フェロモン受容体
松波 宏明
デューク大学
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2012年12月4日 原稿完成日:2013年月日
担当編集委員:林 康紀(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)
フェロモン受容体とは
フェロモンは生物個体で合成・放出され、同種の他の個体の行動 (交尾、攻撃等)や生理作用(排卵周期、生殖器の発達等)に変化を引き起こす化学物質である。
哺乳類では、通常の匂いを受容する嗅上皮とは独立した化学感覚器官である鋤鼻器がフェロモンを感知すると考えられてきたが、鋤鼻器は天敵の匂いなどフェロモン以外の物質も感知し、嗅上皮もフェロモンを感知するため、鋤鼻器=フェロモン受容という単純な図式は必ずしも成立しない。
ファミリー
鋤鼻器のフェロモン受容体は1995年に、ラットの鋤鼻細胞から初めて同定され[1]、鋤鼻細胞に存在している受容体はvomeronasal receptor type 1(V1Rs)、vomeronasal receptor type2 (V2Rs)、 formyl peptide receptors (FPR)という三つの種類に分類されることがこれまでに分かっている[2][3][4]。
構造
これらフェロモン受容体はいずれもGタンパク質共役型受容体ファミリーに属し、7回膜貫通型構造をしている膜タンパク質である。
発現
(編集コメント:組織ならびに細胞内発現パタンを御記述ください。)
機能
フェロモン受容体に特異的なフェロモンが結合すると、フェロモン受容体が共役している三量体Gタンパク質を介し細胞内にシグナルが伝達され、鋤鼻細胞の脱分極を引き起こす。鋤鼻細胞から発せられた情報は、副嗅球を経て、扁桃体の内側部に至り、最後は視床下部に到達する神経路をたどり、ホルモンの分泌などを促しているとされる。 しかし現在までに、フェロモン受容体から始まるフェロモン認識機構についての全容は明らかとなっていない。
(編集コメント:マウスでの知見はいかがでしょうか。)
ヒト
ヒトのフェロモン受容については、さらに未解明な部分が多い。 まずヒトにフェロモンがあるかどうかが議論の的となっている。
1971年にドミトリー(寄宿舎)効果がヒトの性フェロモンを原因として生じているのではないかと報告されたことで、ヒトにもフェロモンがあると考えられるようになった[5]。ドミトリー効果は女性が同じ建物などで生活をすると月経周期が同期するという生理現象である。その発見の後、女性の被験者に対し、 ヒトの腋の下から抽出した汗を一定期間嗅がせることで被験者たちの月経周期が変化したことから、ヒトにおけるフェロモンの存在が認められるようになった。
涙にもフェロモンが含まれているだろうと言われている。マウスなどでは異性に自分の存在を知らせるフェロモンが涙にふくまれており、涙腺から涙とともに分泌させているということが分かっている。ヒトのように感情の変化で涙を流す動物は珍しく、その生理機構の詳細は解明されていない。ネガティブな感情状態の女性の涙が、男性の性的アピールを阻害することが分かっている。具体的には悲しい感情の女性の涙が、男性の自己の性的興奮具合、生理学的に分析された興奮具合、さらにはテストステロンの分泌レベルのいずれも減少させることが明らかとなった。女性の涙が男性の脳に刺激を与えているようである。具体的な物質は明らかとなっていないが、これらのことより、ヒトも涙にはフェロモンが含まれており、涙を流す感情状態により分泌されるフェロモンが違うという可能性が示唆されている[6]。
汗に含まれるフェロモンについても様々な議論がある。男性の汗のにおいに含まれるステロイドホルモン様物質であるアンドロスタジエノンは、嗅いだ被験者の副腎皮質ホルモン、コルチゾールの量を変化させるため、ヒトのフェロモン候補分子として提唱されている。ちなみにアンドロスタジエノン及び類似物質であるアンドロステノンは、嗅ぐ人によって「尿などに似た臭いにおい」、「花の甘い香り」「無臭」といったように大きく異なって感じられることが知られている。これは、嗅覚受容体の遺伝子変異が大きく関わっている[7]。
ヒトでも他の哺乳類と同様に鋤鼻器自体は存在していることが知られている。しかし、胎児期に鋤鼻器に接続する神経系の大部分が退化してしまい、また一次中枢の副嗅球も存在しない。そのためヒトでは鋤鼻器が機能している可能性は低いと考えられている。しかし、ヒトゲノム上にはV1RとFPR型の受容体遺伝子が存在し、ヒトV1Rは嗅上皮に発現しているらしい [8][9]。嗅上皮で鋤鼻器型、あるいは通常の匂い受容体型のフェロモン受容体が機能しているという可能性がある。
昆虫
昆虫のフェロモン受容体としては、カイコ蛾の性フェロモンであるbombykolやbombykalを認識するBmOR1、BmOR3が触角に存在していることが最初に報告された[10][11]。これらは昆虫の嗅覚受容体ファミリーに属している。昆虫の嗅覚受容体は哺乳類と異なり リガンド応答性のイオンチャネルとして機能している[12][13]。 以後、様々な昆虫由来の嗅覚受容体が同定される中で、その中にフェロモンを感受する受容体も発見されていることから、昆虫では匂い受容体とフェロモン受容体は同じ嗅覚受容体ファミリーのメンバーとして共存していると考えられる。
酵母
真核単細胞生物である酵母もフェロモン受容体を有する。酵母のフェロモンは哺乳類のオス・メスに当たる2種の接合型があり、それぞれの酵母から産生されるフェロモンを一方が受容することで両者の接合をはじめとする作用を引き起こす。酵母のフェロモン受容体は1980年代にその存在が同定されている[14][15]。哺乳類のフェロモン受容体と同様にGタンパク質共役型受容体に属し、7回膜貫通型構造を取っている。またこれらは二量体を形成して機能していることもこれまでに明らかとなっている。
酵母では、対となる接合型の酵母のフェロモンを受容すると、細胞内のGタンパク質を介しMAPキナーゼ伝達を活性化させることで、下流の遺伝子発現を促しているなどそのシグナル伝達経路の詳細も現在までに明らかになっている[16]。
関連項目
参考文献
- ↑
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