尾仲 達史
自治医科大学 医学部
DOI:10.14931/bsd.6775 原稿受付日:2016年2月1日 原稿完成日:2016年月日
担当編集委員:藤田 一郎(大阪大学 大学院生命機能研究科)

英:fear 独:Furcht 仏:peur

同義語:恐怖

 外的あるいは内的な特定の危険、あるいは、危険と判断したことに対して誘発される嫌悪的な感情(情動)。特に、その危険の発生を自分で制御できず、対処が十分にできないと認知した時に生じる。進化の過程で形成された神経基盤が想定されている基本的な感情(情動)の一つとして考えられている[1] [2]。恐れが誘発されると、恐れの対象となるものを避ける行動、神経内分泌反応、自律神経反応が誘発される。基本的には、これらの反応は、危険なことから生体を保護することに寄与している。

概念とこれを修飾する因子

「恐れ(恐怖)」は、身体に対して、或いは、社会的な自己の存在に対して危害を加えるもの、あるいは危害を加えると判断したものに対して生じる基本情動(喜び(幸福)、怒り、悲しみ、嫌悪、驚愕、恐怖)の一つ。このとき、中枢神経系と末梢臓器に様々な反応が誘発される。これに対し、不安は対象の無い漠然とした未分化な恐れと言われている。

 恐れの主観的な経験を重視し「恐れの感情feeling」とよび、恐れに対する客観的にとらえられる反応(脳を含めた身体的変化)を主眼とした「恐れの情動emotion」と区別することがある。後者は動物実験で研究可能となる。  このように恐怖刺激は、恐れの感情をもたらすとともに後述するような様々な末梢臓器の情動反応をもたらす[2]。恐れの情動反応は必ずしも恐れを意識した結果生じるものではない。多くの恐れの情動反応は無意識的に生じうる[3]。恐怖刺激により惹起された末梢臓器の情動反応の情報は、中枢神経系にフィードバックされ、恐れを修飾する。例えば、ドキドキという心臓の鼓動により恐れの感情・情動が影響を受ける。しかし、末梢臓器の反応の知覚が必ずしも個別の感情そのものを引き起こすわけではない。心臓の鼓動の知覚が、すなわち恐れというわけではない。

 恐れを生じるかどうかは、刺激を受け取る個体の状態に影響を受ける。外的あるいは内的な状況を、その個体がどう認知し評価するかに依存する。同じ状況でも、自身にとって脅威で制御できないと認識すると恐れを感じるが、対処可能でたいしたことはないと評価した場合には恐れは生じない。さらに、恐れの感情は、社会的文化的な影響も受ける。その社会・文化に特有の恐れの状況があることが指摘されている。  恐れは、感情の二次元モデル(快―不快、覚醒度の高―低)[4]で表すと、不快で嫌悪性をもち、また、覚醒レベルが高い状態で、恐れを引き起こすものあるいは状況を避けようとする行動を生体に引き起こす誘因となる。  恐れの身体情動反応と主観的感情は、他の情動・感情と同様に[5] [6]、しかるべき中枢神経系の特定の状態である(基本情動説(Darwin説)、感情中枢起源説(Cannon-Bard説))とともに、末梢臓器の反応による修飾を受ける(感情末梢起源説(James-Lange説))。また、状況に対する認知的な評価に依存する側面をもつ(感情認知評価説)[7]。生じている身体的反応の情報(内受容感覚(内臓感覚))とそのときの状況の評価と身体反応の原因の推論から意思決定が影響され、主観的感情である「恐れ」が形成されるとする考えもある(ソマティック・マーカー説(Damasio説)[8]、身体的評価仮説(Prinz説)[9])。また、恐れは、社会文化的な制約もうける(感情社会構成説)。一方、「恐れ」を含め、様々な感情は概念で形成されたもので、特定の神経回路により生じるというよりは、脳の広範な領域に分布する様々な経験依存性のシステムで生じるもので、共通した普遍的なものではないという考えも提唱されている(構成主義的情動理論[10])。

誘発する刺激  恐怖刺激として、強度が強い感覚刺激(聴覚、視覚、嗅覚刺激)、新奇な刺激、進化の過程でその種にとり生得的な脅威となった刺激、痛み刺激があげられている。これらは基本的には学習を必須としない生得的な危険刺激である。さらに、学習によりこれらの生得的危険刺激がくることを予測させる刺激も恐れを誘発する[11]。  「進化の過程でその種にとり生得的な脅威となった刺激」とは、進化の過程でその刺激に対し恐れを抱くことで危険を回避でき生存に有利となった刺激のことをいう。捕食者を表す(予知させる)刺激(匂い、形態、迫ってくる影、発声など)、同種の社会的強者の個体からの攻撃や威嚇の信号(発声、姿勢、表情)あるいは社会的強者が近くにいることを示すもの(匂い、視覚刺激)、同種個体の出す警戒信号(匂い、発声、表情、身振り)、霊長類にとってのヘビの視覚刺激、高所などがある。  学習を必要とする恐怖刺激としては、恐怖条件づけ学習によるものがある。条件付け学習においては、それ自身では嫌悪性のない刺激(例えば、音刺激、光刺激、実験箱といった環境刺激)と、それ自身で恐れを引き起こす刺激である痛み刺激(例えば、足掌部への電気刺激(フットショック)とを組み合わせて与える。前者が条件刺激、後者の痛み刺激が無条件刺激となる。この二つを組み合わせて与えることにより、条件刺激が来れば無条件刺激がくるということを学習つけることができる。すると、条件刺激である音、光、環境刺激をくわえるだけで、恐怖反応が引き起こされるようになる。条件刺激として、音や光刺激を用いる場合を手がかり条件付け(cue conditioning)、条件刺激として環境刺激を用いる場合は文脈条件付け(contextual conditioning)と呼ばれている。 反応  恐怖刺激があると、その時に行っていた行動を停止し、目の前の脅威となるものから逃げる行動(逃避行動)、あるいは、筋肉を緊張させる「すくみ行動」をとる。切羽詰まりどうしようもない状況であれば脅威の対象物に対し闘争する場合もある。また、同種の強者からの脅威といった社会的な脅威の場合、服従の姿勢、宥め行動をとる場合もある。短く強い音を加えると、驚愕反射が観察されるが、この驚愕反射は恐怖刺激があると亢進することが示されている。恐怖刺激により意識を消失することもある[12]。動物で外敵に襲われたときに擬死反応を示すことが報告されている。例えば、マウスは、捕食動物の匂い、チアゾリン類分子(thiazoline-related fear odors)によって、体温低下、心拍数低下、すくみ行動といった擬死反応を示す。擬死反応は天敵に出会ったときの生存確率を上げると考えられている。また、チアゾリン類分子は低酸素状況といった危機状況で生命保護作用をもつと報告されている[13]。  恐怖刺激を加えると、行動系に反応が誘発されるだけでなく、自律神経系(交感神経系亢進、発汗、脱糞、排尿)、神経内分泌系(視床下部-下垂体前葉-副腎皮質系の賦活化(ACTH放出、副腎皮質ホルモン放出)、副腎髄質系の賦活化(アドレナリン放出)、プロラクチン放出、オキシトシン放出[14])に恐怖反応が誘発され、鎮痛も観察される。  このように恐れに対する反応は、闘争や逃走に備えるための身体反応で覚醒レベルの上昇を反映し、恐れに選択的というよりは非選択的なものが多い。 一方、恐れに特有の身体反応があるという主張もある。文化、人種によらずヒトは、恐れのとき、眉毛を中央に寄せて上げ、上眼瞼をひき上げ下眼瞼を緊張させ眼を大きく見開き、唇を水平方向に引き延ばすという共通した恐怖表情を示す[15]。また、この表情を見て、その表情をしているヒトが恐れていることをヒトは理解できる。自律神経系には、交感神経系の亢進の症状(心拍数増加、皮膚蒼白、立毛、散瞳、体温上昇(褐色脂肪活性化))とともに、末梢血管抵抗の低下[16]、顔面蒼白、冷や汗[17]といった恐れに特異的なパターンがあると報告されている。恐れを含め基本情動に対応した特異的な身体感覚マップがあるという報告もある[18]。さらに、身体反応は条件恐怖刺激では体温上昇・心拍数増加が生じ、天敵臭では体温低下、心拍数低下が生じるというように、用いる恐怖刺激により身体反応が異なることも示されている[19]。  他の情動と同様、恐れの感情は、認知、記憶に影響を与える。恐れを惹起する刺激があると、注意がその刺激に集中し(注意集中効果)、その周辺に対して注意が向かなくなる(注意制限効果)。また、恐れの感情があると、未来に対する予測がより悲観的になること[20]、 仲間との友好的な関係を形成維持したいという親和動機が強まり仲間と一緒にいることを選択することが示されている。  恐れに対する反応は、基本的には、脅威となる刺激や状況から、生体を防衛・維持する機能があると考えられる。 神経機構  恐れの神経機構については、恐怖反応を担う機構が恐怖条件づけ学習を使用した研究により明らかにされつつある[21-28]。その結果、恐怖条件づけ反応の獲得、保持、表出において扁桃体の重要性が示されている。とくに、外側扁桃体、基底扁桃体、扁桃体中心核の関与が考えられている。様々な感覚情報は扁桃体に入力しており、外側扁桃体と扁桃体中心核においてシナプスの可塑的変化が生じる。また、恐怖条件づけ反応の表出には扁桃体中心核からの投射が重要であることが示唆されている。恐怖条件づけ刺激に対するすくみ行動と鎮痛は扁桃体中心核から腹外側中心灰白質への投射が担い、血圧上昇反応は扁桃体中心核から外側視床下部への投射が伝達し、驚愕反応の亢進は扁桃体中心核から橋網様体(pontine reticular formationのnucleus reticular pontis caudalis)への投射の関与が示唆されている。一方、神経内分泌系の反応には、内側扁桃体-延髄弧束路核ノルアドレナリン/PrRP産生ニューロン-視床下部経路の重要性が示唆されている[29]。危険を能動的に回避する行動の場合、扁桃体中心核からの投射は必須ではなく基底扁桃体から側坐核への投射が重要であることが示唆されている[30]。  条件刺激を環境刺激(実験箱)とした場合には、その環境を記憶するために空間情報の記憶の座である海馬が扁桃体と共に必須であることが示されている。  恐怖条件づけ学習の学習終了後、条件刺激のみを繰り返し加えることで恐怖条件づけ反応が減弱していく。これは、忘却ではなく新たな消去の学習と考えられている。この消去学習には、扁桃体、海馬のほか、前頭葉腹内側部の下辺縁皮質(infralimbic cortex)が重要であることが示されている。  生得的な恐怖刺激(天敵の匂い、視覚的な刺激)による恐怖反応にも扁桃体が関与していることが示されている。この場合、用いる刺激により異なる経路で恐怖反応を誘発していることが指摘されている[31-33] 。  ヒトにおいても「恐れ」の情報処理に、扁桃体が重要であることが指摘されている[34, 35]。恐怖刺激を含め情動を惹起させる刺激を加えると扁桃体が活性化され[36] [37]、扁桃体を刺激すると恐れを含めた情動が喚起される[38]。また、後述するように両側扁桃体が破壊されると恐れの認知が障害される[39] [40] 。 マカクザルの扁桃体と海馬を含む側頭葉の切除術で生じる症状から、扁桃体・海馬・側頭葉障害で恐怖・怒りの消失、性欲亢進、食行動の変化、視覚失認、口唇傾向、視覚性注意転導性の亢進を示す症例はクリューバ―・ビューシー症候群 Klüver-Bucy syndromeと呼ばれている。これらの症状のうち恐怖怒りの消失は扁桃体の障害により生じると考えられている。また、常染色体劣性遺伝疾患のUrbach-Wiethe病(extracellular matrix protein ECM1遺伝子欠損)はリポイド蛋白質症により全身の皮膚・粘膜に硝子様物質の沈着が見られる。この疾患で両側の扁桃体が石灰化し損傷される場合がある。扁桃体損傷患者では、嫌悪刺激を用いた条件付け学習ができず、恐怖の表情を示している顔貌を認識できなくなり、脅威となる顔(怒りの顔)の検出にも障害が生じる[41]と報告されている。また、健常人には恐怖を予期させるような刺激をうけても、たとえそれが生命を脅やかすような危険な状況を思い出せるような刺激であっても、恐怖の感情が誘発されない。また、恐怖体験をしても予期的な恐怖感は生じない。しかし、恐怖の感情が完全に消失しているわけではないらしい。二酸化炭素吸入によりパニック発作が引き起こされ、主観的な恐怖を感じる[42]。また、姿勢や音声による恐怖を認識できると報告されている。さらに、患者によっては恐怖の表情を認識できるという報告もある[43]。動物実験の結果と合わせて、扁桃体は恐怖刺激を検出し身体に防御生存反応を表出することに必須で、また恐怖学習にも必要であるが主観的な恐怖感情には必ずしも必須ではないと考えられる。主観的感情には、おかれた環境からの外受容感覚入力、状況の認知的判断、身体の恐怖反応の内受容感覚を含め複数のシステムが関わっており、扁桃体のほか、前頭前野、帯状回、島皮質、皮質下構造(視床下部、中心灰白質など)といった広範囲の脳部位の関与が考えられている[44]が、さらに検証が必要である。今後、他の情動と共に、認知的なレベルと身体的なレベルとを統合した神経基盤に基づく理解が進んでいくことが望まれる。 臨床的意義 恐怖・不安反応が亢進することで不安性障害が生じうる。通常、危険ではないような特定の対象(例えば広場、対人、あるいは先端などの個別刺激・状況)に対し不合理に恐怖を感じる場合がある。これは恐怖症(phobia)あるいは恐怖症性不安障害(広場恐怖、社交恐怖、特定の恐怖症)と呼ばれている。また、生命を脅かされるような強い急性ストレスを体験すると、その苦痛な記憶が容易に想起され不安恐怖症状が出現することがあり、心的外傷後ストレス障害(post-traumatic stress disorder, PTSD)と呼ばれている。PTSDは前頭前野・帯状回・扁桃体・海馬の機能異常があり[45]、恐怖記憶の消去障害があると想定されている。 恐怖の感情が鈍磨する障害もある。自分の感情に気付きにくく、言葉で表現することが障害されている症状は失感情症alexithymiaといわれている。失感情症の患者において扁桃体、内側前頭前野、島皮質そして報酬系を構成する線条体が小さく機能異常があると報告されている[46]。前述の通り、扁桃体の障害により恐怖情報処理の障害が生じる。



 「恐れ(恐怖)」は、身体に対して、或いは、社会的な自己の存在に対して危害を加えるもの、あるいは危害を加えると判断したものに対して生じる基本情動(喜び(幸福)、怒り、悲しみ、嫌悪、驚愕、恐怖)の一つ。このとき、中枢神経系と末梢臓器に様々な反応が誘発される。これに対し、不安は対象の無い漠然とした未分化な恐れと言われている。

 恐れの主観的な経験(感じfeeling)を重視し「恐れの感情」とよび、恐れに対する客観的にとらえられる反応(脳を含めた身体的変化)に着目し「恐れの情動」と区別することがある[3]。後者は動物実験で研究可能となる。

 恐怖刺激は、恐れの感情feelingをもたらすとともに後述するような様々な末梢臓器の情動反応をもたらす[2]。恐れの情動反応は必ずしも恐れを意識した結果生じるものではない。多くの恐れの情動反応は無意識的に生じうる[4]。恐怖刺激により惹起された末梢臓器の情動反応の情報は、中枢神経系にフィードバックされ、恐れを修飾する。例えば、ドキドキという心臓の鼓動により恐れの感情・情動が影響を受ける。しかし、末梢臓器の反応の知覚が必ずしも個別の感情そのものを引き起こすわけではない。心臓の鼓動の知覚が、すなわち恐れというわけではない。

 恐れを生じるかどうかは、刺激を受け取る個体の状態に影響を受ける。外的あるいは内的な状況を、その個体がどう認知し評価するかに依存する。同じ状況でも、自身にとって脅威で制御できないと認識すると恐れを感じるが、たいしたことはないと評価した場合には恐れは生じない。さらに、恐れの感情は、社会的文化的な影響も受ける。その社会・文化に特有の恐れの状況があることが指摘されている。

 恐れは基本的には不快で嫌悪性をもち、それを引き起こすものあるいは状況を避けようとする行動を引き起こす誘因となる。

 まとめると、恐れの情動・感情は、他の情動・感情と同様に[5] [6]、しかるべき中枢神経系の部位の特定の状態である(基本情動説Darwin説)、感情中枢起源説Cannon-Bard説))とともに、末梢臓器の反応による修飾を受ける(感情末梢起源説James-Lange説))。また、状況に対する認知的な評価に依存する側面をもつ(感情認知評価説[7]。このとき、身体的反応の情報(身体的反応の中枢メカニズム)そのものが評価に関わり「恐れ」が形成されるとする考えがある(ソマティック・マーカー説Damasio説[8]身体的評価仮説Prinz説[9])。また、恐れは、社会文化的な制約もうける(感情社会構成説)。

誘発する刺激

 恐怖刺激として、強度が強い感覚刺激(聴覚視覚嗅覚刺激)、新奇な刺激、進化の過程でその種にとり生得的な脅威となった刺激、痛み刺激があげられている。これらは基本的には学習を必須としない生得的な危険刺激である。さらに、学習によりこれらの生得的危険刺激がくることを予測させる刺激が恐れを誘発する[10]

 「進化の過程でその種にとり生得的な脅威となった刺激」とは、進化の過程でその刺激に対し恐れを抱くことで危険を回避でき生存に有利となった刺激のことをいう。捕食者を表す(予知させる)刺激(匂い、形態、迫ってくる影、発声など)、同種の社会的強者の個体からの攻撃や威嚇の信号(発声、姿勢、表情)あるいは社会的強者が近くにいることを示すもの(匂い、視覚刺激)、同種個体の出す警戒信号(匂い、発声、表情、身振り)、霊長類にとってのヘビの視覚刺激、高所などがある。

 学習を必要とする恐怖刺激としては、恐怖条件づけ学習がよく用いられている。それ自身では嫌悪性のない刺激(例えば、音刺激、光刺激、実験箱といった環境刺激)と、それ自身で恐れを引き起こす刺激である痛み刺激(例えば、足掌部への電気刺激(フットショック)とを組み合わせて与える。前者が条件刺激、後者の痛み刺激が無条件刺激となる。この二つを組み合わせて与えることにより、条件刺激が来れば無条件刺激がくるということを学習つけることができる。すると、条件刺激である音、光、環境刺激をくわえるだけで、恐怖反応が引き起こされるようになる。条件刺激として、音や光刺激を用いる場合を手がかり条件付け(cue conditioning)、条件刺激として環境刺激を用いる場合は文脈条件付け(contextual conditioning)と呼ばれている。

反応

 恐怖刺激があると、その時に行っていた行動を停止し、目の前の脅威となるものから逃げる行動(逃避行動)、あるいは、筋肉を緊張させる「すくみ行動」をとる。切羽詰まりどうしようもない状況であれば脅威の対象物に対し闘争する場合もある。また、同種の強者からの脅威といった社会的な脅威の場合、服従の姿勢、宥め行動をとる場合もある。短く強い音を加えると、驚愕反射が観察される。この驚愕反射は恐怖刺激があると亢進することが示されている。ヒトの場合、恐怖刺激により気絶することがある[11]

 行動系に反応が誘発されるだけでなく、恐怖刺激により、自律神経系(交感神経系亢進、発汗脱糞排尿)、神経内分泌系(視床下部-下垂体前葉-副腎皮質系の賦活化(ACTH放出、副腎皮質ホルモン放出)、副腎髄質系の賦活化(アドレナリン放出)、プロラクチン放出、オキシトシン放出[12])に恐怖反応が誘発され、鎮痛も観察される。

 このように恐れに対する反応は、闘争逃走に備えるための身体反応で覚醒レベルの上昇を反映し、恐れに選択的というよりは非選択的なものが多い。一方、、恐れに特有の身体反応があるという主張もある。文化、人種によらずヒトは、恐れのとき、眉毛を中央に寄せて上げ、上眼瞼をひき上げ下眼瞼を緊張させを大きく見開き、を水平方向に引き延ばすという共通した恐怖表情を示す[13]。また、この表情を見て、その表情をしているヒトが恐れていることを理解できる。

 自律神経系に、交感神経系の亢進の症状(心拍数増加、皮膚蒼白、立毛散瞳)とともに、末梢血管抵抗の低下[14]、顔面蒼白、冷や汗[15]といった恐れに特異的なパターンがあると報告されている。恐れを含め基本情動に対応した特異的な身体感覚マップがあるという報告もある[16]

 他の情動と同様、恐れの感情は、認知、記憶に影響を与える。恐れを惹起する刺激があると、注意がその刺激に集中し(注意集中効果)、その周辺に対する注意が向かなくなる(注意制限効果)。また、恐れの感情があると、未来に対する予測がより悲観的になり[17]、 仲間との友好的な関係を形成維持したいという親和動機が強まり仲間と一緒にいることを選択するという[3]

 恐れに対する反応は、基本的には、脅威となる刺激や状況から、生体を防衛・維持する機能があると考えられる。

神経機構

 恐れの神経機構については、恐怖反応を担う機構の解明が恐怖条件づけ学習を使用した研究により進んでいる[18] [19] [20] [21] [22] [23] [24] [25]。その結果、恐怖条件づけ反応の獲得、保持、表出における扁桃体の重要性が示されている。とくに、外側扁桃体基底扁桃体扁桃体中心核が考えられている。様々な感覚情報は扁桃体に入力しており、外側扁桃体と扁桃体中心核においてシナプスの可塑的変化が生じることが示されている。恐怖条件づけ反応の表出には扁桃体中心核からの投射が重要であることが示唆されている。恐怖条件づけ刺激に対するすくみ行動と鎮痛は扁桃体中心核から腹外側中心灰白質への投射が担い、血圧上昇反応は扁桃体中心核から外側視床下部への投射が伝達し、驚愕反応の亢進は扁桃体中心核から橋網様体(pontine reticular formationのnucleus reticular pontis caudalis)への投射の関与が示唆されている。一方、神経内分泌系の反応には、内側扁桃体-延髄弧束路核ノルアドレナリン/PrRP産生ニューロン-視床下部経路の重要性が示唆されている[26]。危険を能動的に回避する行動の場合、扁桃体中心核からの投射は必須ではなく基底扁桃体から側坐核への投射が重要であることが示唆されている[27]

 条件刺激を環境(実験箱)とした場合には、その環境を記憶するために空間情報の記憶の座である海馬が扁桃体と共に必須であることが示されている。

 恐怖条件づけ学習の学習終了後、条件刺激のみを繰り返し加えることで恐怖条件づけ反応が減弱していく。これは、忘却ではなく新たな消去の学習と考えられている。この消去学習には、扁桃体、海馬のほか、腹内側部の内側前頭前野 (infralimbic cortex)(編集部コメント:infralimbic cortexは訳語では下辺縁皮質かと思います。これで良いかご確認ください。)が重要であることが示されている。

 生得的な恐怖刺激(天敵の匂い、視覚的な刺激)による恐怖反応にも扁桃体が関与していることが示されている。この場合、用いる刺激により異なる経路で恐怖反応を誘発していることが指摘されている[28] [29] [30]

 ヒトにおいても「恐れ」の情報処理に、扁桃体が重要であることが指摘されている[31] [32]。恐怖刺激を含め情動を惹起させる刺激を加えると扁桃体が活性化され[33] [34]、両側扁桃体が破壊された人では恐れの認知が障害され[35] [36]、脅威となる顔(怒りの顔)の検出が障害される[37]。また、扁桃体を刺激すると恐れを含めた情動が喚起される[38]

 今後、他の情動と共に、認知的なレベルと身体的なレベルとを統合した神経基盤に基づく理解[39]が進んでいくことが望まれる。

関連項目

参考文献

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