英:Intellectual Disability、Mental Retardation(精神遅滞)
同義語:精神遅滞
日本国内では一般的に「精神薄弱」が同義語として長期間利用されてきたが、1998年の「精神薄弱の用語の整理のための関係法律の一部を改正する法律」により「知的障害」に統一された。世界的にも“Intellectual Disability”が汎用されるようになってきた[1][2]。「retarded」という用語からくる偏見を避けるためである。
定義
精神医学の診断体系であるDSM-IV-TRでは、「精神遅滞」という用語が使われているが、以下のような定義となっている[3]。
- 明らかな知的機能の遅れ:個別施行による知能検査で、おおよそ70以下のIQ(平均より2標準偏差下が目安)(幼児においては、臨床的判断による)
- 同時に、現在の適応機能(すなわち、その文化圏でその年齢に対して期待される基準に適合する有能さ)の欠陥または不全が、以下のうち2つ以上の領域で存在:コミュニケーション、自己管理、家庭生活、社会的/対人的技能、地域社会資源の利用、自律性、発揮される学習能力、仕事、余暇、健康、安全
- 発症は18歳以前である
軽度:IQレベル50~55からおよそ70
中等度:IQレベル35~40から50~55
重度:IQレベル20~25から35~40
最重度:IQレベル20~25以下
別の診断体系であるICD-10では、「知的障害」と「精神遅滞」が併記されており、基準は上記と似ている[4]。発達期に明らかになる全体的な知的機能の水準の遅れ、そしてそのために通常の社会環境での日常的な要求に適応する能力の乏しさで判定される。
知的機能は、知能検査によって測定されるが、全体的な能力の評価に基づいて行うべきである。IQ(Intelligence Quotient:知能指数)は、標準化され、地域の文化的基準が組み込まれ、個別的に施行される知能テストで決めるべきである。また、IQは、およそ5程度の誤差を認めるため、70であれば、65-75くらいと認識しておくとよい。 なお、「学習障害」という用語もあるが、知的障害は上述のように全体的であるが、学習障害は書字・読字・計算などの学習に焦点があるという点で区別される。
適応機能は、バインランド適応行動尺度のような標準化された尺度を用いることで測定できる。知的障害の最も著名な支援組織であるAAIDD(American Association on Intellectual and Developmental Disabilities)では、適応機能を知的機能と別に考え、遂行機能に必要な「サポート」の程度を定義づけようとしている[5]。また、IQ75までを軽度知的障害とし、より多くの人が援助を受けられるようにしている。「サポート」の量を定めるには困難さが伴うが、その視点には実生活に役立ちやすい利点がある。
重症度
軽度知的障害
知的障害のおよそ85%を占め、就学までは気づかれにくい。成人期までに、およそ小学校高学年程度の知能を身につける。成人後は、適切な支援を受けて生活し、家族を持つことや、簡単な仕事に就くことは出来る。特異的な原因は特定できないことがしばしばである。
中等度知的障害
知的障害のおよそ10%を占める。言語発達や運動発達は遅れるが、殆どが言語を習得し、充分コミュニケーションをとれるようになる。学力は、最終的に小学校2-3年生くらいとなる。成人期には、社会的・職業的支援が必要で、適切な監督下で、難しくない仕事ができる。殆どが器質的原因を同定できる。
重度知的障害
知的障害のおよそ4%を占め、3-6歳の知能に発達し、簡単な会話が可能となる。訓練により、自分の身の周りのことができる。成人期には、決まった行動や、簡単な繰り返しが可能であり、常に監督や保護が必要である。ほぼ、器質的病因がある。
最重度知的障害
知的障害のおよそ1-2%であり、3歳未満の知能に相当する。言葉によるコミュニケーションは困難だが、喜怒哀楽の表現が可能で、見慣れた人は覚えている。運動機能の遅れも認め、歩行も困難であることが多い。他の身体障害、てんかん、神経症状などを伴うことが一般的である。また、常に援助と世話が必要である。
疫学
男女比は、1.5:1で男性に多い。 有病率は、DSM-IV-TRによると1%と予想されている[3]。IQが70以下とすると、理論上は2.3%ということになり、別の記載では3%というのもみられる[1]。以下のような種々の理由で、正確な有病率の測定は困難と考えられている。
- IQの定義自体が単一でない(適応機能など他の基準もある)
- 幼児期にはDQ(developmental quotient)にて推定することもあり、変化しうる
- 重度もしくは最重度では合併症のための死亡率が高く年齢が上がるにつれて有病率は低下する
病因
Down症候群、脆弱X症候群、フェニルケトン尿症、レット障害など遺伝的要因、出生前の病気、周産期の問題、幼児期の後天的要因など、もしくはそれらの組み合わせとされている。知的障害が重度となるほど、原因が明らかとなりやすい。全体的には、原因が確認されるのは約3分の2である[1][6]。
併存疾患
上記、染色体異常、先天代謝異常、また他の身体疾患、神経学的異常は、知的障害が重度になるほど高率となる。 知的障害者がなんらかの精神障害を持つ確率は、一般の3~4倍高いとされている[4]。特に広汎性発達障害の合併は20%近くにみられる[6]。広汎性発達障害の場合、同程度の知能の集団においても他人との関わりが困難、限局した興味や行動パターンが明らか、また言語の遅れが大きい、個人の中での能力のばらつきなどが特徴としてあげられる。てんかんの合併率も高く、知的障害者の10-30%ほどと見積もられるが[2][6]、知的障害が重度になるほど増える。
経過
まず、フェニルケトン尿症、メープルシロップ尿症などの先天代謝異常は、新生児スクリーニングが行われている。他の知的障害は、合併症があったり重症であったりするほど早く気づかれる。遅れを認めた場合、周囲が意識して関わるようにし、療育センターなどを利用しながら、程度に応じて集団生活への移行を検討する。就学時には、教育委員会などによる就学相談により、普通学級、特別支援学級、特別支援学校のうち適切な場所を検討する。知的レベルの検査、本人の他の状況、保護者の希望、学校の体制などにより、総合的に判断するが、その選択は簡単ではなく、就学後もより適切な教育を受けられるよう、またより快適に過ごせるよう、検討を重ねていくことが多い。
また、生涯にわたり、知的障害者の多くが、心理的社会的な支援を必要としている。幼少期より周囲への適応が困難で、遅れをとることから、失敗や落胆を繰り返し、自尊心の低下をみとめ、更に適応が困難となったり、種々の精神症状や不適切な行動がみられたりする。これらの2次的な問題を予防するために、それぞれに見合った環境の提供や、QOLの改善を図るような注意や工夫が必要である。
関連項目
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 1.2 Sadock BJ, Sadock VA, Ruiz P
Kaplan and Sadock's Comprehensive Textbook of Psychiatry: 9th ed.
Philadelphia, Pa: Lippincott Williams & Wilkins; 2009. - ↑ 2.0 2.1 Rutter M, et al (eds): Rutter’s Child and Adolescent Psychiarty, 5th Edition.
Wiley-Blackwell NJ, 2008. - ↑ 3.0 3.1 American Psychiatric Association. Diagnostic and Statistical manual of Mental Disorders - Fourth Edition - Text Revision (DSM-IV-TR).
Washington, DC: American Psychiatric Press. 2000. - ↑ 4.0 4.1 World Health Organisation. ICD-10 Classifications of Mental and Behavioural Disorder: Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines.
Geneva. World Health Organisation. 1992. - ↑ American Association on Intellectual and Developmental Disabilities: Mental Retardation: Definition, Classification, and Systems ff Supports.
Washington, DC: 2002. - ↑ 6.0 6.1 6.2 Sadock BJ, Sadock VA
Kaplan and Sadock's Synopsis of Psychiatry: Behavioral Sciences/Clinical Psychiatry. 9th ed.
Philadelphia, Pa: Lippincott Williams & Wilkins; 2003:904.
(執筆者:船曳康子 担当編集委員:加藤忠史)