成人発症眼筋型重症筋無力症
眼筋型重症筋無力症の免疫療法は有効と思われるが、確立された免疫療法はない。日常生活動作に支障をきたしている外眼筋麻痺に対して、経口ステロイド療法よりもステロイドパルス療法の方が効果発現が早いとする報告がある[1] 。複視がなく、眼瞼下垂だけを治療する場合はナファゾリン点眼が有効であることがある[2] 。α2アドレナリン受容体刺激薬であるナファゾリン点眼は、ミュラー筋の収縮を増強することによって眼瞼下垂を改善すると考えられている。眼瞼下垂に対する抗コリンエステラーゼ薬の効果は限定的で、その一つであるピリドスチグミンの有効率は20-50%である[3] 。薬物治療に反応しない場合は、眼瞼挙上術の適応となることがある[4] 。
成人発症全身型重症筋無力症
早期速効性治療戦略 成人発症重症筋無力症は完全寛解に至ることが少ないことが明らかになっているため、本邦の診療ガイドラインでは現実的な治療目標として「経口プレドニゾロン5mg/日以下で軽微症状(minimal manifastations: MM)レベル(5mgMM)」をより早期に達成することを掲げている[5] 。
2012年に行われた国内11施設による多施設共同研究では、本邦の経口ステロイドの投与方法による有効性や副作用発現の差異が明らかになった。本研究によると、経口ステロイド治療にあまり反応しない群において中等量以上の経口ステロイドを長期連用しても病状の好転が見込めないばかりか、副作用のために日常生活動作を阻害する懸念があると考えられた[6] 。
2015年に行われた国内13施設による多施設共同研究でも、高用量の経口ステロイドを重視する治療よりも、経口ステロイドは低用量にとどめ、早期からFK506などのカルシニューリン阻害薬を併用したり、早期から速効性のある血液浄化療法、免疫グロブリン静注療法、ステロイドパルス療法を組み合わせる早期速効性治療戦略(early fast-acting treatment strategy:EFT)の方が5mgMMをより早期に達成でき、しかも2年後あるいは3年後の予後も改善することが明らかになった[7] 。
新ガイドラインでも、早期速効性治療戦略によって、重症筋無力症症状の早期改善と経口ステロイド量の抑制を図ることが成人発症全身型重症筋無力症治療指針として推奨されると思われる[8] 。
胸腺摘除術 AChR-MGの発症機序の一つとして、胸腺過形成、特に胸腺内のリンパ濾胞が増生するリンパ濾胞過形成(follicular hyperplasia)の関与が指摘されている。重症筋無力症の治療として、非胸腺腫でも胸腺摘除術が適応されるのは、この過形成胸腺が重症筋無力症の病因として感作されたAChR抗体の産生に関与しているという考えに基づいている。
最近まで重症筋無力症における胸腺摘除術の有効性について十分な根拠は示されていなかったが、2016年、非胸腺腫重症筋無力症を対象として初めて行われた国際共同ランダム化比較試験MG thymectomy (MGTX) studyの結果が公表された[9] 。この研究では、重症筋無力症症例が胸腺摘除術+経口プレドニゾロン群(摘除群)と経口プレドニゾロン単独群(非摘除群)に割り付けられ、3年後のQMGスコアとプレドニゾロン量を主要評価項目として両群の差が検討された。摘除群の患者はQMGスコアで平均2.85ポイントの改善がみられ、経口プレドニゾロンの必要量が平均11mg/日少なかった(摘除群16mg/日、非摘除群27mg/日)。胸腺摘除を行なっても治療関連の合併症が増加することはなく、これらの有効性は5年後の長期評価でも確認された[10] 。
しかしながら、MGTX studyの結果は胸腺摘除と経口プレドニゾロンの組み合わせだけでは容易に治療目標である5mgMMに到達しないことを示している。さらに、この研究には 50歳以上の症例が少数例しか含まれていなかった。臨床病型の項で記載したように、胸腺摘除術の効果が期待できる胸腺過形成を有する重症筋無力症患者が若年者に偏在していることも胸腺摘除術の適応を考える上で重要であろう。新ガイドラインでもLOMGに対する胸腺摘除術の適応は慎重に判断するように推奨される見込みである。
モノクローナル抗体による新たな治療法 既存の免疫治療では十分な効果が得られない症例に対して、新たな作用機序を持つモノクローナル抗体製剤の開発が進んでいる[11] 。
エクリズマブ(eculizumab)とラブリズマブ(ravulizumab)は補体C5に対するヒト化モノクローナル抗体であり、補体介在性の運動終板の破壊を阻止し、AChR数を回復させる作用を持っている。Eculizumab よりも血中半減期が長く、より長時間作用型であるRavulizumabは現在治験中である。
エフガルチギモド(efgartigimod)とロザノリキズマブ(rozanolixizumab)を含む胎児性Fc受容体(neonatal Fc receptor: FcRn)に対するモノクローナル抗体は、現在臨床治験が進行中である。FcRn抗体はIgGの分解抑制に関わるFcRnを介したリサイクリング機構を抑制することによって重症筋無力症の病原性自己抗体を含む全てのIgG濃度を低下させる。
リツキシマブ(rituximab)などのヒトBリンパ球表面に存在する分化抗原に結合するモノクローナル抗体の有効性が検討されている。
小児期発症重症筋無力症
小児期発症重症筋無力症の臨床型は、眼筋型、潜在性全身型、全身型に分類され、それぞれ治療方針が異なる。潜在性全身型とは本邦で定義された臨床型であり、臨床的には眼症状のみであるが、電気生理学的検査で四肢筋に神経筋接合部障害が認められる重症筋無力症と定義される。眼筋型でも潜在性全身型でも、臨床的に眼症状のみの場合は、抗コリンエステラーゼ薬で治療を開始するが、効果がみられない場合は速やかにステロイド薬に切り替える。一般に、潜在性眼筋型の場合は抗コリンエステラーゼ薬の効果が乏しいので、治療開始早期からステロイド薬を投与することが多い。全身型では、初めからステロイド薬で治療を開始する。ステロイド薬の効果が乏しい時は、他の免疫抑制薬の投与や胸腺摘除術の適応を考慮する[5] 。
おわりに
重症筋無力症の病原性自己抗体は全てが明らかになっているわけではなく、現状では抗AChR抗体やMuSK抗体陽性重症筋無力症に比べて病原性自己抗体陰性重症筋無力症の診断が難しい。病原性自己抗体が明らかな場合でも、それぞれの自己抗体に特異的な治療法がないため、完全寛解が得難く、患者の生活の質を良好に保つために長期的な治療戦略を立てる必要に迫られている。これらの問題点を解決し、重症筋無力症の完全寛解率を上げる診療への進歩が望まれる。
謝辞
病原性自己抗体の測定法や結果の解釈について、長崎総合科学大学工学部教授の本村政勝先生に重要な情報をいただきました。深謝いたします。
文献
図の説明
図1.成人発症MGの新しい病型分類 640例の成人発症MGを対象としたtwo-step cluster analysisと発症年齢解析の結果から、過形成胸腺MGがEOMGの主成分であり、眼筋型MGと胸腺異常のない抗AChR抗体陽性全身型MGがLOMGの主成分であると考えられた。(文献13より改変)
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