神経誘導
誘導
ある細胞集団が別の細胞集団に作用しその細胞運命を変えることを「誘導」(induction)と呼び、胚発生に不可欠な誘導現象「胚誘導」(embryonic induction)はそのひとつである。胚誘導の他に、水晶体誘導、歯誘導など、上皮-神経、上皮ー間葉相互作用による「器官誘導」も知られており、これらの誘導は組織間相互作用において誘導因子が一方向、または双方向に作用することによって成立するものと考えられている。神経誘導は中枢神経系の発生に不可欠な誘導であり、原腸陥入によって外胚葉を裏打ちする中胚葉が外胚葉を神経組織である神経板(neural plate)に分化誘導する。神経誘導を受けなかった外胚葉は表皮に分化する。
神経誘導の発見
神経誘導因子の探索
神経誘導作用をもつ物質の探索は長年にわたって、主に発生生物学者を中心に両生類または鳥類を用いて行われてきた。植物レクチンであるコンカナバリンA (Con-A)が両生類オーガナイザーと同様に神経誘導活性をもつと報告されたこともある。1980年代後半から遺伝子レベルでの探索が活発化しオーガナイザーに特異的に発現する遺伝子の探索、mRNAプールの腹側へのインジェクションにより起こる2次軸形成能に基づく発現クローニング法によって神経誘導因子の同定が試みられてきた。オーガナイザー特異的に発現するホメオボックス遺伝子グースコイド(goosecoid)の発見はその成果のひとつである。グースコイドはオーガナイザー活性の一部を担っており腹側での異所的な過剰発現により2次軸誘導活性を示すが、それ自体は転写調節因子であることから細胞自律的であり、細胞間相互作用を直接担うシグナルとして作用することは考えにくい。しかしながら、アクチビン(activin)などさまざまな細胞増殖因子様シグナル分子に濃度依存的に応答するプロモーター領域をもっており、その発見は中胚葉誘導因子、神経誘導因子の研究を大きく進展させた。
種を超えるオーガナイザー活性
BMPの阻害による神経誘導
ノギン、コーディンはBMP-2あるいはBMP-4に対して高い親和性をもつ阻害因子であるがフォリスタチンの親和性は低い。しかしながら、フォリスタチンはオーガナイザー領域に発現しその領域を限局させる作用をもつといわれているBMP様因子ADMP(anti-dorsalizing morphogenetic factor)に対して高い親和性をもつ。両生類についてはBMPおよびBMP様活性の総和が胚の腹側化および非神経化に寄与しており、それらに対して阻害活性をもつ分子群によるBMP阻害活性の総和とのバランスで背-腹、神経-神経のパターンが決まっているものと考えられる。これを支持するようにアフリカツメガエルにおいてはアンチセンスモルフォリノオリゴヌクレオチドによるいずれか2つの阻害因子のダブルノックダウンでは神経組織はかなり残存するが、3つの因子のトリプルノックダウンによって初めて大きな神経組織の欠損が見られることが報告されている[10]。
アクチビン受容体による
神経誘導メカニズムの種差
神経誘導メカニズムの研究は主に両生類(アフリカツメガエル、イモリ、サンショウウオ)を用いて明らかにされてきたが、BMPの表皮化(非神経化)における役割が動物種間で高度の保存されていることが確認されている一方で、その阻害による神経誘導メカニズムには種間で差がある。コーディンについてはゼブラフィッシュのシールド(胚盾:オーガナイザーに相当する)に発現することが確認されているが、ノギン、フォリスタチンの遺伝子発現はないとされている。また、背腹軸パターン形成に以上が見られるゼブラフィッシュ突然変異体の解析から背側化ミュータントの原因遺伝子はBMPシグナル伝達系のリガンド、受容体、細胞内シグナル伝達因子(Smad)をコードする遺伝子の変異によるものであり、腹側化ミュータント(後にChordinoと命名)の原因遺伝子はコーディンであることが報告されている。
参考文献
[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] Khokha, M.et al. Dev Cell 8, 408-411, 2005 [11] [12] [13]