大神田 麻子
追手門学院大学
板倉 昭二
京都大学
DOI:10.14931/bsd.6954 原稿受付日:2016年3月3日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:入來 篤史(国立研究開発法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
{{box|text= 心の理論とは、他者の心を類推し、理解する能力である。心の理論という呼び方は、1978年に発表されたPremackとWoodruffによる論文”Does the chimpanzee have a theory of mind?”において初めて用いられ[1]、それ以後、特に発達心理学において、乳幼児を対象にさまざまな研究が行われるようになった。ヒトおよびヒト以外の動物が心の理論を持っているかどうかについては、主に誤信念課題(false belief task)によって調べられる。
標準誤信念課題
標準誤信念課題には、主に位置移動課題[2] [3]と内容変化課題[4] [3]がある。これらの課題は3~6歳ごろの子どもに与えられ、他者の信念についての質問に正答することができた場合に、心の理論を持っていると結論される。一般的に4歳後半から5歳の子どもはこれらの課題に通過することができるが、3歳頃の子どもは自分の知っている事実に基づき答えてしまい、課題に通過することができない[5]。また、標準誤信念理解の通過年齢はさまざまな文化圏で共通であるが[6] [7]、日本の子どもの場合はその通過年齢が遅いことも指摘されている[8] [5]。この問題点については後の項目でさらに説明する。
サリー・アン課題
位置移動課題の代表として挙げられるのがサリー・アン課題[2]である。この課題は、紙芝居形式で呈示されることが多いが、目の前で実験者が登場人物を演じる場合もある[9]。登場人物は二人おり、状況設定は、ある部屋の中にバスケットと箱(あるいは色の異なる箱や形や色が異なる家具や入れ物)が置かれているというものである。なお、登場人物の名前はサリーとアンに限らず、課題を実施する国に合わせるなど、変更されることもある。
サリーとアンは最初、同じ部屋にいる。部屋にはサリーのバスケットとアンの箱が置かれている。サリーがビー玉をバスケットに入れる。そしてサリーは部屋の外に出ていき、その間にアンがビー玉を自分の箱に移動する。最後にサリーが部屋に戻ってきて、ビー玉を取り出そうとする。そして、子どもに「サリーがどこを探すと思うか(信念質問)」、「ビー玉は今どこにあるか(現実質問)」および「最初にビー玉はどこにあったか(記憶質問)」を聞く。3歳児の多くは前者の問に箱と答えるが、4~5歳児はバスケットと答える。これは3歳児にとっては、自分が見て知った現実(ビー玉は今、アンの箱にあるという現実)と、サリーの信念(ビー玉はバスケットに入れておいたというサリーにとっての現実)が異なることを理解するのが難しいために起こる。また、3歳児は現実質問と記憶質問には正しく答えられる。同様の課題に、登場人物がマキシと母親、マキシが戸棚にチョコレートを隠すマキシ課題もある[3]。
スマーティ課題
内容変化課題の代表的な課題はスマーティ課題である。この課題では、子どもにとって中身が明白に分かっている箱、ここではスマーティ(イギリスやカナダ、その他欧州諸国で販売されているカラフルな糖衣でコーティングされたチョコレート。日本での類似品はマーブルチョコレート)の箱を子どもに見せ、1)箱の中身が何であるかを聞く。そして、その中からチョコレート以外の物(たとえば鉛筆)を出してみせ、2)また、箱を閉じる。そして3)この箱の中をまだ見ていない第三者に、中に何が入っているか聞いた場合に、何と答えるかを聞く。心の理論を持っている子どもの場合は、最後の質問に「スマーティ」と答えるが、多くの3歳児は「鉛筆」と答える。また、3歳児は、最初に箱の中身が何であったと思ったか聞くと、「鉛筆」と答える。
その他の心の理論課題
非言語誤信念課題
ヒト以外の動物、たとえばチンパンジー等の大型霊長類に心の理論があるかについては、長年議論されてきている。こうした動物を対象に検査する場合は、非言語誤信念課題が用いられる[10]。また、近年のいくつかの研究により、日本の子どもの誤信念獲得の時期が欧米諸国の子どもの獲得時期よりも遅いことが指摘されている[8]。しかし非言語誤信念課題を用いた場合、日本の子どもに心の理論の獲得時期に遅れは見られなかったため、日本の子どもにとっての標準誤信念課題は、課題を理解しているか否かより、言語による質問に言語で正しく答えられるかどうかが鍵となっている可能性が高いと考えられる[11]。
二次的誤信念課題
二次的誤信念課題は就学前期の終わりから児童期の子どもの心の理論を調べるために用いられる課題である。二次的誤信念課題に対し、標準誤信念課題を一次的誤信念課題と呼ぶ。二次的誤信念課題では、ストーリーを聞かせる、あるいは人形劇、紙芝居などを見せ、登場人物の入れ子構造の「Aさんは、Bさんがx(物)がy(場所)にあると思っていると思っている」誤信念を子どもが理解しているか調べる。二次的誤信念課題は5歳後半あるいは6歳から9歳の間に獲得されるとされている[12] [13]。
アイスクリーム課題
この課題では、「ジョンとメアリーは公園にいる。公園にはアイスクリーム屋さんの車も来ていた。メアリーはアイスクリームを買いたかったがお金を持ってきていなかった。アイスクリーム屋さんは午後も同じ公園にいるというので、メアリーはお金を取りに戻った。しばらくしてアイスクリーム屋さんは教会に行くとジョンに伝え、去っていった。その途中、メアリーの家の前を通ったアイスクリーム屋さんは、メアリーに教会に行くことを伝えた。しばらくして自宅に戻ったジョンは、宿題のことで聞きたいことがあり、メアリーの家に行ったが、メアリーはすでにアイスクリームを買いに出かけていた。ジョンはメアリーを追いかけて行った」というストーリーを子どもに聞かせ、「ジョンはメアリーがどこに行ったと思っているか」という質問をする。正解は「公園」である[12]。
誕生日課題
この課題では、「ピーターは誕生日プレゼントに子犬が欲しいと思っていたので、ピーターの母親はピーターに内緒で子犬を買い、ピーターを驚かそうと子犬を地下室に隠しておいた。そしてピーターには誕生日プレゼントにはおもちゃを買ったと伝えた。しかしピーターは地下室の子犬を偶然見つけてしまった。ピーターの祖母が母にピーターが誕生日プレゼントを知っているかどうか聞いた」というストーリーを子どもに聞かせ、「お母さんは祖母になんと答えるか」という質問をする。正解は「おもちゃ」である。アイスクリーム課題が複雑なストーリーを用いているために、よりシンプルな課題として、この誕生日課題が考案された[13]。
社会的失言(Faux Pas)検出課題
従来の誤信念課題は4~6歳児を対象にしたものがほとんどであったため、7歳以上の児童期の子どもの誤信念理解を調べる社会的失言検出課題が考案された。この課題では、たとえば「クラスである競争があり、勝ちたいと思っていたエンマが学校を休んでいる間に、別の子ども(アリス)の優勝が決まった。アリスはエンマが学校に来た時に『残念だったわね』と言い、エンマに『どういうこと?』と聞かれて『なんでもない』と答えた」というような短いストーリーを聞かせ、「アリスはエンマが競争の結果を知らなかったことを知っていたか」という誤信念質問を聞くものである。Baron-Cohen[14]の研究では10の失言ストーリーが用いられた。健常児の場合、9~11歳の間に失言を検知できるようになるといわれている。
心の理論の芽生え
近年、心の理論の芽生えの証拠として、生後9ヶ月頃から見られる共同注意、および生後1年前後に見られる指さしが指摘されている[15] [16]。また、心の理論は15ヶ月児の乳児でもすでに理解しているという証拠も示されている[17]。
心の理論と自閉症児・者
Baron-Cohenは、3~5歳の健常児、ダウン症児、および自閉症児がサリー・アン課題に通過できるか調べたところ、自閉症児群のほうが知能年齢が高いにもかかわらず、課題の通過率は20%であったことを示した[2]。その後の研究では、アスペルガー症候群の子ども、高機能自閉症児は標準誤信念課題[14] [18]、および二次的誤信念課題[18]に通過できることが示された。しかし、より高次で自然なストーリー(嘘、白い嘘、ジョーク、振り遊び、皮肉など)に関する理解については、二次的誤信念課題を通過できた自閉症者でも失敗することが多く[18]、また一次的、二次的誤信念課題を通過したアスペルガー症候児、高機能自閉症児でも、社会的失言検出課題は難しかった[14]。
参考文献
- ↑ Premack, D., & Woodruff, G.
Does the chimpanzee have a theory of mind?
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