9,444
回編集
細編集の要約なし |
細編集の要約なし |
||
(2人の利用者による、間の8版が非表示) | |||
2行目: | 2行目: | ||
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0025278 石 龍徳]</font><br> | <font size="+1">[http://researchmap.jp/read0025278 石 龍徳]</font><br> | ||
''東京医科大学組織・神経解剖学分野''<br> | ''東京医科大学組織・神経解剖学分野''<br> | ||
DOI:<selfdoi /> | DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年1月31日 原稿完成日:2016年9月13日<br> | ||
担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/noriko1128 大隅 典子](東北大学 大学院医学系研究科 附属創生応用医学研究センター 脳神経科学コアセンター 発生発達神経科学分野)<br> | ||
</div> | </div> | ||
8行目: | 8行目: | ||
英語名:neural cell adhesion molecules | 英語名:neural cell adhesion molecules | ||
同義語:CD56、神経細胞接着分子 | |||
{{box|text= | {{box|text= NCAMは免疫グロブリンスーパーファミリーに属する細胞接着分子である。3つのサブタイプがあり、140/180kD分子は膜貫通型、120kD分子はGPIアンカー型である。発生期の発達中の組織では、翻訳後に長鎖の糖鎖であるポリシアル酸(polysialic acid, PSA)によって修飾される(PSA-NCAMと呼ばれる)。主に神経組織や筋組織に発現しているが、その他感覚器や内分泌器など多様な組織で発現している。癌組織でも発現が見られ、癌転移との関係が報告されている。NCAMはホモフィリックな結合の他、細胞外基質のヘパリンなどとヘテロフィリックな結合をする。また、細胞接着分子のL1やFGF受容体などと''cis''型の結合をする。糖鎖のPSAは負の電荷と大きさにより立体障害的にNCAMの結合能を低下させる。NCAMは細胞接着を介して、神経発生、筋発生に重要な役割を果たしている。また、学習・記憶、精神疾患などとの関係が報告されている。}} | ||
}} | |||
==研究の歴史== | ==研究の歴史== | ||
18行目: | 16行目: | ||
==構造== | ==構造== | ||
[[image:ncam1.jpg|thumb| | [[image:ncam1.jpg|thumb|300px|'''図1.NCAMの構造とNCAMに結合する分子'''<br>細胞外領域には免疫グロブリンC2サブセットが5つ、フィブロネクチンタイプIII様領域(ただしRGD配列はない)が2つある。分子量140、180 kDaのアイソフォームでは細胎内領域があるが、120 kDa分子のC末端は細胞膜表面のグリコシルフォスファチジルイノシトール(GPI)と結合している。ホモフィリックな結合には3番目のC2領域が関与している。4番目のC2領域とフィブロネクチンタイプIII様領域には、それぞれVASE(varjable alternatively spliced exon)、MSD(muscle specific domain)などの配列が挿入される。発連中の組織では、5番目のC2領域が多量のポリシアル酸(PSA)によって修飾されている。140/180 kDa分子の細胎内領域は、スペクトリンと直接結合している。また、チューブリンとは、キネシン1、MAP1Aなどを介して結合している。]] | ||
NCAMの細胞外領域は、5つの免疫グロブリンC2サブセットと2つの[[フィブロネクチン]]タイプIII様領域(RGD配列はない)からなっている(図1)<ref name=ref20><pubmed>1623208</pubmed></ref>。 | NCAMの細胞外領域は、5つの免疫グロブリンC2サブセットと2つの[[フィブロネクチン]]タイプIII様領域(RGD配列はない)からなっている(図1)<ref name=ref20><pubmed>1623208</pubmed></ref>。 | ||
25行目: | 22行目: | ||
分子量140、180 kDaのアイソフォームでは細胞内領域があるが、120 kDa分子のC末端は[[細胞膜]]表面の[[グリコシルフォスファチジルイノシトール]](glycosylphosphatidyl inositol;GPI)と結合している。 | 分子量140、180 kDaのアイソフォームでは細胞内領域があるが、120 kDa分子のC末端は[[細胞膜]]表面の[[グリコシルフォスファチジルイノシトール]](glycosylphosphatidyl inositol;GPI)と結合している。 | ||
5番目のC2ドメインには、[[N-グルコシド結合]]により、2カ所で[[ポリシアル酸]](2-8-linked ''N''-acetylneuraminic acid, PSA)が結合している<ref name=ref24><pubmed>9384537</pubmed></ref> <ref name=ref43><pubmed>18059411</pubmed></ref> <ref name=ref46><pubmed>24692354</pubmed></ref>。ポリシアル化されたNCAMはPSA-NCAMと呼ばれる。NCAMをポリシアル化する酵素としては、2つの[[α-2,8シアル酸転移酵素]][[α-2,8 syalyltransferase]](ST8)が知られていて、それぞれ[[ST8SiaII]](STX)・[[ST8SiaIV]](PST-1)と呼ばれている<ref name=ref46 />。 | |||
140/180 kDa-NCAM の3番目のC2領域には、HNK-1/L2エピトープが存在する。挿入配列のMSD(muscle spedfic domain)には[[O-グリコシド結合]]型[[糖鎖]]が結合している<ref name=ref15><pubmed>3576199</pubmed></ref>。 | 140/180 kDa-NCAM の3番目のC2領域には、HNK-1/L2エピトープが存在する。挿入配列のMSD(muscle spedfic domain)には[[O-グリコシド結合]]型[[糖鎖]]が結合している<ref name=ref15><pubmed>3576199</pubmed></ref>。140/180 kDa分子の細胎内領域は、スペクトリンと直接結合している。また、チューブリンとは、キネシン1、MAP1Aなどを介して結合している<ref><pubmed>26909348 </pubmed></ref>。 | ||
==サブファミリー== | ==サブファミリー== | ||
主に3つのサブタイプがあり、120kD分子はGPIアンカー型、140/180kD分子は膜貫通型である。180kD分子は[[細胞骨格]]と相互作用を持つ長い細胞内領域を持っている。各アイソフォームは、[[alternative splicing]]によって生成される<ref name=ref15 /> <ref name=ref44><pubmed>3293093</pubmed></ref> | [[image:ncam2.jpg|thumb|300px|'''図2.NCAM遺伝子の構造(A)、NCAMのRNAプロセシング経路(B)、NCAMの分子構造とエクソンとの関係(C)'''<br>(A)エクソン1から19は番号で上に示してある。挿入配列VASE、MSD(1a・1b・1c)、Sec、AAGは下に記号で示した。<br>(B)エクソンを結ぶ山形の線はスプライシングの様式を示している。膜貫通領域は黒色で,翻訳されない部分は斜線で示してある。Secを使う場合(分泌型)は、それより下流は翻訳されない。<br>(C)NCAMの3つのアイソフォームはすべてエクソン1から14を使う.このほかに120 kDa分子では、エクソン15、140kDa分子ではエクソン16十17十19、180 kDa分子ではエクソン16十17十18十19を使う。筋組織では,筋特異的配列領域(MSD1,37個のアミノ酸残基)がエクソン12と13の間に挿入される(<ref name=ref20><pubmed>1623208</pubmed></ref>を改変)。]] | ||
主に3つのサブタイプがあり、120kD分子はGPIアンカー型、140/180kD分子は膜貫通型である。180kD分子は[[細胞骨格]]と相互作用を持つ長い細胞内領域を持っている。各アイソフォームは、[[alternative splicing]]によって生成される<ref name=ref15 /> <ref name=ref44><pubmed>3293093</pubmed></ref>(図2)。 | |||
この他、C2領域に、30bpの挿入配列VASE(varjable alternatively spliced exon)が、フィブロネクチンタイプIII様領域にMSD(muscle specific domain)が挿入される場合がある。NCAM遺伝子には多数の短い挿入配列があるために、100以上のアイソフォームが存在するとの報告がある<ref name=ref5><pubmed>12106359</pubmed></ref>。 | この他、C2領域に、30bpの挿入配列VASE(varjable alternatively spliced exon)が、フィブロネクチンタイプIII様領域にMSD(muscle specific domain)が挿入される場合がある。NCAM遺伝子には多数の短い挿入配列があるために、100以上のアイソフォームが存在するとの報告がある<ref name=ref5><pubmed>12106359</pubmed></ref>。 | ||
37行目: | 36行目: | ||
==発現== | ==発現== | ||
[[image:ncam3.jpg|thumb|300px|'''図3.成体ラット海馬におけるNCAM(A)と長鎖の糖鎖ポリシアル酸によって修飾されたPSA-NCAM(B)の発現の比較'''<br>(NCAMは海馬全体に発現している。一方、PSA-NCAMは顆粒細胞層(GCL)内側の新生ニューロンとその軸索(mf, 苔状線維)に発現している。PCL, 錐体細胞層。]] | |||
NCAMは以下のようなさまざまな組織に広く分布している(*は発生期に発現し、成体組織では消失する組織)。:神経組織([[神経細胞]]・[[グリア細胞]]・[[シュワン細胞]]・[[脳脊髄液]])、[[筋組織]]([[骨格筋]]*・[[心筋]]・[[平滑筋]]*)(神経・筋組織は後述)、網膜<ref name=ref6><pubmed>2243247</pubmed></ref>、[[コルチ器]]*<ref name=ref52><pubmed>12640664</pubmed></ref>、[[嗅上皮]]<ref name=ref30><pubmed>2776969</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed> 1664924</pubmed></ref>、[[味蕾]]<ref name=ref53><pubmed>7814663</pubmed></ref>、[[wikipedia:ja:歯|歯]]*<ref name=ref35><pubmed>9045989</pubmed></ref>、[[wikipedia:ja:表皮|表皮]]、[[パチニ小体]]<ref name=ref34><pubmed>2482863</pubmed></ref>、[[wikipedia:ja:中腎管|中腎管]]*<ref name=ref25><pubmed>2088729</pubmed></ref>、[[下垂体]]<ref name=ref26><pubmed>12114645</pubmed></ref>、[[傍濾細胞]]*([[カルシトニン]]産生細胞)<ref name=ref33><pubmed>8896706</pubmed></ref>、[[膵臓]]([[ラングルハンス島]])<ref name=ref8><pubmed>7962186</pubmed></ref>、[[副腎]]([[wikipedia:ja:皮質|皮質]]・[[髄質]])<ref name=ref26 />、[[wikipedia:ja:卵巣|卵巣]]<ref name=ref26 />、[[wikipedia:ja:精巣|精巣]]<ref name=ref27><pubmed>9639054</pubmed></ref>、[[wikipedia:ja:ナチュラルキラー細胞|ナチュラルキラー(NK)細胞]]<ref name=ref38><pubmed>19278419</pubmed></ref> | NCAMは以下のようなさまざまな組織に広く分布している(*は発生期に発現し、成体組織では消失する組織)。:神経組織([[神経細胞]]・[[グリア細胞]]・[[シュワン細胞]]・[[脳脊髄液]])、[[筋組織]]([[骨格筋]]*・[[心筋]]・[[平滑筋]]*)(神経・筋組織は後述)、網膜<ref name=ref6><pubmed>2243247</pubmed></ref>、[[コルチ器]]*<ref name=ref52><pubmed>12640664</pubmed></ref>、[[嗅上皮]]<ref name=ref30><pubmed>2776969</pubmed></ref> <ref name=ref32><pubmed> 1664924</pubmed></ref>、[[味蕾]]<ref name=ref53><pubmed>7814663</pubmed></ref>、[[wikipedia:ja:歯|歯]]*<ref name=ref35><pubmed>9045989</pubmed></ref>、[[wikipedia:ja:表皮|表皮]]、[[パチニ小体]]<ref name=ref34><pubmed>2482863</pubmed></ref>、[[wikipedia:ja:中腎管|中腎管]]*<ref name=ref25><pubmed>2088729</pubmed></ref>、[[下垂体]]<ref name=ref26><pubmed>12114645</pubmed></ref>、[[傍濾細胞]]*([[カルシトニン]]産生細胞)<ref name=ref33><pubmed>8896706</pubmed></ref>、[[膵臓]]([[ラングルハンス島]])<ref name=ref8><pubmed>7962186</pubmed></ref>、[[副腎]]([[wikipedia:ja:皮質|皮質]]・[[髄質]])<ref name=ref26 />、[[wikipedia:ja:卵巣|卵巣]]<ref name=ref26 />、[[wikipedia:ja:精巣|精巣]]<ref name=ref27><pubmed>9639054</pubmed></ref>、[[wikipedia:ja:ナチュラルキラー細胞|ナチュラルキラー(NK)細胞]]<ref name=ref38><pubmed>19278419</pubmed></ref> | ||
長鎖の糖鎖であるポリシアル酸(PSA)で修飾されたPSA-NCAMは、主に発生中の組織で発現している<ref name=ref43 />。[[中枢神経]]系では、成体になるとほとんどの部位でPSA- | 長鎖の糖鎖であるポリシアル酸(PSA)で修飾されたPSA-NCAMは、主に発生中の組織で発現している<ref name=ref43 />。[[中枢神経]]系では、成体になるとほとんどの部位でPSA-NCAMの発現は著しく低下するが、例外的に[[ニューロン新生]]が続く、[[前脳]][[脳室下帯|側脳室下帯]]や[[海馬]][[歯状回]][[顆粒細胞]]層下帯では、新生ニューロンに強いPSA-NCAMの発現が見られる<ref name=ref48><pubmed>8264989</pubmed></ref> <ref name=ref46 />(図3)。 | ||
==機能== | ==機能== | ||
NCAMが接着活性を示すときには、NCAMどうしが3番目のC2ドメインでホモフィリックに結合するほか、2番目のドメインで[[細胞外基質]]の[[ヘパリン]]などの分子と結合する<ref name=ref54><pubmed>9765230</pubmed></ref>(図1)。また、NCAMは、は、同じ細胞膜上の他の接着分子([[L1]]など)や[[FGF受容体]]と''Cis''型の相互作用をする<ref name=ref21><pubmed>8807188</pubmed></ref>。NCAMが細胞内に情報を伝えるときには、[[Fyn]]/[[Src]]<ref name=ref14><pubmed>10842356</pubmed></ref>や、FGF受容体<ref name=ref7><pubmed>11433297</pubmed></ref>を介することが示唆されている。 | |||
180 kD 分子は、細胞内骨格の[[スペクトリン]]と結合していることから、安定な細胞接着を形成すると考えられている<ref name=ref39><pubmed>3308110</pubmed></ref>。 | 180 kD 分子は、細胞内骨格の[[スペクトリン]]と結合していることから、安定な細胞接着を形成すると考えられている<ref name=ref39><pubmed>3308110</pubmed></ref> <ref><pubmed>26909348 </pubmed></ref>。 | ||
5番目のC2ドメインにはポリシアル酸が結合している<ref name=ref43 />。シアル酸が負に荷電しているため、長鎖のPSA分子はその大きさと電荷によってNCAM同士又はNCAMと他の接着分子との結合を阻害すると考えられている<ref name=ref43 />。この長鎖のPSAは、発達期の神経細胞などに発現しているが、成体になると限られた部位を除き発現がほとんど見られなくなる<ref name=ref48 /> | 5番目のC2ドメインにはポリシアル酸が結合している<ref name=ref43 />。シアル酸が負に荷電しているため、長鎖のPSA分子はその大きさと電荷によってNCAM同士又はNCAMと他の接着分子との結合を阻害すると考えられている<ref name=ref43 />。この長鎖のPSAは、発達期の神経細胞などに発現しているが、成体になると限られた部位を除き発現がほとんど見られなくなる<ref name=ref48 />(図3)。 | ||
NCAMは、細胞-細胞、および細胞-[[細胞外基質]]間の接着分子で、神経発生や筋発生に重要な分子である<ref name=ref44 /> <ref name=ref18><pubmed>1883195</pubmed></ref> <ref name=ref42><pubmed>12598678</pubmed></ref>。発生期のNCAMはポリシアル化されているので、発生期のNCAMの機能は、PSA-NCAMを中心に研究されている<ref name=ref43 /> <ref name=ref46 />。神経発生では、[[細胞移動]]<ref name=ref32 /> <ref name=ref36><pubmed>7917293</pubmed></ref>、[[神経突起]]の伸長・束形成・分岐<ref name=ref40><pubmed>10648711</pubmed></ref> <ref name=ref56><pubmed>11124992</pubmed></ref>、[[シナプス形成]]・[[可塑性]](後述)、[[学習]]・[[記憶]]<ref name=ref55><pubmed>12869614</pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed>17460068</pubmed></ref> | NCAMは、細胞-細胞、および細胞-[[細胞外基質]]間の接着分子で、神経発生や筋発生に重要な分子である<ref name=ref44 /> <ref name=ref18><pubmed>1883195</pubmed></ref> <ref name=ref42><pubmed>12598678</pubmed></ref>。発生期のNCAMはポリシアル化されているので、発生期のNCAMの機能は、PSA-NCAMを中心に研究されている<ref name=ref43 /> <ref name=ref46 />。神経発生では、[[細胞移動]]<ref name=ref32 /> <ref name=ref36><pubmed>7917293</pubmed></ref>、[[神経突起]]の伸長・束形成・分岐<ref name=ref40><pubmed>10648711</pubmed></ref> <ref name=ref56><pubmed>11124992</pubmed></ref>、[[シナプス形成]]・[[可塑性]](後述)、[[学習]]・[[記憶]]<ref name=ref55><pubmed>12869614</pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed>17460068</pubmed></ref>、神経疾患<ref name=ref9><pubmed>9670224</pubmed></ref> <ref name=ref45><pubmed>23675315</pubmed></ref>に関与する。その他の組織でも形態形成に関与していると考えられている([[NCAM#発現|発現]]の項を参照)。 | ||
===シナプス形成=== | ===シナプス形成=== | ||
NCAMは、[[シナプス前膜]]と[[シナプス後膜]]に存在する<ref name=ref37><pubmed>2794140</pubmed></ref>。しかし、NCAM180は、シナプス後膜だけに存在する。NCAM180は細胞骨格と相互作用をするので<ref name=ref39 />、NCAM180はシナプスの安定性と関係していると考えられる。シナプス形成期には、NCAMの糖鎖PSAの発現がみられるが、成熟したシナプスではPSAの発現はほとんど見られない<ref name=ref50><pubmed>10397399</pubmed></ref>。 | |||
神経-筋シナプスが形成される発生期には、NCAMは[[運動ニューロン]] | 神経-筋シナプスが形成される発生期には、NCAMは[[運動ニューロン]]と筋の両方に発現している。その後、成熟したシナプスが形成される頃になると、筋全体のNCAM発現は低下し、[[神経筋接合部]]に限局してNCAMの発現が残るようになる<ref name=ref11><pubmed>3512581</pubmed></ref>。また、成体でも運動ニューロンを切断して、筋の神経支配を除去してやると、再びNCAMが発現してくる。この筋のNCAM発現は、[[運動ニューロン]]が再生されて、筋の神経支配が完了すると、再び低下する<ref name=ref10><pubmed>3892537</pubmed></ref>。これらの結果は、神経-筋シナプスの形成には筋のNCAM発現が必要であることを示唆している。 | ||
NCAM欠損[[マウス]]の神経筋接合部を野生型と比較すると、多少の形態的な差異が認められるが、運動機能はほぼ正常である<ref name=ref41><pubmed>10964958</pubmed></ref>。しかし、NCAM欠損マウスでは、繰り返し刺激などで神経伝達物質の放出量を上げてやると、正常な神経伝達効率を維持できない<ref name=ref41 />。 | NCAM欠損[[マウス]]の神経筋接合部を野生型と比較すると、多少の形態的な差異が認められるが、運動機能はほぼ正常である<ref name=ref41><pubmed>10964958</pubmed></ref>。しかし、NCAM欠損マウスでは、繰り返し刺激などで神経伝達物質の放出量を上げてやると、正常な神経伝達効率を維持できない<ref name=ref41 />。 | ||
===シナプス可塑性=== | ===シナプス可塑性=== | ||
NCAM欠損マウスでは、シナプスの[[LTP]]発現が、海馬[[Schaffer側枝]]-[[CA1]]間<ref name=ref13><pubmed>8107803</pubmed></ref>と[[苔状線維]]-[[錐体細胞]]間<ref name=ref12><pubmed>9789073</pubmed></ref>で低下している。しかし、苔状線維-錐体細胞間では、短期の可塑性は正常である。また、[[endo-N]]によって海馬からPSAを除去すると、同様に海馬Schaffer側枝-CA1間のシナプスのLTP発現が低下する<ref name=ref31><pubmed>8816705</pubmed></ref>。NCAMのポリシアル化酵素ST8IV(PST-1)を欠損したマウスでは、海馬Schaffer側枝- | NCAM欠損マウスでは、シナプスの[[LTP]]発現が、海馬[[Schaffer側枝]]-[[CA1]]間<ref name=ref13><pubmed>8107803</pubmed></ref>と[[苔状線維]]-[[錐体細胞]]間<ref name=ref12><pubmed>9789073</pubmed></ref>で低下している。しかし、苔状線維-錐体細胞間では、短期の可塑性は正常である。また、[[endo-N]]によって海馬からPSAを除去すると、同様に海馬Schaffer側枝-CA1間のシナプスのLTP発現が低下する<ref name=ref31><pubmed>8816705</pubmed></ref>。NCAMのポリシアル化酵素ST8IV(PST-1)を欠損したマウスでは、海馬Schaffer側枝-CA1間シナプスのLTPとLTDの発現が低下しているが、苔状線維-錐体細胞間シナプスのLTPは正常である<ref name=ref16><pubmed>10884307</pubmed></ref>。一方、Crossinらのグループの結果では、NCAMの発現が欠損しても、海馬Schaffer側枝-CA1間シナプスのLTPは野生型と同じように起こるという<ref name=ref22><pubmed>9482932</pubmed></ref>。 | ||
===成体脳のニューロン新生とPSA-NCAM=== | ===成体脳のニューロン新生とPSA-NCAM=== | ||
[[胎生期]]から生後初期にかけて、ニューロンが発達する時期には、NCAMは長鎖の糖鎖ポリシアル酸(PSA)によって修飾されている<ref name=ref43 /> <ref name=ref46 />。したがって、PSA-NCAMは、発達中の神経細胞の非常に良いマーカー分子である。 | [[胎生期]]から生後初期にかけて、ニューロンが発達する時期には、NCAMは長鎖の糖鎖ポリシアル酸(PSA)によって修飾されている<ref name=ref43 /> <ref name=ref46 />。したがって、PSA-NCAMは、発達中の神経細胞の非常に良いマーカー分子である。 | ||
脳のほとんどの部位では成体になるとニューロンは新生しないが、例外的に海馬や前脳側脳室下帯では成体になってもニューロンの新生が続いている<ref name=ref2><pubmed>5861717</pubmed></ref> <ref name=ref23>'''Kempermann G<br>'''Adult neurogenesis2. <br>''Oxford: oxford university press''. 2011</ref> <ref name=ref28><pubmed>25223700</pubmed></ref>。この例外的な[[ニューロン新生]]によって生まれた[[ニューロブラスト]]が移動するときや神経突起が発達するときにはPSA-NCAMが発現している<ref name=ref49><pubmed>7684771</pubmed></ref> <ref name=ref3><pubmed>15001097</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>11826091</pubmed></ref> <ref name=ref43 />(図3)。ただし、これらのニューロン新生部位以外([[梨状皮質]]など)にPSA-NCAMの発現が見られることがあり、これに関してはニューロン新生とは関係がないので注意を要する<ref name=ref48 /> <ref name=ref19><pubmed>20830977</pubmed></ref>。 | |||
海馬では、成体になっても顆粒細胞の新生が続いているので、苔状線維終末が、錐体細胞の樹状突起にシナプスを形成する過程が、成体でも観察される<ref name=ref50 />。発達中の不規則な形態の[[軸索]]末端はPSA陽性であるが、シナプスが形成されるとPSAは消失する。成体脳からPSAを除去すると、異所性の苔状線維シナプスボタンが形成される<ref name=ref51><pubmed>9570806</pubmed></ref>。 | 海馬では、成体になっても顆粒細胞の新生が続いているので、苔状線維終末が、錐体細胞の樹状突起にシナプスを形成する過程が、成体でも観察される<ref name=ref50 />。発達中の不規則な形態の[[軸索]]末端はPSA陽性であるが、シナプスが形成されるとPSAは消失する。成体脳からPSAを除去すると、異所性の苔状線維シナプスボタンが形成される<ref name=ref51><pubmed>9570806</pubmed></ref>。 |