「脳死」の版間の差分

443 バイト追加 、 2021年2月26日 (金)
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#臓器移植を前提とする時のみ、脳死をもって人の死と定義し、臓器移植を前提としない時には、たとえ脳死判定がなされて脳死状態であると診断されても、従来通り心臓死をもって死と定義されるという、2通りの死の定義が存在した。
#臓器移植を前提とする時のみ、脳死をもって人の死と定義し、臓器移植を前提としない時には、たとえ脳死判定がなされて脳死状態であると診断されても、従来通り心臓死をもって死と定義されるという、2通りの死の定義が存在した。


 1998年、わが国で最初の法に基づく脳死判定が行われたが、その後も本人の事前の意思確認が必須とされたが、意思表示カード所持者はきわめて少ないために、脳死下臓器提供数はなかなか増えない状態が続いた。また本人の意思表明が有効でない15歳以下の小児は臓器提供者になり得ず、小児の臓器移植は不可能で、海外渡航による移植にたよる状態が続いた。2008年イスタンブール宣言によって、このような自国外での臓器移植自粛が求められ、とくに小児の臓器移植の問題の解決が急務となった。
 1998年、わが国で最初の法に基づく脳死判定が行われた。本人の事前の意思確認が必須とされたが、意思表示カード所持者はきわめて少ないために、その後も脳死下臓器提供数はなかなか増えない状態が続いた。また本人の意思表明が有効でない15歳以下の小児は臓器提供者になり得ず、小児の臓器移植は不可能で、海外渡航による移植にたよる状態が続いた。2008年イスタンブール宣言によって、このような自国外での臓器移植自粛が求められ、とくに小児の臓器移植の問題の解決が急務となった。


 この状況を受けて、2009年、改正臓器移植法案が成立した。その改訂の骨子と影響は以下の通りであった。
 この状況を受けて、2009年、改正臓器移植法案が成立した。その改訂の骨子と影響は以下の通りであった。
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#「脳死は人の死である」という考えは概ね社会的に受容されているということが明記された。一方、家族が脳死を人の死であると受容できない場合には、法的脳死判定を拒むことができる権利も明記され、脳死に関する考えの多様性の許容が残された。
#「脳死は人の死である」という考えは概ね社会的に受容されているということが明記された。一方、家族が脳死を人の死であると受容できない場合には、法的脳死判定を拒むことができる権利も明記され、脳死に関する考えの多様性の許容が残された。
#臓器移植以外も含むすべての場において「脳死は人の死である」という考えが適用されるのか注目されたが、「臓器移植法は臓器移植の手続きについての法律であって、臓器移植につながらない脳死判定による死亡宣言はあり得ない」との法的解釈が示され、この点は従来と変わらない状況となっている。
#臓器移植以外も含むすべての場において「脳死は人の死である」という考えが適用されるのか注目されたが、「臓器移植法は臓器移植の手続きについての法律であって、臓器移植につながらない脳死判定による死亡宣言はあり得ない」との法的解釈が示され、この点は従来と変わらない状況となっている。
 
[[ファイル:Nagayama Brain Death Fig1.png|サムネイル|'''図1. 脳死が判定されるまで''']]
== 日本の脳死判定基準 ==
== 日本の脳死判定基準 ==
 先述のように、旧厚生省の脳死に関する研究班は、日本脳波学会の脳死判定基準(1969年)に基づいて脳死と判定された症例についての全国調査に基づいて、1985年に脳死判定基準、いわゆる竹内基準を提出した<ref name=厚生科学研究費特別研究事業1985 /> [12]('''表1''')。なお、その調査対象となった718例中で蘇生例は1例もなかったと報告されており、その妥当性が確認されている<ref name=竹内一夫1985 /> [11]。竹内基準は脳死の概念としては全脳死を採用している。判定の医学的詳細に関しては園生雅弘帝京大学教授および筆者による文献を参照されたい<ref name=園生雅弘2018>園生雅弘著. 永山正雄監修 (2018).<br>.脳死状態. 今日の臨床サポート</ref>[13]。
 先述のように、旧厚生省の脳死に関する研究班は、日本脳波学会の脳死判定基準(1969年)に基づいて脳死と判定された症例についての全国調査に基づいて、1985年に脳死判定基準、いわゆる竹内基準を提出した<ref name=厚生科学研究費特別研究事業1985 /> [12]('''表1''')。なお、その調査対象となった718例中で蘇生例は1例もなかったと報告されており、その妥当性が確認されている<ref name=竹内一夫1985 /> [11]。竹内基準は脳死の概念としては全脳死を採用している。判定の医学的詳細に関しては園生雅弘帝京大学教授および筆者による文献を参照されたい<ref name=園生雅弘2018>園生雅弘著. 永山正雄監修 (2018).<br>.脳死状態. 今日の臨床サポート</ref>[13]。
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== 法的脳死判定 ==
== 法的脳死判定 ==
判定医資格
=== 判定医資格 ===
• 脳死判定は、脳神経外科医、脳神経内科医、救急医、麻酔・蘇生科・集中治療医または小児科医であって、それぞれの学会専門医または学会認定医の資格を持ち、かつ脳死判定に関して豊富な経験を有し、しかも臓器移植にかかわらない医師が2名以上で行う。
 脳死判定は、脳神経外科医、脳神経内科医、救急医、麻酔・蘇生科・集中治療医または小児科医であって、それぞれの学会専門医または学会認定医の資格を持ち、かつ脳死判定に関して豊富な経験を有し、しかも臓器移植にかかわらない医師が2名以上で行う。
• 臓器提供施設においては、脳死判定を行う者について、あらかじめ倫理委員会などの委員会において選定を行うとともに、選定された者の氏名、診療科目、専門医などの資格、経験年数などについて、その情報の開示を求められた場合には、提示できるようにする必要がある。


脳死下臓器提供の施設条件 
 臓器提供施設においては、脳死判定を行う者について、あらかじめ倫理委員会などの委員会において選定を行うとともに、選定された者の氏名、診療科目、専門医などの資格、経験年数などについて、その情報の開示を求められた場合には、提示できるようにする必要がある。
• 法に基づく脳死した者の身体からの臓器提供については、当面、以下のいずれの条件をも満たす施設に限定すること
1: 臓器摘出の場を提供するなどのために必要な体制が確保されており、当該施設全体について、脳死した者の身体からの臓器摘出を行うことに関して合意が得られていること。なお、その際、施設内の倫理委員会などの委員会で臓器提供に関して承認が行われていること。
2: 適正な脳死判定を行う体制があること。
3: 救急医療などの関連分野において、高度の医療を行う次のいずれかの施設であること。
大学附属病院、日本救急医学会の指導医指定施設、日本脳神経外科学会の専門医訓練施設、救命救急センターとして認定された施設、日本小児総合医療施設協議会の会員施設


法的脳死判定前の確認事項
=== 脳死下臓器提供の施設条件 ===
• 詳細に関しては臓器提供施設マニュアルに従って行うものであるが、判定医自身も確認しておくことは以下の項目である
 法に基づく脳死した者の身体からの臓器提供については、当面、以下のいずれの条件をも満たす施設に限定すること
• 意思表示カードなど、脳死の判定に従い、かつ臓器を提供する意思を示している本人の書面(存在する場合)
#臓器摘出の場を提供するなどのために必要な体制が確保されており、当該施設全体について、脳死した者の身体からの臓器摘出を行うことに関して合意が得られていること。なお、その際、施設内の倫理委員会などの委員会で臓器提供に関して承認が行われていること。
• 法的脳死判定対象者が18歳未満である場合には、虐待の疑いがないこと
#適正な脳死判定を行う体制があること。
• 児童からの臓器提供を行う施設に必要な体制が整備されていること
#救急医療などの関連分野において、高度の医療を行う次のいずれかの施設であること:大学附属病院、日本救急医学会の指導医指定施設、日本脳神経外科学会の専門医訓練施設、救命救急センターとして認定された施設、日本小児総合医療施設協議会の会員施設。
• 担当医師などが家族に臓器提供のオプション提示をする場合、事前に虐待防止委員会の委員などと診療経過などについて情報共有を図り、必要に応じて助言を得ること
• 施設内の倫理委員会などの委員会において、虐待の疑いがないことの確認手続きを経ていること
• 知的障害などの臓器提供に関する有効な意思表示が困難となる障害を有する者でないこと
• 知的障害などの臓器提供に関する有効な意思表示が困難となる障害の疑いが生じた場合、乳幼児においては、病歴(既往歴、発達歴など)、身体所見(既往疾患の症状)、過去の医学的検査や発達検査の結果などに基づいて、障害の有無を判断する。年長児や成人では、これらに加え、過去の教育、療育、生活(家庭、学校、職場)などの状況も、判断の根拠とすることができる
• 臓器を提供しない意思、および脳死判定に従わない意思がないこと
• 脳死判定承諾書(家族がいない場合を除く)
• 臓器摘出承諾書(家族がいない場合を除く)
• 小児においては、年齢が生後12週以上(在胎週数が40週未満であった者にあっては、出産予定日から起算して12週以上)


法的脳死判定に必要な物品[13]
=== 法的脳死判定前の確認事項 ===
• 滅菌針、または滅菌した安全ピン等:意識レベルの評価、毛様(体)脊髄反射の確認時に使用
 詳細に関しては臓器提供施設マニュアルに従って行うものであるが、判定医自身も確認しておくことは'''表3'''の項目である
ペンライト:対光反射の確認時に使用
{| class="wikitable"
瞳孔径スケール:瞳孔径の評価に使用
|+表3. 法的脳死判定前の確認事項
綿棒、あるいは綿球:角膜反射の確認時に使用
|-
耳鏡または耳鏡ユニット付き眼底鏡:鼓膜損傷などについて診断する際に使用
|
外耳道に挿入可能なネラトン、吸引用カテーテル:前庭反射の確認時に使用
意思表示カードなど、脳死の判定に従い、かつ臓器を提供する意思を示している本人の書面(存在する場合)<br>
氷水(滅菌生理食塩水)100ml以上:前庭反射の確認時に使用
法的脳死判定対象者が18歳未満である場合には、虐待の疑いがないこと<br>
50ml注射筒:前庭反射の確認時に使用(6歳未満では25 ml注入でよい)
児童からの臓器提供を行う施設に必要な体制が整備されていること<br>
膿盆:前庭反射の確認時に使用
担当医師などが家族に臓器提供のオプション提示をする場合、事前に虐待防止委員会の委員などと診療経過などについて情報共有を図り、必要に応じて助言を得ること<br>
喉頭鏡:咽頭反射の確認時に使用
施設内の倫理委員会などの委員会において、虐待の疑いがないことの確認手続きを経ていること<br>
気管内吸引用カテーテル:咳反射の確認時に使用
知的障害などの臓器提供に関する有効な意思表示が困難となる障害を有する者でないこと<br>
パルスオキシメーター:無呼吸テスト時の低酸素血症を検出
知的障害などの臓器提供に関する有効な意思表示が困難となる障害の疑いが生じた場合、乳幼児においては、病歴(既往歴、発達歴など)、身体所見(既往疾患の症状)、過去の医学的検査や発達検査の結果などに基づいて、障害の有無を判断する。年長児や成人では、これらに加え、過去の教育、療育、生活(家庭、学校、職場)などの状況も、判断の根拠とすることができる<br>
• 深部温(直腸温、食道温など)が測定できる体温計
臓器を提供しない意思、および脳死判定に従わない意思がないこと<br>
脳死判定承諾書(家族がいない場合を除く)<br>
臓器摘出承諾書(家族がいない場合を除く)<br>
小児においては、年齢が生後12週以上(在胎週数が40週未満であった者にあっては、出産予定日から起算して12週以上)<br>
|}


=== 必要物品 ===
 法的脳死判定に必要な物品を'''表4'''に挙げる<ref name=園生雅弘2018 />[13]
{| class="wikitable"
|+表4. 法的脳死判定に必要な物品
|-
|
• 滅菌針、または滅菌した安全ピン等:意識レベルの評価、毛様(体)脊髄反射の確認時に使用<br>
• ペンライト:対光反射の確認時に使用<br>
• 瞳孔径スケール:瞳孔径の評価に使用<br>
• 綿棒、あるいは綿球:角膜反射の確認時に使用<br>
• 耳鏡または耳鏡ユニット付き眼底鏡:鼓膜損傷などについて診断する際に使用<br>
• 外耳道に挿入可能なネラトン、吸引用カテーテル:前庭反射の確認時に使用<br>
• 氷水(滅菌生理食塩水)100ml以上:前庭反射の確認時に使用<br>
• 50ml注射筒:前庭反射の確認時に使用(6歳未満では25 ml注入でよい)<br>
• 膿盆:前庭反射の確認時に使用<br>
• 喉頭鏡:咽頭反射の確認時に使用<br>
• 気管内吸引用カテーテル:咳反射の確認時に使用<br>
• パルスオキシメーター:無呼吸テスト時の低酸素血症を検出<br>
• 深部温(直腸温、食道温など)が測定できる体温計<br>
|}
== 法的脳死判定の手順 ==
== 法的脳死判定の手順 ==
• 実際の脳死判定の手順については「法的脳死判定マニュアル」に従う<ref name=脳死判定基準のマニュアル化に関する研究班2011 /> [16]。その概要は以下の通りである
• 実際の脳死判定の手順については「法的脳死判定マニュアル」に従う<ref name=脳死判定基準のマニュアル化に関する研究班2011 /> [16]。その概要は以下の通りである