前頭側頭型認知症
英語名:frontotemporal dementia 英略号:FTD 独:Frontotemporale Demenz 仏:démence fronto-temporale
類義語:frontotemporal lobar dengeration (FTLD) 、behavioral variant frontotemporal dementia (bvFTD)
前頭側頭型認知症は人格変化や行動異常に特徴づけられる症候群であり、大脳の前方部(前頭側頭葉)に限局性変性を示す疾患群(前頭側頭葉変性症とよばれる)に認められる。50〜60歳台を中心に発症する。FTLD脳にはタウ(tau)タンパク質、TDP-43 (transactive response DNA binding protein of 43 kD)、FUS(fused in sarcoma)他のタンパク質の蓄積がみられ、蓄積タンパク質に対応してFTLDはFTLD-Tau、FTLD-TDP、FTLD-FUS他に分類される。FTDの原因疾患の1つであるPick病はFTLD-Tauに属し、神経細胞内にPick球あるいはPick小体と呼ばれる封入体がみられ、封入体には3リピートタウとよばれるタウタンパク質アイソフォームが凝集している。根本的な治療法はなく、対症的治療およびケアが中心となる。経過は緩徐進行性で、平均約8年で寝たきり状態になり死亡する。
定義・概念・分類
前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia: FTD)は人格変化や行動異常に特徴づけられる症候群(syndrome)であり、大脳の前方部(前頭側頭葉)に限局性変性を示す疾患群に認められる。症候および病理学的違いから、大脳の後方部の障害がめだつアルツハイマー病(Alzheimer’s disease: AD)と対比される。
前頭側頭葉の変性という観点からは、FTDは前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration: FTLD)に含まれる。FTLDの臨床病型は脳病変部位の機能局在に対応して、FTD、進行非流暢性失語(progressive non-fluent aphasia: PA)、意味性認知症(semantic dementia: SD)の3型を主要な臨床病型として含む(図1)[1] [2] [3] 。FTDはさらに臨床症状から脱抑制型(disinhibited type)、無欲型(apathetic type)、常同型(stereotypic type)の3亜型に分類される(図1)。
一方、最近では、FTDはFTLDの同義語として使用されることがしばしばある。その場合、“FTD(広義)”は、上記のFTD、進行非流暢性失語、意味性認知症を含む複数の症候群の集合体(syndromes)を意味し、上記のFTLDの一臨床亜型としてのFTDは、behavioral variant FTD (bvFTD)と呼ばれる。
臨床症候、検査、診断
臨床症状
早期からの行動障害(自己や社会に対する無関心(自己に無頓着で社会的意識の喪失)、脱抑制的徴候(自己中心的で、性的脱抑制、暴力的行動など)、口運び傾向(oral tendency)、常同的および保続的行動(マンネリ化した行動)など)、感情障害(抑うつ、不安、希死念慮、固定観念、妄想、心気症、感情的な無関心、感情移入や共感の欠如、感情鈍麻、自発性低下など)、言語障害(発話量減少、常同言語(同じ単語や句の反復)、反響言語と保続、後期には無言症)を特徴とし、緩徐な進行を示す。早期から高度の健忘、空間的失見当識、失行はみられず、アルツハイマー病とは対照的である。
検査所見
頭部CT、MRIで特徴的な前頭側頭葉の限局性萎縮がみられる。局所脳血流および糖代謝の低下がSPECTやPETで鋭敏に検出される。家族例、時に孤発例でタウタンパク質他の遺伝子(図1)に変異を認める場合がある。
診断
FTDの診断は人格変化、行動異常、限局性前頭・側頭葉萎縮を特徴とする臨床、画像所見による。病初期からの記憶障害を主徴とするADを鑑別除外する。NearyらによるFTDの臨床診断基準を表1に示す[2]。FTDの原因疾患の診断については、MNDの随伴やCBDといった特徴的臨床所見を認める例や特定の遺伝子変異を有する例以外では、診断マーカーが未確立であり、病理学的検索が必要である。
表1.Neary らによるFTDの臨床診断基準(Nearyら1998を要約して引用)
性格変化と社会的行動の異常が、初期及び経過を通しての主要な特徴である。知覚、空間的能力、行為、記憶といった道具的機能は正常あるいは比較的良く保たれている。 |
Ⅰ. 中核的特徴(すべてが必須項目) A. 潜行性の発症と緩徐な進行 B. 人間関係に関わる社会的行動が早期から障害 C. 自己行動の制御が早期から障害 D. 感情が早期から鈍化 E. 病識が早期から喪失 |
Ⅱ. 支持的特徴(すべての患者には必須ではない) A. 行動障害 1. 自己の衛生や身繕いの低下 2. 精神的硬直と柔軟性の低下 3. 易転導性と維持困難(飽きっぽい) 4. 過剰摂食と食事嗜好の変化 5. 保続と常同的行動 6. 道具の強迫的使用 B. 発語と言語 1. 発語の変化 a. 自発語の減少、発語の省略 b. 言語促迫(多弁で止まらない) 2. 常同的発語 3. 反響言語 4. 保続 5. 無言 C. 身体徴候 1. 原始反射 2. 失禁 3. 無動、筋強剛、振戦 4. 低く不安定な血圧 D. 検査 1. 神経心理学的検査:前頭葉機能検査では顕著な障害がみられるが、高度な健忘、失語、知覚や空間的認知障害はない。 2. 脳波検査:臨床的に明らかな認知症がみられるにも関わらず、 通常の脳波で正常 3. 形態的・機能的画像検査:前頭葉や側頭葉前方部優位の異常 |
Ⅲ. FTLDに共通する支持的特徴 A. 65歳以前の発症. 一親等に同症の家族歴 B. 球麻痺、筋力低下と筋萎縮、筋線維束性収縮(一部の患者にみられる運動ニューロン疾患関連症状) |
Ⅳ. FTLDに共通する除外項目 A. 病歴と臨床所見 1. 発作性事象を伴う突然の発症 2. 発症に関連した頭部外傷 3. 初期からみられる高度の健忘症 4. 空間的見当識障害 5. 思考の連続性を欠いた語間代的で加速的な話し方 6. ミオクローヌス 7. 皮質脊髄路性の筋力低下 8. 小脳性運動失調 9. 舞踏アテトーシス B. 検査 1. 脳画像:中心溝より後方の病変または機能低下や、CTやMRIでの多巣性の病変 2. 代謝性あるいは炎症性疾患を示唆する検査データ(例えば、多発性硬化症、梅毒、AIDS、単純ヘルペス脳炎) |
Ⅴ. FTLDに共通する相対的な除外項目 A. 慢性アルコール症の典型的な病歴 B. 持続性高血圧 C. 血管性疾患の病歴(例えば狭心症、間欠性跛行) |
病因・病態
FTLDには病理学的にさまざまな疾患が含まれるが、それらは凝集し不溶化したタンパク質が神経細胞やグリアに封入体を形成して異常蓄積するという共通の特色を有する。蓄積タンパク質にはタウタンパク質、TDP-43 (transactive response DNA binding protein of 43 kD)、FUS(fused in sarcoma)ほかがある。それらに対応して、FTLDはタウ陽性封入体を有するもの(FTLD-Tau)、TDP封入体を有するもの(FTLD-TDP)、FUS封入体を有するもの(FTLD-FUS)、ユビキチン陽性だがTDP-43とFUSは陰性の封入体を有するもの(FTLD-UPS)に分類される(図2)。
FTLDの臨床病型とFTLDの分子病理に基づいた病型との対応という点では、臨床病型は病変の解剖学的局在(脳萎縮の中心)に対応しており分子病理学的な分類とはクリアカットには対応しない。FTDはすべての分子病理タイプ(FTLD-Tau/FTLD-TDP/FTLD-FUS/FTLD-UPS)に起こりうる臨床病型である。FTDが運動ニューロン疾患を合併している場合は、病理は通常FTLD-TDPであり、一方、FTDが高度のパーキンソニズムを合併している場合はFTLD-Tauの場合が多い。
FTLD-Tau
FTLD-Tauには、孤発性のPick病や、遺伝性でタウ遺伝子変異に伴う第17番染色体に連鎖するFTDとパーキンソニズム(frontotemporal dementia and parkinsonism linked to chromosome 17: FTDP-17)などがある(図1)。Pick病は1892年Arnold Pickにより前頭側頭葉に限局性の高度の萎縮を呈する疾患として報告され、神経細胞内に嗜銀性の封入体(Pick球あるいはPick小体)がみられ、封入体には3リピートタウとよばれるタウアイソフォームが凝集している。大脳皮質基底核変性症(corticobasal degeneration: CBD)や進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy: PSP)などもFTDL-Tauに含まれる。
FTLD-TDP
FTLD-TDPはFTLDの約半数を占めると考えられており、孤発性のものが多く、その中には運動ニューロン疾患(motor neuron disease: MND)を伴うFTD(FTD-MND)が含まれる(図1)。FTD-MNDは認知症を伴う筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis with dementia: ALS-D)ともよばれる。FTLD-TDP/ALSに関連する遺伝子変異として、TDP-43、progranulin、valocin含有タンパク質(VCP)、C9orf72遺伝子の変異が家族例、時に孤発例で報告されている[4]。また、FTLD-TDPはTDP-43病理の違いにより4型(A~D)に分類され、それらは臨床型や遺伝子変異や生化学的特徴と関連している[5]。
FTLD-FUS
FTLD-FUSには神経細胞中間径フィラメント封入体病、好塩基性封入体病、FUS遺伝子変異例などが含まれる。
FTLD-UPS
(特記すべきことがございましたら御願い致します。)
治療、経過・予後
脳病変を修飾する根本的な治療法はなく、対症的治療およびケアが中心となる。FTDの認知障害を改善する薬剤はない。FTDの行動障害を改善する目的で選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor: SSRI)が使用されている[6]。経過は緩徐進行性で、平均約8年で寝たきり状態になり死亡する。MNDを有する場合は平均約4年で死亡する。
疫学
50〜60歳台を中心に発症し、男女差はなく、孤発性、遺伝性の両者の場合がある。有病率では45-64歳の人口10万対15他の報告がある[3]。
関連項目
参考文献
- ↑ 1.0 1.1 Snowden JS, Neary D, Mann DM.
Fronto-temporal Lobar Degeneration: Fronto-temporal Dementia, Progressive Aphasia, Semantic Dementia.
New York, Churchill Livingstone, 1996. - ↑ 2.0 2.1
Neary, D., Snowden, J.S., Gustafson, L., Passant, U., Stuss, D., Black, S., ..., & Benson, D.F. (1998).
Frontotemporal lobar degeneration: a consensus on clinical diagnostic criteria. Neurology, 51(6), 1546-54. [PubMed:9855500] [WorldCat] [DOI] - ↑ 3.0 3.1
Neary, D., Snowden, J., & Mann, D. (2005).
Frontotemporal dementia. The Lancet. Neurology, 4(11), 771-80. [PubMed:16239184] [WorldCat] [DOI] - ↑
Rademakers, R., Neumann, M., & Mackenzie, I.R. (2012).
Advances in understanding the molecular basis of frontotemporal dementia. Nature reviews. Neurology, 8(8), 423-34. [PubMed:22732773] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑
Mackenzie, I.R., Neumann, M., Baborie, A., Sampathu, D.M., Du Plessis, D., Jaros, E., ..., & Lee, V.M. (2011).
A harmonized classification system for FTLD-TDP pathology. Acta neuropathologica, 122(1), 111-3. [PubMed:21644037] [PMC] [WorldCat] [DOI] - ↑ 日本神経学会(監修)
認知症疾患治療ガイドライン2010(コンパクト版2012)
医学書院、東京、2012.
(執筆者:山田正仁 担当編集委員:高橋良輔)