気づき
英語名:awareness
類語・同義語:意識、consciousness
「気づき」は英語のawarenssの訳として用いられ、外界の感覚刺激の存在や変化などに気づくこと、あるいは気づいている状態のことを指す。心の哲学では「気づき」とは「言葉による報告を含む、行動の意図的なコントロールのために、ある情報に直接的にアクセスできる状態」のことであると議論されている。気づきの脳内メカニズムを解明するために、さまざまな現象(閾下知覚や変化盲や両眼視野闘争など)が用いられており、ある対象への気づきの有無に対応した神経活動がさまざまな脳領域から見つかっている。
気づきとは
認知神経科学の文脈での「気づき」は英語のawarenssの訳として用いられ、外界の感覚刺激の存在や変化などに気づくこと、あるいは気づいている状態のことを指す。「気づき」awarenessという語は「意識」consciousnessという語としばしば同義に用いられることがあるが、「気づき」という語は意識のうち、現象的な側面ではなくて心理学的側面、つまり行動を説明づける基盤としての心的概念としての意識を強調するために用いられる。
心の哲学の研究者であるデイヴィッド・J・チャーマーズ[1]によれば「気づき」とは、「言葉による報告を含む、行動の意図的なコントロールのために、ある情報に直接的にアクセスできる状態」(訳書p.281より改変)のことを指す。気づきの対象は外界だけではなく、自分の体の状態や、自分の心的状態であることもある。この定義に基づけば、気づきには言語報告は必須ではないため、人間以外の動物にも気づきはあり得る。
以上のような「何らかの対象に気づいている」(be aware of)という意味での気づきとはべつに、覚醒状態としての気づき(be aware)とがある。状態としての「気づき」は、意識障害の診断における、昏睡、植物状態 、最小意識状態、覚醒状態の区別をするための指標[2]で定義される。こちらの用法の場合には「気づき」と「意識」とは区別せずに用いられている。
気づきの視覚心理学
なにか対象に気づいている、という意味での「気づき」を心理学的に研究するためには、気づきと知覚情報処理とが乖離する現象を取り扱うのが一つのストラテジーである。以下、視覚心理学での知見を紹介するが、同様な現象は他の感覚、たとえば聴覚、触覚などでも見られる。
たとえば、閾下知覚(implicit perception)では、気づきがまったく見られないのにも関わらず、刺激情報を処理している。 閾下知覚の例の一つとして、マスクによるプライミング効果(masked priming)[3][4]が知られる。
また、知覚的には非常にサリエンシーが高いものかなかな気づくことが出来ないという現象として、変化盲(Change blindness)[5]や不注意盲(Inattentional blindness)[6] (いわゆる「バスケット・コートのゴリラ」)などが知られている。
また、物理的にはまったく同一の刺激に対して、あるときは気づくがあるときは気づかない、という条件を誘導することが可能である[7]。このような条件を誘導するためには大きく分けて二つの方法がある。
- 多重安定性の知覚 (Multistable perception)
両眼視野闘争(binocular rivalry)[8]や運動誘発盲(motion-induced blindness)[9]などのように、知覚的には非常にサリエンシーが高いものが一定期間見えなくなったり、また見えるようになったりと気づきが交代する現象。
- 閾値近辺での知覚 (Near-threshold perception)
提示する刺激強度を弱めて検出閾値ぎりぎりにすると、まったく同一の刺激が、ある試行では検出に成功する(気づきがある)のに対して、ある試行では検出に失敗する(気づきがない)という条件を作ることが出来る。前述のマスクによるプライミングの条件では、刺激の提示時間を非常に短くすることによって検出閾値近辺での知覚を見ている。
気づきの脳内メカニズム
上記の「気づきの視覚心理学」での知見は脳内メカニズムの解明にも活用された。たとえば、上述の意味的プライミング効果(semantic priming)を用いることで、文字刺激の気づきの有無が脳内のさまざまな領域の活動を変えることが明らかになっている[10][11]。
上記の多重安定性の知覚および閾値近辺での知覚の条件を用いて、ある刺激に気づいているときと気づいていないときとの違いに対応した脳内活動を検出するという試みが数多く為されてきた。たとえば、多重安定性の知覚についての機能イメージングについてはGeraint Reesらの総説でまとめられている[12]。閾値近辺での知覚については、たとえばHeegerらによる初期視覚野の応答についての機能イメージングの仕事がある[13]。
動物を用いた実験で単一神経活動記録を用いてこのような気づきの神経相関を見つけ出した仕事も複数ある。
- 両眼視野闘争の条件を用いて、動物が左右の眼どちらに提示したものが見えているかを報告させる課題を行っているときに側頭連合野からの神経活動を記録すると、神経活動は何が見えているかに対応して活動を変える[14]。
- 第一次視覚野のニューロンの集団活動は、検出課題の成功(気づきがある)と失敗(気づきがない)とによって、視覚応答の比較的遅い成分(潜時が100 ms以上のもの)に違いが見られる[15]。
- マスクによるプライミングを用いた課題によって、前頭眼野(frontal eye field: FEF)の応答が、検出課題に失敗した試行(気づきがない)では検出課題の成功した試行(気づきがある)と比べて活動が低下する[16]。
- 閾値近辺の触覚弁別課題において、内側運動前野の応答が、検出課題に失敗した試行(気づきがない)では検出課題の成功した試行(気づきがある)と比べて活動が低下する一方で、初期体性感覚野ではそのような差が見られない[17]。
気づきの神経心理
意識障害は覚醒状態としての「気づき」を失った、もしくは低下したものと捉えることが出来る。
また、脳損傷によって対象への「気づき」を選択的に失った疾患がある。
たとえば、半側空間無視では脳損傷と対側の視野や体位の刺激を無視する。これは視覚機能自体が正常に保たれている場合でも起こる。また、無視の起こる部分は必ずしも網膜依存的座標によっては決まらない。また知覚刺激だけではなく、記憶像においても無視が起こる場合もある(representational neglect)。半側空間無視は注意の障害ではあるが、世界の半分への気づきを失っているという意味では気づきの障害の一種である[18]。
盲視では、脳損傷と対側の視野の視覚刺激の意識経験が失われているにも関わらず、その視覚情報を強制選択条件などにおいて利用することが出来る。よってこの現象は「意識のない気づき」と捉えることも出来る。このことは意識がどのようにして生まれるのかという問題において解決しなければならない難問となる。なぜならば、もし意識と気づきが同じものであるならば、心理学的な気づきの解明が現象的な意識の解明となるのに対して、もし意識と気づきがべつものであるならば、心理的な気づきの解明は現象的な意識の解明とはならないからだ。しかし、前述のデイヴィッド・J・チャーマーズ[1]は、盲視では強制選択条件のような特殊な条件でのみ視覚情報が利用可能であるということは、包括的なコントロールに情報を直接利用することが出来ていないとして、盲視では意識もなければ気づきもない、もしくは弱い意識と弱い気づきがある、ゆえに盲視は必ずしも意識と気づきの乖離を示しているとは言えない、と議論している(訳書 p.283)[1]。
「暗黙の」気づき
「気づき」を行動で表すことが出来なくても、脳活動を計測することによって外からの指示に気づきがあるという証拠を見いだすことが出来る。植物状態 (vegetative state)の患者にテニスをしているところを想像してもらうように指示したところ、補足運動野(supplementary motor area: SMA)での脳活動の上昇が機能的核磁気共鳴画像法 (functional magnetic resonance imaging: fMRI)によって検出された[19]。この現象のことを「暗黙の」気づき(covert awareness)[20]もしくはcovert consciousness[21]と呼ぶことがある。
また、盲視(blindsight)や閾下知覚(implicit perception)のことの総称としてcovert awarenessという表現をすることもある[22]。しかしこのときのawarenessは知覚(perception)とほとんど同義である。
関連項目
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 1.2 D.J. Chalmers
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(執筆者:吉田正俊 担当編集委員:伊佐正)