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英略語:OCD  
英略語:OCD  


 強迫性障害は[[不安障害]]の一型であり、無意味ないし不適切、侵入的と判断され、無視やコントロールを試みても絶えず心を占める思考や衝動、イメージなどの[[強迫観念]]と、観念に伴い高まる不安を緩和、打ち消すことを目的とし、そのばかばかしさや、過剰であることを自ら認識し止めたいと思いつつも、駆り立てられる様に行う[[強迫行為]]からなる。大うつ病性障害、[[SAD]]、[[恐怖]]、[[パニック障害]]などの[[不安障害]]、[[強迫スペクトラム障害]]、[[心気症]]、[[BDD]]、[[抜毛症]]、[[強迫買い物症]]、摂食障害、[[物質乱用]]、[[トゥレット症候群]]、[[自閉症性スペクトラム障害]]との併存がみられる。[[パーキンソン病]]、トゥレット症候群、[[シデナム舞踏病]]など、[[大脳基底核]]における[[ドーパミン]]系機能異常を伴う神経精神疾患との関連性が指摘されている。特に若年発症例では、家系内集積性がより明らかな傾向であり、発症における遺伝要因の比重が高いが、特異的遺伝子の解明は十分なされていない。[[前頭葉]]—皮質下回路に関する神経ネットワークの以上が推定されている。神経化学的には[[セロトニン]]系、ドーパミン系や[[ノルアドレナリン]]系を含む多くの[[神経伝達物質]]、及び神経調整機能が複雑に関連しているものと推定されている。治療には、[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]を主とした薬物、および[[認知行動療法]]([[Cognitive-Behavioral Therapy]]; [[CBT]])を用いる。  
 強迫性障害は[[不安障害]]の一型であり、無意味ないし不適切、侵入的と判断され、無視やコントロールを試みても絶えず心を占める思考や衝動、イメージなどの[[強迫観念]]と、観念に伴い高まる不安を緩和、打ち消すことを目的とし、そのばかばかしさや、過剰であることを自ら認識し止めたいと思いつつも、駆り立てられる様に行う[[強迫行為]]からなる。大うつ病性障害、[[SAD]]、[[恐怖]]、[[パニック障害]]などの[[不安障害]]、[[強迫スペクトラム障害]]、[[心気症]]、[[身体醜形障害(BDD, Body Dysmorphic Disorder)]]、[[抜毛症]]、[[強迫買い物症]]、摂食障害、[[物質乱用]]、[[トゥレット症候群]]、[[自閉症性スペクトラム障害]]との併存がみられる。[[パーキンソン病]]、トゥレット症候群、[[シデナム舞踏病]]など、[[大脳基底核]]における[[ドーパミン]]系機能異常を伴う神経精神疾患との関連性が指摘されている。特に若年発症例では、家系内集積性がより明らかな傾向であり、発症における遺伝要因の比重が高いが、特異的遺伝子の解明は十分なされていない。[[前頭葉]]—皮質下回路に関する神経ネットワークの異常が推定されている。神経化学的には[[セロトニン]]系、ドーパミン系や[[ノルアドレナリン]]系を含む多くの[[神経伝達物質]]、及び神経調整機能が複雑に関連しているものと推定されている。治療には、[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]を主とした薬物、および[[認知行動療法]]([[Cognitive-Behavioral Therapy]]; [[CBT]])を用いる。  


== 強迫性障害とは  ==
== 強迫性障害とは  ==


 強迫性障害は[[不安障害]]の一型であり、無意味ないし不適切、侵入的と判断され、無視やコントロールを試みても絶えず心を占める思考や衝動、イメージなどの強迫観念と、主には観念に伴い高まる不安を緩和、打ち消すことを目的とし、そのばかばかしさや、過剰であることを自ら認識し止めたいと思いつつも、駆り立てられる様に行う行為、すなわち[[強迫行為]]からなる。具体的には、トイレの度に「汚れ」を強く感じ、それをまき散らす不安から執拗に手洗いを続けたり、泥棒や火事の心配から、外出前に施錠やガス栓の確認を、切りがなく繰り返したりする。
 強迫性障害は[[不安障害]]の一型であり、無意味ないし不適切、侵入的と判断され、無視やコントロールを試みても絶えず心を占める思考や衝動、イメージなどの強迫観念と、主には観念に伴い高まる不安を緩和、打ち消すことを目的とし、そのばかばかしさや、過剰であることを自ら認識し止めたいと思いつつも、駆り立てられる様に行う行為、すなわち[[強迫行為]]からなる。具体的には、トイレの度に「汚れ」を強く感じ、それをまき散らす不安から執拗に手洗いを続けたり、泥棒や火事の心配から、外出前に施錠やガス栓の確認を、きりがなく繰り返したりする。


==診断と鑑別診断==
==診断と鑑別診断==
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[[Image:強迫性障害 図1.jpg|thumb|350px|'''図1.強迫症状構造(Y-BOCSによる因子構造のメタ解析)'''<br>OCDにおけるsymptom dimension<ref name=ref6><pubmed>18923068</pubmed></ref><br>点線は、子供のみが関連しているもの]]  
[[Image:強迫性障害 図1.jpg|thumb|350px|'''図1.強迫症状構造(Y-BOCSによる因子構造のメタ解析)'''<br>OCDにおけるsymptom dimension<ref name=ref6><pubmed>18923068</pubmed></ref><br>点線は、子供のみが関連しているもの]]  


 表1に本邦のOCD患者における強迫症状の内容を出現頻度と伴に示す<ref name="ref4"><pubmed>9718239</pubmed></ref>。  
 表1に本邦のOCD患者における強迫症状の内容を出現頻度とともに示す<ref name="ref4"><pubmed>9718239</pubmed></ref>。  


'''表1.日本人によくみられる脅迫症状''' <ref><pubmed>9718239</pubmed></ref>  
'''表1.日本人によくみられる強迫症状''' <ref><pubmed>9718239</pubmed></ref>  


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 強迫症状の内容な多彩であるが、強迫観念では、汚染の心配や、「運転中に誤って人を傷つけていないか」といった攻撃性に関するもの、「きちんと左右対称にしないと不吉なことが起こるのでは」など、しばしば魔術的思考を伴った対称性へのこだわり、物事の正確性の追求、不吉な数字(例;4や9)などが多い。一方強迫行為では、長時間の手洗いや入浴、掃除などの洗浄、人に害を加えていないこと、間違いがないことなどの確認、繰り返しの儀式、物を対称に並べる、何度も数える、物を収集し捨てられず溜め込む、などが多く認められる。
 強迫症状の内容は多彩であるが、強迫観念では、汚染の心配や、「運転中に誤って人を傷つけていないか」といった攻撃性に関するもの、「きちんと左右対称にしないと不吉なことが起こるのでは」など、しばしば魔術的思考を伴った対称性へのこだわり、物事の正確性の追求、不吉な数字(例;4や9)などが多い。一方強迫行為では、長時間の手洗いや入浴、掃除などの洗浄、人に害を加えていないこと、間違いがないことなどの確認、繰り返しの儀式、物を対称に並べる、何度も数える、物を収集し捨てられず溜め込む、などが多く認められる。


 この様な強迫症状の内容、あるいは各出現頻度は、社会文化的背景や民族の相違などに影響されず、世界的に概ね安定している<ref name="ref5"><pubmed>15677583</pubmed></ref>。さらに、汚染‐洗浄行為など、因子分析で抽出された強迫症状間の特異的関連性を示す症状ディメンジョンも、地域や文化差、年齢などに関わらず概ね一定とされる<ref name="ref6"><pubmed>18923068</pubmed></ref>。表2にBlochら<ref name="ref6" />が行った症状ディメンジョンに関するメタ・アナリシスの結果を示すが、これは我々が抽出した本邦のOCD患者での症状構造とほぼ一致している<ref name="ref7"><pubmed>18006873</pubmed></ref>(図1)。  
 この様な強迫症状の内容、あるいは各出現頻度は、社会文化的背景や民族の相違などに影響されず、世界的に概ね安定している<ref name="ref5"><pubmed>15677583</pubmed></ref>。さらに、汚染‐洗浄行為など、因子分析で抽出された強迫症状間の特異的関連性を示す症状ディメンジョンも、地域や文化差、年齢などに関わらず概ね一定とされる<ref name="ref6"><pubmed>18923068</pubmed></ref>。表2にBlochら<ref name="ref6" />が行った症状ディメンジョンに関するメタ・アナリシスの結果を示すが、これは我々が抽出した本邦のOCD患者での症状構造とほぼ一致している<ref name="ref7"><pubmed>18006873</pubmed></ref>(図1)。  
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 OCD患者で認める併発症は多彩であるが、大うつ病性障害(major depressive disorder)は約20-37%に併存を、そしてその生涯有病率は約54-67%とされるなど、最も高率に見られるものである<ref name="ref8" /> <ref name="ref12"><pubmed>17849776</pubmed></ref> <ref name="ref13"><pubmed>17514083</pubmed></ref> <ref name="ref14"><pubmed>17074950</pubmed></ref>。この出現については、OCDの罹病期間との正の相関が指摘されており<ref name="ref15"><pubmed>14744164</pubmed></ref>、多くの場合、心理的葛藤、極度の不安や緊張、[[ストレス]]、疲労、あるいは機能的問題が長期化する中で、二次的に出現することが一般的である。  
 OCD患者で認める併発症は多彩であるが、大うつ病性障害(major depressive disorder)は約20-37%に併存を、そしてその生涯有病率は約54-67%とされるなど、最も高率に見られるものである<ref name="ref8" /> <ref name="ref12"><pubmed>17849776</pubmed></ref> <ref name="ref13"><pubmed>17514083</pubmed></ref> <ref name="ref14"><pubmed>17074950</pubmed></ref>。この出現については、OCDの罹病期間との正の相関が指摘されており<ref name="ref15"><pubmed>14744164</pubmed></ref>、多くの場合、心理的葛藤、極度の不安や緊張、[[ストレス]]、疲労、あるいは機能的問題が長期化する中で、二次的に出現することが一般的である。  


 大うつ病性障害が併存すれば、患者の行動、あるいは認知面に重大な影響が及ぶ。例えば、嫌悪刺激の脅威、その危機が生じる確率や結果の過大評価、あるいは不確実性に対する耐性の低さなどの認知的問題がより協調させる。さらにはOCD自体の臨床症状も重症化し、生活能力や社会的機能水準、生活の質などが有意に低下して、[[希死念慮]]や[[自殺企図]]に至る割合が増加する<ref name="ref14" /> <ref name="ref16">'''松永寿人'''<br>気分障害・不安障害における行動~特に行動療法における薬物併用の意義と注意点~<br>''分子精神医学''12; 222-225, 2012 </ref>(図2)。  
 大うつ病性障害が併存すれば、患者の行動、あるいは認知面に重大な影響が及ぶ。例えば、嫌悪刺激の脅威、その危機が生じる確率や結果の過大評価、あるいは不確実性に対する耐性の低さなどの認知的問題がより強調される。さらにはOCD自体の臨床症状も重症化し、生活能力や社会的機能水準、生活の質などが有意に低下して、[[希死念慮]]や[[自殺企図]]に至る割合が増加する<ref name="ref14" /> <ref name="ref16">'''松永寿人'''<br>気分障害・不安障害における行動~特に行動療法における薬物併用の意義と注意点~<br>''分子精神医学''12; 222-225, 2012 </ref>(図2)。  


 その他のcomorbidityでは、[[季節性情動障害]] (current; 3.6-26%, lifetime; 18-36%)が多く、特定の恐怖、[[パニック障害]]など、それ以外の不安障害全般では、0-12%に併存を、生涯有病率は1-23%程度とされる<ref name="ref12" /> <ref name="ref13" /> <ref name="ref14" />。さらには、[[強迫スペクトラム障害]]([[Obsessive-Compulsive Spectrum Disorders]]; [[OCSDs]]) に分類されるもの、例えば[[心気症]]や[[身体醜形障害]]、[[抜毛症]]、[[強迫買い物症]]などの併発症も高率である。それぞれの生涯有病率は、心気症が8.2-13%、身体醜形障害が6.3-12.9%、抜毛癖(抜毛障害)が9.6-12.9%と報告されている<ref name="ref12" /> <ref name="ref13" /> <ref name="ref14" />。  
 その他のcomorbidityでは、[[季節性感情障害]] (current; 3.6-26%, lifetime; 18-36%)が多く、特定の恐怖、[[パニック障害]]など、それ以外の不安障害全般では、0-12%に併存を、生涯有病率は1-23%程度とされる<ref name="ref12" /> <ref name="ref13" /> <ref name="ref14" />。さらには、[[強迫スペクトラム障害]]([[Obsessive-Compulsive Spectrum Disorders]]; [[OCSDs]]) に分類されるもの、例えば[[心気症]]や[[身体醜形障害]]、[[抜毛症]]、[[強迫買い物症]]などの併発症も高率である。それぞれの生涯有病率は、心気症が8.2-13%、身体醜形障害が6.3-12.9%、抜毛癖(抜毛障害)が9.6-12.9%と報告されている<ref name="ref12" /> <ref name="ref13" /> <ref name="ref14" />。  


 また摂食障害の生涯併発率は約4.7-9.6%であり、摂食障害患者におけるOCDの併発も高率である<ref name="ref13" />。  
 また摂食障害の生涯併発率は約4.7-9.6%であり、摂食障害患者におけるOCDの併発も高率である<ref name="ref13" />。  
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 さらにOCD患者では、[[wikipedia:ja:アルコール|アルコール]]、[[トランキライザー]]などの[[物質乱用]]の出現も、他の不安障害患者に比し高率である<ref name="ref14" />。その他、チック障害、トゥレット症候群(Tourette’s syndrome; TS)、[[自閉症性スペクトラム障害]]([[Autism Spectrum Disorders]]; [[ASDs]])など、通常幼少~児童期に出現する精神障害も少なくない。例えば、OCD患者でのASDsの有病率は3~7%とされ、これは一般人口中の出現率に比して6~14倍高い<ref name="ref17"><pubmed>17353211</pubmed></ref>。また、OCD患者の約20%に、臨床的に有意なASD傾向を認め、これは一般人口での約10倍に相当する。前述したが、OCDとチック障害、あるいはトゥレット症候群とは、密接な関連性が存在する。特に、児童・青年期OCD患者においては、これらの併発率は20-59%と明らかに高率である<ref name="ref9" /> <ref name="ref10" />。しかし、チック障害、あるいはトゥレット症候群と強迫症状の長期経過は、必ずしもパラレルではなく、前者の多くは成人前に軽減するが、強迫症状は遷延しやすく、成人期に重症化することが少なくない<ref name="ref9" />。  
 さらにOCD患者では、[[wikipedia:ja:アルコール|アルコール]]、[[トランキライザー]]などの[[物質乱用]]の出現も、他の不安障害患者に比し高率である<ref name="ref14" />。その他、チック障害、トゥレット症候群(Tourette’s syndrome; TS)、[[自閉症性スペクトラム障害]]([[Autism Spectrum Disorders]]; [[ASDs]])など、通常幼少~児童期に出現する精神障害も少なくない。例えば、OCD患者でのASDsの有病率は3~7%とされ、これは一般人口中の出現率に比して6~14倍高い<ref name="ref17"><pubmed>17353211</pubmed></ref>。また、OCD患者の約20%に、臨床的に有意なASD傾向を認め、これは一般人口での約10倍に相当する。前述したが、OCDとチック障害、あるいはトゥレット症候群とは、密接な関連性が存在する。特に、児童・青年期OCD患者においては、これらの併発率は20-59%と明らかに高率である<ref name="ref9" /> <ref name="ref10" />。しかし、チック障害、あるいはトゥレット症候群と強迫症状の長期経過は、必ずしもパラレルではなく、前者の多くは成人前に軽減するが、強迫症状は遷延しやすく、成人期に重症化することが少なくない<ref name="ref9" />。  


 二軸に分類されるパニック障害に関しては、OCD患者の36-88%に認めるとされ、中でも回避性(5-53%)、依存性(5-50%)、強迫性(5-28%)などcluster Cに分類されるパニック障害が、一貫して高率である<ref name="ref4" /> <ref name="ref12" /> <ref name="ref13" />。その他、cluster Aパニック障害では、統合失調型(schizotypal PD; SPD)が5-19%と比較的高率で、cluster Bパニック障害では、演技性(5-20%)、境界性( 0-19%)などを高率に認める<ref name="ref4" /> <ref name="ref12" /> <ref name="ref13" />。しかしOCD患者でパニック障害を評価する場合、OCD自体や併存する抑うつ、不安状態などによる日常生活上の機能的問題が、人格的病理と混同される場合がしばしばあり、発症や治療前後の人格的変化を注意深く評価する必要がある。
 Ⅱ軸に分類されるパーソナリティー障害に関しては、OCD患者の36-88%に認めるとされ、中でも回避性(5-53%)、依存性(5-50%)、強迫性(5-28%)などcluster Cに分類されるパーソナリティー障害が、一貫して高率である<ref name="ref4" /> <ref name="ref12" /> <ref name="ref13" />。その他、cluster Aパーソナリティー障害では、統合失調型(schizotypal PD; SPD)が5-19%と比較的高率で、cluster Bパーソナリティー障害では、演技性(5-20%)、境界性( 0-19%)などを高率に認める<ref name="ref4" /> <ref name="ref12" /> <ref name="ref13" />。しかしOCD患者でパーソナリティー障害を評価する場合、OCD自体や併存する抑うつ、不安状態などによる日常生活上の機能的問題が、人格的病理と混同される場合がしばしばあり、発症や治療前後の人格的変化を注意深く評価する必要がある。


== 病因、病態仮説  ==
== 病因、病態仮説  ==
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==== 遺伝、あるいは家族性要因  ====
==== 遺伝、あるいは家族性要因  ====


 OCDにおいて、これらの病因的関与を裏付ける十分かつ一貫した知見は、未だ得られていない。しかし健常者を対照としたいくつかの家族研究では、OCD患者の[[wikipedia:ja:第一親等|第一親等]]親族において、診断閾値に達しない程度、すなわち著しい苦痛や機能障害を伴わないものを含めたOCDの罹病率、さらには不安障害全般の危険率がより高度であったとされる<ref name="ref18">'''Rauch SL Cora-Locattelli G, Greenberg BD.'''<br> Pathogenesis of obsessive-compulsive disorder. In Pathogenesis of obsessive-compulsive disorder. <br>In; (eds) Stein DJ, Hollander E Textbook of anxiety disorders.<br>''American Psychiatric Association'', Washington, DC. 191-205,2002. </ref>。特に若年発症例では、家系内集積性がより明らかな傾向であり、発症における遺伝要因の比重が高まる可能性が考えられる<ref name="ref19"><pubmed>15892140</pubmed></ref>。  
 OCDにおいて、これらの病因的関与を裏付ける十分かつ一貫した知見は、未だ得られていない。しかし健常者を対照としたいくつかの家族研究では、OCD患者の第一度親族において、診断閾値に達しない程度、すなわち著しい苦痛や機能障害を伴わないものを含めたOCDの罹病率、さらには不安障害全般の危険率がより高度であったとされる<ref name="ref18">'''Rauch SL Cora-Locattelli G, Greenberg BD.'''<br> Pathogenesis of obsessive-compulsive disorder. In Pathogenesis of obsessive-compulsive disorder. <br>In; (eds) Stein DJ, Hollander E Textbook of anxiety disorders.<br>''American Psychiatric Association'', Washington, DC. 191-205,2002. </ref>。特に若年発症例では、家系内集積性がより明らかな傾向であり、発症における遺伝要因の比重が高まる可能性が考えられる<ref name="ref19"><pubmed>15892140</pubmed></ref>。  


 またOCDとチック障害、あるいはトウレット症候群とは、家族性、遺伝学的相互関連が推定されている<ref name="ref20"><pubmed>11690590</pubmed></ref>。すなわち、これらの障害をもつ患者の親族には、OCDが高率に見られ、同様にOCDの親族には、チック障害などの出現が高率とされる<ref name="ref20" />。この傾向は、患者が若年発症であるほど顕著であり、特に18歳未満の発症では、それ以降に発症した患者に比し、親族における閾値上ないし閾値下OCDの発病危険率が、約二倍であったとされる。一方遺伝子研究では、最近の[[ゲノムワイド関連解析]]により、OCD自体、若年例、ないし保存症状の疾患感受性遺伝子の報告もなされているが<ref name="ref21"><pubmed>17329475</pubmed></ref>、未だ知見は乏しく特異的遺伝子の解明は十分なされていない。  
 またOCDとチック障害、あるいはトゥレット症候群とは、家族性、遺伝学的相互関連が推定されている<ref name="ref20"><pubmed>11690590</pubmed></ref>。すなわち、これらの障害をもつ患者の親族には、OCDが高率に見られ、同様にOCDの親族には、チック障害などの出現が高率とされる<ref name="ref20" />。この傾向は、患者が若年発症であるほど顕著であり、特に18歳未満の発症では、それ以降に発症した患者に比し、親族における閾値上ないし閾値下OCDの発病危険率が、約二倍であったとされる。一方遺伝子研究では、最近の[[ゲノムワイド関連解析]]により、OCD自体、若年例、ないし保存症状の疾患感受性遺伝子の報告もなされているが<ref name="ref21"><pubmed>17329475</pubmed></ref>、未だ知見は乏しく特異的遺伝子の解明は十分なされていない。  


==== 感染症、神経精神疾患との関連性  ====
==== 感染症、神経精神疾患との関連性  ====


 OCDでは、[[パーキンソン病]]、トゥレット症候群、[[シデナム舞踏病]]など、[[大脳基底核]]における[[ドーパミン]]系機能異常を伴う神経精神疾患との関連性が指摘されている<ref name="ref18" />。また児童期の[[wikipedia:ja:A群β-溶血連鎖球菌|A群β-溶血連鎖球菌]]感染症による[[wikipedia:ja:上気道感染|上気道感染]][[wikipedia:ja:リウマチ熱|リウマチ熱]]を合併し、その後期症状として、[[舞踏様運動]]と伴に、高率に強迫症状を呈する。この感染に伴う異常な[[wikipedia:ja:自己免疫反応|自己免疫反応]]による線条体の形態的、機能的異常を介し、小児期OCDやチック障害などの急性発症に病因的役割を担うことが推定されている<ref name="ref22"><pubmed>9464208</pubmed></ref>。この様に、神経免疫機能とOCDとの間には何らかの関連が推定されるが、この感染が、常にOCDの誘因になるわけではなく、その機序や特異性などについては、今後の検討を要する。  
 OCDでは、[[パーキンソン病]]、トゥレット症候群、[[シデナム舞踏病]]など、[[大脳基底核]]における[[ドーパミン]]系機能異常を伴う神経精神疾患との関連性が指摘されている<ref name="ref18" />。シデナム舞踏病は、児童期に[[wikipedia:ja:A群β-溶血連鎖球菌|A群β-溶血連鎖球菌]]感染症による[[wikipedia:ja:上気道感染|上気道感染]][[wikipedia:ja:リウマチ熱|リウマチ熱]]を合併し、その後期症状として、[[舞踏様運動]]と伴に、高率に強迫症状を呈するものである。この感染に伴う異常な[[wikipedia:ja:自己免疫反応|自己免疫反応]]による線条体の形態的、機能的異常を介し、小児期OCDやチック障害などの急性発症に病因的役割を担うことが推定されている<ref name="ref22"><pubmed>9464208</pubmed></ref>。この様に、神経免疫機能とOCDとの間には何らかの関連が推定されるが、この感染が、常にOCDの誘因になるわけではなく、その機序や特異性などについては、今後の検討を要する。  


=== OCDの脳機能的病態  ===
=== OCDの脳機能的病態  ===
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 OCDに関する神経生物学的モデルでは、TD、TSなど各種神経精神疾患との関連や、神経心理学的検査所見、外傷などによる限局性皮質損傷例、ならびに形態学的、機能的脳画像研究などの知見より、[[皮質]]-線条体-[[視床]]-皮質回路(cortico-striatal-thalamic-cortical (CSTC) circuit )が注目されている<ref name="ref18" /> <ref name="ref23">'''中尾智博'''<br>生物学的機序-治療的な観点から-<br>上島国利、松永寿人,多賀千明ほか編<br>エキスパートによる強迫性障害(OCD)治療ブック<br>''星和書店'', 東京, p41-52, 2010.</ref> <ref name="ref24"><pubmed>9829024</pubmed></ref> <ref name="ref25"><pubmed>22138231</pubmed></ref>。  
 OCDに関する神経生物学的モデルでは、TD、TSなど各種神経精神疾患との関連や、神経心理学的検査所見、外傷などによる限局性皮質損傷例、ならびに形態学的、機能的脳画像研究などの知見より、[[皮質]]-線条体-[[視床]]-皮質回路(cortico-striatal-thalamic-cortical (CSTC) circuit )が注目されている<ref name="ref18" /> <ref name="ref23">'''中尾智博'''<br>生物学的機序-治療的な観点から-<br>上島国利、松永寿人,多賀千明ほか編<br>エキスパートによる強迫性障害(OCD)治療ブック<br>''星和書店'', 東京, p41-52, 2010.</ref> <ref name="ref24"><pubmed>9829024</pubmed></ref> <ref name="ref25"><pubmed>22138231</pubmed></ref>。  


 OCDの脳病態に関しては、いくつかの仮説が立てられているが、その中に、Saxenaら<ref name="ref24" />による[[前頭葉]]—皮質下回路に関する神経ネットワーク仮説(OCD-loop仮説)がある。これによれば、OFCを主とした前頭葉領域の活性化に伴い、それらの領域からの入力を間接的経路(背側[[前頭前野]]—線条体—[[淡蒼球]]—[[視床下核]]—淡蒼球—視床—皮質)と直接的経路([[前頭眼窩面]]—線条体—淡蒼球—視床—皮質)に振り分ける[[尾状核]]において制御障害が生じ(ブレイン・ロック)、視床への抑制性の制御が弱まる。その結果[[視床]]と前頭眼窩面の間でさらなる相互活性が生じ、強迫症状が維持、増幅されるという。これらの領域の機能的役割を考えると、社会的に適切な行動をとるための検出機能をもつ[[OFC]]、行動のモニタリングと調節に主要な役割を果たす[[ACC]]、辺縁系や前頭葉からの入力を受けるゲート機能を有する尾状核、入力された情報に対するフィルター機能をもち皮質への投射を行う視床、といったように各々の部位が連携しながら円滑な行動の遂行を担っている<ref name="ref23" />。その後の検証によってOCD-loopにはさらに広汎な脳部位の関与を考慮する必要が出てきている<ref name="ref25" />(図3)  
 OCDの脳病態に関しては、いくつかの仮説が立てられているが、その中に、Saxenaら<ref name="ref24" />による[[前頭葉]]—皮質下回路に関する神経ネットワーク仮説(OCD-loop仮説)がある。これによれば、OFCを主とした前頭葉領域の活性化に伴い、それらの領域からの入力を間接経路(背側[[前頭前野]]—線条体—[[淡蒼球]]—[[視床下核]]—淡蒼球—視床—皮質)と直接経路([[前頭眼窩面]]—線条体—淡蒼球—視床—皮質)に振り分ける[[尾状核]]において制御障害が生じ(ブレイン・ロック)、視床への抑制性の制御が弱まる。その結果[[視床]]と前頭眼窩面の間でさらなる相互活性が生じ、強迫症状が維持、増幅されるという。これらの領域の機能的役割を考えると、社会的に適切な行動をとるための検出機能をもつ[[OFC]]、行動のモニタリングと調節に主要な役割を果たす[[ACC]]、辺縁系や前頭葉からの入力を受けるゲート機能を有する尾状核、入力された情報に対するフィルター機能をもち皮質への投射を行う視床、といったように各々の部位が連携しながら円滑な行動の遂行を担っている<ref name="ref23" />。その後の検証によってOCD-loopにはさらに広汎な脳部位の関与を考慮する必要が出てきている<ref name="ref25" />(図3)  


=== 神経化学システム  ===
=== 神経化学システム  ===