尾身 実
福井大学
佐藤 真
大阪大学大学院医学系研究科・連合小児発達学研究科
DOI:10.14931/bsd.3246 原稿受付日:2013年3月27日 原稿完成日:2013年9月2日 一部改訂:2021年6月30日
担当編集委員:大隅 典子(東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)
英: marginal zone,仏: zone marginale,独: Randzone
脳科学では、異なる3つの構造に「辺縁帯」の名が付けられている。
- 哺乳類の、発生過程における大脳皮質の最表層を「辺縁帯」といい、成熟した脳の最表層にある「分子層(第Ⅰ層)」となる。辺縁帯には、大脳皮質の層形成に重要な役割を持つカハール・レチウス細胞が存在するが、生後には細胞死により減少する。成熟した脳に見られる分子層の主な構成要素は、別の領域にある細胞の軸索や樹状突起であり、神経細胞体は他の層に比し少ない。
- 神経管は3層構造を持ち、内側から外側に向かって「脳室帯」・「外套層」・「辺縁帯」と呼ばれる。辺縁帯は神経軸索に富む一方、神経細胞体は比較的少ない。神経管が成熟して脊髄になると、辺縁帯は白質となる。
- 脊髄の後角は6層に分かれており、その最背層を「辺縁帯」(縁帯)という。脊髄後角にある神経細胞は体性感覚を受容し、辺縁帯では特に痛覚と温度覚を受ける。
脊髄を形成する神経管領域
神経管は、その発生当初には神経上皮細胞からなる層のみを持つが、神経上皮細胞の分裂によって、徐々にその厚みを増していき、脊髄を形成する領域の神経管領域ではやがて3層の構造を持つようになる。(神経管の前端からは脳が形成されるが、脳の発生についてはそれぞれの関連項目を参照されたい。)神経管の持つ3層構造は、内側から外側にかけてそれぞれ脳室帯 ventricular zone、外套層 mantle zone(中間層 intermediate zone)、辺縁帯 marginal zoneと呼ぶ(図1)。
辺縁帯は神経管の最も外側の層で、発生の後期にはニューロンの軸索が豊富に分布する一方、神経細胞体の分布はまばらである[1]。脳室帯は神経上皮細胞から成り、外套層はニューロンの細胞体に富む。これら3層とも発生過程で見られる一過的な組織構造であり、神経管が脊髄へと成熟するにしたがい、辺縁帯は白質 white matterを、外套層は灰白質 grey matterを、脳室帯は上衣層 ependymal layerを形成する。
初め、神経管は神経上皮細胞のみの偽重層上皮から成る。神経上皮細胞は神経幹細胞として機能し、対称分裂により自身を増やしていくが、やがて非対称分裂を行い始める。非対称分裂によって産まれた娘細胞のうち、突起を持たない娘細胞は細胞周期から外れて神経前駆細胞となり、神経管の外側に向かって法線方向に移動したのち、ニューロンへと分化する。この一連の細胞分裂の過程で神経管は肥厚していき、神経管の内腔(脳室面)側の脳室帯と外側の辺縁帯に区別されるようになる。脳室帯は神経上皮細胞により上皮構造を呈し、神経上皮細胞が増殖を行っている領域である[2]。辺縁帯は軟膜に面し、最初期に産まれたニューロンが分化・成熟するが、後述するように辺縁帯には後に神経軸索が多く走行するようになるので神経細胞体の密度は高くなく、ニューロンの分化に伴いニューロフィラメントの抗体染色によって可視化できるようになる[1]。続いて産まれる神経前駆細胞は脳室帯から移動したのち、脳室帯と辺縁帯の中間の位置を占めるようになる。これによって外套層が形成される。神経前駆細胞の移入によって外套層での細胞数は増加し、外套層は急速に発達する。神経上皮細胞は放射状グリアとも呼ばれ、双極性で神経突起を脳室面側と軟膜側双方に伸ばしており、核を含む細胞体は外套層と脳室帯の間を周期的に移動する。神経細胞体が外套層に位置する時には細胞周期のS期にあり、脳室帯に位置する時にはM期にあるので、M期特異的に現れるリン酸化ヒストンH3の抗体染色によって脳室帯は識別できる[1]。
神経管の発生が進んで脊髄へと発達するにしたがい、辺縁帯には脳や末梢神経系から走行する軸索の束が富むようになる。これにより辺縁帯は白質へと成熟する。また、外套層は成熟したニューロンが集積していき、脊髄の灰白質を形成する。脳室帯は上皮組織から成る上衣層となる[3]。
大脳皮質
発生過程における、哺乳類の大脳皮質の最表層を指す。成熟した哺乳類の大脳皮質は6層の構造を持っており、辺縁帯はそのうちの最表層である第I層Layer I(分子層molecular layer)を形成する。第Ⅰ層はニューロンをほとんど含まず、主な構成要素は、下層のII・III・V層にある錐体細胞が伸ばす樹状突起と、それに入力する線維(交連線維・連合線維・視床非特殊核からの視床皮質投射線維)である。ただし、第Ⅰ層はカハール・レチウス細胞 Cajal-Retzius cellsを含んでおり、この細胞はニューロンの移動に極めて重要なリーリンタンパク質を産生する[2]。
大脳皮質の発生初期には内側の脳室帯 ventricular zoneと、外側のプレプレート preplateだけしかみられないが、やがて脳室帯で産まれたニューロンがプレプレートに入り込み、プレプレートを2層に分割する。分割されたもののうち表層側は辺縁帯となり、深層側はサブプレート subplateとなる。辺縁帯とサブプレートの間に移動したニューロンは皮質板 cortical plateを形成する。辺縁帯は将来の第Ⅰ層を、皮質板は将来の第II層〜第VIを形成する(図2)[4]。
脳室帯で産まれたニューロンがどの層の形成に寄与するかは、それぞれの産まれた時期によって決まってくる。第II層〜第VI層を形成するニューロンのうち、早くに産まれたニューロンほど深層の形成に寄与し、遅くに産まれた細胞ほど浅層の形成に寄与する。すなわち、遅くに産まれた細胞は、早くに産まれた細胞を追い越して、より表層に位置するようになる(inside-outパターン)。この移動様式の制御に深く関わるのが、第I層に位置するカハール・レチウス細胞が産生する分泌性糖タンパク質のリーリンReelinである。リーリンを欠損するマウス変異体であるリーラー Reelerでは上述のinside-outパターンが崩れ、大まかにoutside-inのパターンを呈する[2]。なお、諸説あるもののリーリンの作用機序は不明である。大脳皮質の成熟とともに、細胞死によってカハール・レチウス細胞の数は著しく減少する。詳細はカハール・レチウス細胞の項を参照のこと。また、大脳皮質およびその発生についての詳細はそれぞれの項を参照されたい。
脊髄後角
脊髄の灰白質は蝶が羽根を広げたような形態をしており、背側部を後角 posterior horn, dorsal horn、腹側部を前角 anterior horn, ventral hornという。その中間を中間帯 intermediate zone(側角 lateral horn)と呼ぶ。後角は層構造を呈し、背側から後角尖 apex、後角頭 head、後角頚部 neck、後角底 baseからなる。後角尖は更に2層に分けることが出来、背側を海綿質 substantia spongiosaまたは辺縁帯(縁帯)といい、腹側を膠様質 substantia gelatinosaという(図3)。なお、脊髄灰白質はスウェーデンの神経学者Bror RexedによってI層からX層に区分されている。Rexedの区分では辺縁帯はI層にあたり、膠様質はII層にあたる[5]。
脊髄後角にあるニューロンは、後根神経節ニューロンからの体性感覚を受容する。辺縁帯では特に痛覚と温度覚を伝える神経線維(Aδ線維)の投射を受ける。
関連項目
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 1.2 Dan H. Sanes, Thomas A. Reh, William A. Harris
Development of the Nervous System, 2nd Ed.
Academic Press (Oxford):2006 - ↑ 2.0 2.1 2.2 寺島俊雄
カラー図解 神経解剖学講義ノート 第1版
金芳堂(京都):2011 - ↑ ブルース・M・カールソン=著、白井敏雄=監訳
パッテン 発生学 第5版
西村書店(東京):1994 - ↑
Kwan, K.Y., Sestan, N., & Anton, E.S. (2012).
Transcriptional co-regulation of neuronal migration and laminar identity in the neocortex. Development (Cambridge, England), 139(9), 1535-46. [PubMed:22492350] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑ ジョン・H・マーティン=著、野村金子武嗣=監訳
マーティン 神経解剖学 テキストとアトラス 初版
西村書店(東京):2007