外傷後ストレス障害
英語:posttraumatic stress disorder、英略語:PTSD
同義語:心的外傷後ストレス障害
外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)とは危うく死ぬまたは重症を負うような出来事を強い恐怖、無力感、戦慄と共に経験もしくは目撃すること(トラウマ体験)で起きる障害である。 診断にはにアメリカ精神医学会(American Psychiatric Association:APA)のDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition, Text Revision (DSM‐Ⅳ‐TR)が用いられることが多い。
症状評価は自記式質問紙法と構造化面接法があり、対象人数、面接可能時間などを考慮して評価方法を決定するべきである。
治療は大きく精神療法と薬物療法に大別される。ランダム化比較試験で有効性を証明された精神療法に長時間暴露法(Prolonged Exposure: PE療法)を用いた認知行動療法、眼球運動による脱感作と最処理法(Eye Movement Desensitization and Reprocessing: EMDR)がある。その他、家族療法 、精神分析 などの治療も実施されている。薬物治療はランダム化比較試験で有効性が認められた選択的セロトニン再取り込阻害薬 (selective serotonine reuptake inhibitor:SSRI)が推奨されている。
全米疫学調査では生涯有病率は男性5.0%、女性10.4%だった。トラウマ体験の違いによりPTSD発症率に差があること、PTSDに他の精神障害が合併しやすいことが知られている。
PTSDとは
==PTSDとは==
外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)とは危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事を強い恐怖、無力感、戦慄と共に経験もしくは目撃すること(トラウマ体験)が契機となり起きる障害である。 PTSDは殺人、暴行、傷害、強姦などの犯罪被害、交通事故、地震、津波などの自然災害、戦争やテロ、虐待、ドメスティックバイオレンスなど様々な原因で起こることが知られている。診断にはにアメリカ精神医学会(American Psychiatric Association)の精神障害の診断と統計の手引き(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition, Text Revision DSM‐Ⅳ‐TR)と世界保健機構(WHO)の国際疾病分類第10版(International Statistical Classification of Disease: ICD-10)があるが、前者が用いられることが多い(下記参照)。
症状は再体験、回避・精神麻痺、過覚醒の3つの症状クラスターに大別される。再体験にはフラッシュバック、悪夢、身体生理反応など、回避には記憶を想起させる場所、物事、状況への回避、感情麻痺など、過覚醒には睡眠障害、集中困難、物音などへの過敏反応などが含まれる。DSM‐Ⅳ‐TRに示される再体験症状1項目以上、回避症状3項目以上、過覚醒症状2項目以上が1ヶ月以上持続し、著しい苦痛か社会的な機能の障害を伴うとPTSDと診断される。
症状と診断
==症状と診断==
診断基準はDSM‐Ⅳ‐TRとICD‐10共に収載されているが、前者の診断基準が用いられることが多い。
尚、PTSDは他の精神障害とは異なり、診断基準にトラウマ体験への暴露が含まれている。症状、持続期間、機能障害が診断基準を満たしても、トラウマ体験がA基準を満たさなければ、適応障害と診断するべきである。その一方で、トラウマ体験がA基準を満たしていても、トラウマ体験後に出現した症状が他の精神障害の診断基準を満たしたときはその診断を下す、もしくはPTSDと併記しなければならない。
A.その人は、以下の2つがともに認められる心的外傷的な出来事に暴露されたことがある。
(1)実際にまたは危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事を、1度または数度、あるいは自分または他人の身体の保全に迫る危険を、その人が体験し、目撃し、または直面した。
(2)その人の反応は強い恐怖、無力感または戦慄に関するものである。
B.心的外傷的な出来事が、以下の1つ(またはそれ以上)の形で再体験され続けている。
(1)出来事の反復的、侵入的な苦痛を伴う想起で、それは心像、思考、または知覚を含む。
(2)出来事についての反復的で苦痛な夢
(3)心的外傷的な出来事が再び起こっているかのように行動したり、感じたりする(その体験を再体験する感覚、錯覚、幻覚、および解離性フラッシュバックのエピソードを含む、また、覚醒時または中毒時に起こるものを含む)。
(4)心的外傷的出来事の1つの側面を象徴し、または類似している内的または外的きっかけに暴露された場合に生じる、強い心理的苦痛
(5)心的外傷的出来事の1つの側面を象徴し、または類似している内的または外的きっかけに暴露された場合の生理学的反応性
C.以下の3つ(またはそれ以上)によって示される、(心的外傷以前には存在していなかった)心的外傷と関連した刺激の持続的回避と、全般的反応性の麻痺
(1)心的外傷と関連した思考、感情、、または会話を回避しようとする努力
(2)心的外傷を想起させる活動、場所または人物を避けようとする努力
(3)心的外傷の重要な側面の想起不能
(4)重要な活動への関心または参加の著しい減退
(5)他の人から孤立している、または疎遠になっているという感覚
(6)感情の範囲の縮小
(7)未来が短縮した感覚
D.(心的外傷以前には存在していなかった)持続的な覚醒亢進症状
(1)入眠、または睡眠維持の困難
(2)いらだたしさまたは怒りの爆発
(3)集中困難
(4)過度の警戒心
(5)過剰な驚愕反応
E.障害(基準B,CおよびDの症状)の持続期間が1ヵ月以上
F.障害は、臨床上著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。
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抜粋であること(小児、例示を除いた)、引用許可必要?
症状評価方法
===症状評価方法===
症状評価方法は自記式質問紙法と構造化面接法に大別される。一般に質問紙法は簡便であるが診断精度は構造化面接に劣るとされる。一方で、構造化面接はより精度の高い評価が可能であるが、1人の評価に時間を要すること、被面接者の負担が大きいなどの問題がある。このため、目的に応じた使用が求められる。
自記式質問紙法
====自記式質問紙法====
1.Impact of Event Scale-Revised (IES-R) :改訂出来事インパクト尺度
Horowitsにより開発された出来事インパクト尺度をWeissらが改訂し作成した[1]自記式質問紙で、世界的に広く用いられている。最近1週間の22項目の症状についてその強度を0-4点で評価し、24/25点をカットオフ値とする。飛鳥井らによって日本語版が作成され、信頼性と妥当性が検証されている[2]。
2.The PTSD checkkist (PCL) :PTSDチェックリスト
PCLはDSM-Ⅳの17症状により構成された自記式質問紙である[3]。従軍経験でのトラウマ体験へはPTSDchecklist - military version (PCL-M)、特定されていない市民生活でのトラウマ体験へはPTSD checklist - civirian version (PCL-C)、既に確定している特定のトラウマ体験へは PTSDchecklist - specific version (PCL-S)を用いる。最近1か月の17症状についてその強度を1-5点で評価し49/50点をカットオフ値とする。
3.Posttraumatic Symptom Scale (PTS-10) :外傷後症状尺度
Weisaethにより開発された尺度[4]で、10項目の症状の有無を評価する。
4.posttraumatic Diagnostic Scale(PDS): 外傷後ストレス診断面接尺度
DSM-Ⅳの診断基準に準拠してFoaらによって作られた成人用の自記式質問紙である。長江らによって日本語版が作成され、信頼性と妥当性が検証されている[5]。
構造化面接法
====構造化面接法====
1.Clinician-Administered PTSD Scale (CAPS) :PTSD臨床診断面接尺度
CAPSはアメリカのNational Center for PTSDの研究グループによって開発された構造化診断面接法[6]で、PTSD研究に世界的に広く用いられている。一定のトレーニングを受けた面接者がDSM-Ⅳで示される17症状について構造化された質問を実施し、症状の頻度と強度の両方をアンカーポイントにそって評価するものである。1998年に飛鳥井らが日本語版を作成しており、その信頼性と妥当性が検証[7]されている。
2.Structured Clinical Interview for DSM-Ⅳ(SCID) : DSM-Ⅳのための構造化臨床面接
2010年に高橋らによって日本語版が出版されている[8]。SCIDはDSM-Ⅳの17症状の有無のみを問う形式であり、評価者によって症状の有無が異なってしまう恐れがある。
3.MINI International Neuropsychiatric Interview (M.I.N.I) :精神疾患簡易構造化面接法
sheehanらによって開発された短時間で施行可能なスクリーニングより包括的な構造化面接である。大坪らが日本語版を作成している[9]。症状項目の有無のみを問う形式であり、評価者によって症状の有無が異なってしまう恐れがある。
治療
===治療=
PTSDに対して、これまでさまざまな治療法が試みられてきた。ランダム化比較試験で有効性を証明された治療法に認知行動療法、眼球運動による脱感作と再処理法(Eye Movement Desensitization and Reprocessing: EMDR)、薬物療法がある。2005年の英国国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Clinical Excellence: NICE)のガイドライン(参考文献:NICE HPの乗せ方がわからない)では、トラウマ焦点化心理療法を基本的な第一選択とし、薬物療法はトラウマ焦点化心理療法を拒否する時かトラウマ体験の影響で試行できない時、トラウマ焦点化心理療法で十分な効果が得られない時、うつ病などの合併症の強化療法時などに限定して推奨している。
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引用の仕方のみ。
トラウマ焦点化心理療法
===トラウマ焦点化心理療法===
NICEのガイドラインに例示されているトラウマ焦点化心理療法は、トラウマ焦点化認知行動療法とEMDRである。
トラウマ焦点化認知行動療法
====トラウマ焦点化認知行動療法====
トラウマ焦点化認知行動療法には長時間暴露療法(prolonged exposure therapy:PE療法)、認知処理療法(cognitive processing therapy:CPT)、認知療法(cognitive therapy:CT)、子供へのトラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBTと呼称している)などが含まれており、以下に解説する。
PE療法
=====PE療法=====
Foaが開発した長時間暴露療法(prolonged exposure therapy:PE療法)は心理教育、リラクゼーション法、実生活内暴露、イメージ暴露、認知療法を組み合わせた治療法である。複数のランダム化比較試験で有効性が証明されており、日本国内のランダム化比較試験においても有効性が証明されている[10]。PE療法を小児に実施できるよう工夫したものをTF-CBTと呼称している。
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終了していない。
CPT
=====CPT=====
CT
=====CT=====
子供へのトラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBT)
=====子供へのトラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBT)=====
EMDR
====EMDR====
Shapiroが開発したEMDRは被面接者が面接者の指を眼球運動で追いながら、トラウマ体験を想起する治療法である。海外での複数のランダム化比較試験でPTSDに対する有効性が証明されている。
薬物療法
===薬物療法===
抗うつ薬
====抗うつ薬====
PTSDに対する薬物療法として、sertraline、paroxetine、fluoxetineといった選択的セロトニン再取り込阻害薬(selective serotonine reuptake inhibitor:SSRI)が複数のランダム化比較試験でPTSDの3つの中核症状(DSM-Ⅳ-TRの基準B,C,D)全てと抑うつなどの合併する精神症状に有効性が証明され、第一選択として推奨されている。また、選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込阻害薬(selective serotonine norepinephrine reuptake inhibitor:SNRI)であるvenlafaxineもSSRIと共に第一選択として推奨されている。三環系抗うつ薬であるimpramine、amitriptylineも効果が認められているが、SSRI、SNRIと比較して一般的に副作用の出現や忍容性が懸念される薬剤である。その他、mirtazapine、bupropion、nefadozodone、torazodoneに関しての研究報告がある。
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翻訳中の本を参考文献に。許可必要?
抗アドレナリン作動薬
====抗アドレナリン作動薬====
抗アドレナリン作動薬であるprazosin、propranolol、clonidine、guanfacineは一般的に安全性の高い薬剤である。過覚醒、再体験への有効性が報告されている。
非定型抗精神病薬
====非定型抗精神病薬====
非定型抗精神病薬であるrisperidone、olamzapine、quetiapineはSSRIで症状が残存した時の増強療法として複数の小規模なランダム化比較試験で有効性が報告されている。
Benzodiazepine系薬
====Benzodiazepine系薬====
PTSDの中核症状への効果はないとされ、単独での治療は推奨されていない。
抗けいれん薬
====抗けいれん薬====
有効性に関して一致した結論には至らないが、治療薬としては推奨されていない。
疫学
==疫学==
1995年にKesslerらが行った全米疫学調査[11]ではPTSDの生涯有病率は男性5.0%、女性10.4%、現在有病率は男性1.5%、女性3.0%だった。また、性暴力などの犯罪被害者のPTSD発症率が自然災害被災者よりも高いことが示された。(ケスラーの図を入れるか。)
併存障害
===併存障害===
PTSDには抑うつ、不安障害、物質関連障害など精神疾患の合併が多いことが知られている。kesslerの調査[12]では男性の88%、女性の79%に精神障害が合併していた。男性ではアルコール関連疾患52%、うつ病48%、行為障害43%、薬物依存35%、恐怖症31%であり、女性ではうつ病49%、アルコール関連疾患30%、薬物依存27%、恐怖症29%、行為障害15%だったとしている。 近年、Prigersonらが診断基準を提唱した複雑性悲嘆との合併についての報告が散見される。
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終了。
病態メカニズム
==病態メカニズム==
PTSDの病態メカニズムについて神経心理、脳画像研究、遺伝子研究などさまざまな視点からの報告がなされている。
神経心理的知見
===神経心理的知見===
PTSDの再体験、過覚醒症状は トラウマ体験に対する恐怖条件づけとみなすと理解しやすく、暴露療法が有効であることも恐怖条件づけの消去現象と考えると理解しやすい。恐怖条件づけを司る扁桃体と内側前頭前野との連絡についての解剖学的知見や内側前頭前野の破壊が恐怖の消去を阻害することを示した動物実験からの知見などが集積され、現在は扁桃体、内側前頭前野、海馬などを含んだ神経回路モデルが想定されている。(図挿入:「PTSDとは何か」から 許可申請必要?) 。神経回路モデルに関して形態学的な研究も行われている。扁桃体と海馬の体積が減少を認めたという報告がある一方で、認めなかったとする報告もある。内側前頭前野の一部である前帯状皮質の体積減少が複数報告されている。
その他、PTSDがストレス反応であるとの視点からストレス系ホルモンについての研究がなされている。24時間血漿コルチゾール値で夜間と早朝のベースラインレベルがうつ病患者や健常対照群と比較して有意に低く、視床下部-下垂体-副腎皮質系機能(hypothalamic-pituitary-adrenal:HPA系)の調節異常が示唆されている。また、デキサメタゾン試験によるコルチゾール分泌の過剰抑制、リンパ球グルココルチコイド受容体の数の増加と感受性亢進と視床下部におけるコルチコトロピン放出因子の分泌亢進が示唆されている。
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終了
遺伝子研究
===遺伝子研究===
恐怖条件づけの消去現象とNMDA受容体、GABA受容体、BDNFなど分子レベルの因子と関連があることが知られており、さらにそれらの因子と関連する遺伝子レベルの研究も行われている。しかし、現時点でPTSDに決定的な影響を与える遺伝子は同定されていない。遺伝子研究についてはgene-by-environment interaction の観点からも研究がおこなわれており、糖質コルチコイド受容体の関連遺伝子であるFKBP5の4つの多形のうち1つが幼少期の被虐待歴のある者でPTSDのリスクを上昇させるという報告がある[13]。
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終了
==関連項目==
ここは飛鳥井先生と相談して。
==参考文献==
- ↑ Weiss DS、Marmar CR
The Impact of Event Scale-revised
Assessing Psychological Trauma and OTSD (2nd edition):168-189,2004 - ↑ <pubmed>11923652
- ↑ Weathers, F. W.、 Litz, B. T.、 Herman, D. S. et al
The PTSD Checklist (PCL): Reliability, validity, and diagnostic utility
Paper presented at the 9th Annual Conference of the ISTSS, San Antonio, TX.:1993 - ↑ <pubmed>2624136
- ↑ 長江信和、廣幡小百合、志村ゆずほか
日本語版外傷後ストレス診断尺度作成の試み-一般の大学生を対象とした場合の信頼性と妥当性の検討
トラウマティック・ストレス 5:51-56,2007 - ↑ <pubmed>7712061
- ↑ 飛鳥井望、廣幡小百合、加藤寛ほか
CAPS(PTSD臨床診断面接尺度)日本語版の尺度特性
トラウマティック・ストレス1:47-53,2003 - ↑ (翻訳)高橋三郎、北村俊則、岡野禎治
精神科診断面接マニュアル SCID:使用の手引き・テスト用紙 第2版
日本評論社:2010 - ↑ (翻訳)大坪天平、宮岡等、上島国利
M.I.N.I._精神疾患簡易構造化面接法
星和書店:2000 - ↑ <pubmed>21171135
- ↑ <pubmed>7492257
- ↑ <pubmed>7492257
- ↑ <pubmed>18349090
(執筆者:筒井 卓実、飛鳥井 望、担当編集委員:加藤 忠史)