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担当編集委員:[http://researchmap.jp/123qweasd 五味 裕章](NTTコミュニケーション科学基礎研究所 人間情報研究部)<br> | 担当編集委員:[http://researchmap.jp/123qweasd 五味 裕章](NTTコミュニケーション科学基礎研究所 人間情報研究部)<br> | ||
</div> | </div> | ||
英:integrate and fire model | |||
{{box|text= 積分発火モデルは、神経細胞の電気活動を数理的に記述するモデルの1つである。神経細胞の電気的状態を膜電位により表し、神経細胞の出力である活動電位 (スパイク) の生成過程の記述を省略し、活動電位の閾値以下の範囲における膜電位の変化を微分方程式により記述する。活動電位の生成機構もモデル化するHodgkin-Huxleyモデルよりも計算コストが少ないため、膜電位変化を記述する神経細胞モデルとして、広く用いられている。}} | {{box|text= 積分発火モデルは、神経細胞の電気活動を数理的に記述するモデルの1つである。神経細胞の電気的状態を膜電位により表し、神経細胞の出力である活動電位 (スパイク) の生成過程の記述を省略し、活動電位の閾値以下の範囲における膜電位の変化を微分方程式により記述する。活動電位の生成機構もモデル化するHodgkin-Huxleyモデルよりも計算コストが少ないため、膜電位変化を記述する神経細胞モデルとして、広く用いられている。}} | ||
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'''B.''' Multi-timescale Adaptive Thresholdモデル:スパイクを生成すると、膜電位をリセットせずに閾値 (マゼンタ) を変動させる。閾値パラメータは<math>\omega=10\mbox{ }[mV]</math>, <math>\alpha_1=4\mbox{ }[mV]</math>, <math>\alpha_2=3\mbox{ }[mV]</math>である。その他 のパラメータは<math>\tau_m=5\mbox{ }[ms]</math>, <math>R_m=10\mbox{ }[M\Omega]</math>, <math>E_L=0\mbox{ }[mV]</math>である。]] | '''B.''' Multi-timescale Adaptive Thresholdモデル:スパイクを生成すると、膜電位をリセットせずに閾値 (マゼンタ) を変動させる。閾値パラメータは<math>\omega=10\mbox{ }[mV]</math>, <math>\alpha_1=4\mbox{ }[mV]</math>, <math>\alpha_2=3\mbox{ }[mV]</math>である。その他 のパラメータは<math>\tau_m=5\mbox{ }[ms]</math>, <math>R_m=10\mbox{ }[M\Omega]</math>, <math>E_L=0\mbox{ }[mV]</math>である。]] | ||
== | ==基本的な積分発火モデル == | ||
膜電位を<math>V</math>とし、細胞膜の膜容量を<math>C_m</math>、細胞膜(実際にはイオンチャンネル)を透過する電流 (膜電流) を<math>I_m</math>とすると、 | |||
::<math>C_m\frac{dV}{dt}=-I_m</math> | ::<math>C_m\frac{dV}{dt}=-I_m</math> | ||
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===非線形積分発火モデル=== | ===非線形積分発火モデル=== | ||
積分発火モデルは、 | |||
::<math>C_m\frac{dV}{dt}=F(V)+I_{ext}\mbox{ }\cdots( | ::<math>C_m\frac{dV}{dt}=F(V)+I_{ext}\mbox{ }\cdots(3)</math> | ||
::<math>F(V)=-G_L(V-E_L)\mbox{ }\cdots( | ::<math>F(V)=-G_L(V-E_L)\mbox{ }\cdots(4)</math> | ||
という線形微分方程式<math>F(V)</math>が1次関数) である。しかし、神経細胞は非線形システムであり、Hodgkin-Huxleyモデルも非線形微分方程式である。このため、<math>F(V)</math>を非線形関数で表したモデルがいくつか提案されてきた。また、Hodgkin-Huxleyモデルから、早いチャネル変数を膜電位<math>V</math>の関数に置き換え、遅いチャネル変数を定数に置き換える近似により、非線形積分発火モデルを導出できる<ref name=Abbott1990>'''Abbott, L.F. & Kepler, T.B. (1990).'''<br>Model neurons: from Hodgkin-Huxley to Hopfield." In Statistical mechanics of neural networks (pp. 5-18). Springer, Berlin, Heidelberg. | という線形微分方程式<math>F(V)</math>が1次関数) である。しかし、神経細胞は非線形システムであり、Hodgkin-Huxleyモデルも非線形微分方程式である。このため、<math>F(V)</math>を非線形関数で表したモデルがいくつか提案されてきた。また、Hodgkin-Huxleyモデルから、早いチャネル変数を膜電位<math>V</math>の関数に置き換え、遅いチャネル変数を定数に置き換える近似により、非線形積分発火モデルを導出できる<ref name=Abbott1990>'''Abbott, L.F. & Kepler, T.B. (1990).'''<br>Model neurons: from Hodgkin-Huxley to Hopfield." In Statistical mechanics of neural networks (pp. 5-18). Springer, Berlin, Heidelberg. | ||
[https://doi.org/10.1007/3540532676_37 PDF]</ref><ref name=Jolivet2004><pubmed>15277599</pubmed></ref> | [https://doi.org/10.1007/3540532676_37 PDF]</ref><ref name=Jolivet2004><pubmed>15277599</pubmed></ref>。 | ||
1つ目の拡張は、<math>F(V)</math>を2次関数<math>F(V)=\tfrac{G_L}{2\Delta_r}(V-V_r)^2</math>に拡張したQuadratic Integrate and Fire (QIF) モデルである。このモデルはサドルノード分岐を示す力学系の分岐点近傍の標準系 (Normal form) として得られたものである<ref name=Ermentrout1996><pubmed>8697231</pubmed></ref> | 1つ目の拡張は、<math>F(V)</math>を2次関数<math>F(V)=\tfrac{G_L}{2\Delta_r}(V-V_r)^2</math>に拡張したQuadratic Integrate and Fire (QIF) モデルである。このモデルはサドルノード分岐を示す力学系の分岐点近傍の標準系 (Normal form) として得られたものである<ref name=Ermentrout1996><pubmed>8697231</pubmed></ref>。Quadratic Integrate and Fireモデルには限られたタイプの発火パターンしか再現できないという問題があった。そこで、IzhikevichはQuadratic Integrate and Fireモデルを2変数<math>(V,U)</math>の微分方程式に拡張した<ref name=Izhikevich2003><pubmed>18244602</pubmed><br>MATLABコードが著者の [https://www.izhikevich.org/publications/spikes.htm ホームページ]にある。</ref>。 | ||
::<math>C_m\frac{dV}{dt}=0.04V^2+5V+140-U+I_{ext}\mbox{ }\cdots( | ::<math>C_m\frac{dV}{dt}=0.04V^2+5V+140-U+I_{ext}\mbox{ }\cdots(5)</math> | ||
::<math>\frac{dV}{dt}=a(bV-U)\mbox{ }\cdots( | ::<math>\frac{dV}{dt}=a(bV-U)\mbox{ }\cdots(6)</math> | ||
ここで、<math>a,b</math>はパラメータである。膜電位<math>V</math>が閾値<math>30 mV</math>に達すると、変数<math>V</math>は<math>c</math>に、変数<math>U</math>は<math>U+d</math>にリセットされる。このモデルは、多様な神経細胞<ref name=McCormick1985><pubmed>2999347</pubmed></ref> <ref name=Nowak2003><pubmed>12626627</pubmed></ref> | ここで、<math>a,b</math>はパラメータである。膜電位<math>V</math>が閾値<math>30 mV</math>に達すると、変数<math>V</math>は<math>c</math>に、変数<math>U</math>は<math>U+d</math>にリセットされる。このモデルは、多様な神経細胞<ref name=McCormick1985><pubmed>2999347</pubmed></ref> <ref name=Nowak2003><pubmed>12626627</pubmed></ref>]が持つ、さまざまな発火特性を再現できる。 | ||
2つ目の拡張は、リーク電流に加え、指数関数のスパイク生成電流を考慮に入れたExponential Integrate and Fire (EIF) モデルである<ref name=Fourcaud-Trocme2003><pubmed>14684865</pubmed></ref> | 2つ目の拡張は、リーク電流に加え、指数関数のスパイク生成電流を考慮に入れたExponential Integrate and Fire (EIF) モデルである<ref name=Fourcaud-Trocme2003><pubmed>14684865</pubmed></ref>。 | ||
::<math>F(V)=-G_L(V-E_L)+G_L\Delta{exp}(\frac{V-V_r}{\Delta_r})\mbox{ }\cdots( | ::<math>F(V)=-G_L(V-E_L)+G_L\Delta{exp}(\frac{V-V_r}{\Delta_r})\mbox{ }\cdots(7)</math> | ||
ここで<math>\Delta_r</math>はスパイクの立ち上がりの度合いを表現するパラメータであり<math>\Delta_r</math>が小さいほどスパイクの立上がりは急峻になる。<math>\Delta_r\to 0</math>の極限でExponential Integrate and Fireは通常の積分発火モデルになる。Exponential Integrate and FireモデルもQuadratic Integrate and Fireモデルと同様、限られたタイプの発火パターンしか再現できない という問題があった。BretteとGerstner はExponential Integrate and Fireモデルを2変数<math>(V,U)</math>の微分方程式に拡張した<ref name=Brette2005><pubmed>16014787</pubmed></ref> | ここで<math>\Delta_r</math>はスパイクの立ち上がりの度合いを表現するパラメータであり<math>\Delta_r</math>が小さいほどスパイクの立上がりは急峻になる。<math>\Delta_r\to 0</math>の極限でExponential Integrate and Fireは通常の積分発火モデルになる。Exponential Integrate and FireモデルもQuadratic Integrate and Fireモデルと同様、限られたタイプの発火パターンしか再現できない という問題があった。BretteとGerstner はExponential Integrate and Fireモデルを2変数<math>(V,U)</math>の微分方程式に拡張した<ref name=Brette2005><pubmed>16014787</pubmed></ref>。このモデルも、多様な神経細胞が持つ、さまざまな発火パターンを再現できる<ref name=Naud2008><pubmed>19011922</pubmed></ref>。 | ||
[[ファイル:Kitano 積分発火モデルFig2.png|サムネイル|450px|'''図2. 積分発火モデルとMulti-timescale Adaptive Thresholdモデルの矩形波電流に対する応答'''<br> | [[ファイル:Kitano 積分発火モデルFig2.png|サムネイル|450px|'''図2. 積分発火モデルとMulti-timescale Adaptive Thresholdモデルの矩形波電流に対する応答'''<br> | ||
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===変動閾値モデル=== | ===変動閾値モデル=== | ||
積分発火モデルは、膜電位<math>V</math>が閾値<math>V_{th}</math>に達すると、スパイクを生成し、膜電位<math>V_{reset}</math>をリセットする。積分発火モデルでは閾値を定数としている。その一方で、実験データ<ref name=Azouz2000><pubmed>10859358</pubmed></ref> <ref name=Henze2001><pubmed>11483306</pubmed></ref> | 積分発火モデルは、膜電位<math>V</math>が閾値<math>V_{th}</math>に達すると、スパイクを生成し、膜電位<math>V_{reset}</math>をリセットする。積分発火モデルでは閾値を定数としている。その一方で、実験データ<ref name=Azouz2000><pubmed>10859358</pubmed></ref> <ref name=Henze2001><pubmed>11483306</pubmed></ref>やHodgikin-Huxleyモデル<ref name=Platkiewicz2010><pubmed>20628619</pubmed></ref><ref name=Kobayashi2016><pubmed>27085337</pubmed></ref>では閾値が変動しているという報告がある。 | ||
以下、閾値の変動を取り入れたモデルを紹介する。 | 以下、閾値の変動を取り入れたモデルを紹介する。 | ||
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まず、スパイクによって閾値が変動すると考えられる。閾値がスパイクによって変動するモデルとして、Multi-timescale Adaptive Threshold (MAT) モデル<ref name=Kobayashi2009><pubmed>19668702</pubmed>C および MATLABコードが著者の[http://www.hk.k.u-tokyo.ac.jp/r-koba/applications/pred_JP.html ホームページ]にある。</ref>を紹介する。Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルの閾値<math>V_{th}(t)</math>は次の式で書ける。 | まず、スパイクによって閾値が変動すると考えられる。閾値がスパイクによって変動するモデルとして、Multi-timescale Adaptive Threshold (MAT) モデル<ref name=Kobayashi2009><pubmed>19668702</pubmed>C および MATLABコードが著者の[http://www.hk.k.u-tokyo.ac.jp/r-koba/applications/pred_JP.html ホームページ]にある。</ref>を紹介する。Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルの閾値<math>V_{th}(t)</math>は次の式で書ける。 | ||
::<math>V_{th}(t)=\omega+\sum_{j:t_j<t}H(t-t_j)\mbox{ }\cdots( | ::<math>V_{th}(t)=\omega+\sum_{j:t_j<t}H(t-t_j)\mbox{ }\cdots(8)</math> | ||
::<math>H(t)=\alpha_1+r^{-t/\tau_1}+\alpha_2+r^{-t/\tau_2}\mbox{ }\cdots( | ::<math>H(t)=\alpha_1+r^{-t/\tau_1}+\alpha_2+r^{-t/\tau_2}\mbox{ }\cdots(9)</math> | ||
ここで<math>t_j</math>は<math>j</math> | ここで<math>t_j</math>は<math>j</math>番目のスパイク時刻であり、(8)式の和は時刻<math>t</math>までに起きたすべてのスパイクについて取る。また、<math>\omega</math>, <math>\alpha_1</math>, <math>\alpha_2</math>はモデルパラメータ、<math>\tau_1=10\mbox{ }[ms]</math>, <math>\tau_2=200\mbox{ }[ms]</math>は時定数である。Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルは、膜電位が閾値に達したら、膜電位をリセットする代わりに閾値を上昇させるという点において積分発火モデルと異なる('''図1''')。このモデルは、わずか3つのパラメータで脳を構成する多様な発火パターンを再現する ('''図2''')。Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルは、スパイクに着目した線形化近似を行うことで、Hodgikin-Huxleyモデルから導出することもできる<ref name=Kobayashi2016></ref>。この解析により、速い時定数<math>\thicksim 10\mbox{ }[ms]</math> は膜時定数、遅い時定数<math>\thicksim 200\mbox{ }[ms]</math>は遅いカリウムイオン電流 (Mタイプ電流K<sup>+</sup>電流やCa<sup>2+</sup>活性化K<sup>+</sup>電流) に対応することが示された<ref name=Kobayashi2016></ref>。また、Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルではカーネル<math>H(t)</math>として2つの指数関数の和を仮定したが、<math>H(t)</math>として指数関数を仮定し、膜電位をリセットするモデルもある<ref name=Liu2001><pubmed>11316338</pubmed></ref><ref name=Jolivet2008><pubmed>18160135</pubmed></ref><ref name=Levakova2019><pubmed>31387478</pubmed></ref>。 | ||
また、閾値は膜電位<math>V</math>やその微分<math>\tfrac{dv}{dt}</math>によって変動すると考えられる。Azouz とGray は''in vivo''膜電位データを分析し、閾値が膜電位の微分に依存することを示した<ref name=Azouz2000><pubmed>10859358</pubmed></ref> | また、閾値は膜電位<math>V</math>やその微分<math>\tfrac{dv}{dt}</math>によって変動すると考えられる。Azouz とGray は''in vivo''膜電位データを分析し、閾値が膜電位の微分に依存することを示した<ref name=Azouz2000><pubmed>10859358</pubmed></ref>。また、膜電位の微分情報を活用することによって、Hodgikin-Huxleyモデルに対するスパイクの予測精度が向上することが示されている<ref name=Kobayashi2007><pubmed>17358202</pubmed></ref>。この結果は、Hodgikin-Huxleyモデルの閾値が膜電位の微分に依存することを示唆している。PlatkiewiczとBretteは、Hodgikin-Huxleyモデルの閾値は近似的に以下の式に従うことを示した<ref name=Platkiewicz2010><pubmed>20628619</pubmed></ref>。 | ||
::<math>V_{th}(t)\thickapprox V_T-k_a\log{h}\mbox{ }\cdots( | ::<math>V_{th}(t)\thickapprox V_T-k_a\log{h}\mbox{ }\cdots(10)</math> | ||
<math>h</math>はNaチャネルのゲート変数、<math>k_a</math>, <math>V_T</math>は定数である。式( | <math>h</math>はNaチャネルのゲート変数、<math>k_a</math>, <math>V_T</math>は定数である。式(10)は、実験データやHodgikin-Huxleyモデルで観察された、閾値が膜電位の微分に依存する性質を説明できる。 | ||
スパイクと膜電位のどちらの影響も考慮に入れたモデルもある。山内らは、閾値の膜電位依存性を考慮に入れたMulti-timescale Adaptive Thresholdモデルを提案した<ref name=Yamauchi2011><pubmed>22203798</pubmed></ref> | スパイクと膜電位のどちらの影響も考慮に入れたモデルもある。山内らは、閾値の膜電位依存性を考慮に入れたMulti-timescale Adaptive Thresholdモデルを提案した<ref name=Yamauchi2011><pubmed>22203798</pubmed></ref>。 | ||
::<math>V_{th}(t)=\omega+\sum_{j:t_j<t}H(t-t_j)+\beta\int\alpha(s)\frac{dV}{dT}(t-s)dS\mbox{ }\cdots( | ::<math>V_{th}(t)=\omega+\sum_{j:t_j<t}H(t-t_j)+\beta\int\alpha(s)\frac{dV}{dT}(t-s)dS\mbox{ }\cdots(11)</math> | ||
ここで<math>H(t)</math>は式( | ここで<math>H(t)</math>は式(9)で定義されるカーネル、<math>\alpha(S)=se^{-s/\tau V}\mbox{ }(\tau_V=5\mbox{ }[ms]</math>)はアルファ関数である。このモデルは4つのモデルパラメーター<math>\omega</math>, <math>\alpha_1</math>, <math>\alpha_2</math>, <math>\beta</math>を持つ。このモデルは、実験データのスパイクを高精度に予測でき、かつ、Izhikevichモデルと同様に多様な神経細胞が持つ、さまざまな発火パターンを再現できる<ref name=Yamauchi2011></ref>。 | ||
===Spike Response Model=== | ===Spike Response Model=== | ||
変動電流<math>I(t)</math>が積分発火モデルに注入されている状況を考えよう。ニューロンは時刻<math>0</math>に発火し、その後時刻<math>t</math>まで発火しないとすると、膜電位は | 変動電流<math>I(t)</math>が積分発火モデルに注入されている状況を考えよう。ニューロンは時刻<math>0</math>に発火し、その後時刻<math>t</math>まで発火しないとすると、膜電位は | ||
::<math>V(t)=V_{reset}e^{-t/\tau{_m}}+\int_0^t I(t-s)e^{-s/\tau{_m}}ds\mbox{ }\cdots( | ::<math>V(t)=V_{reset}e^{-t/\tau{_m}}+\int_0^t I(t-s)e^{-s/\tau{_m}}ds\mbox{ }\cdots(12)</math> | ||
と書ける。表記を単純にするため、<math>E_L=0</math>とした。式( | と書ける。表記を単純にするため、<math>E_L=0</math>とした。式(12) を以下のように拡張したモデルはSpike Response Model (SRM) と呼ばれている<ref name=Gerstner2002>'''Gerstner, W. & Kistler, W.M. (2002).'''<br>Spiking neuron models: Single neurons, populations, plasticity., Cambridge: Cambridge University Press. [https://doi.org/10.1017/CBO9780511815706 PDF] </ref> 。 | ||
::<math>V(t)=\eta(t)+\int_0^t \kappa(s)I(t-s)ds\mbox{ }\cdots(11)</math> | ::<math>V(t)=\eta(t)+\int_0^t \kappa(s)I(t-s)ds\mbox{ }\cdots(11)</math> | ||
<math>\eta(t)</math>, <math>\kappa(s)</math>はカーネルと呼ばれる関数である。カーネルがどちらも同じ時定数の指数関数であれば積分発火モデルとなる。Spike Response Modelは Hodgikin-Huxleyモデルで観察されている共鳴特性 (特定の周波数の入力に発火しやすい性質) を再現できる。共鳴特性を再現するモデルとしてResonate-and-Fireモデル <ref name=Izhikevich2001><pubmed>11665779</pubmed></ref> | <math>\eta(t)</math>, <math>\kappa(s)</math>はカーネルと呼ばれる関数である。カーネルがどちらも同じ時定数の指数関数であれば積分発火モデルとなる。Spike Response Modelは Hodgikin-Huxleyモデルで観察されている共鳴特性 (特定の周波数の入力に発火しやすい性質) を再現できる。共鳴特性を再現するモデルとしてResonate-and-Fireモデル <ref name=Izhikevich2001><pubmed>11665779</pubmed></ref>がよく知られているが、このモデルもSpike Response Modelの特殊な場合となる。 | ||
==神経細胞モデル間の比較== | ==神経細胞モデル間の比較== | ||
132行目: | 130行目: | ||
* 実験データを正確に予測できる (定量的再現性) | * 実験データを正確に予測できる (定量的再現性) | ||
の2つがある。積分発火モデルは、単純化されすぎているため、限られたタイプ (Fast Spiking細胞) の発火パターンしか再現できない。Izhikevichモデル、Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルは、多様な神経細胞のさまざまな発火パターンを定性的に再現できる。Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルはスパイク予測の国際コンペで優勝するなど実験データを高精度に予測できる<ref name=Kobayashi2009></ref><ref name=Gerstner2009><pubmed>19833951</pubmed></ref> | の2つがある。積分発火モデルは、単純化されすぎているため、限られたタイプ (Fast Spiking細胞) の発火パターンしか再現できない。Izhikevichモデル、Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルは、多様な神経細胞のさまざまな発火パターンを定性的に再現できる。Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルはスパイク予測の国際コンペで優勝するなど実験データを高精度に予測できる<ref name=Kobayashi2009></ref><ref name=Gerstner2009><pubmed>19833951</pubmed></ref>。Izhikevichモデルは分岐点近傍のモデルであるため、定量的予測には不向きである<ref name=Rossant2011><pubmed>21415925</pubmed></ref>。Hodgikin-Huxleyモデルは、さまざまな発火パターンを定性的に再現できるものの、異なる細胞タイプをシミュレーションするにはイオン電流を調整する必要がある。この調整には専門知識と経験を必要とする。また、個別の実験データにフィットしたり予測したりすることは困難であることが多い。 | ||
次に、これらのモデルを脳のシミュレーション (数値計算) に使うことを考えよう。 | 次に、これらのモデルを脳のシミュレーション (数値計算) に使うことを考えよう。 | ||
大規模な神経回路をシミュレーションするためには、高速かつ正確に数値計算できることが望ましい。積分発火モデルとMulti-timescale Adaptive Thresholdモデルは、膜電位と閾値を解析的に計算できるため<ref name=Yamauchi2011><pubmed>22203798</pubmed></ref> | 大規模な神経回路をシミュレーションするためには、高速かつ正確に数値計算できることが望ましい。積分発火モデルとMulti-timescale Adaptive Thresholdモデルは、膜電位と閾値を解析的に計算できるため<ref name=Yamauchi2011><pubmed>22203798</pubmed></ref>、刻み幅や数値誤差の問題に悩むことなくシミュレーションを実行できる。Izhikevichモデルは Hodgikin-Huxleyモデルに比べると非線形性が弱いので高速に計算できるが、膜電位を解析的に計算できないため、刻み幅や数値誤差に注意をしつつシミュレーションを行う必要がある。 | ||
また、神経回路の理論的解析を行うためにはモデルがシンプルなことが望ましい。そのため、理論研究では積分発火モデルが使われることが多い。Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルの閾値変動は複雑であるものの、方程式自体は線形なのでそれほど困難ではないと予想される。IzhikevichモデルとHodgikin-Huxleyモデルは非線形微分方程式であるため、解析は困難である。 | また、神経回路の理論的解析を行うためにはモデルがシンプルなことが望ましい。そのため、理論研究では積分発火モデルが使われることが多い。Multi-timescale Adaptive Thresholdモデルの閾値変動は複雑であるものの、方程式自体は線形なのでそれほど困難ではないと予想される。IzhikevichモデルとHodgikin-Huxleyモデルは非線形微分方程式であるため、解析は困難である。 |