「アクチン」の版間の差分

編集の要約なし
編集の要約なし
編集の要約なし
 
(2人の利用者による、間の11版が非表示)
1行目: 1行目:
<div align="right"> 
<font size="+1">[https://researchmap.jp/7000013814 篠原 亮太]、[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之]</font><br>
''神戸大学大学院医学研究科・医学部 薬理学分野''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年1月11日 原稿完成日:2013年8月12日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/2rikenbsi 林 康紀](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
</div>
{{Infobox protein family
{{Infobox protein family
| Symbol =Actin
| Symbol =Actin
| Name ={{PAGENAME}}
| Name ={{PAGENAME}}
| Image =Image:Actin filament atomic model.png
| image =Actin_filament_atomic_model.png
| Width =250px
| width =250px
| image_caption =G-actin ([[Protein Data Bank|PDB]] code: [http://www.pdbe.org/1j6z 1j6z]).  The [[adenosine diphosphate|ADP]] molecule’s [[active site]] and divalent cation are highlighted.<ref>[http://www.pdb.org/pdb/explore/explore.do?structureId=1J6Z Uncomplexed Actin], [[Protein Data Bank]]</ref>
| caption =Atomic structure of an actin filament with 13 subunits, based on actin filament model of Ken Holmes; surface representation.
| Pfam =PF00022
| Pfam =PF00022
| InterPro =IPR004000    | SMART =
| InterPro =IPR004000    | SMART =
17行目: 24行目:
英語名:actin
英語名:actin


 アクチンはすべての[[wikipedia:ja:真核生物|真核生物]]に最も大量に存在する分子量約42 kDaのタンパク質である。[[wikipedia:ja:筋肉|筋肉]]細胞では20%以上、非筋細胞でも1~5%を占めている。単量体のアクチンはほぼ球状をしていることから、球状アクチン(G-アクチン;globular actin)と呼ばれている。生理的な[[wikipedia:ja:イオン|イオン]]条件ではG-アクチンは2本のプロトフィラメント(直鎖状のアクチン重合体)がらせん状に絡まった線維状アクチン(F-アクチン;filamentous actin)を形成する。イオン強度を下げると、線維状アクチンは球状アクチンに脱重合する。線維状アクチンからなるアクチンフィラメントは、[[中間径フィラメント]]や[[微小管]]と共に、[[細胞骨格]]の主要なメンバーであり、細胞の形態変化や運動に深く関わる<ref name="ref1"><pubmed> 19965462 </pubmed></ref>。<br>  
{{box|text=
 アクチンはすべての[[wj:真核生物|真核生物]]に最も大量に存在する分子量約42 kDaのタンパク質である。[[wj:筋肉|筋肉]]細胞では20%以上、非筋細胞でも1~5%を占めている。単量体のアクチンはほぼ球状をしていることから、球状アクチン(G-アクチン;globular actin)と呼ばれている。生理的な[[wj:イオン|イオン]]条件ではG-アクチンは2本のプロトフィラメント(直鎖状のアクチン重合体)がらせん状に絡まった線維状アクチン(F-アクチン;filamentous actin)を形成する。イオン強度を下げると、線維状アクチンは球状アクチンに脱重合する。線維状アクチンからなるアクチンフィラメントは、[[中間径フィラメント]]や[[微小管]]と共に、[[細胞骨格]]の主要なメンバーであり、細胞の形態変化や運動に深く関わる<ref name="ref1"><pubmed> 19965462 </pubmed></ref>。<br>  
}}


== 遺伝子  ==
== 遺伝子  ==


 [[wikipedia:ja:哺乳類|哺乳類]]と[[wikipedia:ja:鳥類|鳥類]]の細胞ではアクチン遺伝子は6種類のアイソフォーム(α<sub>skeletal</sub>、α<sub>cardiac</sub>、α<sub>smooth</sub>、β<sub>cyto</sub>、γ<sub>smooth</sub>、γ<sub>cyto</sub>)が同定されている<ref name="ref2"><pubmed> 745245 </pubmed></ref>。α<sub>skeletal</sub>、α<sub>cardiac</sub>、α<sub>smooth</sub>、γ<sub>smooth</sub>アクチンの4つのアイソフォームはそれぞれ異なる筋肉細胞([[骨格筋]]、[[心筋]]、[[平滑筋]])に発現している<ref name="ref3"><pubmed> 20737541 </pubmed></ref>。これに対しβ<sub>cyto</sub>アクチンとγ<sub>cyto</sub>アクチンはほとんどすべての非筋細胞に発現している。  
 [[wj:哺乳類|哺乳類]]と[[wj:鳥類|鳥類]]の細胞ではアクチン遺伝子は6種類のアイソフォーム(α<sub>skeletal</sub>、α<sub>cardiac</sub>、α<sub>smooth</sub>、β<sub>cyto</sub>、γ<sub>smooth</sub>、γ<sub>cyto</sub>)が同定されている<ref name="ref2"><pubmed> 745245 </pubmed></ref>。α<sub>skeletal</sub>、α<sub>cardiac</sub>、α<sub>smooth</sub>、γ<sub>smooth</sub>アクチンの4つのアイソフォームはそれぞれ異なる筋肉細胞([[骨格筋]]、[[心筋]]、[[平滑筋]])に発現している<ref name="ref3"><pubmed> 20737541 </pubmed></ref>。これに対しβ<sub>cyto</sub>アクチンとγ<sub>cyto</sub>アクチンはほとんどすべての非筋細胞に発現している。  


== 構造  ==
== 構造  ==
 
 アクチン単量体は中央の深い溝を挟んで2つのドメインからなり、さらにそれぞれは2つのサブドメインに分けられる<ref name="ref4"><pubmed> 21314430 </pubmed></ref>。アクチン単量体の溝の奥ではMg<sup>2+</sup>を結合した[[w:ATP|ATP]]または[[w:ADP|ADP]]が周りのアミノ酸残基と[[wj:水素結合|水素結合]]と[[wj:イオン結合|イオン結合]]により結合しており、[[wj:ヌクレオチド|ヌクレオチド]]の非存在下ではアクチン分子は変性する。アクチンフィラメントへの重合能を持つのはATP結合型である。アクチン単量体のADPは速やかにATPに変換されることから、大部分のアクチン単量体はATP結合型として存在する。重合後はアクチン分子の溝部分に存在する[[w:ATPase|ATPase]]活性によりATP結合型からADP結合型に変化し、アクチンフィラメントの大部分はADP結合型となる。この際、遊離した[[wj:無機リン酸|無機リン酸]]はアクチンフィラメントに留まる。  
(図があればと思います)  アクチン単量体は中央の深い溝を挟んで2つのドメインからなり、さらにそれぞれは2つのサブドメインに分けられる<ref name="ref4"><pubmed> 21314430 </pubmed></ref>。アクチン単量体の溝の奥ではMg<sup>2+</sup>を結合した[[wikipedia:ATP|ATP]]または[[wikipedia:ADP|ADP]]が周りのアミノ酸残基と[[wikipedia:ja:水素結合|水素結合]]と[[wikipedia:ja:イオン結合|イオン結合]]により結合しており、[[wikipedia:ja:ヌクレオチド|ヌクレオチド]]の非存在下ではアクチン分子は変性する。アクチンフィラメントへの重合能を持つのはATP結合型である。アクチン単量体のADPは速やかにATPに変換されることから、大部分のアクチン単量体はATP結合型として存在する。重合後はアクチン分子の溝部分に存在する[[wikipedia:ATPase|ATPase]]活性によりATP結合型からADP結合型に変化し、アクチンフィラメントの大部分はADP結合型となる。この際、遊離した[[wikipedia:ja:無機リン酸|無機リン酸]]はアクチンフィラメントに留まる。  


 アクチンフィラメントは直径7~9 nm、半ピッチは36 nmでおよそ13個のアクチン単量体から形成されている<ref name="ref4" />。このアクチンフィラメントに[[ミオシン]]の頭部にあたるS1領域(subfragment 1)を混合すると、S1領域はアクチンフィラメントの側面に一定の角度を以って結合する。この複合体はしばしば矢尻に形容され、この矢尻の先端方向を矢尻端(pointed end)またはマイナス端、他方の端を反矢尻端(barbed end)またはプラス端と称する。反矢尻端は、矢尻端に比べ、単量体アクチンとの結合定数が強く、生理的条件下でのアクチン伸長は主に反矢尻端より起こるとされる。それゆえ、反矢尻端での重合と矢尻端での脱重合が共存する動的平衡状態、すなわちトレッドミル(treadmill)が可能となる。  
 アクチンフィラメントは直径7~9 nm、半ピッチは36 nmでおよそ13個のアクチン単量体から形成されている<ref name="ref4" />。このアクチンフィラメントに[[ミオシン]]の頭部にあたるS1領域(subfragment 1)を混合すると、S1領域はアクチンフィラメントの側面に一定の角度を以って結合する。この複合体はしばしば矢尻に形容され、この矢尻の先端方向を矢尻端(pointed end)またはマイナス端、他方の端を反矢尻端(barbed end)またはプラス端と称する。反矢尻端は、矢尻端に比べ、単量体アクチンとの結合定数が強く、生理的条件下でのアクチン伸長は主に反矢尻端より起こるとされる。それゆえ、反矢尻端での重合と矢尻端での脱重合が共存する動的平衡状態、すなわちトレッドミル(treadmill)が可能となる。  


== アクチン結合・調節タンパク質  ==
== アクチン結合・調節タンパク質  ==
(編集コメント:以降、見出しレベル変えました。ご確認ください。)
 アクチン結合タンパク質は、アクチンの単量体プールの維持、アクチン重合の開始、アクチンフィラメントの伸長、アクチンフィラメントの架橋や束化を制御する。
 アクチン結合タンパク質は、アクチンの単量体プールの維持、アクチン重合の開始、アクチンフィラメントの伸長、アクチンフィラメントの架橋や束化を制御する。


=== 単量体結合タンパク質 ===
=== 単量体結合タンパク質 ===
 [[wikipedia:ja:脊椎動物|脊椎動物]]の非筋細胞では、アクチンの約50%が単量体として存在する。アクチン単量体が大量に含まれる細胞質では、アクチン単量体に特異的に結合するタンパク質が重合を阻害している。  
 [[wj:脊椎動物|脊椎動物]]の非筋細胞では、アクチンの約50%が単量体として存在する。アクチン単量体が大量に含まれる細胞質では、アクチン単量体に特異的に結合するタンパク質が重合を阻害している。  
==== チモシンβ4  ====
==== チモシンβ4  ====


57行目: 64行目:
==== コフィリン  ====
==== コフィリン  ====


 [[コフィリン]](cofilin)は代表的なアクチン脱重合因子である<ref name="ref10"><pubmed> 10611961 </pubmed></ref>。脊椎動物のコフィリンには、[[非筋型コフィリン]]、[[筋型コフィリン]]、[[Actin depolymrizing factor]]([[ADF]])の3種類のメンバーが存在する。ATP結合型よりもADP結合型のアクチンに高い親和性をもち、ADP結合型のアクチンをアクチンフィラメントの矢尻端から解離させる。また、コフィリンはアクチンフィラメントの側面に結合し、らせん構造のねじれを強くすることで切断を促進する。コフィリンの活性はリン酸化により制御される。すなわち、LIMキナーゼ(LIM kinase)によるリン酸化はコフィリンを不活性化し、Slingshotによる脱リン酸化はコフィリンを活性化する<ref name="ref11"><pubmed> 23153585 </pubmed></ref>。Rhoファミリー低分子量Gタンパク質のRhoやRacは、LIMキナーゼを介して、コフィリンのリン酸化と不活性化を誘導し、アクチンフィラメントの増加を促すと考えられている。
 [[コフィリン]](cofilin)は代表的なアクチン脱重合因子である<ref name="ref10"><pubmed> 10611961 </pubmed></ref>。脊椎動物のコフィリンには、[[非筋型コフィリン]]、[[筋型コフィリン]]、[[Actin depolymrizing factor]]([[ADF]])の3種類のメンバーが存在する。ATP結合型よりもADP結合型のアクチンに高い親和性をもち、ADP結合型のアクチンをアクチンフィラメントの矢尻端から解離させる。また、コフィリンはアクチンフィラメントの側面に結合し、らせん構造のねじれを強くすることで切断を促進する。コフィリンの活性は[[リン酸化]]により制御される。すなわち、[[LIMキナーゼ]](LIM kinase)によるリン酸化はコフィリンを不活性化し、[[Slingshot]]による脱リン酸化はコフィリンを活性化する<ref name="ref11"><pubmed> 23153585 </pubmed></ref>。Rhoファミリー低分子量Gタンパク質の[[Rho]]や[[Rac]]は、LIMキナーゼを介して、コフィリンのリン酸化と不活性化を誘導し、アクチンフィラメントの増加を促すと考えられている。


==== ゲルゾリン ====
==== ゲルゾリン ====


 ゲルゾリン(gelsolin)は全く作用の異なるアクチン切断因子である<ref name="ref12"><pubmed> 14527663 </pubmed></ref>。細胞内Ca<sup>2+</sup>により活性化され、アクチン線維を効率よく断片化する。さらに、断片化したアクチン線維の反矢尻端に結合して、反矢尻端を固定化する作用も報告されている。  
 [[ゲルゾリン]](gelsolin)は全く作用の異なるアクチン切断因子である<ref name="ref12"><pubmed> 14527663 </pubmed></ref>。細胞内Ca<sup>2+</sup>により活性化され、アクチン線維を効率よく断片化する。さらに、断片化したアクチン線維の反矢尻端に結合して、反矢尻端を固定化する作用も報告されている。


== 生理機能  ==
== 生理機能  ==
88行目: 95行目:
*[[コフィリン]]  
*[[コフィリン]]  
*[[プロフィリン]]  
*[[プロフィリン]]  
*[[&alpha;-アクチニン]]
*[[&alpha;アクチニン]]
(他にございましたらご指摘下さい)


== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />  
<references />
 
<br> (執筆者:篠原亮太、古屋敷智之 担当編集委員:尾藤晴彦)