「むずむず脚症候群」の版間の差分

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[[ファイル:Inoue むずむず脚症候群 Figure2.png|サムネイル|'''図2. むずむず脚症候群に対する遺伝的背景と環境(二次的)要因の関係'''<br>文献<ref name=Trenkwalder2016><pubmed>26944272</pubmed></ref>から改変]]
[[ファイル:Inoue むずむず脚症候群 Figure2.png|サムネイル|'''図2. むずむず脚症候群に対する遺伝的背景と環境(二次的)要因の関係'''<br>文献<ref name=Trenkwalder2016><pubmed>26944272</pubmed></ref>から改変]]
 '''図1'''にTrenkwalderらが動物実験の結果をまとめた、むずむず脚症候群の低酸素状態に関連した細胞内での病態生理を示す6) <ref name=Trenkwalder2018><pubmed>30244828</pubmed></ref> 。'''図2'''に、むずむず脚症候群症状の発現に関わる遺伝学的背景と環境(二次性)要因の関与の関係を示す35) <ref name=Trenkwalder2016><pubmed>26944272</pubmed></ref> 。一般に若年発症の家族性発症の症例では遺伝的要素が主体となり、中高年期以降の症例では、身体的な背景の関与が高くなると考えられている。
 '''図1'''にTrenkwalderらが動物実験の結果をまとめた、むずむず脚症候群の低酸素状態に関連した細胞内での病態生理を示す6) <ref name=Trenkwalder2018><pubmed>30244828</pubmed></ref> 。'''図2'''に、むずむず脚症候群症状の発現に関わる遺伝学的背景と環境(二次性)要因の関与の関係を示す35) <ref name=Trenkwalder2016><pubmed>26944272</pubmed></ref> 。一般に若年発症の家族性発症の症例では遺伝的要素が主体となり、中高年期以降の症例では、身体的な背景の関与が高くなると考えられている。
[[ファイル:Inoue むずむず脚症候群 Figure3.png|サムネイル|'''図3. A11ドパミン神経系からみたむずむず病の病態'''<br>A11ドパミン細胞群は体性感覚知覚に関わる④前頭野/前頭前野、①遠心性に直接あるいは背側縫線核を介する自律神経回路や③骨格筋・疼痛知覚に関わる求心性の体性神経回路に対して抑制性の調節をしているが、A11ドパミン細胞群の機能不全により、脊髄後角細胞や脊髄中間外側細胞(IML)の脱抑制をもたらし、筋求心路の体性感覚信号(疼痛性知覚)の増大を招く。PPXはドパミン機能不全を改善することで、脱抑制による体性感覚信号の増大を抑えると考えられる。なお、③骨格筋随意運動による非疼痛性固有知覚の増大は脊髄後角細胞に抑制性に働くため、自発的運動により不快感は低減する。また、②これらの抑制性投射系の異常は交感神経の活性化をもたらしノルアドレナリン(NA)、アドレナリン(Ad)の放出を促す。この結果、高閾値の筋の求心性神経の活性に異常を生じ、筋の異常活動、すなわちPLMを誘発する。文献<ref name=Clemens2006><pubmed>16832090</pubmed></ref>を改変引用。]]
===特発性むずむず脚症候群===
===特発性むずむず脚症候群===
 特に45歳以前の発症例では、約30%程度で家族集積性がみられ、[[常染色体優性遺伝]]すると考えられている21) <ref name=Winkelmann2017><pubmed>28065402</pubmed></ref> 。候補遺伝子に関しては、いくつかの[[全ゲノム関連解析]](genome-wide association study:GWAS)と、これらから得られた候補遺伝子についての[[ケースコントロール研究]]がおり、その結果、[[MEIS1]]、[[BTBD9]]、[[PTPRD]]、[[MAP2K5]]、[[LBXCOR1]]などがその候補となっている22),23) <ref name=Jimenez-Jimenez2018><pubmed>29033051</pubmed></ref><ref name=Rye2015><pubmed>26329432</pubmed></ref> 。これらに関する[[ノックアウトマウス]]の研究から、特にMEIS1とBTBD9が、重要視されており、前者はむずむず脚症候群ならびに周期性四肢運動との関連性が24)<ref name=Moore2014><pubmed>25142570</pubmed></ref> 、後者はむずむず脚症候群のみならず下に述べる鉄代謝にも影響することが示されている2)<ref name=Ekbom1960><pubmed>13726241</pubmed></ref> 。しかしながら、これらの遺伝子多型に関する人種差は未だ十分解明されていない。
 特に45歳以前の発症例では、約30%程度で家族集積性がみられ、[[常染色体優性遺伝]]すると考えられている21) <ref name=Winkelmann2017><pubmed>28065402</pubmed></ref> 。候補遺伝子に関しては、いくつかの[[全ゲノム関連解析]](genome-wide association study:GWAS)と、これらから得られた候補遺伝子についての[[ケースコントロール研究]]がおり、その結果、[[MEIS1]]、[[BTBD9]]、[[PTPRD]]、[[MAP2K5]]、[[LBXCOR1]]などがその候補となっている22),23) <ref name=Jimenez-Jimenez2018><pubmed>29033051</pubmed></ref><ref name=Rye2015><pubmed>26329432</pubmed></ref> 。これらに関する[[ノックアウトマウス]]の研究から、特にMEIS1とBTBD9が、重要視されており、前者はむずむず脚症候群ならびに周期性四肢運動との関連性が24)<ref name=Moore2014><pubmed>25142570</pubmed></ref> 、後者はむずむず脚症候群のみならず下に述べる鉄代謝にも影響することが示されている2)<ref name=Ekbom1960><pubmed>13726241</pubmed></ref> 。しかしながら、これらの遺伝子多型に関する人種差は未だ十分解明されていない。
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 また、[[アデノシン受容体]]は[[GABA]]神経やドパミン神経上に存在するが、[[ラット]]を用いた研究により、鉄欠乏状態により[[線状体]]の[[シナプス前部|シナプス前]]・[[シナプス後部|後]][[アデノシン受容体|アデノシン(A2)受容体]]がアップレギュレーションされると報告されており27) <ref name=Quiroz2010><pubmed>20385128</pubmed></ref> 、むずむず脚症候群とアデノシン受容体異常の関連の詳細も明らかにすべき課題である。
 また、[[アデノシン受容体]]は[[GABA]]神経やドパミン神経上に存在するが、[[ラット]]を用いた研究により、鉄欠乏状態により[[線状体]]の[[シナプス前部|シナプス前]]・[[シナプス後部|後]][[アデノシン受容体|アデノシン(A2)受容体]]がアップレギュレーションされると報告されており27) <ref name=Quiroz2010><pubmed>20385128</pubmed></ref> 、むずむず脚症候群とアデノシン受容体異常の関連の詳細も明らかにすべき課題である。


 Clemensらは、'''図2'''に示すように、[[背後側視床下部]]ドパミン[[A11細胞群]]からの抑制性投射線維連絡の機能不全を病態の中心的存在と捉えている28) <ref name=Clemens2006><pubmed>16832090</pubmed></ref> 。すなわち、ドパミンA11細胞群からの信号は、[[体性感覚]]入力に関わる[[前頭前野]]と、直接あるいは[[橋]]の[[背側縫線核]]を介して脊髄の自律神経回路を構成する脊髄中間外側細胞(IML)、ならびに体性神経回路の[[脊髄]][[後角]]細胞へ抑制性の投射線維連絡を形成しているが、このA11細胞群におけるドパミン活動低下がこれらの抑制性投射系の機能不全をもたらし、その結果、脚の筋肉からの筋求心路を介した不特定の体性感覚入力が増大し、むずむず脚症候群の異常感覚発現をもたらすと考えられている。
 Clemensらは、[[背後側視床下部]]ドパミン[[A11細胞群]]からの抑制性投射線維連絡の機能不全を病態の中心的存在と捉えている('''図3''')28) <ref name=Clemens2006><pubmed>16832090</pubmed></ref> 。すなわち、ドパミンA11細胞群からの信号は、[[体性感覚]]入力に関わる[[前頭前野]]と、直接あるいは[[橋]]の[[背側縫線核]]を介して脊髄の自律神経回路を構成する脊髄中間外側細胞(IML)、ならびに体性神経回路の[[脊髄]][[後角]]細胞へ抑制性の投射線維連絡を形成しているが、このA11細胞群におけるドパミン活動低下がこれらの抑制性投射系の機能不全をもたらし、その結果、脚の筋肉からの筋求心路を介した不特定の体性感覚入力が増大し、むずむず脚症候群の異常感覚発現をもたらすと考えられている。


 また、この抑制性投射系の異常は[[ノルアドレナリン]]系を介した[[交感神経]]の活性化をもたらし、この結果、高閾値の[[筋]]の[[求心性神経]]の活動異常をもたらし、筋の異常活動、すなわち周期性四肢運動を誘発するとされる。また、[[セロトニン]]作動性の背側縫線核も病態に関与しているので、これが[[選択的セロトニン再取り込み阻害剤]] ([[selective serotonin uptake inhibitor]], [[SSRI]])などの抗うつ薬がむずむず脚症候群の症状を誘発・悪化させる原因29) <ref name=Rottach2008><pubmed>18468624</pubmed></ref> になっていると理解できる。
 また、この抑制性投射系の異常は[[ノルアドレナリン]]系を介した[[交感神経]]の活性化をもたらし、この結果、高閾値の[[筋]]の[[求心性神経]]の活動異常をもたらし、筋の異常活動、すなわち周期性四肢運動を誘発するとされる。また、[[セロトニン]]作動性の背側縫線核も病態に関与しているので、これが[[選択的セロトニン再取り込み阻害剤]] ([[selective serotonin uptake inhibitor]], [[SSRI]])などの抗うつ薬がむずむず脚症候群の症状を誘発・悪化させる原因29) <ref name=Rottach2008><pubmed>18468624</pubmed></ref> になっていると理解できる。