「イノシトール1,4,5-三リン酸」の版間の差分

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==== IICRの細胞内動態 ====
==== IICRの細胞内動態 ====
[[ファイル:Furuichi IP3 Figure4.png|500px|サムネイル|'''図4. IICRおけるIP<sub>3</sub>/Ca<sup>2+</sup>シグナルの細胞内動態'''<br>
IICRによる階層的なCa<sup>2+</sup>動態(Ca<sup>2+</sup> blip→Ca<sup>2+</sup> puff→Ca<sup>2+</sup> wave)を図示している(Parker I et al. <ref name=Parker1996><pubmed>8889202</pubmed></ref> と Lock JT et al. <ref name=Lock2019><pubmed>30703557</pubmed></ref> を改変)。図中では、放出Ca<sup>2+</sup>による負の制御で変化する動態は割愛している。(a)は細胞外刺激を受けて細胞膜近傍でPI代謝回転の誘導が開始される段階。(b)は低[IP<sub>3</sub>]、(c)は中程度[IP<sub>3</sub>]、(d)は高[IP<sub>3</sub>]におけるIP<sub>3</sub>/Ca<sup>2+</sup>シグナルの動態を図示している。PI代謝回転が起きた細胞膜付近からIP<sub>3</sub>が細胞内を拡散してできる濃度勾配を青色濃淡で示している。IP<sub>3</sub>R/Ca<sup>2+</sup>放出チャネルによってCa<sup>2+</sup>ストアから放出されるCa<sup>2+</sup>が細胞内を拡散してできる濃度勾配を赤色濃淡で示している。ギャップ結合(GAP junction)をもつ細胞間では、IP<sub>3</sub>は細胞間シグナルとしてもはたらく。図では、Ca<sup>2+</sup>が細胞内を局所的(local)に、IP<sub>3</sub>がより細胞内を広域(global)に拡散する様子を示しているが、動態は細胞タイプなどによって多様性があり、IP<sub>3</sub>がより局所的なメッセンジャーとしてはたらく細胞もある。(b)低[IP<sub>3</sub>]では、IP<sub>3</sub>Rチャネルの単独とクラスターを問わず、確率論的にIP<sub>3</sub>と結合したIP<sub>3</sub>RチャネルにおいてCa<sup>2+</sup>ブリップが起きる。(c)中程度[IP<sub>3</sub>]では、IP<sub>3</sub>Rチャネルクラスター(アンカーされて不動性)が活性化され、Ca<sup>2+</sup>パフが起きる。また、IICRによって生じるCa<sup>2+</sup>は濃度に依存して二相性にIP<sub>3</sub>Rを制御する:至適[Ca<sup>2+</sup>]濃度を超えた高[Ca<sup>2+</sup>]域ではIP<sub>3</sub>Rを負にフィードバック制御、至適[Ca<sup>2+</sup>]域であれば(一定レベルのIP<sub>3</sub>下で)隣接するIP<sub>3</sub>Rを活性化(正の制御)する。(d)高[IP<sub>3</sub>]では、正のCa<sup>2+</sup>制御により(RyRによるCICR様のモードで)、隣接する一連のIP<sub>3</sub>R集団の連続的な活性化によって細胞内Ca<sup>2+</sup>波(intracellular Ca<sup>2+</sup> wave)が伝播し<ref name=Leybaert2012><pubmed>22811430</pubmed></ref> 、その結果、空間的および速度論的に広域Ca<sup>2+</sup>シグナルの特性が発揮される<ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref> 。サイレントIP<sub>3</sub>Rの活性化も示唆されている。高[IP<sub>3</sub>]下でのグローバルなCa<sup>2+</sup>放出には、Ca<sup>2+</sup>パフの他に、ストアに分散して局在するIP<sub>3</sub>R(可動性)による時空間的に持続性のあるCa<sup>2+</sup>上昇が寄与するモデルもある<ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref> 。]]
 電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネルや、NMDA型グルタミン酸受容体のようなリガンド開口性Ca<sup>2+</sup>透過チャネル(ligand-gated Ca<sup>2+</sup> permeable channel)などによる細胞外からのCa<sup>2+</sup>流入(Ca<sup>2+</sup> influx)では、細胞膜のチャネルポア付近を起点としてCa<sup>2+</sup>濃度勾配の局所性が生じ、またCa<sup>2+</sup>スパイク(Ca<sup>2+</sup> spike)などの動態が見られたりする。一方、IP<sub>3</sub>によって誘導される細胞内からのCa<sup>2+</sup>放出(Ca<sup>2+</sup> release)では、細胞体から神経突起やスパインなどへも連なるCa<sup>2+</sup>ストア(sER)のネットワーク上にIP<sub>3</sub>Rが異なった密度で局在するため、局在部を起点としたCa<sup>2+</sup>濃度の勾配と局所性が生じる。IP<sub>3</sub>Rのチャネル開口にはIP<sub>3</sub>と共にCa<sup>2+</sup>もコアゴニスト(co-agonist)として必要である。
 電位依存性Ca<sup>2+</sup>チャネルや、NMDA型グルタミン酸受容体のようなリガンド開口性Ca<sup>2+</sup>透過チャネル(ligand-gated Ca<sup>2+</sup> permeable channel)などによる細胞外からのCa<sup>2+</sup>流入(Ca<sup>2+</sup> influx)では、細胞膜のチャネルポア付近を起点としてCa<sup>2+</sup>濃度勾配の局所性が生じ、またCa<sup>2+</sup>スパイク(Ca<sup>2+</sup> spike)などの動態が見られたりする。一方、IP<sub>3</sub>によって誘導される細胞内からのCa<sup>2+</sup>放出(Ca<sup>2+</sup> release)では、細胞体から神経突起やスパインなどへも連なるCa<sup>2+</sup>ストア(sER)のネットワーク上にIP<sub>3</sub>Rが異なった密度で局在するため、局在部を起点としたCa<sup>2+</sup>濃度の勾配と局所性が生じる。IP<sub>3</sub>Rのチャネル開口にはIP<sub>3</sub>と共にCa<sup>2+</sup>もコアゴニスト(co-agonist)として必要である。


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 このようにIICRは、要素的なCa<sup>2+</sup>ブリップそしてCa<sup>2+</sup>パフから、さらにグローバルなCa<sup>2+</sup>波までの階層的な事象のシグナル伝達から構成され、細胞によっては、Ca<sup>2+</sup>振動(Ca<sup>2+</sup> oscillation)やCa<sup>2+</sup>スパイラル(Ca<sup>2+</sup> spiral)などの時空間的に多彩な動態が観察される<ref name=Berridge1998><pubmed>9697848</pubmed></ref><ref name=Berridge2003><pubmed>12838335</pubmed></ref><ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref><ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref><ref name=Parker1991><pubmed>1686093</pubmed></ref> 。
 このようにIICRは、要素的なCa<sup>2+</sup>ブリップそしてCa<sup>2+</sup>パフから、さらにグローバルなCa<sup>2+</sup>波までの階層的な事象のシグナル伝達から構成され、細胞によっては、Ca<sup>2+</sup>振動(Ca<sup>2+</sup> oscillation)やCa<sup>2+</sup>スパイラル(Ca<sup>2+</sup> spiral)などの時空間的に多彩な動態が観察される<ref name=Berridge1998><pubmed>9697848</pubmed></ref><ref name=Berridge2003><pubmed>12838335</pubmed></ref><ref name=Bootman1997><pubmed>9363945</pubmed></ref><ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref><ref name=Parker1991><pubmed>1686093</pubmed></ref> 。
図4 IICRおけるIP<sub>3</sub>/Ca<sup>2+</sup>シグナルの細胞内動態
IICRによる階層的なCa<sup>2+</sup>動態(Ca<sup>2+</sup> blip→Ca<sup>2+</sup> puff→Ca<sup>2+</sup> wave)を図示している(Parker I et al. <ref name=Parker1996><pubmed>8889202</pubmed></ref> と Lock JT et al. <ref name=Lock2019><pubmed>30703557</pubmed></ref> を改変)。図中では、放出Ca<sup>2+</sup>による負の制御で変化する動態は割愛している。(a)は細胞外刺激を受けて細胞膜近傍でPI代謝回転の誘導が開始される段階。(b)は低[IP<sub>3</sub>]、(c)は中程度[IP<sub>3</sub>]、(d)は高[IP<sub>3</sub>]におけるIP<sub>3</sub>/Ca<sup>2+</sup>シグナルの動態を図示している。PI代謝回転が起きた細胞膜付近からIP<sub>3</sub>が細胞内を拡散してできる濃度勾配を青色濃淡で示している。IP<sub>3</sub>R/Ca<sup>2+</sup>放出チャネルによってCa<sup>2+</sup>ストアから放出されるCa<sup>2+</sup>が細胞内を拡散してできる濃度勾配を赤色濃淡で示している。ギャップ結合(GAP junction)をもつ細胞間では、IP<sub>3</sub>は細胞間シグナルとしてもはたらく。図では、Ca<sup>2+</sup>が細胞内を局所的(local)に、IP<sub>3</sub>がより細胞内を広域(global)に拡散する様子を示しているが、動態は細胞タイプなどによって多様性があり、IP<sub>3</sub>がより局所的なメッセンジャーとしてはたらく細胞もある。(b)低[IP<sub>3</sub>]では、IP<sub>3</sub>Rチャネルの単独とクラスターを問わず、確率論的にIP<sub>3</sub>と結合したIP<sub>3</sub>RチャネルにおいてCa<sup>2+</sup>ブリップが起きる。(c)中程度[IP<sub>3</sub>]では、IP<sub>3</sub>Rチャネルクラスター(アンカーされて不動性)が活性化され、Ca<sup>2+</sup>パフが起きる。また、IICRによって生じるCa<sup>2+</sup>は濃度に依存して二相性にIP<sub>3</sub>Rを制御する:至適[Ca<sup>2+</sup>]濃度を超えた高[Ca<sup>2+</sup>]域ではIP<sub>3</sub>Rを負にフィードバック制御、至適[Ca<sup>2+</sup>]域であれば(一定レベルのIP<sub>3</sub>下で)隣接するIP<sub>3</sub>Rを活性化(正の制御)する。(d)高[IP<sub>3</sub>]では、正のCa<sup>2+</sup>制御により(RyRによるCICR様のモードで)、隣接する一連のIP<sub>3</sub>R集団の連続的な活性化によって細胞内Ca<sup>2+</sup>波(intracellular Ca<sup>2+</sup> wave)が伝播し<ref name=Leybaert2012><pubmed>22811430</pubmed></ref> 、その結果、空間的および速度論的に広域Ca<sup>2+</sup>シグナルの特性が発揮される<ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref> 。サイレントIP<sub>3</sub>Rの活性化も示唆されている。高[IP<sub>3</sub>]下でのグローバルなCa<sup>2+</sup>放出には、Ca<sup>2+</sup>パフの他に、ストアに分散して局在するIP<sub>3</sub>R(可動性)による時空間的に持続性のあるCa<sup>2+</sup>上昇が寄与するモデルもある<ref name=Lock2020><pubmed>32396066</pubmed></ref> 。


 細胞内には、nMからmMに至るまで100万倍の範囲で異なったCa<sup>2+</sup>親和性をもつ多くの標的タンパク質<ref name=Clapham2007><pubmed>18083096</pubmed></ref> が、局所的に存在している。こうしたCa<sup>2+</sup>で制御されるタンパク質の活性は、IICRによって生じるCa<sup>2+</sup>マイクロドメインの時空間的な動態で制御され<ref name=Clapham2007><pubmed>18083096</pubmed></ref> 、また異なった振幅(AM)や周波数(FM)のパターンをもつCa<sup>2+</sup>動態<ref name=Berridge1997><pubmed>9126727</pubmed></ref><ref name=Dolmetsch1997><pubmed>9126747</pubmed></ref><ref name=Li2012><pubmed>22962589</pubmed></ref><ref name=Parekh2011><pubmed>20810284</pubmed></ref><ref name=Smedler2014><pubmed>24269537</pubmed></ref> によっても多様に制御される(例えば、MAPKとCaMKII を活性化するCa<sup>2+</sup>振動の周波数域に違いがあり<ref name=Smedler2014><pubmed>24269537</pubmed></ref> 、カルシニューリンとCaMKIIを活性化する周波数域と増加Ca<sup>2+</sup>総量にも違いがある<ref name=Li2012><pubmed>22962589</pubmed></ref> )。このように、IICRによる細胞内Ca<sup>2+</sup>動態の多様性と、標的タンパク質がもつCa<sup>2+</sup>親和性と細胞内分布の多様性が、多くの細胞機能ではたらく多彩なIP<sub>3</sub>/Ca<sup>2+</sup>シグナル伝達に関係している<ref name=Augustine2003><pubmed>14556712</pubmed></ref><ref name=Berridge1998><pubmed>9697848</pubmed></ref><ref name=Clapham2007><pubmed>18083096</pubmed></ref> 。また、CaM結合Ca<sup>2+</sup>(CaM-bound Ca<sup>2+</sup>)になることで、遊離Ca<sup>2+</sup>よりも長寿命シグナルとなり、新たにCa<sup>2+</sup>/CaM依存性の標的分子へ作用できる適応性や融通性も増すことができる<ref name=Clapham2007><pubmed>18083096</pubmed></ref> 。
 細胞内には、nMからmMに至るまで100万倍の範囲で異なったCa<sup>2+</sup>親和性をもつ多くの標的タンパク質<ref name=Clapham2007><pubmed>18083096</pubmed></ref> が、局所的に存在している。こうしたCa<sup>2+</sup>で制御されるタンパク質の活性は、IICRによって生じるCa<sup>2+</sup>マイクロドメインの時空間的な動態で制御され<ref name=Clapham2007><pubmed>18083096</pubmed></ref> 、また異なった振幅(AM)や周波数(FM)のパターンをもつCa<sup>2+</sup>動態<ref name=Berridge1997><pubmed>9126727</pubmed></ref><ref name=Dolmetsch1997><pubmed>9126747</pubmed></ref><ref name=Li2012><pubmed>22962589</pubmed></ref><ref name=Parekh2011><pubmed>20810284</pubmed></ref><ref name=Smedler2014><pubmed>24269537</pubmed></ref> によっても多様に制御される(例えば、MAPKとCaMKII を活性化するCa<sup>2+</sup>振動の周波数域に違いがあり<ref name=Smedler2014><pubmed>24269537</pubmed></ref> 、カルシニューリンとCaMKIIを活性化する周波数域と増加Ca<sup>2+</sup>総量にも違いがある<ref name=Li2012><pubmed>22962589</pubmed></ref> )。このように、IICRによる細胞内Ca<sup>2+</sup>動態の多様性と、標的タンパク質がもつCa<sup>2+</sup>親和性と細胞内分布の多様性が、多くの細胞機能ではたらく多彩なIP<sub>3</sub>/Ca<sup>2+</sup>シグナル伝達に関係している<ref name=Augustine2003><pubmed>14556712</pubmed></ref><ref name=Berridge1998><pubmed>9697848</pubmed></ref><ref name=Clapham2007><pubmed>18083096</pubmed></ref> 。また、CaM結合Ca<sup>2+</sup>(CaM-bound Ca<sup>2+</sup>)になることで、遊離Ca<sup>2+</sup>よりも長寿命シグナルとなり、新たにCa<sup>2+</sup>/CaM依存性の標的分子へ作用できる適応性や融通性も増すことができる<ref name=Clapham2007><pubmed>18083096</pubmed></ref> 。