目崎 高広
榊原白鳳病院 脳神経内科
DOI:10.14931/bsd.9356 原稿受付日:2020年8月24日 原稿完成日:2020年8月24日
担当編集委員:漆谷 真(滋賀医科大学 神経内科)
英:blepharospasm 独:Blepharospasmus 仏:blépharospasme
同義語:眼瞼攣縮
眼瞼痙攣は、眼輪筋を中心とする顔面筋の、通常は不随意収縮によって自由な開閉瞼に支障をきたす局所性ジストニアである。中高年を中心に発症し、女性に多い。「まぶしい」「目を開いていられない」「目を閉じていた方が楽」などの症状が多く、眼前の障害物にぶつかる点が特徴である。治療の第一選択はボツリヌス毒素の局所筋肉内注射であるが、難治例を中心に手術も行われる。
イントロダクション
眼瞼痙攣 (blepharospasm)は、眼輪筋を中心とする顔面筋の運動制御異常(通常は不随意収縮)によって自由な開閉瞼に支障をきたす局所性ジストニアである。医学文献に初めて記載されたのは1870年とされる[1] 1)。これ以前にもblepharospasmusという語がRombergの教科書に現れるが (1853年)、これは片側顔面痙攣の攣縮が眼輪筋に限局する場合を意味していたようである(片側顔面痙攣の攣縮は多くが眼輪筋から始まる)。
眼瞼痙攣を独立した疾患として詳細に記載したのはHenry Meige(アンリ・メージュ)である(1910年)[2]2)。しかし本疾患が局所性ジストニアとして認知されるには、1976年のMarsdenの報告を待たねばならなかった[3] 3)。その一方でこの論文以降、「眼瞼痙攣+口・下顎ジストニア」をMeige症候群とする新たな誤解が(本論文を引用した他者によって)広がり、現在に至っている。Meigeの原典にこのような記載はなく、また、「Meige症候群」としての記載はPaulsonが最初であり(1972年)[4] 4)、ここではこのような誤解を生じていない。現在、Meige症候群とは眼瞼痙攣を主症状とする頭頸部分節性ジストニアを言う[5] 5)。
診断
眼瞼痙攣(眼瞼攣縮)は、文字どおりには眼瞼の筋の攣縮であって、結果として開瞼障害を来す。すなわち患者は目を開きにくいと自覚し、不随意に閉瞼することで眼前の障害物にぶつかると訴える点は本疾患に目立つ特徴である。瞬目増多を必須とする診断基準もあるが、瞬目増多は必ずしも多い症状でなく、「まぶしい」「目を開いていられない」「目を閉じていた方が楽」という愁訴が多い[6]6)。
局所性ジストニアであり、ジストニアの特徴である定型性、課題特異性、感覚トリック、オーバーフロー現象、早朝効果、フリップフロップ現象のうちいくつかを持つ場合には診断に役立つ。まれに片側に発症するが、必ず両側性となる。なお「痙攣」と表記するのは慣習によるもので、正しくは攣縮 (spasm)であることから、日本神経学会では正式用語を眼瞼攣縮としている。
実際には眼輪筋に留まらず、周囲の筋の不随意収縮を伴う例が多い。鼻筋、鼻根筋、皺眉筋のほか、より広く顔面表情筋全体が収縮する例もある(顔面ジストニア)。開瞼障害が重度になると機能的には盲目となる。発症後しばらくは悪化するが数年で重症度が固定し、その後は大きく変化しない例が多い。一部で他部位のジストニアを合併する。症状の変化と広がりについては個人差が大きいが、海外の報告は眼部以外への広がりが半数以上に生じるとしており[7][8][9] 7)-9)、ボツリヌス毒素療法を行なっている自験例での印象よりも高頻度である。とりわけ古い文献ではしばしば口部の運動異常症についてジスキネジアとジストニアとの区別がなされていないので注意を要する。口部(および舌)ジスキネジアはかつて眼瞼痙攣にしばしば認めたが、近年では減少している印象があり、抗コリン薬の使用頻度が減ったこととの関連を筆者は疑っている。
鑑別すべき疾患には、神経系の疾患として開瞼失行(開眼失行)、眼瞼ミオキミア、片側顔面痙攣(片側顔面攣縮)、チック、舞踏症、特発性瞬目増多、眼瞼下垂、心因性開瞼困難などが[10]10)、また眼疾患としてドライアイ、前部ぶどう膜炎、後嚢下白内障、眼表面の刺激などがある[6]6)。難治性のドライアイと診断されていた患者の57%がMeige症候群であったとの報告がある[11] 11)。また開瞼失行は上眼瞼挙筋の駆動不全による開瞼障害であり、眼瞼痙攣とさまざまな程度に合併することから、これも眼瞼痙攣と同じく眼部の局所性ジストニアとされている。しかしジストニアに必須とされる骨格筋の不随意収縮がないのにジストニアと考える矛盾は論じられていない。これについての私見は他で論じた[12] 12)。
病態生理
眼瞼痙攣は上部顔面の局所性ジストニアの一病型である(精神疾患ではない)。ジストニアの脳内機序は明らかでないが、大脳皮質、大脳基底核、視床、小脳を含む脳内運動制御システムの異常であると推定されている。日常的な臨床検査では、二重刺激による瞬目反射の回復曲線が脱抑制の所見をとることが知られているが、眼瞼痙攣でも約1/3では正常とされ[13] 13)、また痙性斜頸や片側顔面痙攣の罹患側でもしばしば同様の異常を示す[14][13] 13)14)。このような運動抑制系の障害のほか、脳可塑性の亢進や感覚処理(感覚運動連関)の異常も関与していると考えられる[15] 15)。
治療
眼瞼痙攣治療の第一選択は、不随意収縮を認める筋内へのボツリヌス毒素注射であり、日本でも認可されている。対症療法であり、通常は数ヶ月ごとに反復治療を要する。内服薬で眼瞼痙攣を効能・効果に持つ薬物はない。手術療法として、眼輪筋切除など眼形成手術が行われるが、通常、根治療法とはなりにくく、ボツリヌス毒素療法の効果を高める意義が大きい。
近年ではMeige症候群に対して定位脳手術が試みられ[16] 16)、従来の認識よりは効果が高いと考えられている。このほか装具療法として、羞明を来たしやすい緑青色光をカットするバラ色のFL-41レンズを用いた遮光眼鏡や[17] 17)、感覚トリックの応用と考えられるクラッチ眼鏡(テンプルから細い棒を出して上眼瞼を抑える眼鏡)の使用などが試みられる。寛解が10%内外にあるが、大半は後年再発する[7] 7)。近年は診断できると治療に進むため自然経過を観察することは少ない。
疫学
眼瞼痙攣は局所性ジストニアの中で、海外では概ね痙性斜頸に次いで二番目に、また日本ではもっとも多い病型である。有病率は人口10万人あたり数人とされるが、過少算定と考えられる。通常は中高年に初発し、また男女比はおおよそ1:2と女性に多い。
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