害は生物学的にも衝動性との関連が深いと推測される。
ギャンブル障害
脊髄液中におけるノルアドレナリンの代謝物の増加および尿中のノルアドレナリンの増加[9]、脳脊髄液におけるセロトニン代謝物の減少[10]、腹側線条体を中心とするドーパミン系ニューロンの機能異常[10] [11]など、幅広い神経伝達系での異常が報告されている。これらの異常はそれぞれ、ノルアドレナリン系は興奮に、セロトニン系は衝動制御に、ドーパミン系は報酬に関わると考えられている[10]。ただし、ギャンブル障害はDSM-5では「物質関連障害および嗜癖性障害群」のカテゴリーに編入され、治療面においてもアルコール依存症の治療薬をギャンブル障害に用いる試みが海外でおこなわれているなど[12]、より嗜癖性障害としての色彩を強めている。
治療
衝動制御障害とは、その診断カテゴリーの輪郭さえいまだ不明瞭なものであり、治療法が確立しているとはいえない。衝動行為そのものが個人と環境との相互作用の中でおこなわれることから、その双方への働きかけが必要とされ、それぞれの疾患や症状、状況に応じた個々の対応を要する。
間欠性爆発性障害、放火症、窃盗症といった衝動制御障害の治療をおこなうには、まずは患者が自身の問題に気づくことが大切である。自身の行動特性を変えることができるのは自分自身であることを理解し、疾患によってもたらされた自らの問題に正面から向き合ってはじめて治療ははじまる。その際に湧き起こる自責や後悔の念が理解され、支持され、必要に応じた環境調整がおこなわれることが重要であり[13]、その構築された治療関係のなかで薬物療法が効果をもたらす。気分安定薬であるリチウムや非定型抗精神病薬であるクロザピンは、衝動性の治療に有効であるとされている[14] [15]。
疫学・予後
上記の通り、衝動制御障害は、診断分類の輪郭も不明瞭であるため、その疫学や予後についての確実なデータは乏しい。
関連項目
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 1.2 アメリカ精神医学会
『DSM-IV 精神疾患の診断・統計マニュアル』
高橋三郎・大野裕・染矢俊幸訳
医学書院、1996年 - ↑ アメリカ精神医学会
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』
日本精神神経学会日本語版用語監修・高橋三郎・大野裕監訳・染矢俊幸・神庭重信・尾崎紀夫・三村將・村井俊哉訳
医学書院、2014年 - ↑ アレン・フランセス
『〈正常〉を救え―精神医学を混乱させるDSM-5への警告』
大野裕(監修)、青木創(翻訳)
講談社、2013年 - ↑
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