木嶋教行
大阪大学医学部 脳神経外科部門
川内大輔
ドイツがん研究センター 小児脳腫瘍部門
DOI:10.14931/bsd.7927 原稿受付日:2019年2月15日 原稿完成日:201X年X月XX日
担当編集委員:上口 裕之(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
英語名:medulloblastoma 独:Medulloblastom 仏:médulloblastome
脳腫瘍は、生殖細胞や体細胞の遺伝子変異による神経系細胞の分裂や分化の異常がもたらす疾患である。髄芽腫は小児脳腫瘍の中でも、最もよく発生する悪性脳腫瘍のひとつであり、小脳において形成される。グリア細胞から生じる神経膠腫に対して、髄芽腫は神経幹細胞や神経前駆細胞から派生すると考えられている。
背景、歴史的推移
髄芽腫は、多分化能を持つと想定された髄芽細胞 (medulloblast)から生じる未分化な胎児性脳腫瘍として名付けられ、神経膠腫と区別されてきた[1] 。近年までこの腫瘍は、病理学的解析と腫瘍形成部位を基に「髄芽腫」として同一(編集部コメント:均一?均一な集団として?)に扱われてきたが、個々の腫瘍の薬剤への反応性や予後の違いから、腫瘍間の異種性と細分化の必要性が議論されてきた。
現在ではDNAのメチル化[2][3] や、遺伝子[4] あるいはタンパク質の発現[5][6] を基に髄芽腫の分子レベルでの細分化が行われ、大別して四つの異なる疾患として個別に研究、治療する必要性が唱えられている[7][8][9] (図1)。
サブグループ
グループ1 (WNT型)
WNT型髄芽腫は主にAPCやCTNNB1、DDX3Xなどに遺伝子変異を持ち[10][11][12] 、WNTシグナル伝達経路の活性化が特徴的である。小脳第四脳室から後脳背側部に生じ、主に小細胞性の病理学形態を持つ。歴史的にみて予後も良く、薬剤反応性も高い[13] 。
近年の遺伝子組換えマウスを用いた実験から、WNT型髄芽腫は小脳神経前駆細胞由来ではなく、後脳背側部の神経前駆細胞より起こることが示されている[14] 。WNTシグナルの脳腫瘍内での活性化、血液脳関門細胞の適切な形成を阻害するため[15] 、薬剤の腫瘍細胞へのアクセスが比較的容易であることが予後良好の原因の一つであると考えられている。
グループ2(SHH型)
SHH型髄芽腫はSHHシグナル伝達経路おける遺伝子変異が特徴的である。主な遺伝子変異はPTCH1、SMO、SUFU、あるいはMYCNなどで高頻度に観察される[11][12] 。そのためマウスを用いた研究を基に、SHHシグナルを活性化する膜タンパクSmoothenedの機能阻害剤[16] など、SHHシグナル伝達経路の抑制が化学療法の候補として考えられ、実際に適用され始めている[17][18] 。病理学的には、小脳半球の表層上に観察され、小細胞性のものや大細胞性のものなど様々である一方、結節型の腫瘍はほぼSHH型髄芽腫に属する。
遺伝子組換えマウスを用いた豊富な研究から、SHH型は小脳顆粒細胞から生じるとされ[19][20] 、WNT型とは異なる。小児だけでなく成人でも生じるが、遺伝子発現など分子的な特性がお互い異なることから[21] 、成人髄芽腫は異なる細胞腫(編集部コメント:細胞種?)から生じる可能性もある。またがん抑制遺伝子TP53の機能欠損変異がみられる腫瘍は非常に予後が不良で、最新のWHO区分でも予後不良の遺伝子型として特別に分類されている[22] 。
さらに、PTCH1欠損変異をもつSHH型腫瘍モデルを用いた実験で、Sox2+ あるいはCD15+の腫瘍細胞ががん幹細胞として働くことが示唆されており[23][24][25] 、それらの細胞をもちいた薬剤スクリーニングの研究も報告されはじめている[26] 。
グループ3
グループ3型髄芽腫は最も予後が悪いとされ、主にがん遺伝子MYCの高発現が特徴的である[7] 。最新のWHO区分では上述のTP53変異を持つSHH型と並び、MYC増幅型は予後不良と分類される[27] 。最近の研究によりヒトグループ3髄芽腫の約17%および5%がそれぞれMYCとMYCN増幅型であるとされ[3] 、遺伝子組換えマウスを用いた研究でMYCやMYCNがグループ3髄芽腫の形成に重要であることが示されている[28][29][30][31] 。また、腫瘍細胞内で起こるDNA再配列により異常に活性化されたGFI1およびGFI1Bがグループ3腫瘍細胞の成長に関わっており[32][33] 、協調して機能するLsd11が標的となる可能性も示唆されている[32] 。しかしながら、残りのグループ3髄芽腫の形成を誘発するがん遺伝子は未だ同定、証明されていない。
マウスにおいては複数の異なる細胞群からMYC増幅型髄芽腫が誘導されることが示されており[28] 、正確な起源細胞の同定にはさらなる研究結果が待たれる。
グループ4
グループ4型髄芽腫は髄芽腫全体の最も大きい割合を占める。上述の他の髄芽腫型に比べ、異種性、多様性に富んでいる[3] 。グループ4髄芽腫の6%でがん遺伝子MYCNの増幅がみられる[3] 。ヒト髄芽腫のゲノム解析から、PRDM6の増幅やKDM6の機能欠損変異がグループ4特異的に高頻度でみられる[3] が、これらの遺伝子変異の腫瘍進展への影響はよく知られていない。一方で、最近のヒト髄芽腫のプロテオミクス解析から、グループ4特異的にSRCシグナルの活性化が発見され、マウス実験によりSRCの異常活性がグループ4髄芽腫を誘導する要因の一つであることが示されている[5] 。どの細胞から生まれるかについては生物学的実験からは未だ特定されていない。
近年の科学技術の進展により、脳腫瘍の分子レベルでの分類は、遺伝子発現によってだけでなく、たんぱく質の発現やサブグループ特異的なエンハンサーの同定、DNAのメチル化といった様々なレベルで解析が進んでいる。その中でも髄芽腫の分子解析は最も先んじており、より正確な腫瘍の区分化と診断がおこなわれつつある[34] 。また、一細胞レベルでの遺伝子発現解析から、一つの腫瘍内での腫瘍細胞の多様性が分子レベルで確認され始め、腫瘍の薬剤耐性を説明する手がかりも得られつつある。
疫学
髄芽腫は小児脳腫瘍の中では頻度が高く、アメリカでは20歳未満の脳腫瘍患者の全体の約20%を占め、年間約500前後が新規に髄芽腫と診断されている。患者の平均年齢は5-7歳であり、約70%の腫瘍が10歳未満に発見される[35] 。およそ5-6%の症例は、TP53やPTCH1、ELP1、BRCA2、APCなどに遺伝子変異を持つ腫瘍傾向症候群の患者で観察される[10] 。全体としての生存率は転移の有無で異なり、脊髄転移のない場合で70-80%だが、転移が認められると50-60%まで低下する。
ヨーロッパの症例研究ではWNT型は95%の10年生存率である一方、SHH型、グループ3型の10年生存率はそれぞれ50%および51%である[36] 。未成年と成人の髄芽腫の生存率比較は、いくつかの研究で結論が異なっているが[37][38][39] 、2018年のSEERデータベースを基にした疫学研究では、10年生存率はほぼ等しく約67%であると報告されている[39] 。
現在のところ、地域別にサブタイプごとの生存率を調べた研究は報告されていない。
診断
分子レベルでの腫瘍診断は世界レベルでまだ一部最先端の病院でしか始まっておらず、日本国内での髄芽腫の診断には通常コンピューター断層撮影(computed tomography, CT)および磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging, MRI)での画像検査を行った後、摘出術を行い、病理学的診断による腫瘍診断が行われている。一方で、がんの分子診断の重要性はすでに国内でも認識されており、小児脳腫瘍では髄芽腫に加え、上衣腫ependymomaの遺伝子レベルでの区分化が報告され始めている[40] 。
CT
単純CTでは多くの症例で腫瘍実質は高吸収域を示すことが多い。
MRI
T1強調画像で低~等信号、T2強調画像で等~高信号を示すことが多い。造影MRIでは腫瘍実質は造影効果を呈することが多いが、グループ4の髄芽腫では造影効果に乏しいこともある。また髄芽腫のサブグループとMRI上の所見との関連についても報告があり、その報告によるとWNT群では脳幹背側面より第四脳室へ進展することが多く、SHH群では小脳半球に発生するものが多く、またグループ3とグループ4では小脳虫部、尾側小脳に主に腫瘍を認め、またすべての例で第四脳室へ浸潤していると報告されている[28][41] 。
鑑別診断
鑑別を要する疾患として後頭蓋窩に好発する上衣腫や星細胞腫などの脳腫瘍があげられるが、画像所見ではこれらの腫瘍と完全に鑑別することは困難であることも多く、最終的には手術により摘出を行い、病理組織診断を行うことが必要となる。
治療
治療は一般的には開頭術での摘出が行われ、その後の補助療法として放射線治療、化学療法がおこなわれる。髄芽腫においては従来手術での摘出度と年齢、髄膜播種の有無に応じて標準リスク群と高リスク群とに分類されており、それに応じて標準的な術後療法が異なっている一方近年は標準リスク群と高リスク群に加え予後が良好の一群を低リスク群として分類することも提唱されており(表2)、こうした低リスク群では放射線治療や化学療法の減量に向けた試みが始まっている[34] 。
手術
残存腫瘍の体積が1.5cm以上であれば予後不良とされる高リスク群に分類されるため、手術では残存腫瘍の体積が1.5cm未満の可及的全摘出を目指すことが望ましいと考えられている。
ただし本データは髄芽腫の4系分類が報告される前の研究結果であり、近年4系分類毎に摘出術の予後への影響を評価する大規模研究の結果が報告された[42] 。その結果ではグループ4の髄芽腫のみ摘出率と予後との間に有意な相関が認められた。ただし術前に4系分類を同定することが困難である以上、現状では合併症を起こさない範囲で、可能な限りの腫瘍組織を手術で摘出することが望ましいと考えられる。
放射線治療
3歳以上の患者は術後に放射線治療が行われる。通常標準リスク群, 高リスク群ともに全脳全脊髄照射18Gyに加え腫瘍局所に50.8Gyの照射を行うのが一般的である。ただ近年、特に海外では標準リスク群に対しては照射量を減量する試みがなされている。3歳未満の患者については通常は放射線治療は行わず、化学療法単独で治療を先行させることが一般的である。
成人(20歳以上)の患者については発生頻度は本邦においては稀(9.7%)ではあり、治療法についての標準的な治療が確立しているわけではないが、3歳以上の小児例に準じた放射線化学療法を行っていることが多い。
化学療法
標準リスク群ではアルキル化剤に分類されるシクロフォスファミド(cyclophosphamide), プラチナ製剤であるシスプラチン(cisplatin), 微小管重合の阻害剤であるビンクリスチン(vincristine), トポイソメラーゼⅡ阻害剤であるエトポシド(etoposide)を組み合わせた化学療法(ICE療法やPackerBレジメンと呼ばれている)にメトトレキサート(Methotrexate, MTX)を髄注するプロトコールを用いて行われ[43] 、高リスク群ではそれらのプロトコールに加えナイトロジェン・マスタード系のアルキル化剤であるチオテパ(Thiotepa)やアルキル化剤に分類される抗がん剤であるメルファラン(Melphalan,L-PAM)を用いた大量化学療法を行うレジメンが行われている。
またサブグループの発見後はサブグループ毎に分子標的薬の臨床研究も海外では行われており、SHH typeの髄芽腫に対してSHHのpathwayの一つであるSMOの阻害剤であるvismodenibを使用した臨床試験の報告が報告されており、有効例が報告されている[17] 。
今後はこのようなサブグループ毎に分子標的薬の臨床試験が進むものと思われる。
治療に伴う副作用
小脳無言症
(cerebellar mutism) 髄芽腫術後より言葉が出なくなることがあることが従来知られており、小脳無言症と呼ばれている。通常は数日から数週間で改善するとされている。
認知機能低下、学習障害、高次脳機能障害、精神発達遅滞
特に3歳未満の小児に放射線治療に伴い脳脊髄照射を行った際に強く出現することが知られており、脳脊髄照射を通常は3歳になるまで行わない方針がとられる。ただし3歳以上でも長期的には放射線治療に伴う認知機能低下が起こることが知られており、時に初回診断時の年齢が若年程、程度が強いことが報告されている[44] 。
白質脳症
髄芽腫の治療において、メトトレキサート(Methotrexate, MTX)を髄注した際に出現する晩期障害である。運動障害(歩行時のもつれなど)や認知機能障害(認知症様症状)編集部コメント:痴呆という言葉は現在では認知症と置き換えられているのでそれに合わせましたを呈する。
内分泌障害
髄芽腫に対する放射線治療、化学療法に伴い、下垂体前葉ホルモンをはじめとした内分泌障害が生じることが知られている。代表としては成長ホルモン、またそれ以外の甲状腺ホルモン、副腎皮質ホルモン刺激ホルモン、さらには性腺刺激ホルモンの低下も生じる頻度は高いと報告されている[45] 。
二次性発癌
放射線治療、化学療法に伴い、二次性の発癌が生じることが知られている。主なものとして髄膜腫や神経膠芽腫が生じることが知られている。
予後
先述の通り、予後についてはサブグループ毎に違いがあることが知られている。WNT群では5年生存率90%以上と報告されており、最も予後のよい群とされている。SHH群とグループ4は同等の予後とされており、5年生存率70-75%程度である。一方グループ3は5年生存率50%程度と最も予後が不良な群とされている[46] 。
またサブグループ毎で再発様式が異なることも報告されている。SHH群では原発巣近傍の局所再発が多いとされる一方、グループ3、グループ4では髄膜播種での再発が多いと報告されている[47] (表1)。また従来髄芽種の髄膜播種は髄液を介して起こると考えられてきたが、近年の報告では血液を介して髄膜播種が起こりうることも示されている[48] 。
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