セルフコントロール

英語名:Self-control

 広義には、意識的・無意識的に関わらず、また、認知的・情動的に関わらず、行動を意識的に統御する能力のことをさす。狭義には、短期的には利益になるが長期的には損失となる選択肢と、短期的には損失だが長期的には利益になる選択肢が与えられたときに、後者を選択する過程のことを指す。前者を選択する場合には、衝動的であるとみなされる。例えば、現時点でチョコレートを1つもらえる選択肢と、10分後にチョコレートを2つもらえる選択肢を提示された場合に、どちらを選択するかが検討される。ここでは、狭義のセルフコントロールについて説明する。

行動経済学におけるセルフコントロール(「時間割引」なども参照)

 行動経済学においては、上述のような衝動的行動がなぜ起きるのかについて、時間割引問題(time discounting)として研究が進められている。時間割引とは、ある報酬について、現在の報酬価値と比べた際に、遅延とともに報酬価値が割引されることを指し、単位時間当たりの割引率を時間割引率という[1]。従来の経済学モデルでは指数関数的な割引率を想定してきた。このモデルでは遅延時間によらず割引率は一定であり、時間整合性が保障される。しかしながら、実際のヒトの行動はそれほど時間整合的ではない。現在の価値を偏重するなどの、時間非整合な行動を選択してしまうことが多い。このようなことを考慮し、行動経済学では、時間割引問題を双極割引というモデルで説明する。双極割引モデルは、現在に近い異時点間選択ほど割引率が高いという特徴を持つ。将来的な異時間選択のプランに比べると、現在の異時間選択は、より衝動的であることになる。この双極割引は以下の関数で表現される。

d(t) = 1 / (1 + kt)
但し、d(t)は遅延期間t後の報酬の価値、kは時間割引率


 また、Laibsonなどによって、提唱されている準双極割引モデルがある[2]。このモデルは指数関数的な割引率と直近効果を組み合わせた離散的なモデルである。このモデルによれば、遅延時間が0、つまり意思決定時だけが特別で、この時点で得られる報酬は割引されないが、それ以外の時点では等しい割引率が適用されることになる。このモデルは以下の関数で表現される。

d(0) = 1

d(t) = βδt
但し、0<β<1, 0<δ<1. βは双極割引を表現するパラメータで、小さいほど現在の価値を偏重。δは指数関数的な割引率

 従来の経済学モデルよりも、双極割引や準双極割引モデルの方が、日常のヒトの行動や実験で得られたデータに適合することが示されている。

セルフコントロールと関連する脳内領域

 
図1.セルフコントロールと関連する脳内領域

 セルフコントロールには、主に2つの脳内ネットワークの関与が示唆されている。短期的な利益と関わる行動の選択については腹側線条体や内側前頭皮質などの報酬処理と関連する行動との関連が示されており、長期的な利益と関わる行動を選択する際には外側前頭皮質や頭頂葉の一部などの認知的制御や行動抑制と関わる領域が賦活することが示されている。McClureらは、成人の参加者が、二択の選択肢を与えられた際の脳活動をfMRIを用いて計測した。1つは、短期的に得られるが低い報酬であり、もう1つはすぐには得られないが高い報酬である。その結果、前者の選択をした際には腹側線条体や内側前頭皮質、眼窩前頭皮質の有意な活動が認められた。また、後者の選択と外側前頭皮質や頭頂間溝の活動に関連が見られ、特に選択が難しいときにこれらの領域の活動が強かった[3]。 

 もっとも、これらのネットワークがそれぞれの選択に別個に関わっているわけではない。短期的な選択であれ、長期的な選択であれ、報酬の価値の表現には腹側線条体を中心とする辺縁系のネットワークが関与している。例えば、報酬の客観的価値よりも主観的価値を重視し、主観的価値と関連する脳領域をfMRIで検討した研究がある[4]。ここでの主観的価値とは、様々な側面を考慮して作り上げる個々人に固有な価値を単一指標で表現したもので、この価値は報酬の価値の高さや遅延時間の短さによって表現され、時間割引関数に該当する。この研究の結果、腹側線条体・内側前頭皮質・後帯状皮質の活動の強さと、報酬の主観的価値との間に関連があることが示され、これらの脳領域の活動が短期的であれ、長期的であれ、報酬の価値を表していることを示唆している。

 2つの脳内ネットワークは別々に機能しているというよりは、両者には機能的連結があるようである。好ましいが不健康な食べ物を避ける際に(長期的な利益の選択)、左の外側前頭皮質と腹内側前頭皮質には負の相関があることが示されている。つまり、外側前頭皮質の活動が高まると、腹内側前頭皮質の活動が低下しており、両者が協調して活動している可能性を示唆する[5]

 また、セルフコントロールには文化差がある可能性も示されている。アメリカ人の成人と韓国人の成人を比較した研究において、時間割引率に文化差があり、アメリカ人の時間割引率が高いことが示されている。また、課題中の脳活動をfMRIで計測したところ、両国の参加者は外側前頭皮質や頭頂葉の活動において違いはなかったものの、アメリカ人の参加者は、韓国人の参加者よりも、腹側線条体をより強く活動させることが示されている[6]

セルフコントロールの発達

 
図2. 満足の遅延課題中の子どもの様子

 セルフコントロールの発達は、満足の遅延課題で検討される[7]。この課題では、子どもは菓子などの報酬を与えられる。但し、実験者が所用でその場を離れなければならないため、実験者が子どもに対して、戻ってくるまでお菓子を食べないようにと教示する。この際に、子どもがその間待てるかどうかを研究する。このような実験では2歳児は20秒、3歳児でも1分程度しか待てないのに対して、4歳児は5分以上も待てるということが報告されており、幼児期に著しい発達が見られることが示されている[8]。もっとも、2歳児でも、報酬を増やすためにはセルフコントロールができることもある。2-4歳児に、実験者がいない間に待つことができれば、報酬を2、4、8倍にすると告げると、3、4歳児は、すべての条件でより待つことができた。2歳児はこれらの条件では待つことができなかったが、報酬が40倍になる条件では待つことができる[9]

 初期のセルフコントロールの能力は、その後の発達を長期的に予測する。例えば、4歳時点において満足の遅延実験で衝動的な行動を示した子どもは、青年期において問題行動を示す率が高く、情緒的にも不安定であったのに対し、4歳時点でセルフコントロールができた子どもは学業成績が良かったという。さらに、最初の実験から40年後に被験者24名にGo/Nogo課題を与えて、その課題の成績とfMRIを用いて脳活動を計測した研究がある。この課題では、被験者は悲しい顔に対してはボタンを押し(“Go”)、笑顔に対してはボタンを押さない(“Nogo”)ように教示された。その結果、4歳時点でセルフコントロールに長けていた被験者は、笑顔刺激に対しても行動を制御することができ、関連する脳領域である下前頭回の活動も強かった。一方、4歳時点で衝動的な行動を選択した被験者は、笑顔に対しても反応してしまい、下前頭回の活動も比較的弱く、さらに、報酬処理と関連する腹側線条体の活動も強かったという[10]

ヒト以外の動物のセルフコントロール

 ヒト以外の動物では、セルフコントロールは容易ではないことが示されている。初期の研究はハトなどを対象に行われたが、ヒトの近縁種であるチンパンジーですらセルフコントールは難しいことが示されている[11]。Boysenらは、2頭のチンパンジーを対面させ、そのうち一頭に1個と4個の報酬を選択させた。この課題では、一方の個体が選択した報酬はもう一方の個体に与えられることになっていた。つまり、4個の報酬を得たいのであれば、1個の報酬を選択しなければならない。この実験で、チンパンジーは目の前にある4個の報酬の選択を選んでしまい、その傾向を制御できなかった。400試行費やしても、70%程度の確率で4個の報酬を選び、学習は見られなかった。但し、アラビア数字を学習しているチンパンジーに、実際の報酬の代わりにアラビア数字を用いて同様の実験を行った場合には、少ない方の報酬を選ぶことができたという。

関連項目

参考文献

  1. Green, L., & Myerson, J. (2004).
    A discounting framework for choice with delayed and probabilistic rewards. Psychological bulletin, 130(5), 769-92. [PubMed:15367080] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  2. Laibson, David
    Golden Eggs and Hyperbolic Discounting
    Quarterly Journal of Economics 112 (2): 443–477:1997
  3. McClure, S.M., Laibson, D.I., Loewenstein, G., & Cohen, J.D. (2004).
    Separate neural systems value immediate and delayed monetary rewards. Science (New York, N.Y.), 306(5695), 503-7. [PubMed:15486304] [WorldCat] [DOI]
  4. Kable, J.W., & Glimcher, P.W. (2007).
    The neural correlates of subjective value during intertemporal choice. Nature neuroscience, 10(12), 1625-33. [PubMed:17982449] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  5. Hare, T.A., Camerer, C.F., & Rangel, A. (2009).
    Self-control in decision-making involves modulation of the vmPFC valuation system. Science (New York, N.Y.), 324(5927), 646-8. [PubMed:19407204] [WorldCat] [DOI]
  6. Kim, B., Sung, Y.S., & McClure, S.M. (2012).
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  7. Mischel, W., Shoda, Y., & Rodriguez, M.I. (1989).
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  9. Steelandt, S., Thierry, B., Broihanne, M.H., & Dufour, V. (2012).
    The ability of children to delay gratification in an exchange task. Cognition, 122(3), 416-25. [PubMed:22153324] [WorldCat] [DOI]
  10. Casey, B.J., Somerville, L.H., Gotlib, I.H., Ayduk, O., Franklin, N.T., Askren, M.K., ..., & Shoda, Y. (2011).
    Behavioral and neural correlates of delay of gratification 40 years later. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 108(36), 14998-5003. [PubMed:21876169] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  11. Boysen, S.T., & Berntson, G.G. (1995).
    Responses to quantity: perceptual versus cognitive mechanisms in chimpanzees (Pan troglodytes). Journal of experimental psychology. Animal behavior processes, 21(1), 82-6. [PubMed:7844508] [WorldCat]


(執筆者:森口佑介 担当編集委員:定藤規弘)