眼優位性

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畠 義郎
鳥取大学大学院医学系研究科
DOI:10.14931/bsd.7259 原稿受付日:2016年9月21日 原稿完成日:2016年10月5日
担当編集委員:藤田 一郎(大阪大学 大学院生命機能研究科)

英:ocular dominance、独:Okulardominanz、仏:dominance oculaire

 大脳皮質視覚野のニューロンの多くは、左右どちらの眼に光刺激を与えても反応する性質(両眼反応性)を示すが、どちらの眼により強く応じるかは、ニューロンによって異なる。両眼に等しく反応するものから、片方の眼にのみ応じるものもある。このような、視覚野ニューロンの、それぞれの眼に対する反応選択性を眼優位性と呼ぶ。

眼優位性とは

 2つので捉えた視覚情報は脳において1つの統合された視覚イメージを作る。その仕組みは、古来、多くの科学者、哲学者の興味の対象であった。

 それぞれの眼球を出た視神経視交叉で融合し、すぐ再び左右に分離して視索となる。この時、視神経軸索の一部は交差して対側の脳に向かい、残りは同側に向かう。そして、左右の網膜の、視野上で対応する部分に由来する情報は、脳の同じ部位に収束する。このような部分交差のアイデアはアイザック・ニュートンが最初に提唱したとされている[1]。両眼からの入力が収束することで両眼に反応するニューロンが生まれるが、それは大脳皮質一次視覚野で初めて観察される。個々のニューロンがどちらの眼により強く反応するかを眼優位性と呼ぶ。このように眼優位性は視覚野ニューロンの反応特徴であって、いわゆる「利き目(dominant eye)」のことではない。

生理学的特徴

図1.視覚伝導路の模式図
ネコ視覚伝導路を示す。視野の半分(実線部分)の情報は両眼で捉えられた後、一側の外側膝状体の異なる層に伝達される。外側膝状体ニューロンはV1のⅣ層に投射する。

 哺乳類では、網膜によって受容された視覚情報は、視床外側膝状体(lateral geniculate nucleus、LGN)を経て大脳皮質一次視覚野(以下,V1)に伝達される(図1)。この時、網膜の耳側領域由来の視神経軸索は同側の外側膝状体へ、一方、鼻側網膜由来のものは対側の外側膝状体へ投射するため、一側の外側膝状体には対側視野の情報が両方の眼から伝達される。両眼からの入力は外側膝状体内の別々の層に伝達されるため、外側膝状体のニューロンは左右どちらかの眼に与えた光刺激にのみ反応する。次に外側膝状体のニューロンはV1に軸索を投射するが、大脳皮質の6層構造のうち第Ⅳ層に主に入力する。霊長類ネコではそれぞれの眼からの入力軸索がⅣ層内で分離しているので(後述「眼優位コラム」参照)、Ⅳ層のニューロンの多くは一方の眼からの情報だけを受け取り、外側膝状体と同じく単眼性の反応を示す。しかしⅣ層から先の情報伝達では両眼の入力が個々のV1ニューロンに収束するため、Ⅱ/Ⅲ層やⅤ、Ⅵ層のニューロンは両眼に反応する[2][3]げっ歯類では両眼入力の分離は認められず、Ⅳ層の段階で多くの両眼反応ニューロンが見られる。

 個々のニューロンが左右どちらの眼にどの程度強く反応するかはニューロンによって異なり、両眼に等しく反応するものから、どちらかにだけ反応するものまで存在する。このどちらの眼により強く反応するかという性質を眼優位性と呼び、慣習的に、7段階にグループ分けして表すことが多い(対側の眼にのみ反応するものを1、同側にのみ反応するものを7、両眼に等しく反応するものを4とする)。ネコや霊長類では眼優位性の分布は両眼について対称に近いのに対して、げっ歯類では対側眼に反応するニューロンが多く、眼優位性の分布は対側眼側に大きく偏っている[4] 。V1から投射を受ける二次視覚野では、両眼入力の収束はさらに進み、両眼反応を示すニューロンの割合がより多くなる[5]

 視野の同一部位について両眼からの情報が収束することで、両眼視差を利用した奥行き知覚が可能になる。実際、ネコや霊長類のV1の多くのニューロンが、両眼視差に選択的な反応を示す[6][7][8]。ただしV1ニューロンは両眼視差を検出するものの、両眼立体視にはさらに高次の視覚野の活動が必要であることもわかっている[9]。このようにV1では両眼入力の統合が行われるが、眼優位性と両眼入力の統合は必ずしも一致するものではない。たとえば単眼反応を示すニューロンにおいて、両眼を同時に刺激した場合には、単眼刺激では反応を示さない眼の影響が観察される例もある[10]。これは眼優位性は単眼性を示していても、両眼の入力に相互作用があるということを示している。

眼優位コラム

図2.ヒトの眼優位コラム
一側眼球を失ったヒトの左視覚野を伸展標本とし、チトクロームオキシダーゼ染色で眼優位コラムを可視化してある。Ⅳ層部分のモンタージュを示す。標本中央部のストライブ構造が眼優位コラムである。Adams et al. (2007)[11]より引用。

 V1には様々な眼優位性をもつニューロンが存在するが、霊長類やネコでは、それらは皮質内においてランダムに存在するわけではなく、似たような性質の、つまりより強く反応する眼(優位眼)を同じくするニューロンが皮質表面から白質まで垂直に配列し、眼優位コラムと呼ばれる機能構造を形成している。この機能構造は、皮質に垂直に刺入した電極から、様々な深さで同じ眼に強く反応するニューロンが記録されることで明らかとなった[3]。その他に、一方の眼を刺激した時に活動する皮質領域を、神経活動依存的な最初期遺伝子の発現[12]や、皮質の内因性光学信号[13]により計測すること、さらにチトクロームオキシダーゼ活性の組織染色[14]など様々な方法で眼優位コラムを可視化することができる(図2)。

 眼優位コラムの形態学的な基盤は、それぞれの眼の入力を伝える外側膝状体からの入力軸索が、V1内で分離していることである。その構造は経ニューロン標識 (transneuronal labeling)法により観察することができる。一方の眼球に放射性アミノ酸([3H]-プロリンなど)や小麦胚細胞凝集素 (wheat germ agglutinin)などをトレーサーとして注入すると、網膜神経節細胞に取り込まれたトレーサーが外側膝状体ニューロンに受け渡され、V1に投射する軸索を標識する。これにより,標識した眼からの情報が皮質のどこに投射するかを調べることができる。この方法で一方の眼の投射領域を可視化すると、霊長類では、図2のチトクロームオキシダーゼ染色の結果と似たストライプ状の構造が見られる。

 眼優位コラムの形態やサイズは動物種によって異なる。ヒトマカクザルは共にストライプ状の眼優位コラムを持つが、マカクザルでは幅が400-700μmであるのに対して[15]、ヒトでは700-1000μmとやや広い[11]ネコではストライプではなくパッチ状の形態を示し、幅は数百μmである[16]。げっ歯類ではV1の中で様々な眼優位性のニューロンが混在しており、眼優位コラムのような構造は確認されていない。また、眼優位コラムの形態やサイズは同じ種の動物でもかなり違いがあり、たとえばリスザルでは明瞭なコラム構造が見られる個体とそうでない個体、さらに同じ個体の視覚野内でコラム構造が見られる部分とそうでない部分が混在している例が報告されている[17]

 コラム構造は視覚野の他の性質(方位選択性など)についても見られ、さらに他の皮質領野にも存在することから、大脳皮質の基本的構造と考えられてきた。しかし眼優位コラムがどのような機能的意義を持つかについてはいまだ明らかでない。両眼視への寄与や神経回路形成の効率化などが指摘されているが、一方で神経回路の副次的な構造であり特に機能は無いとする意見もある[18]

発達と可塑性

 眼優位コラムの形成過程は広く研究されてきた。例えば、様々な生後齢の仔ネコを用いて経ニューロン標識法により眼優位コラムを調べてみると、生後2週目では視覚野内に一様に分布し、コラム状の構造は認められない。しかしその後、生後4週目頃より次第に神経終末の局在化が進み、成熟脳にみられるようなパターンとなると報告された[19]。またこの時期に動物を暗所で飼育して視覚入力を奪うと眼優位コラムが明瞭でなくなること[20]、また一方の眼を閉じて視覚遮断すると遮蔽眼のコラムが縮小することも明らかとなった[21][22]。これらのことから、発達初期には両眼からの入力は分離しておらず混在しており、その後、発達するにつれて、視覚経験に依存した仕組みにより眼優位コラムが形成されると考えられた。

 しかし一方、サルでは、出生時にすでに明瞭なコラム構造が観察される[23]。さらにネコやフェレットでも、経ニューロン標識法によりコラム構造が検出されなかった幼弱な時期にも眼優位コラムが存在することが、外側膝状体軸索の直接標識や内因性信号の光学計測により明らかとなった[24][25]。以上より現在では、眼優位コラムの初期形成に視覚経験は必要でないが、その発達過程に視覚環境が影響すると考えられている。眼優位コラムの初期形成が、回路形成のガイダンス分子によるものなのか、神経活動に依存したメカニズムによるものなのか、あるいはその両方かは明らかになっていない。しかし幼弱期の網膜にパターン化された自発神経活動があること[26]、その阻害が眼優位コラム形成に影響すること[27]などから、視覚経験によらない自発神経活動がコラム形成に寄与するものと考えられている。

関連項目

参考文献

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    J. Neurol: 1984, 34;309
  2. Hubel, D.H., & Wiesel, T.N. (1968).
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