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====アルツハイマー病====
====アルツハイマー病====


アルツハイマー病(Alzheimer’s disease; AD)は、認知機能低下、人格の変化を主とする認知症の一種である。脳病理所見としては、びまん性の脳萎縮と大脳皮質にアミロイドβ(Aβ)の蓄積である老人斑と神経原線維変化を認める。ADの小動物モデルとして、家族性ADの原因遺伝子として同定されたアミロイド前駆タンパク質(amyloid precursor protein; APP)やプレセニリン(presenilin; PS)の変異体を発現させた遺伝子改変マウスがある。これらAD小動物モデルでは、EP1、EP2、EP4の欠損によりAβ42、Aβ40の産生やアミロイド斑の形成が減少することが示されている<ref name="ref76" /><ref name="ref82"><pubmed>22015313</pubmed></ref><ref name="ref83"><pubmed>22044482</pubmed></ref>。この変化に合致し、EP1欠損によりADモデルでの神経細胞死が減少し、受動的回避行動テストにおける恐怖条件付けの障害が改善することが示されている<ref name="ref82" />。EP4欠損によりモリス水迷路試験における長期空間学習の障害が改善することも報告されている<ref name="ref83" />。 培養細胞を用いた実験から、EP1、EP2、EP4が特異的な作用機序を介してAD病態に関わることが示唆されている。例えばEP1を欠損した初代培養神経細胞では、Aβ投与による細胞内Ca2+上昇と神経細胞死が減弱する<ref name="ref82" />。一方、HEK293細胞における過剰発現系を用いて、EP2やEP4の活性化がAβ産生を増強することが示された<ref name="ref84"><pubmed>19407341</pubmed></ref>。また、Aβによる神経細胞死はミクログリアの共培養により促進されるが、この作用はミクログリアのEP2に依存することが示されており<ref name="ref85"><pubmed>15793296</pubmed></ref>、ADの病態にミクログリアのEP2が関わる可能性も示唆されている。
 アルツハイマー病(Alzheimer’s disease; AD)は、認知機能低下、人格の変化を主とする認知症の一種である。脳病理所見としては、びまん性の脳萎縮と大脳皮質にアミロイドβ(Aβ)の蓄積である老人斑と神経原線維変化を認める。ADの小動物モデルとして、家族性ADの原因遺伝子として同定されたアミロイド前駆タンパク質(amyloid precursor protein; APP)やプレセニリン(presenilin; PS)の変異体を発現させた遺伝子改変マウスがある。これらAD小動物モデルでは、EP1、EP2、EP4の欠損によりAβ42、Aβ40の産生やアミロイド斑の形成が減少することが示されている<ref name="ref76" /><ref name="ref82"><pubmed>22015313</pubmed></ref><ref name="ref83"><pubmed>22044482</pubmed></ref>。この変化に合致し、EP1欠損によりADモデルでの神経細胞死が減少し、受動的回避行動テストにおける恐怖条件付けの障害が改善することが示されている<ref name="ref82" />。EP4欠損によりモリス水迷路試験における長期空間学習の障害が改善することも報告されている<ref name="ref83" />。<br>
 培養細胞を用いた実験から、EP1、EP2、EP4が特異的な作用機序を介してAD病態に関わることが示唆されている。例えばEP1を欠損した初代培養神経細胞では、Aβ投与による細胞内Ca2+上昇と神経細胞死が減弱する<ref name="ref82" />。一方、HEK293細胞における過剰発現系を用いて、EP2やEP4の活性化がAβ産生を増強することが示された<ref name="ref84"><pubmed>19407341</pubmed></ref>。また、Aβによる神経細胞死はミクログリアの共培養により促進されるが、この作用はミクログリアのEP2に依存することが示されており<ref name="ref85"><pubmed>15793296</pubmed></ref>、ADの病態にミクログリアのEP2が関わる可能性も示唆されている。<br>


====筋萎縮性側索硬化症====
====筋萎縮性側索硬化症====


筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis; ALS)は運動神経系の神経細胞変性により、重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、呼吸筋麻痺により死にいたる病である。有効な治療法は確立しておらず、小動物モデルを用いた病態解析が精力的に行われている。ALSの動物モデルには、家族性ALSの原因遺伝子の一つsuper oxide dismutase 1 (SOD1)の変異体を発現させたトランスジェニックマウス(G93A SOD1 Tgマウス)が多用されている。この小動物モデルでは、誘導型一酸化窒素合成酵素(inducible nitric oxide synthase; iNOS)、NADPHオキシダーゼの発現誘導に加え、COX-2とEP2の発現も誘導される<ref name="ref77" />。マウスALSモデルではアストロサイトやミクログリアでEP2の発現が誘導され、ALS患者の脊髄ではアストロサイトにEP2の発現が観察される。さらに、EP2を欠損したALSモデルマウスでは、iNOS、NADPHオキシダーゼ、COX-2の発現誘導が低下し、生存期間も延長した。これらの結果は、グリア細胞のEP2が酸化ストレスを介して病態進行に関与することを示唆する。 G93A SOD1 Tgマウスから採取した初代アストロサイトとヒトES細胞由来運動ニューロンとの共培養により、運動ニューロン数の減少が観察されるが、このモデルではアストロサイトにおけるDP1の発現上昇が確認されている<ref name="ref86"><pubmed>19041780</pubmed></ref>。さらに、正常アストロサイトとヒトES細胞由来運動ニューロンとの培養系にPGD<sub>2</sub>を添加すると運動ニューロン数の減少が観察される。これらの結果は、変異SOD1による非自律性神経細胞死にDP1が関与する可能性を示している。
 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis; ALS)は運動神経系の神経細胞変性により、重篤な筋肉の萎縮と筋力低下をきたす神経変性疾患で、呼吸筋麻痺により死にいたる病である。有効な治療法は確立しておらず、小動物モデルを用いた病態解析が精力的に行われている。ALSの動物モデルには、家族性ALSの原因遺伝子の一つsuper oxide dismutase 1 (SOD1)の変異体を発現させたトランスジェニックマウス(G93A SOD1 Tgマウス)が多用されている。この小動物モデルでは、誘導型一酸化窒素合成酵素(inducible nitric oxide synthase; iNOS)、NADPHオキシダーゼの発現誘導に加え、COX-2とEP2の発現も誘導される<ref name="ref77" />。マウスALSモデルではアストロサイトやミクログリアでEP2の発現が誘導され、ALS患者の脊髄ではアストロサイトにEP2の発現が観察される。さらに、EP2を欠損したALSモデルマウスでは、iNOS、NADPHオキシダーゼ、COX-2の発現誘導が低下し、生存期間も延長した。これらの結果は、グリア細胞のEP2が酸化ストレスを介して病態進行に関与することを示唆する。<br>
 G93A SOD1 Tgマウスから採取した初代アストロサイトとヒトES細胞由来運動ニューロンとの共培養により、運動ニューロン数の減少が観察されるが、このモデルではアストロサイトにおけるDP1の発現上昇が確認されている<ref name="ref86"><pubmed>19041780</pubmed></ref>。さらに、正常アストロサイトとヒトES細胞由来運動ニューロンとの培養系にPGD<sub>2</sub>を添加すると運動ニューロン数の減少が観察される。これらの結果は、変異SOD1による非自律性神経細胞死にDP1が関与する可能性を示している。<br>


====精神疾患====
====精神疾患====


PG合成を阻害するNSAIDであるセレコキシブの併用により、既存の抗うつ薬の治療効果が増強されることを示す臨床報告が散見される。統合失調症でもセレコキシブの併用により抗精神病薬の作用が増強されることも報告されている<ref name="ref87"><pubmed>12042193</pubmed></ref><ref name="ref88"><pubmed>20570110</pubmed></ref><ref name="ref89"><pubmed>16491133</pubmed></ref><ref name="ref90"><pubmed>22516310</pubmed></ref>。これらの結果は、うつ病や統合失調症の病態にPGが関与する可能性を提示する。 一方、SSRIであるシタロプラムやフルオキセチンは、前頭前皮質での炎症性サイトカインの発現誘導や尾懸垂試験や強制水泳試験での抑うつ様行動を抑制するが、SSRIのこれらの作用がNSAIDであるイブプロフェンやアスピリンで阻害されることが報告された<ref name="ref91"><pubmed>21518864</pubmed></ref>。さらに、シタロプラム服用によるうつ病の寛解率は、NSAID服用群の方が非服用群よりも有意に低いことも示く、SSRIの治療効果にもPGが関与する可能性が示唆されている<ref name="ref91" />。 これらの結果から、精神疾患の病態や薬物治療において複数のPG作用が示唆されるが、NSAIDにはPG合成阻害以外の作用もあることから、PG関連分子群の遺伝子改変マウスや特異的化合物を用いた解析が重要になると考えられる。
 PG合成を阻害するNSAIDであるセレコキシブの併用により、既存の抗うつ薬の治療効果が増強されることを示す臨床報告が散見される。統合失調症でもセレコキシブの併用により抗精神病薬の作用が増強されることも報告されている<ref name="ref87"><pubmed>12042193</pubmed></ref><ref name="ref88"><pubmed>20570110</pubmed></ref><ref name="ref89"><pubmed>16491133</pubmed></ref><ref name="ref90"><pubmed>22516310</pubmed></ref>。これらの結果は、うつ病や統合失調症の病態にPGが関与する可能性を提示する。<br>
 一方、SSRIであるシタロプラムやフルオキセチンは、前頭前皮質での炎症性サイトカインの発現誘導や尾懸垂試験や強制水泳試験での抑うつ様行動を抑制するが、SSRIのこれらの作用がNSAIDであるイブプロフェンやアスピリンで阻害されることが報告された<ref name="ref91"><pubmed>21518864</pubmed></ref>。さらに、シタロプラム服用によるうつ病の寛解率は、NSAID服用群の方が非服用群よりも有意に低いことも示く、SSRIの治療効果にもPGが関与する可能性が示唆されている<ref name="ref91" />。<br>
 これらの結果から、精神疾患の病態や薬物治療において複数のPG作用が示唆されるが、NSAIDにはPG合成阻害以外の作用もあることから、PG関連分子群の遺伝子改変マウスや特異的化合物を用いた解析が重要になると考えられる。<br>


関連項目 エンドカナビノイド エイコサノイド ロイコトリエン
==関連項目==
 
*エンドカナビノイド
*エイコサノイド
*ロイコトリエン


<references /> (執筆担当者:古屋敷智之、北岡志保 編集担当者:林康紀)
<references /> (執筆担当者:古屋敷智之、北岡志保 編集担当者:林康紀)