ジストニア
目崎 高広
榊原白鳳病院 脳神経内科
DOI:10.14931/bsd.8160 原稿受付日:2020年8月24日 原稿完成日:2020年8月27日
担当編集委員:漆谷 真(滋賀医科大学 脳神経内科)
英:dystonia 独:Dystonie 仏:dystonie
同義語:ジストニー
ジストニアは、随意運動を企図した際に(またしばしば安静時にも)骨格筋の不随意収縮を生じ、目的とする運動が妨げられる状態を指すが、異常姿勢のみを指すのか不随意運動を含むのか、あるいは運動制御障害として理解すべきか、今なお意見の一致をみていない。特有の臨床特徴を観察して総合的に診断する。精神疾患ではない。原因疾患や罹患範囲などにより治療法は異なるが、脳内機序が明らかでないため、ほとんどの病型では対症療法である。
ジストニアとは
ジストニアは運動異常症の一病型であり、随意運動を企図した際に(またしばしば安静時にも)骨格筋の不随意収縮を生じ、異常姿勢を呈したり不随意運動を呈したりして、目的とする運動が妨げられる状態を指す。疾患名、症候群名、症状名、徴候名のいずれとしても用いられる。また日本語表記をジストニアとするかジストニーとするかについても意見が一致しておらず、日本神経学会では両者を認めている。
1911年にドイツの神経学者Hermann Oppenheimが、病的な「筋緊張の亢進と低下との併存」に対して命名した[1]。対象となった患者は全身の不随意な筋緊張亢進による異常姿勢を呈し、dysbasia lordotica progressivaまたはdystonia musculorum deformansと命名された。しかし用語の妥当性や定義について当時から批判があった。
現在、筋緊張低下の側面は一様に定義から外されているが、固定した異常姿勢のみを指すのか不随意運動の要素も含むのかなど、専門家間で見解の不一致がみられる。なお長らく精神疾患と誤解されてきた。不安・うつなどの有症率が比較的高く、また一部の患者で心身症としての側面を持つものの、ジストニアは精神疾患ではない。
2013年に定められた定義では[2]
“Dystonia is a movement disorder characterized by sustained or intermittent muscle contractions causing abnormal, often repetitive, movements, postures, or both. Dystonic movements are typically patterned, twisting, and may be tremulous. Dystonia is often initiated or worsened by voluntary action and associated with overflow muscle activation.”
とし、姿勢・運動の両者を含めている。
一方、日本のジストニア診療ガイドラインでは[3]
「運動障害のひとつで、骨格筋の持続のやや長い収縮、もしくは間欠的な筋収縮に特徴づけられる症候で、異常な(しばしば反復性の要素を伴う)運動:ジストニア運動 (dystonic movement)とジストニア姿位 (dystonic posture)、あるいは、両者よりなる。しかし、ジストニア姿位はジストニアに必須ではなく(顔面、喉頭など)、ジストニアの本態は異常運動にある。 (以下略)」
とした。ここでは異常姿勢を必須としない、かつてない立場を採用している。
また「姿勢か運動か」ではなく、ジストニアを運動制御の異常として捉える立場がある。筆者はこの立場を採る(次項参照)。
診断
上記のように概念が確定しないためコンセンサスとしての診断基準はないが、以下に挙げるジストニアの諸特徴[4]のうち感覚トリックをもっとも重視して診断のアルゴリズムを作成した報告がある[5]。アテトーシス、舞踏症、振戦、ミオクローヌスなどと鑑別するが、しばしば複数の運動異常を合併する。なお診断に際しては、眼前の運動異常症がジストニアであるか否かに留まらず、背景となる病態または疾患の有無を検討する。とりわけジストニア以外の病的所見(神経症候に限らない)を認める場合には、症候性(後天性)ジストニアの鑑別診断が必須である。
- 定型性 (fixed pattern): 異常姿勢または不随意運動パターンが、程度の差はあっても患者毎に一定であり変転しないという特徴
- 課題特異性 (task specificity): 特定の動作や環境に依存してジストニアの症候が出現または増悪する現象
- 感覚トリック (sensory trick): 特定の感覚刺激によってジストニアが軽快(または増悪)するとき、その行為または現象
- オーバーフロー現象 (overflow phenomenon): ある動作の際に、その動作に不必要な筋が不随意に収縮してジストニアを呈する現象
- 早朝効果 (morning benefit): 起床時に症状が軽いという現象
- フリップフロップ現象 (flip-flop phenomenon):何らかのきっかけで(あるいは一見誘因なく)症候が急に増悪あるいは軽快する現象
感覚トリックはジストニアと診断するための有力な現象であるが、必須ではなく、特異性も100%ではない。筆者はジストニアを、「骨格筋収縮の定型的なオーバーフロー現象(“patterned motor overflow”)」の表現形であると考えた[6]。
なおこれには続きがあるが(次項参照)、まず代表的な病型を挙げる。身体の一部分のみを侵す局所性ジストニアは多くが特発性であるが、ときに遺伝性ジストニアの表現形であり、また、症候性(後天性)ジストニアとして背景疾患を持つ場合もある。
- 目がくしゃくしゃして開瞼しづらい、と訴える局所性ジストニアである。眼輪筋を中心とする上部顔面筋に不随意収縮を認める。開瞼失行 (apraxia of eyelid opening)も類縁の病態である。なおMeige症候群は「眼瞼痙攣+口・下顎ジストニア」と考えられているが、誤りであり[7]、頭頸部分節性ジストニアの総称とすべきである[8]。
- 海外では頸部ジストニア (cervical dystonia)とされる。頸部筋の不随意収縮により、頭位の偏倚、随意運動困難、頸部痛などを呈する局所性ジストニアである。
- 書痙 (writer’s cramp)
- 書字に際して関連する筋の不随意収縮により自由な書字ができなくなる上肢の局所性ジストニアである。多くは課題特異性が顕著である。音楽家の楽器演奏時に生じるジストニア (musician’s dystonia)も、大部分は同質の上肢ジストニアである(この他、楽器演奏に用いる口や足などに発症する例もある)。
- 下顎ジストニア (mandibular dystonia)
- 下顎が不随意に開く・閉じる・横移動する・突き出す・後退する、のいずれかをとる局所性ジストニアである。もっとも多いのは下顎が閉じて歯を食いしばる、または、歯をすり合わせる病型(jaw closing dystonia)である。夜間の歯ぎしり(bruxism)をしばしば合併する。
- 痙攣性発声障害 (spasmodic dysphonia)
- 発声時に声帯が不随意に閉じ努力性発声になる内転型、声帯が開いて嗄声になる外転型、両者の混合型があり、内転型がもっとも多い。喉頭の局所性ジストニアの一病型である。
- 全身性ジストニア (generalized dystonia)
- ジストニアは罹患範囲によって局所性、分節性、多巣性、全身性、片側性に分類される。全身性ジストニアは小児期発症に多く、しばしば遺伝性であり、背景疾患を持つことが少なくない。代表的な遺伝性全身性ジストニアはTOR1A遺伝子変異による「DYT-TOR1A」(従来のDYT1)[9]である。なお補足として、従来「DYT+番号」で表記された遺伝性ジストニアのうち代表的な病型を表に挙げた。
AD; autosomal dominant, AR; autosomal recessive, XR; X-linked recessive
背景疾患を他に持たない遺伝性ジストニアは、かつて「DYT+番号」で表記されたが、現在では遺伝性運動異常症に共通した形式を採用し、「主要症候+原因遺伝子」で表記される[9]。DYTはジストニアが、DYT/PARKはジストニアとパーキンソン症候群とが、それぞれ主症状であることを意味する。ここでは旧名が「DYT+番号」であった遺伝性ジストニアのうち、日本人に比較的関わりの大きい病型および文献に比較的多く現れる病型を挙げた(日本人に報告はあるが省略した病型もある)。また「特徴」の欄内にある斜体病名は別称であるが、逆は必ずしも正しくない。例えばDYT-SGCEとmyoclonus-dystoniaとでは後者の方が広い意味を持ち、後者の代表的な病型がDYT-SGCEである(ε-サルコグリカンを原因遺伝子としないmyoclonus-dystoniaも存在する)。
病態生理
ジストニアの原因は中枢神経系にあるが、大脳基底核に原因を求める古典的な解釈はもはや捨てられ、大脳皮質、大脳基底核、視床、小脳などを含む運動制御システムの異常と考えられるようになった[10]。しかし発症機序の詳細は明らかでない。従来の主な記載は、運動抑制系の機能低下、脳可塑性の亢進、感覚処理(感覚運動連関)の異常などを推定している。個々の病型や背景疾患により、ジストニアの発症機序が異なる可能性がある。
臨床神経生理学の立場からは共収縮 (cocontraction)が重要であるとの記載が多い。共収縮は、拮抗関係にある筋の間に本来ある相反抑制が失われ、双方が収縮して運動を妨げる状態である。この逆の現象として、筆者は陰性ジストニア (negative dystonia)という概念を提唱した[11]。これは随意運動時に必要な筋が非麻痺性に駆動されないことによる異常姿勢または随意運動困難である。開瞼失行や麻痺性書痙のほか一部のdropped head syndromeやcamptocormiaはこれで説明できる。ジストニアの従来の定義と背馳するが、これをオーバーフロー現象とは逆のunderflowまたはno flowによると考えて両者を運動フローの異常(”malflow”と造語した)と一括するなら、ジストニアは運動制御異常として”patterned motor malflow”の表現形であると理解できる[6]。
治療
ジストニアに対する根本治療はない。局所性ジストニアに対しては、効能・効果として承認されていればボツリヌス毒素製剤の局所筋肉内注射が対症療法としてもっとも有用である。確実な効果を期待できる内服薬はないが、特殊な病型、例えば瀬川病ではL-DOPAが著効する。手術を大別すると、罹患部位の運動神経や筋への処置を行う手術と定位脳手術とがあり、後者はさらに脳局所の破壊術と電気刺激術(深部脳刺激術)とに分けられる。一部の遺伝性ジストニア、特発性ジストニア、薬剤性ジストニアでは定位脳手術の効果が一般に高い。なお特発性ジストニアでは自然寛解が10%内外にあるが(病型によって異なる)、一部は後年再発し、途中の寛解期間は最大数十年に及ぶ。
疫学
特発性ジストニアの有病率は人口10万人に対して十数人とされるが[12]、過少算定と考えられている。特発性ジストニアの大部分は局所性であり、海外では痙性斜頸(攣縮性斜頸)がもっとも多い。日本では眼瞼痙攣(眼瞼攣縮)の方が多いとされる。発症年齢は病型によって異なる。一般に若年発症ほど罹患範囲が広がりやすく、一方、局所性ジストニアの代表的な病型はほとんどが成人発症である。男女比は疾患によって異なり、例えば眼瞼痙攣は女性に、書痙は男性に比較的多い。痙性斜頸は多くの統計が女性に多いとしているが、日本では男性にやや多い可能性がある。
参考文献
- ↑ Oppenheim H. (1911).
Über eine eigenartige Krampfkrankheit des kindlichen und jugendlichen Alters (Dysbasia lordotica progressiva, Dystonia musculorum deformans). Neurol Centrabl 30: 1090–1107. - ↑
Albanese, A., Bhatia, K., Bressman, S.B., Delong, M.R., Fahn, S., Fung, V.S., ..., & Teller, J.K. (2013).
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ジストニアの定義とはどのようなものですか. ジストニア診療ガイドライン2018,南光堂, 東京, pp2-3. - ↑ 目崎高広 (2011).
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Defazio, G., Albanese, A., Pellicciari, R., Scaglione, C.L., Esposito, M., Morgante, F., ..., & Berardelli, A. (2019).
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眼瞼痙攣 + 口・下顎ジストニー ≠ Meige症候群. 神経内科 57: 464. - ↑
LeDoux, M.S. (2009).
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Marras, C., Lang, A., van de Warrenburg, B.P., Sue, C.M., Tabrizi, S.J., Bertram, L., ..., & Klein, C. (2016).
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Dystonia redefined as central non-paretic loss of control of muscle action: a concept including inability to activate muscles required for a specific movement, or 'negative dystonia'. Medical hypotheses, 69(6), 1309-12. [PubMed:17548169] [WorldCat] [DOI] - ↑ 日本神経学会(監修)「ジストニア診療ガイドライン」作成委員会(編集)(2018).
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