副嗅覚系

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市川 眞澄
公益財団法人東京都医学総合研究所
DOI:10.14931/bsd.6166 原稿受付日:2015年7月11日 原稿完成日:2015年8月1日

担当編集委員:藤田 一郎(大阪大学 大学院生命機能研究科)

英語名:accessory olfactory system 独:akzessorisches olfaktorisches System 仏:système olfactif accessoire

 嗅覚系は二つの系により構成されている。ひとつは、良く知られている嗅覚系(主嗅覚系ともよばれる)である。受容器である嗅覚器内の嗅細胞が匂い物質を受容する。匂いで餌を探すこと、外敵の匂いをキャッチし危険から逃避することなどに関わり個体自身の生存に重要な系である。もう一つが、主題の副嗅覚系(鋤鼻系とも呼ばれる)である。受容器である鋤鼻器にはじまり、副嗅球を経て、扁桃体内側部に至り、さらに視床下部に到達する神経路である。系統発生上、両生類以上の脊椎動物に存在し、爬虫類で良く発達し、多くの哺乳類に認められる。鳥類と一部の霊長類には存在しない。鋤鼻器内の鋤鼻受容細胞がフェロモンを受容し、育児行動や生殖行動に関わり、動物の社会における種の維持に重要な役割を演じている。

副嗅覚系の発見

図1.鋤鼻系(副嗅覚系)の概略図
(上)ネズミの頭部内概念図 鋤鼻系鋤鼻器に始まり副嗅球を経て扁桃体内側部に至り、最後は視床下部に到達する神経路である。(下)上図1、2の横断面の片側を示した図 鋤鼻器は鼻中隔の前方底部に存在する。

 副嗅覚系は、受容器である鋤鼻器にはじまり、副嗅球を経て、扁桃体内側部に至り、さらに視床下部に到達する神経路である(図1)。

 鋤鼻器は、1813年にヤコブソンにより発見され、発見者にちなんでヤコブソンの器官とも呼ばれている[1]。発見当初は、その働きは不明のままで、多くの研究者は分泌器官と思っていた。1970年代になって、鋤鼻器が脳とつながって感覚系神経路を形成していることがわかり、さらにフェロモンを受容することで注目を浴びた[2] [3] [4]。特に、鋤鼻器の機能を解明する端緒となったのは,1977年に発表されたウイナンスたちの実験である。彼らは雄ハムスターの鋤鼻器を壊して,性行動に影響を及ぼすことを見いだした[5]

 研究が進展するにつれて、嗅覚系のもう一つの系である主嗅覚系と機能が大きく異なることが明らかになった。すなわち、主嗅覚系は、受容器である嗅覚器内の嗅細胞がいわゆる一般の匂い物質を受容し、主嗅球梨状皮質大脳辺縁系の外側部が関わり、大脳皮質において匂い物質の知覚認知がおこなわれ、匂いで餌を探したり外敵の危険から逃避することなどの役割を演じている。すなわち、個体自身の生存に重要な系である。

 一方、副嗅覚系は鋤鼻器内の鋤鼻受容細胞がフェロモンを受容し、副嗅球、扁桃体内側部を経て、視床下部に至り、内分泌系自律神経系を駆動して、育児行動生殖行動に関わり、動物の社会における種の維持に重要な役割を演ずることが明らかになった。

 このように機能が、はっきり独立しているということから、副嗅覚系より受容器の鋤鼻器(vomeronasal organ)の名前にちなんで鋤鼻系(vomeronasal system)と呼ばれることが多い。

鋤鼻器

図2.ラットの鋤鼻器の横断面概略図(左側が外側、右側が内側を示す)および感覚上皮の組織像
支持細胞が密に存在する支持細胞層と鋤鼻受容細胞が散在する受容細胞層が観察できる。受容細胞の一つが茶色に染色されている。青矢印は細胞体、赤矢印は軸索を示す。
図3.ラット鋤鼻器感覚上皮表層部の電子顕微鏡像
電子密度が低く明るく見えるのが鋤鼻受容細胞、電子密度が高く暗く見えるのが支持細胞。

構造と機能

 鋤鼻器は、系統発生学的にはカエルイモリなどの両生類以上の脊椎動物に見られ、ヘビトカゲカメなど 爬虫類で良く発達し、多くの哺乳類に認められる。しかし、鳥類と一部の霊長類旧世界サル)には存在しない。ヒトにおいては、鋤鼻器は胎児期には存在するが、成長に伴って退化し、存在しても痕跡である。

 鼻腔内の鼻中隔腹側基部で鋤骨に沿って前後に細長く、鼻中隔をはさんで左右対称に横たわる1対の器官である(図1)。鋤鼻器の前端は、鼻腔に直接あるいは切歯管鼻腔口腔を結ぶ管)に開口するなど種によって異なり(爬虫類のヘビなどでは口腔に開口する)、後端は後背方に伸びて鼻中隔基部の鼻腔を覆う粘膜に盲嚢として終わる。

 図2左はラットの鋤鼻器の横断面概略図である。内側(鼻中隔側)に位置し細胞層の厚い感覚上皮と、外側(鼻腔側)に位置し細胞層が薄く、血管に接するように存在する非感覚上皮がはっきり区別され、両者により鋤鼻腔を形成している。フェロモンを受容する鋤鼻受容細胞は感覚上皮に存在する。

 他に分泌腺(鋤鼻腺)と自律神経系の線維が存在する。自律神経は血管の脈動や分泌腺からの分泌を制御し、血管の周囲には組織があり、血管の収縮を制御する。齧歯類などではこの血管がフェロモンを受容するのに重要な役割をしている。血管が脈動により拡大・縮小するのにともない鋤鼻腔も拡大・縮小を繰り返すといわれている。つまり、閉じた状態から拡大するときに鋤鼻腔内が陰圧になる(鋤鼻腔は盲管で尾端が閉じている)、この陰圧を利用して鋤鼻腔の中にフェロモン物質が侵入しやすくしている。いわゆる“鋤鼻ポンプ”と呼ばれている現象で、興奮して血管の脈動がより激しくなるとフェロモンは鋤鼻腔に入りやすくなる[6]

鋤鼻受容細胞

 感覚上皮内のフェロモンを受容する細胞である鋤鼻受容細胞の形態は双極型を示している(図2右)。一方の突起は上皮の表面に達し、鋤鼻腔にむかって数十から数百本にもおよぶ微絨毛を発している(図3)。細胞体からは軸索が基底部にむかって伸び、さらに基底膜を貫いて、上皮組織に接している支持組織の粘膜固有層で、束を形成し副嗅球に向かう。この束を形成する軸索を鋤鼻神経とよぶ。感覚上皮内には他に支持細胞が存在する。名前の通り鋤鼻受容細胞を取り囲むことで構造を保持している。感覚上皮表面は、鋤鼻受容細胞と支持細胞から突出する微絨毛に覆われている[7]

 両者の微絨毛には形態的に差がある。鋤鼻受容細胞のものは、細くて短く表面から放射状に突出している。一方、支持細胞のものは、太くて長く表面から垂直に突出しており、先端は多少太くなり、表面がけば立っている。鋤鼻腔に侵入したフェロモンは鋤鼻受容細胞の微絨毛上に存在する受容体に結合する。動物の種によって微絨毛の数量はさまざまである。細胞当たりの数の多少がフェロモン受容能を表していると考えられる。鋤鼻腔に面した微絨毛の基部に中心体と呼ばれる構造があり、微絨毛の形成に関わっていると言われている。また、細胞体から鋤鼻腔に向かって伸びる突起内には、微小管が縦列している。ニューロンの樹状突起によく似ている[7]

 また、細胞体には、滑面小胞体が多量に分布しており、カルシウムの貯蔵庫としての役割を有している。これらの特徴以外、ミトコンドリアゴルジ装置粗面小胞体リボゾームリソゾームなど多くの細胞内小器官が見いだされる。鋤鼻腔直下では、支持細胞との間で、上皮組織の特徴である接着複合体が築かれている[7]

 フェロモンの受容体は鋤鼻受容細胞に存在する。フェロモン受容体I型およびII型(V1RとV2R)に分けられる。両者とも、7回膜貫通型受容体であるが、それぞれ全く相同性がない。これらフェロモン受容体はGタンパク質共役型受容体のうち、I 型にGi2がII型にGoが共役している(フェロモンの受容体の詳細ついてはフェロモン受容体の項目を参照)。また、I型受容体を有する細胞は感覚上皮の浅層に、II型受容体を有する細胞は深層に分布する。すなわち、鋤鼻受容細胞は、I型フェロモン受容体を有しGタンパク質Gi2を共有し浅層に位置するもの(V1R-Gi2型鋤鼻受容細胞)と深層に位置しII型受容体とGoを共有するもの(V2R-Go型鋤鼻受容細胞)の2種類が存在する[8] [9] [10] [11]

 鋤鼻受容細胞は、嗅器官の匂い受容細胞である嗅細胞同様、みずから軸索を有し、脳内(副嗅球)に投射しており、このことから、感覚受容細胞であると同時にニューロンでもある。したがって、これらは鋤鼻ニューロンとも呼ばれる。さらに、この鋤鼻受容細胞は嗅細胞同様上皮細胞としての特性をもつ。したがって、動物が成熟した後にも幹細胞から再生産する。このことにより、鋤鼻受容細胞はニューロンの発生および再生の研究に役立っている。鋤鼻受容細胞は、嗅細胞と同様、感覚細胞であり、上皮細胞であり、さらにニューロン(神経細胞)であるという3種の細胞種の特徴を有する希有な細胞である。

哺乳類鋤鼻器の二型性

 さて、鋤鼻器の形態や機能がかなり明らかになった。しかしその基となっている動物はほとんどが実験室で飼育されている齧歯類のラットマウスのものである。他の哺乳類もネズミと同じなのか?

 我々の研究で明らかになったのは、他の哺乳類の鋤鼻器はラットやマウスの齧歯類のものと大変に異なることである[12]。よく調べられているヤギを例に述べる。ラットやマウスと比べて、ヤギでは細い血管がいくつも散在しており、鋤鼻腔が拡大している。この特徴から、まず想像できるのは、ヤギに鋤鼻ポンプ機能はないということである。盲管構造は同じなので、他の生理機能でフェロモンを取り込んでいると想像される。ウマ・ヒツジの鋤鼻器もヤギとほとんど同じ形態である。ウマヒツジ・ヤギなどに特徴的に現れるフレーメンがこの機能を担っているという説がある[13]

 ラット・マウスの感覚上皮は鋤鼻受容細胞が何重にもなって存在しているのにくらべて、ヤギでは、その数が少ない。従って感覚上皮の厚さが薄く、非感覚上皮との区別がつけにくい。しかしながら、一つ一つの細胞の形態にはラット・マウスとヤギの間では大きな差はなく、ヤギの鋤鼻受容細胞も双極型をしており鋤鼻腔に接した面にたくさんの微絨毛を持っている。

 いろんな哺乳類で鋤鼻器を調べた結果、ほとんどの哺乳類(ウシ偶蹄目、ウマ:奇蹄目、イヌ・ネコ:食肉目コウモリ翼手目スンクス食虫目マーモセット霊長目)はヤギのものと似ていた[14]。これまで、鋤鼻器の形態は実験動物のラット・マウスで調べられていた。したがって、鋤鼻器はラット・マウスのものが一般的だと思われていたが、逆にこれらが特殊であることが明らかになった。

 フェロモン受容体についても調べられており、ヤギの鋤鼻器には、V1R-Gi2型鋤鼻受容細胞のみが存在し、V2R-Go型鋤鼻受容細胞はみつからない[15]。また、鋤鼻器の形態がヤギ型の上記、ウシ、ウマ、イヌ・ネコ、コウモリ、スンクス、マーモセットの鋤鼻器でもヤギ同様で、Gタンパク質もGi2型のみで、Go型の鋤鼻受容細胞は存在しない[16]

 ラット・マウスの鋤鼻器と他の哺乳類の鋤鼻器との間で、形態や鋤鼻受容細胞におけるフェロモン受容体の発現パターンが異なることが明らかになった。しかし、機能が“大きく”異なるのかは不明である、さきに、鋤鼻ポンプとフレーメンの相違を述べたが、フェロモンの受容機能で大きな差があるのかどうか?まだ不確かな点が多い。

 分類上重要で、調べてないのが海獣目アザラシオットセイなどと、有袋類カンガルーなどである。鯨目クジライルカ)は鋤鼻器だけでなく嗅覚器もないと言われているが、本当なのかどうかも確認する必要がある。

副嗅球

図4.鋤鼻受容細胞(鋤鼻ニューロン)の副嗅球への投射様式
(左)分割型、(右)非分割型

鋤鼻受容細胞の副嗅球への投射パターン

 先に説明したように、鋤鼻器のフェロモンを受容する鋤鼻受容細胞はニューロンとしての特徴である軸索を持っている。軸索は細胞体から発した後、鋤鼻器の感覚上皮組織を深部に向かい、組織の基底部を通り抜け、鋤鼻器後方より鼻腔にでる。鼻中隔にそってさらに後方に向かい嗅覚器の内側下方から篩骨の内側部を通り抜け脳内に侵入する。さらに、鋤鼻受容細胞の軸索は、嗅球の内側表面を通過し、嗅球後背側にある副嗅球に到達し、そこに終止している。この軸索の副嗅球内の終止様式(投射パターンとよぶ)に特徴がある。鋤鼻器の形態の相違と同様に、ラット・マウスとそのほかの哺乳類との間で鋤鼻受容細胞の軸索の投射パターンが異なるのである。

 ラット・マウスにおいて、鋤鼻受容細胞は鋤鼻感覚上皮の浅層に位置しI型フェロモン受容体を有しGタンパク質αサブユニットGi2を共有するもの(V1R-Gi2型鋤鼻受容細胞)と深層に位置しII型受容体とGoを共有するもの(V2R-Go型鋤鼻受容細胞)が存在する。これらが、副嗅球の異なる部位に終止している。すなわち、V1R-Gi2型鋤鼻受容細胞が副嗅球の吻側に、V2R-Go型鋤鼻受容細胞が尾側に終止する(図4左)。このように分割して投射することが機能的には何を意味するのかまだわからない。おそらく、特定の機能に関わる部位、いわゆる機能局在があるのだろう。

 V1R-Gi2型鋤鼻受容細胞およびV2R-Go型鋤鼻受容細胞に発現するフェロモン受容体のそれぞれがどのようなフェロモンを受容するのかが明らかになれば、それぞれの機能が明らかになり、分割して投射する意味はわかってくるだろう。この鋤鼻受容細胞の副嗅球への分割投射は、実験動物としてよく用いられるラットやマウスの齧歯類の他、有胎類のオポッサムで明らかにされている。

 V1R-Gi2型鋤鼻受容細胞のみを有する動物の投射様式は、軸索もV1R-Gi2型タイプのもののみであり、副嗅球ではこの軸索終末で副嗅球全体を覆われていて吻側尾側の分割パターンを示さないのである(図4右)。この結果は、哺乳類は非分割型投射パターンが一般的であり、分割投射を示すラットやマウスの方が特殊である[16]。分割、非分割の投射パターンが機能的に何を意味するのかいまだ不明であるが、フェロモン受容体を2タイプ有するか1タイプのみ持っているのかの相違も含めて、動物の生活行動パターンあるいは動物の進化などと関わりがあると推察される。

図5.副嗅球の組織図および神経回路
(左)嗅球の矢状断面図 副嗅球(AOB)は嗅球の後背部に位置する。MOB:主嗅球、CC:大脳皮質
(中)副嗅球の組織像。層構造が確認できる。表層から、鋤鼻神経層(VNL)糸球体層(GL)、僧帽房飾細胞層(MTL)、有髄神経層(LOT)、顆粒細胞層(GRL)。
(右)副嗅球の神経回路図。鋤鼻受容細胞の軸索である鋤鼻神経(VN)は、副嗅球へ進入し糸球体(glomerulus)で僧帽房飾細胞(MTC)とシナプスを形成し、高次中枢(Higher CNS)に軸索を投射している。またその樹状突起は顆粒細胞(gc)の樹状突起と相反性シナプス(Reciprocal synapse)を形成する。pgc:糸球体周辺細胞、CF:遠心性線維
図6.相反性シナプスの概念図
僧帽房飾(MT)細胞の樹状突起から顆粒細胞樹状突起の方向性を有しグルタミン酸(glutamate)を伝達物質とするシナプスと顆粒細胞から僧帽房飾細胞への方向性を有しGABAを伝達物質とするシナプスが隣接して存在している。

副嗅球神経回路

 鋤鼻器に存在する鋤鼻受容細胞が投射する副嗅球は大脳皮質や小脳皮質と同様層構造を示す。また、存在する主なニューロンは3種類である。

層構造

 図5左はラット脳の矢状断組織像の嗅球部位を示す。嗅覚器からの軸索が投射する主嗅球(MOB)の後背側に鋤鼻器から軸索が投射する副嗅球(AOB)が位置する。図5中央の副嗅球組織像で表層からやや白く見える部分、ここは鋤鼻受容細胞の軸索が副嗅球に侵入して、表面を走行している部位である。鋤鼻受容細胞の軸索を鋤鼻神経と呼ぶことから、この層を鋤鼻神経層と呼ぶ。

 鋤鼻受容細胞からの情報をうけ、さらに高次中枢にその情報を送る投射ニューロンとしての役目をする比較的大型の僧帽房飾細胞は、表面から比較的深い3番目の層に存在する。この層を、局在するニューロンの名前から僧帽房飾細胞層と呼ぶ。鋤鼻受容細胞から僧帽房飾細胞の樹状突起が情報を受けるためシナプスを形成する部位が糸球体(glomerulus)と呼ばれる構造で、鋤鼻神経層と僧帽房飾細胞層の間にあり、この部分を糸球体層と呼ぶ。僧帽房飾細胞はさらに高次の中枢に軸索を送るとともに、自身の樹状突起と顆粒細胞の樹状突起との間でシナプスを形成する(図5右)。顆粒細胞は小型で介在ニューロンとしての役目をする。細胞体はもっとも深い位置にあり、この部位を顆粒細胞層と呼ぶ。

相反性シナプス

 僧帽房飾細胞の樹状突起と顆粒細胞の樹状突起の間のシナプスは、相反性シナプス(reciprocal synapse)と呼ばれ大変ユニークなシナプスである。主嗅球の僧房細胞と顆粒細胞の間でも見いだされているが、おそらく、主嗅球および副嗅球以外で、脳の中ではほとんど観察されない(眼球網膜の中に似たものが見つけられている)。この相反性シナプスは、僧帽房飾細胞の樹状突起から顆粒細胞樹状突起の方向性を有しグルタミン酸を伝達物質とする興奮性シナプスと顆粒細胞から僧帽房飾細胞への方向性を有しGABAを伝達物質とする抑制性シナプスが隣接して存在している(図6)。一般のシナプスが軸索と樹状突起の間で形成されるのと異なり、樹状突起間に形成されること、また興奮性と抑制性シナプスが同一突起内で相反する方向に隣接して形成されることが特徴である。鋤鼻神経からの興奮入力を受けて、僧帽房飾細胞の樹状突起に興奮が生じた際に、その興奮は相反性シナプスのうち興奮性シナプスを介して顆粒細胞樹状突起に伝えられる。顆粒細胞樹状突起が興奮すると、相反性シナプスの抑制性シナプスを介して僧帽房飾細胞樹状突起を抑制することになる。このように相反性シナプスは自らの興奮を細胞体に伝達する前に樹状突起内で抑制することにより、「フィードバック機能」をより効率的に働かすためのシナプスと考えられている。

 顆粒細胞はユニークなニューロンとして知られている。いわゆる抑制性の介在ニューロンなのだが、軸索を持たないニューロンである。軸索がないかわりに、樹状突起が軸索の役割を演じてシナプスを形成している。この結果、樹状突起間のシナプスである相反性シナプスが形作られているのである。

調節性入力

 副嗅球へは、脳幹に存在する青斑核からのノルアドレナリン線維が投射しており、この線維は交尾刺激の情報を運んでくるといわれている、また他に、副嗅球のニューロンの投射先である扁桃体内側部からの線維が副嗅球に分布している。

高次中枢

図7.ラット扁桃体内側核
(A)副嗅球からの投射部位を黒点で示す(矢印)。M:扁桃体内側核、OT:視索、(B)副嗅球からのトレーサー(HRP-WGA)の投射部位が黒く染色されている (矢印)、MAN:扁桃体内側核、OT:視索、(C)細胞内染色したニューロンが緑色で表されている。(D) Cのニューロンの拡大写真。

扁桃体内側部

 副嗅球からの線維は扁桃体の内側部に投射する。扁桃体は、情動に関わる場所としてよく知られている。その中で内側部位の内側核後内側核が副嗅覚系の機能に関わる。

 扁桃体内側核では、副嗅球からの入力線維は表層に終止する(図7)。この表層で、深層にある内側核ニューロンの樹状突起が副嗅球からの線維とシナプスを形成する。内側核は、副嗅球以外に、扁桃体の他の部位および視床下部からの線維を受けている。この線維は、表層以外に終止する。いずれにしても、扁桃体内側部において、フェロモン情報は、様々な脳部位からの影響を受けることになる。このように、扁桃体内側核はフェロモン情報にとって、重要な調節機能を演じていると想像されるが、現在までのところ殆ど研究は進んでいない。

図8.フェロモンと副嗅覚系・鋤鼻系の関係

視床下部

 扁桃体内側部からの線維は視床下部に投射する。視床下部は自律神経系および内分泌系の最高中枢である。フェロモン情報は、視床下部で下垂体刺激ホルモンの合成を誘起し、合成されたホルモンは正中隆起部から分泌され、門脈と呼ばれる血管系を通じて下垂体に運ばれ、さらに下垂体の内分泌細胞に働きかける。このようにしてフェロモンは内分泌系をコントロールするとともに、視床下部からさらに脳の下位の神経系を制御して特異的行動を引き起こすことになる。一部は自律神経系を動かし様々な自律的な反応(発汗ふるえなど)を引き起こす。しかしながら、この機構については不明な点が多い。

 東京大学農学部の森らの研究により、視床下部には生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン (gonadtropin releasing hormoneGnRH) パルスジェネレーターと呼ばれる場所があるといわれ、この部位にフェロモン受容のシグナルが伝達されると,此処に局在するニューロン活動が上昇し、この影響で視床下部からのGnRHおよび下垂体からの黄体ホルモンlutenizing hormoneLH) のパルス状分泌の亢進というカスケードを経て,最終的には卵巣からの排卵が誘起されることが知られている[17]

 キスペプチンを含有するニューロンが、GnRHニューロンを制御するとの報告がある[18]。さらに、このキスペプチンニューロンに扁桃体内側部からの線維が終止しているのではないかとの推測がなされ、にわかにフェロモン関わる系の最高中枢としての視床下部の役割が注目を浴びている。

まとめ

 このように、副嗅覚系は、フェロモンを受容し、その情報処理をおこない、フェロモンの内分泌系・自律神経系への効果を仲介することにより、生殖行動・育児行動にかかわり、動物社会における種の維持に重要な役割を演じている(図8)。さらに詳細について調べたい方は他に参考書がある[19][20][21][22][23]

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