藤澤 茂義
理化学研究所 脳神経科学研究センター
DOI:10.14931/bsd.10577 原稿受付日:2024年9月27日 原稿完成日:2024年10月23日
担当編集委員:北城 圭一(生理学研究所)
同義語:シーター波、θ波
英:theta wave, theta oscillation 独:Theta-Wellen 仏:rythme thêta
シータ波は、海馬およびその関連領域で観測される4~10Hzの脳波である。シータ波は、覚醒時に探索活動などをしているときや、REM睡眠中に発生する。シータ波は神経細胞の活動タイミングの制御や同期活動の形成などに関与しており、海馬およびその周辺部位における神経回路計算に重要な役割を担うと考えられている。
歴史
海馬におけるシータ波は、1969年にCornelius Vanderwolfによって報告された[1]。シータ波という名前は、もともとはヒトの頭皮で観察される脳波の研究において、徐波睡眠中に現れる4Hz~7Hzの脳波を指すものとして定義されたものである[2]。Vanderwolfは、ラットの海馬においてシータ波帯域の周波数での強い局所電位活動を発見した(図1)。これは、徐波睡眠中のシータ波とは周波数帯域は同じであるが、発生する脳の状態や部位が異なるため、Vanderwolfはこの現象を「rhythmical slow activity」と名付けて区別した。しかし、結局は「シータ波」という名称が広く使われるようになった。
発生メカニズム
中隔
中隔(medial septum)に存在するアセチルコリン作動性ニューロン(AChニューロン)とGABA作動性ニューロン(GABAニューロン)が、海馬におけるシータ波発生に重要な役割を持つ[3]。中隔のAChニューロンとGABAニューロンは、ともに海馬に強い投射が存在する。中隔AChニューロンは、海馬シータ波の強さの調整(power modulation)の役割を有し、中隔GABAはシータ波のペースメーカー(frequency modulation)の役割を有する。これは、光遺伝学手法によりAChニューロンを特異的に光刺激した場合は刺激強度に応じて海馬シータ波のpowerが大きくなるのに対し[4]、GABAニューロンを特異的に光刺激したときはシータ波の周波数は光刺激の周波数に同調することより示された[5]。
海馬
海馬は中隔ニューロンの投射を受けシータ波を生成する。まず、神経細胞レベルでのメカニズムとして、海馬ニューロンはアセチルコリンの入力に対して反応性が高い。例えば、海馬CA1錐体細胞に多く発現するKCNQ (Kv7) チャネルは、電位依存性K+チャネルの一種でムスカリン性アセチルコリン受容体(M1受容体)を介して活動調整され、アセチルコリン存在下で細胞を過分極しにくい状態に保つ(すなわち、膜電位が高い状態に保たれる)[6]。
また、海馬のネットワークの神経活動はシータ波の周波数に共鳴しやすいという特徴を持つことが理論的にも実験的にも示唆されている。例えば、海馬の錐体細胞同士が結合したネットワーク・モデルではシータ波振動を形成することがシミュレーションにより提案されている[7]。また、in vitro 実験において、海馬全体を摘出して人工脳脊髄液に浸しておくと、アセチルコリンを与えなくても自発的にシータ波帯域のオシレーションを形成することが知られている[8]。
海馬機能における役割
海馬の二状態モデル
海馬には大きく2つの状態が存在する。一つは、動物が活動的な状態で、このとき海馬ではシータ波が中心的に観測される。REM睡眠もこの状態に分類される。もう一つは動物が静的な状態で、このときは海馬ではsharp wave-rippleが中心的に観測される。Non-REM睡眠もこの状態に分類される。シータ波が支配的な状態のときは、同じくシータ周期で活動する嗅内皮質などの新皮質との同期的活動(相互作用)が強く、一方でsharp wave-rippleが支配的な時は、海馬で生成された活動が嗅内皮質に伝わる、という二状態モデル(2-stage model)が提案されている[9]。
場所細胞の位相前進
場所細胞は主に海馬のCA1およびCA3に存在し、動物が空間の特定の位置に来たときのみに活動するという場所受容野を有する神経細胞である。場所細胞の発火タイミングは、シータ波に強く影響を受ける。特に、場所細胞が発火するタイミングとのシータ波の位相との間に、「位相前進」という現象が存在することが知られている(図2)[10]。具体的には、場所細胞は、動物が場所受容野の中心にいるときはシータ波の谷底で発火するが、動物が場所受容野から外側に向かって出ていく場合は、発火位相が徐々に早くなっていく、という現象である。この位相前進という現象が存在するために、場所細胞の相対的な位置が、シータ波の一周期内の位相で表現されることができる。つまり、過去・現在・将来の位置情報の軌跡が、シータ波一周期内にシーケンスとして表されることができる[11]。
CA1への入力タイミングの制御
海馬CA1は層構造を有しており、CA3からCA1への投射は放線状層(stratum radiatum)に入り、嗅内皮質第3層からCA1への直接投射の入力は網状分子層(stratum lacunosum-moleculare)に入る(図3)。CA3と嗅内皮質第3層からの入力は、それぞれ異なるシータ波の位相のタイミングで入力される。これは、CA3で形成された低い周波数特性のガンマ波(30-60Hz)の入力はシータ波の谷底に近い位相で放射状層において観測され、嗅内皮質第3層で形成された高い周波数特性をもつガンマ波(60-100Hz)の入力はシータ波の頂上に近い位相で網状分子層において観測されることにより確認される[12][13]。
これらの入力タイミングとシータ・シーケンスの位相とを対比してみると、CA3からの入力はシータ・シーケンス上で過去から現在の情報を表象しているタイミングであり、嗅内皮質第3層からの入力はシータ・シーケンス上で将来の情報を表象しているタイミングであることから、嗅内皮質第3層からの入力は将来の情報の表象に重要であることが示唆されている[14]。また、嗅内皮質の活動を光遺伝学的に抑制すると、シータ・シーケンスの将来の情報表現が阻害されることが示されている[15]。
げっ歯類動物とヒトでのシータ波の比較
海馬シータ波は主にげっ歯類動物での研究が先行したが、近年、ヒトの海馬でもシータ波の研究が進んでいる。海馬シータ波はげっ歯類動物とヒトでやや異なった特徴をもつ。まず、周波数帯域について、げっ歯類では8Hz程度を中心にシャープな帯域を有するが、ヒトでは4Hz程度が中心にややゆらぎが大きい。また、げっ歯類のシータ波はラットが歩行している間は常に安定して連続して発生するが、ヒトのシータ波はやや間欠的である[16]。一方で、場所細胞の位相前進の現象はヒトにおいても存在することが知られている[17]。
海馬以外のシータ波
シータ波の周波数帯域を持つ脳波のうち、海馬シータ波とは異なるメカニズムで生成されるものとしては、前述したヒトの徐波睡眠中に観測されるシータ波と、ヒトの覚醒中に前頭正中部において観測されるfrontal-midline theta (Fmシータ)が挙げられる[18]。特にFmシータは、ワーキングメモリー課題など前頭葉に関わる行動中に出現することから、前頭葉の神経活動と関連して生成されている可能性が指摘されている[19]。
関連項目
参考文献
- ↑
Vanderwolf, C.H. (1969).
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