青山 曜、高橋 英機
国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター
DOI:10.14931/bsd.6425 原稿受付日:2015年9月1日 原稿完成日:2015年月日
担当編集委員:宮川 剛(藤田保健衛生大学)
英語名:model animal 独:Modelltier 仏:modèle animal
類義語:動物モデル
モデル動物は動物実験に役立つ動物とされ、動物実験の大きな目的は得られたデータをヒトヘ当てはめる外挿である。外挿の研究というと従来は、比較形態、比較解剖、比較生理、比較代謝など実験動物とヒトと間の正常な形質の比較が主であった。しかし近年では遺伝子工学の発展に伴い、ヒトの疾患の原因や成因の究明、症状や病態の解析、診断や治療法の確立のために利用される疾患モデル動物を用いた研究が多く行われている。疾患モデル動物の研究成果を効果的にヒトヘ外挿することを考えるとき、まず、遺伝子配列部位の相違、変異遺伝子の機能変化の相違、病態の相違の解明、に加え動物種差を考慮する必要がある。個々のモデル動物を用いてヒトの形質との相違についての全てを解明するには多くの時間と努力が必要であるが、これらの一つ一つの知見をデータベース化し研究者に提供できるようにすることは、モデル動物の研究成果のヒトヘの外挿に大きな力となると思われる。
モデル動物を使用する際の研究コストには、各種モデル動物を専門業者から入手するための購入費用や飼育環境を維持するための飼育費用などがある。モデル動物の価格は、一般的なマウスやラットは1匹あたり数百円〜数千円程度であるのに対し、コモンマーモセットやアカゲザルなどのサル類は1頭あたり30~50万円程度である。線虫やショウジョウバエなどは飼育・保管のために必要なスペースは少なくて済み実験室の一区画での飼育が可能であるが、マウスやラットを飼育するためには、専用の飼育室や飼育ラックを準備する必要がある。またサル類ではさらに広い飼育スペースが必要となり、専門の飼育技術を持つ飼育技術者を準備する必要がある。このように動物実験では必要となる研究コストや飼育スペースの確保を考慮し使用するモデル動物を選択する必要がある。
実験動物と動物実験について
実験動物
実験動物とは、学術的研究や病気の診断、治療法の開発等の科学上の目的のために、維持、繁殖、供給される動物のことであり、動物実験に利用される。動物実験では、いくつかの群を比較しその違いが優位であることを統計学的に示す必要があり、1つの群には複数の動物を使用する。しかし、同じ群に含まれる動物に個体差がある場合は同じ群の中で個々の動物の実験結果に差異が生じ、群同士の比較を行った際に、その結果が群の違いによるものであるかどうかの判別が不可能となる。そのため再現性の高い動物実験の結果を得るためには、実験動物の遺伝的背景をコントロールする場合がある。遺伝的背景のコントロールの違いによりマウスやラットでは近交系とクローズドコロニーの二つに大別される。近交系は兄妹交配を20世代以上継続して維持している系統であり、理論上、遺伝子組成の中のホモ接合性は 99%以上となり系統内のすべての個体は同じ遺伝子組成をもつ。近交系を用いた遺伝子機能解析では再現性の高い実験が可能であり、遺伝子改変動物の背景系統として近交系は広く利用されている。クローズドコロニーは5年以上外部からの個体の導入がなく、一定の集団内のみで繁殖を続けている動物群であり、集団内での遺伝的な隔たりが生じないように、世代ごとの計画的なランダム交配により維持されている系統である。各個体の遺伝的性質にはばらつきはあるが、系統としては固有の遺伝的性質を示すため、個体としてではなく群として扱う薬物の検定試験などに適している。マウスやラットでは遺伝的背景のコントロールの違いにより多くの系統が樹立されており、動物実験に供される系統の選択がその後の実験結果や精度に大きく影響するので、系統の選択は非常に大切である。この一方でマウスやラット以外の実験動物、例えばサル類(コモンマーモセット、カニクイザル、アカゲザルなど)などでは遺伝的背景のコントロールは殆んどされていない。
実験動物の飼育環境も動物実験の成績に大きな影響を与えるためそのコントロールは非常に大切である。飼育環境を均一にするためには特に、環境因子(温度、湿度、換気など)、栄養因子(飼料、飲料水など)、生物因子(感染性微生物など)への注意が必要である。これらのコントロールが正確に行われているかどうかを確認するためには、定期的に一部の動物を用いて遺伝的モニタリングや微生物モニタリングを行う必要がある。
遺伝子改変動物
遺伝子改変動物は遺伝子の機能を個体レベルで解析する系として多数作られており、生命現象の解明に極めて有用な実験動物である。遺伝子改変動物には、突然変異による特定の遺伝子や染色体の異常に伴い様々な異常を示す自然発症動物と人為的に遺伝子操作を行って塩基配列に変異を導入する遺伝子組換え動物がある。自然発症動物は、偶発的に生じた異常形質を持つ個体を系統化することで多くの疾患モデル系統が樹立されている。外来遺伝子を人為的に挿入した遺伝子組換え動物であるトランスジェニックマウス作出の最初の報告は、1980年のGordonらによる現在も主流となっているマイクロインジェクション法によるものである[1]。1982年にはメタロチオネインプロモーターでラット成長ホルモン遺伝子をマウスで発現させたことにより巨大化したトランスジェニックマウスがPalmiter、BrinsterらによりNature誌で発表された[2]。この論文は人為的に導入された外来遺伝子が生体内で機能することを初めて具体的に示した例でもある。同じ1982年には、ショウジョウバエでもトランスポゾンが自身のDNAをゲノム中に挿入する性質を利用したトランスジェニックショウジョウバエの作製がScience 誌上で報告されている[3]。次に内在遺伝子の機能が無効化されたマウスであるノックアウトマウスの作製が報告された。最初のノックアウトマウスは、2007年にノーベル生理学・医学賞を受賞したEvans、Capecchi、Smithiesらの相同組換え法の応用により1988年に誕生した[4]。遺伝子組換え動物はマウスでは次々と作製され遺伝子機能の研究が大いに発展した。2009年にウイルスベクターを応用した霊長類初の遺伝子組換え動物としてトランスジェニックマーモセットの作製がNature誌に報告された[5]。
近年ではゲノム編集技術[6]が進み、CRISPR/Cas法による遺伝子改変の成功がマウス[7]だけではなく、線虫[8]、ゼブラフィッシュ[9]、ラット[10]、ウサギ[11]、ミニブタ[12]、カニクイザル[13]においても報告されている。
動物実験
動物実験とは動物を利用して情報を得る実験のことである。動物に何らかの処置を加え、その処置に対する反応を統計学的に比較検討して情報を得る。2005年「動物の愛護及び管理に関する法律」改正時に動物実験の倫理原則である3Rが追加された。3Rは下記の3種類の単語の頭文字Rから由来し、動物福祉の視点から実験動物の取扱いには十分な配慮が必要であり、3Rを十分に考慮した動物実験の計画を立てる必要がある。
- Replacement(代替法の利用)
in vivo実験から培養細胞を用いたin vitro実験への代替、マウスなどの脊椎動物から線虫やショウジョウバエなどの無脊椎動物への代替、カニクイザルなどのヒトに近い霊長類からマウスなどの齧歯類への代替など、動物実験を計画する際には代替方法を検討する。
- Reduction(使用動物数の削減)
動物実験を計画する際、必要以上の実験動物を用いていないかどうかを検討し、使用する動物数はできる限り少なくする。
- Refinement(苦痛の軽減)
動物実験を行う際には、必要に応じた麻酔処置や適切な安楽死処置を行い実験動物に耐えがたい不要な苦痛を与えない。
各種実験動物について
線虫
線虫(Caenorhabditis elegans)は、分類学上は線形動物門に属する。成虫の体長は約1mmで雌雄同体である。染色体数は2n=12、ゲノムサイズは0.1Gb、遺伝子数は約20000個である。生活史は一世代約3日で、孵化後1日以内で交尾可能となり、成虫の寿命は約2週間である。多細胞生物として初めて全ゲノム配列が解読された種である[14]。また、電子顕微鏡での解析により神経細胞同士の接続関係が調べられている[15]。主に発生機構、シグナル伝達機構、細胞死、神経ネットワーク、行動遺伝学、RNAiなどの研究に使用される。
利点
- ライフサイクルが短く飼育が容易である
- 体が透明であるためin vivo イメージングが可能である
- 全ての神経細胞が同定されている。
- 全脳コネクトームのデータが使用できる
欠点
- 得られた知見が哺乳類やヒトにあてはまらないことがある
- 脊椎動物の内骨格系、閉鎖循環系、免疫防御系などの解析には向かない
ショウジョウバエ
線形動物門に属するハエ目(双翅目)ショウジョウバエ科(Drosophilidae)に属するハエの一種であるキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)が研究によく用いられている。ショウジョウバエは体長2〜3 mm、体重は約1mgである。染色体数は2n=8、ゲノムサイズは0.14Gb、遺伝子数は約15000個である。生活史は産卵から羽化まで10日で、羽化後1日以内で交尾が可能となり、寿命は約2か月である。メスの産卵数は1匹当たり500個以上である。多細胞生物としては線虫に次いで二番目に全ゲノム配列が解読された[16]。主に発生学、生理学などの研究に使用される。夜(暗期)には哺乳類の睡眠に類似した行動を示すサーカディアンリズム(概日周期)を刻み、この周期が変化する変異体が得られている[17]。また記憶・学習に関係する遺伝子が同定されており[18]記憶や学習に関与する脳神経回路の解析に用いられている。
利点
- ライフサイクルが短く、一度に多数の個体を扱える
- 遺伝的解析が容易である
- 細胞内シグナリング経路はかなり保存されている
- 脳が小さいため全脳でのコネクトーム解析が可能である
欠点
- 得られた知見が哺乳類やヒトにあてはまらないことがある
- 脊椎動物の内骨格系、閉鎖循環系、免疫防御系などの解析には向かない
ヤリイカ
ヤリイカ(Heterololigo bleekeri)は、分類学上は軟体動物門ヤリイカ科に属するイカの一種である。イカ類は飼育が非常に難しいとされていたが、1975年に人工飼育が成功し実験動物としての利用が容易となった。非常に太い神経線維と、巨大なシナプスを持っていることが特徴である[19] [20]。
利点
- 神経生理学分野でのモデル生物として有用である
アフリカツメガエル
アフリカツメガエル(Xenopus laevis)は、分類学上はピパ科クセノプス属のカエルの一種である。染色体数は2n=36。生活史は世代期間が1〜2年、卵から生まれた後幼生から1.5〜2ヶ月程度で変態し成体となる。変態に関与する内分泌系の研究や、発生学などの研究に利用されている。またアフリカツメガエルの卵母細胞はタンパク質翻訳系として用いられ、パッチクランプ法などの電気生理実験を組み合わせて、カルシウムチャネル[21]などのチャネル分子やアセチルコリン受容体[22]などの受容体分子の同定がなされている。
利点
- 性腺刺激ホルモンでのホルモン処理により、季節を問わず卵を手に入れることができる
- 卵は他の脊椎動物卵と比較してサイズが大きく、胚操作が容易である
- 母体外での発生のため、中枢神経系の初期形態形成を実体顕微鏡下で直接観察できる
- 成体も水中で生活し生き餌を必要としないため、飼育が比較的容易である
欠点
- 染色体が偽4倍体であるため、遺伝学には不向きとされている
ゼブラフィッシュ
ゼブラフィッシュ(Danio rerio)は、分類学上ではコイ目コイ科ラスボラ亜科に属し、体長5cm ほどの小型の魚である。染色体数は2n=50、ゲノムサイズは1.7Gb、遺伝子数は約25000個である。生活史は世代期間が約3ヵ月で産卵後3〜4日で孵化し、寿命は約5年である。産卵数は1日で50〜100個である。主に神経発生、行動、器官形成、パターン形成などの研究に使用されている。2013年に全ゲノム解読が完了[23]し、胚の観察や遺伝子改変が比較的容易であることから、様々なトランジェニックゼブラフィッシュが作製され研究に利用されている[24]。
利点
- 脊椎動物のモデル系として神経系や循環器系(リンパ管系)が哺乳類モデルとなりうる
- 体が透明であるためin vivoイメージングが可能である
- 大規模で網羅的な変異体のスクリーニングが可能である
- 雑食であるため飼育が容易である
- 多産であり1組の雌雄から数百個の卵を得ることができる
- 得られた卵が透明であり発生が早い(受精後24時間で器官形成がほぼ終了し、数日で孵化する)
欠点
- ES細胞やiPS細胞が樹立されていない
キンカチョウ
キンカチョウ(Taeniopygia guttata)はスズメ目カエデチョウ科に分類される鳥の一種で、体長は10~11cmで体重は10〜16gである。染色体数は2n=80。性成熟は3ヶ月、1回の産卵数は5~6個、排卵日数は約16日、巣立ちには約21日かかり、寿命は約5年である[25]。キンカチョウは歌を歌う鳥として、発声学習の研究に適したモデル動物として用いられている。2013年にオスのキンカチョウの全ゲノム解読が報告されている[26]。また、遺伝子組換えキンカチョウを用いた実験も行われている[27]。
利点
- 発声学習や音声コミュニケーションの研究に適している
マウス
分類学上では、ハツカネズミ属のハツカネズミ(Mus musculus)が該当する。成熟マウスの体重は約20〜30gで寿命は約2年である。染色体数は2n=40、ゲノムサイズは2.5Gbである。性周期は約4日で1年中繁殖が可能である。妊娠期間は約19日、1回の産子数は5〜9匹、哺乳期間は約3週間である。40〜50日で性成熟し繁殖が可能となる[28]。ゲノム解析が2002年に完了している[29]。またトランスジェニックマウスやノックアウトマウスなどの遺伝子改変技術が確立している。発生学、生理学、神経科学などの基礎生物学や、病因病態の究明や創薬・治療法の開発など幅広い研究に使用され、実験動物として一番多く使用されている。
利点
- 多くの近交系が樹立されており、遺伝的に均一化されている個体を入手することが可能である
- 繁殖周期が短く産子数が多いため、計画的な実験が組み易い
ラット
分類学上では、クマネズミ属のドブネズミ(Rattus norvegicus)が該当する。成熟ラットの体重は雌200〜400g、雄で300〜700gと雌雄で倍近い差があることが特徴である。染色体数は2n=42、ゲノムサイズは2.75Gbである。性周期は平均4日で1年中繁殖が可能である。妊娠期間は約21 日、1回の産子数は6〜14匹、哺乳期間は約3週間である。雌で50〜80日、雄で60〜80日で性成熟し、繁殖が可能となる[30]。発生学、生理学、神経科学などの基礎生物学や、病因病態の究明や創薬・治療法の開発など、マウスと同様に広く実験動物として利用されている。ゲノム解析が2004年に完了している[31]。遺伝子組換え動物としてES細胞株が利用できないために、遺伝子組換えラットを作製することが困難とされていたが、 近年ではゲノム編集の技術を応用した遺伝子組換えラットの作製が報告されている[10]。
利点
欠点
- マウスと比較すると約3倍の飼育スペースが必要である
ハダカデバネズミ
ハダカデバネズミ(Heterocephalus glaber)は、ハダカデバネズミ属に分類される齧歯類である。体長8~9cm、尾長3~4.5cm、体重30~80gで、体表には細かい体毛しか生えておらず地中で生活する[32]。寿命は長く(平均寿命28歳)、癌に耐性があり、真社会性の社会構造を持つことが大きな特徴である[33] [34]。2011年に全ゲノムの解読が報告されている[35]。
利点
- 老化研究と癌研究に適している
- 真社会性の社会構造を持つため、社会性の研究に適している
欠点
- 専用の特殊な飼育環境を準備する必要がある
ウサギ
ウサギ(Oryctolagus cuniculus)はウサギ目ウサギ科に分類される。実験動物としてはカイウサギがよく使用されている。体長は約50〜70cm、体重は約4〜7kgである。染色体数は2n=44、ゲノムサイズは約3.5Gbである。明確な性周期はないが、多くの場合は3〜12日の間隔で繰り返されると考えられている。妊娠期間は30〜35日で1回の産子数は1〜10頭である。生後約4〜5ヶ月で性成熟し、繁殖が可能となる[36]。主に催奇形性試験、発熱試験、眼粘膜刺激試験、血清学的研究、生殖学研究、動脈硬化症の研究などに使用される。また、トランスジェニックウサギの作製が行われ、研究に利用されている[37]。
利点
- 飼育しやすく、繁殖力が強い
- 体重に比較して血液採取量が多く、耳静脈からの採血が容易なので、抗体産生に向いている
欠点
- 骨格が細く筋肉が弱いため、腰抜け(腰椎の脱臼や骨折による症状)などの後肢の障害が起こらないように取扱いに注意する
- 暑さに弱いため、個体管理において注意が必要である
- 近交退化現象(生産性の低下や遺伝学的奇形の出現)により近交系の系統維持が難しい
ミニブタ
ミニブタ(Sus scrofa domesticus)はイノシシ属に分類される。実験動物としての小型ブタとして開発され、体長は約50〜90cm、体重は約40〜70kgである。染色体数は2n=38、ゲノムサイズは約2.7Gbである。性周期は約21日で1年中繁殖が可能である。妊娠期間は約110〜120日で1回の産子数は4〜6頭である。生後約6ヶ月で性成熟し繁殖可能となる[38]。主に循環器研究、臓器移植、生活習慣病、薬物代謝研究などに使用されている。
利点
- 解剖学的、生理学的な特性がヒトと類似する
- サル類を用いなくても臓器の大きさがヒトと類似していることもあるため、動物倫理の点から有用性が高い
欠点
- ストレスに弱く、特に温度などに注意した飼育管理が必要である
- 個体差が大きい
コモンマーモセット
コモンマーモセット(Callithrix jacchus)は、霊長目オマキザル科(Cebidae)マーモセット属に含まれる。成体での体長はオスで17〜22cm、メスで15〜24cm、尾の長さは24〜40cm、体重がオスで200〜400g、メスで200〜300g程度で、寿命は10〜15年である。染色体数は2n=46、ゲノムサイズは約3Gbである。妊娠期間は約5か月、周年繁殖で年間2回出産し、1産で2〜3頭を出産する。3〜4ヶ月程度の授乳期間を経て生後1年〜1年半で性成熟し、繁殖が可能となる[39] [40]。古くはウイルス感染や腫瘍学の分野で使用されたが、現在は生理学、薬理学、神経科学などの基礎生物学に広く使用されている。2014年にはメスのコモンマーモセットの全ゲノム解析が報告されている[41]。
利点
- ヒトと同じ霊長類であることから、他の動物と比較してヒトに近い研究が可能である
- 小型であり、飼育が比較的容易であり、繁殖力が高い
- 父親や兄姉が子育てに参加するため、社会性の研究に適している
欠点
- 専門の飼育技術者が必要である
- 系統化されていないため個体差が大きい
- ヒトに近縁であるため生命倫理に問題がある
マカク属サル
マカク属は霊長目オナガザル科(Cercopithecidae)に含まれる。実験動物としては、主にカニクイザル、アカゲザル、ニホンザルが使用されている。染色体数は2n=42、ゲノムサイズは約3Gb、遺伝子数は約20000個である。世代期間は約5〜20年で妊娠期間は160〜170日、1産1子である。生後約5年で性成熟し、成獣の寿命は20〜30年である[42]。社会行動学、生態学、生理学、神経科学、精神薬理、感染症研究、再生医療学など幅広く研究に使用されている。
利点
- ヒトと同じ霊長類であることから、他の動物と比較してヒトに近い研究が可能である
- 発達した大脳皮質を持つため、特定の部位がどのような機能を持つかを研究することが可能である
欠点
- 広い飼育スペースが必要である
- 専門の飼育技術者が必要である
- Bウイルスなどの人獣共通感染症に注意が必要である
- 系統化されていないため個体差が大きい
- ヒトに近縁であるため生命倫理に問題がある
カニクイザル
カニクイザル(Macaca fascicularis)はインドネシア、フィリピンなどの東南アジアに生息する中型のサルで、輸入された個体が研究に利用されている。成体での体長はオスで41〜65cm、メスで39〜50cm、尾の長さはオスで44〜66cm、メスで40〜55cm、体重はオスで3.5~8.3kg、メスで2.5~5.7kgである[43]。実験用の主なサル類として神経生理学実験、生殖生理学実験、医薬品の安全性試験やワクチンの検定試験など広範囲に利用されている。2012年に全ゲノムの解読が完了している[44]。
アカゲザル
アカゲザル(Macaca mulatta))はインド、中国などのアジア地域を生息し、腰、足、尾の付け根部分が赤褐色をしている中型のサルで、輸入された個体が研究に利用されている。成体での体長はオスで48〜64cm、メスで47〜53cm、尾の長さはオスで20〜31cm、メスで19〜28cm、体重はオスで5.6~10.9kg、メスで4.4~10.7kgである[43]。カニクイザルと同様に広範囲な研究分野に用いられている。2007年に全ゲノムの解読が完了している[45]。
ニホンザル
ニホンザル(Macaca fuscata)は日本固有種で、学習能力が高く、他種マカクザルに比べて遺伝変異性が低い。成体での体長はオスで54〜61cm、メスで47〜60cm、尾の長さはオスで8〜12cm、メスで7〜10cm、体重はオスで11.1~18kg、メスで8.3~16.3kgである[43]。ナショナルバイオリソースプロジェクトより国内で繁殖された個体が研究に利用されている。
ニホンザルは日本原産のサルであるため、国内では古くから研究に使用されている。ニホンザルの本格的な研究は、戦後間もないころに京都大学の今西錦司らにより始められた。宮崎県の幸島や大分県の高崎山に生息していた野生のニホンザルを観察し、社会集団の構造の存在を実証した。また、1950年代には野生ザルの餌付けに成功し、より詳細な観察が可能となった。観察の中で、餌として与えた芋を海水で洗い、汚れを落としてから食べる行動が見られた。この行動が最初は同年代の仲間へ、次に上の年代へと広がりを見せ、さらには子や孫にも受け継がれた。この芋洗い行動は人間以外の動物にも文化があるという説の根拠となり、その文化が世代を越えて伝わっていくことが発見された。このようなニホンザルでの社会集団の構造や文化的行動の発見は、その後の霊長類研究に大きな影響を与えた。日本でのニホンザルを用いた高次脳機能研究は1960年代から始まり、1980年代にはニホンザルが特に神経科学の分野で重要な実験動物の1つとして取り扱われていた。そのため1900年代から2000年代にかけて、日本人による研究成果がニホンザルを使用した多くの論文として発表されている[46]。かつて日本では有害鳥獣として捕獲された野生のニホンザルの一部を実験動物として使用していたが、2000年頃から状況が変わり国内の野生ザルを実験に使用することで生態系が乱れるという意見が出されたため、実験に野生ザルを使用することが出来なくなった。そのため2006年を境にしてニホンザルを使用した研究に関する論文数は減少している。現在ではナショナルバイオリソースプロジェクトニホンザルによる実験動物としての繁殖供給や、広報、教育などを目的とした活動が進められている。
ナショナルバイオリソースプロジェクト
脳機能研究におけるモデル生物の有用性
脳神経細胞は単独では複雑な高次機能を発揮することはできず、個々の神経細胞が軸索を伸ばして他の多くの神経細胞とシナプスを介して結合することによって神経回路を形成し、記憶や情動などの高次脳機能を担っている。そのため神経回路の機能を解明するには遺伝子や細胞のレベルの研究だけでは不十分であり、実際に生体を用いて経時的に考察ができる動物実験が脳機能の理解のためには欠かすことができない。
無脊椎動物を用いた神経回路の研究では、全ての神経細胞が同定され神経細胞同士の接続が調べられている線虫、非常に太い神経線維と巨大なシナプスを持っているヤリイカ、母体外で発生するため発生過程を直接観察できるアフリカツメガエル、などが用いられている。
鳥類は鳴くことで音声コミュニケーションをとっていると考えられており、その中でもキンカチョウは、幼鳥は親鳥の鳴き声をもとに発声練習をしてさえずりを学習することが調べられており、音声コミュニケーションでの社会性行動やさえずりの学習能力に関するモデル動物として有用であると考えられている。
脳神経に直接処置を加えて調べる長期増強などの電気生理学的実験や記憶や情動などの高次脳機能や運動機能を調べる行動学的実験などでは、マウス、ラット、マカク属サルなどがよく用いられている。特に遺伝操作ができるマウスでは行動解析実験の実験方法や実験機器等が確立されているものが多くあり、実際に動物の行動を観察することで、脳機能に関する様々な情報を得ることが可能である。行動解析実験機器としては、学習・記憶能力を調べるモーリス水迷路、バーンズ円形迷路や恐怖条件づけ実験装置、運動協調性を調べるローターロッド試験、不安様行動を調べる高架式十字迷路や明暗往来実験装置、鬱病様行動を評価する強制水泳実験装置やテールサスペンションテスト装置、総合失調症を評価するプレパルスインヒビションテスト装置、概日リズムの評価を行う回転かご走行試験装置などがある。
ヒトの病気に類似した疾患を呈する実験動物は疾患モデル動物とよばれる。疾患モデル動物の原因遺伝子の特定とその機能解析は、疾患モデル動物の有用性に大きく関わる。疾患モデル動物への遺伝学的アプローチ法には、フォワードジェネティクス(順行性遺伝学)とリバースジェネティクス(逆行性遺伝学)のふたつの方法がある。
- 順行性遺伝学
- 表現型より遺伝子を調べる方法。突然変異により生じた異常を持つ動物の表現型(病態や症状など)を調べ、その原因となる遺伝子の存在領域、遺伝子構造、塩基配列等を特定する。
- 逆行性遺伝学
- 遺伝子より表現型を調べる方法。特定の遺伝子に注目し、トランスジェニックマウスやノックアウトマウスを作成し、その病態や症状などを調べることで、その遺伝子の機能を調べる。
順行性遺伝学と逆行性遺伝学は、表現型から始めるか、遺伝子から始めるか、の違いであるが、ある疾患モデルマウスの発現型から特定された遺伝子を改変したマウスを作製し、その発現型が一致するかどうか検討を行うなど相互的な実験が有用である。
現在までに様々な疾病に対する疾患モデル動物が作製されている。例えば神経精神疾患モデルとしては以下のようなモデル動物がある。
神経疾患モデル
精神疾患モデル
今後も詳細な病態メカニズムの解析、検査方法や治療法の開発のために利用されていくことが期待される。 その一方でヒト特異的疾患を対象とした場合、マウスなどではその生理・代謝機能が必ずしもヒトを忠実に反映していない部分もあり、ヒトへの外挿面で十分な効果を得られないことも多く知られており、考察には注意が必要である。
関連項目
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