「カルモジュリン」の版間の差分

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==構造==
==構造==
 カルモジュリンは148残基のアミノ酸からなる、分子量約16.7kDaのタンパク質である。1985年にCa<sup>2+</sup>存在下のウシ由来カルモジュリンの[[X線結晶構造]]が解かれ、原子レベルでの構造が明らかになった<ref name=ref16><pubmed> 3990807 </pubmed></ref>。Ca2+と結合する4つのヘリックス・ループ・ヘリックス構造の[[EFハンドモチーフ]]を持ち、2つずつがそれぞれペアとなって球状のN末側ドメイン、C末側ドメインを形成し、その間をリンカーがつながったダンベル様の構造をしている。それぞれの球状のドメインの大きさは約25×20×20 Åであり、分子全体としては長軸が約65 Åの長さである<ref name=ref16 />。
 カルモジュリンは148残基のアミノ酸からなる、分子量約16.7kDaのタンパク質である。1985年にCa<sup>2+</sup>存在下のウシ由来カルモジュリンの[[X線結晶構造]]が解かれ、原子レベルでの構造が明らかになった<ref name=ref16><pubmed> 3990807 </pubmed></ref>。Ca2+と結合する4つのヘリックス・ループ・ヘリックス構造の[[EFハンドモチーフ]]を持ち、2つずつがそれぞれペアとなって球状のN末側ドメイン、C末側ドメインを形成し、その間をリンカーがつながったダンベル様の構造をしている。それぞれの球状のドメインの大きさは約25×20×20 Åであり、分子全体としては長軸が約65 Åの長さである<ref name=ref16 />。
==サブファミリー==
 ヒトのCalmodulin1、Calmodulin2、Calmodulin3は同一のアミノ酸配列のタンパク質をコードしており、それぞれ[[染色体]]上の14q24-q31、2p21.1-p21.3、19q13.2-q13.3に位置する('''表1''')<ref><pubmed>8314583</pubmed></ref>。
{|class="wikitable"
|+表1. ヒトカルモジュリン遺伝子
!タンパク質名称
!NCBI遺伝子情報
!NCBI mRNA情報 (RefSeq)
!HUGO遺伝子命名法委員会 (HGNC)
!Allen mouse brain
|-
|Calmodulin1||[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene/801 801]||[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/NM_006888 NM_006888]||[http://www.genenames.org/cgi-bin/gene_symbol_report?hgnc_id=HGNC:1442 CALM1]||[http://mouse.brain-map.org/gene/show/12098 12098]
|-
|Calmodulin2||[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene/805 805]||[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/NM_001743 NM_001743]||[http://www.genenames.org/cgi-bin/gene_symbol_report?hgnc_id=HGNC:1445 CALM2]||[http://mouse.brain-map.org/gene/show/12099 12099]
|-
|Calmodulin3||[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene/808 808]||[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/NM_005184 NM_005184]||[http://www.genenames.org/cgi-bin/gene_symbol_report?hgnc_id=HGNC:1449 CALM3]||[http://mouse.brain-map.org/gene/show/12100 12100]
|}
 その他、[[酵母]]、[[植物]]、[[昆虫]]からヒトまで[[真核生物]]に発現しており、特に[[脊椎動物]]の中では高い保存性を示す。


==機能==
==機能==
 カルモジュリンは脳内で10~100 &micro;mol/lの濃度で発現しており<ref><pubmed> 15803158 </pubmed></ref>、細胞内で上昇したCa<sup>2+</sup>と結合し、Ca<sup>2+</sup>バッファーとして働くのに加え、様々なカルモジュリン結合タンパク質と結合して生理機能を発揮する('''表1''')。
 カルモジュリンは脳内で10~100 &micro;mol/lの濃度で発現しており<ref><pubmed> 15803158 </pubmed></ref>、細胞内で上昇したCa<sup>2+</sup>と結合し、Ca<sup>2+</sup>バッファーとして働くのに加え、様々なカルモジュリン結合タンパク質と結合して生理機能を発揮する('''表2''')。


=== カルモジュリンにより制御されるエフェクタータンパク質 ===
=== エフェクタータンパク質 ===
 カルモジュリンの主要な機能は、細胞内のCa<sup>2+</sup>濃度の変化を感知し、カルモジュリン結合タンパク質の機能制御を通じて、細胞機能を制御(活性化、抑制)することであり、その具体的な効果はターゲットとなる下流のタンパク質によって様々に異なる。多くはCa<sup>2+</sup>依存性がありCa<sup>2+</sup>/カルモジュリンと結合するが、Ca<sup>2+</sup>と結合していないカルモジュリンと結合するタンパク質や、Ca<sup>2+</sup>非依存的に結合するタンパク質も存在する。
 カルモジュリンの主要な機能は、細胞内のCa<sup>2+</sup>濃度の変化を感知し、カルモジュリン結合タンパク質の機能制御を通じて、細胞機能を制御(活性化、抑制)することであり、その具体的な効果はターゲットとなる下流のタンパク質によって様々に異なる。多くはCa<sup>2+</sup>依存性がありCa<sup>2+</sup>/カルモジュリンと結合するが、Ca<sup>2+</sup>と結合していないカルモジュリンと結合するタンパク質や、Ca<sup>2+</sup>非依存的に結合するタンパク質も存在する。


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{|class="wikitable"
{|class="wikitable"
|+表1. カルモジュリン結合タンパク質
|+表2. カルモジュリン結合タンパク質
!colspan="2"|タンパク質名称
!colspan="2"|タンパク質名称
!参考文献
!参考文献
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 [[神経突起]]形成<ref><pubmed> 12873385 </pubmed></ref><ref><pubmed>17553424  </pubmed></ref>、[[軸索]]伸展<ref><pubmed>15363394 </pubmed></ref><ref><pubmed>19864584 </pubmed></ref><ref><pubmed>24849351  </pubmed></ref>、シナプスの形成<ref><pubmed> 18184567 </pubmed></ref>などを通して、神経回路の発達に関わる。
 [[神経突起]]形成<ref><pubmed> 12873385 </pubmed></ref><ref><pubmed>17553424  </pubmed></ref>、[[軸索]]伸展<ref><pubmed>15363394 </pubmed></ref><ref><pubmed>19864584 </pubmed></ref><ref><pubmed>24849351  </pubmed></ref>、シナプスの形成<ref><pubmed> 18184567 </pubmed></ref>などを通して、神経回路の発達に関わる。


 例えば、発生期に神経細胞が軸索を伸展し標的となる細胞に投射して神経回路を構築する際には、軸索の先端部は[[成長円錐]]を形成し、細胞外の[[軸索ガイダンス分子]]などのシグナルに応じて誘引されたり反発されたりすることで、その伸展する方向を制御している。[[アフリカツメガエル]]の[[脊髄]]神経細胞や[[ニワトリ]]の[[後根神経節]]細胞を用いた実験などから、ガイダンス分子として[[ネトリン1]]<ref><pubmed>  10638760 </pubmed></ref><ref><pubmed>  15758951  </pubmed></ref>やSEMA3A<ref><pubmed>  18549782 </pubmed></ref><ref><pubmed>  18536712 </pubmed></ref>をはじめさまざま知られており、これらは受容体を介して局所的なCa<sup>2+</sup>上昇を引き起こし、その濃度や局在によってカルモジュリンは異なるターゲットを活性化し、成長円錐の誘引や反発をコントロールしている。
 例えば、発生期に神経細胞が軸索を伸展し標的となる細胞に投射して神経回路を構築する際には、軸索の先端部は[[成長円錐]]を形成し、細胞外の[[軸索ガイダンス分子]]などのシグナルに応じて誘引されたり反発されたりすることで、その伸展する方向を制御している。[[アフリカツメガエル]]の[[脊髄]]神経細胞や[[ニワトリ]]の[[後根神経節]]細胞を用いた実験などから、ガイダンス分子として[[ネトリン1]]<ref><pubmed>  10638760 </pubmed></ref><ref><pubmed>  15758951  </pubmed></ref>や[[SEMA3A]]<ref><pubmed>  18549782 </pubmed></ref><ref><pubmed>  18536712 </pubmed></ref>をはじめさまざま知られており、これらは受容体を介して局所的なCa<sup>2+</sup>上昇を引き起こし、その濃度や局在によってカルモジュリンは異なるターゲットを活性化し、成長円錐の誘引や反発をコントロールしている。


==== シナプス可塑性、記憶・学習 ====
==== シナプス可塑性、記憶・学習 ====
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 こうした電気生理学的・行動学的な変化を引き起こす分子・細胞生物学的なプロセスとして、カルモジュリンはCa<sup>2+</sup>流入に伴う[[スパイン]]の[[構造的可塑性]]の誘導<ref><pubmed>15190253 </pubmed></ref><ref><pubmed>15572107</pubmed></ref><ref><pubmed>23269840</pubmed></ref>や[[アクチン]][[細胞骨格]]の再構築<ref><pubmed>18341992</pubmed></ref><ref><pubmed>17404223</pubmed></ref>、種々の酵素の活性化<ref><pubmed> 26139370 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19295602</pubmed></ref><ref><pubmed> 23602566 </pubmed></ref>や[[CREB]]を介した新規遺伝子発現<ref><pubmed>  8980227</pubmed></ref><ref><pubmed>19116276</pubmed></ref><ref><pubmed> 25277455 </pubmed></ref>に関わることが示されている。また、数あるカルモジュリン依存的な酵素の活性化は均等に起こるのではなく、Ca<sup>2+</sup>流入に伴うカルモジュリン依存的な酵素の活性化は均等に起こるのではなく、神経入力のパターンに応じて上昇したCa<sup>2+</sup>の時間的・空間的拡がりに応じて異なる強弱で活性化され、状況に応じて適切な神経細胞機能を発現していると考えられている<ref><pubmed> 12154335 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23602566 </pubmed></ref>。
 こうした電気生理学的・行動学的な変化を引き起こす分子・細胞生物学的なプロセスとして、カルモジュリンはCa<sup>2+</sup>流入に伴う[[スパイン]]の[[構造的可塑性]]の誘導<ref><pubmed>15190253 </pubmed></ref><ref><pubmed>15572107</pubmed></ref><ref><pubmed>23269840</pubmed></ref>や[[アクチン]][[細胞骨格]]の再構築<ref><pubmed>18341992</pubmed></ref><ref><pubmed>17404223</pubmed></ref>、種々の酵素の活性化<ref><pubmed> 26139370 </pubmed></ref><ref><pubmed> 19295602</pubmed></ref><ref><pubmed> 23602566 </pubmed></ref>や[[CREB]]を介した新規遺伝子発現<ref><pubmed>  8980227</pubmed></ref><ref><pubmed>19116276</pubmed></ref><ref><pubmed> 25277455 </pubmed></ref>に関わることが示されている。また、数あるカルモジュリン依存的な酵素の活性化は均等に起こるのではなく、Ca<sup>2+</sup>流入に伴うカルモジュリン依存的な酵素の活性化は均等に起こるのではなく、神経入力のパターンに応じて上昇したCa<sup>2+</sup>の時間的・空間的拡がりに応じて異なる強弱で活性化され、状況に応じて適切な神経細胞機能を発現していると考えられている<ref><pubmed> 12154335 </pubmed></ref><ref><pubmed> 23602566 </pubmed></ref>。
==サブファミリー==
 ヒトのCalmodulin1、Calmodulin2、Calmodulin3は同一のアミノ酸配列のタンパク質をコードしており、それぞれ[[染色体]]上の14q24-q31、2p21.1-p21.3、19q13.2-q13.3に位置する(表2)<ref><pubmed>8314583</pubmed></ref>。
{|class="wikitable"
|+表2. ヒトカルモジュリン遺伝子
!タンパク質名称
!NCBI遺伝子情報
!NCBI mRNA情報 (RefSeq)
!HUGO遺伝子命名法委員会 (HGNC)
!Allen mouse brain
|-
|Calmodulin1||[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene/801 801]||[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/NM_006888 NM_006888]||[http://www.genenames.org/cgi-bin/gene_symbol_report?hgnc_id=HGNC:1442 CALM1]||[http://mouse.brain-map.org/gene/show/12098 12098]
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|Calmodulin2||[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene/805 805]||[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/NM_001743 NM_001743]||[http://www.genenames.org/cgi-bin/gene_symbol_report?hgnc_id=HGNC:1445 CALM2]||[http://mouse.brain-map.org/gene/show/12099 12099]
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|Calmodulin3||[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene/808 808]||[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/NM_005184 NM_005184]||[http://www.genenames.org/cgi-bin/gene_symbol_report?hgnc_id=HGNC:1449 CALM3]||[http://mouse.brain-map.org/gene/show/12100 12100]
|}
 その他、[[酵母]]、[[植物]]、[[昆虫]]からヒトまで[[真核生物]]に発現しており、特に[[脊椎動物]]の中では高い保存性を示す。
==阻害剤==
==阻害剤==
 1974年にWeissらが、カルモジュリンにより活性化される脳のホスホジエステラーゼに対する[[フェノチアジン]]誘導体の阻害効果の作用機序およびキネティクスを報告し、[[カルモジュリン阻害剤]]であることを示した<ref>'''B Weiss, R. Fertel, R Figlin, and P Uzunov'''<br>Selective alteration of the activity of the multiple forms of adenosine 3', 5'-monophosphate phosphodiesterase of rat cerebrum<br>''Mol. Pharmacol. 10, 615-625'':1974</ref>(これに先立つ1968年、Hondaらはフェノチアジン誘導体の環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼに対する阻害効果が脳由来の酵素と心臓由来の酵素で異なることを報告している<ref><pubmed>4298921</pubmed></ref>)。この後、[[W-7]]<ref><pubmed>6254958 </pubmed></ref>や[[カルミダゾリウム]]<ref>'''H Van Belle'''<br>R 24 571: A potent inhibitor of calmodulin-activated enzymes.<br>''Cell Calcium 2, 483-494'':1981</ref>など、さまざまな物質がカルモジュリン阻害剤として働くことが見出されている<ref><pubmed>17400264 </pubmed></ref><ref><pubmed>25536331 </pubmed></ref>。
 1974年にWeissらが、カルモジュリンにより活性化される脳のホスホジエステラーゼに対する[[フェノチアジン]]誘導体の阻害効果の作用機序およびキネティクスを報告し、[[カルモジュリン阻害剤]]であることを示した<ref>'''B Weiss, R. Fertel, R Figlin, and P Uzunov'''<br>Selective alteration of the activity of the multiple forms of adenosine 3', 5'-monophosphate phosphodiesterase of rat cerebrum<br>''Mol. Pharmacol. 10, 615-625'':1974</ref>(これに先立つ1968年、Hondaらはフェノチアジン誘導体の環状ヌクレオチドホスホジエステラーゼに対する阻害効果が脳由来の酵素と心臓由来の酵素で異なることを報告している<ref><pubmed>4298921</pubmed></ref>)。この後、[[W-7]]<ref><pubmed>6254958 </pubmed></ref>や[[カルミダゾリウム]]<ref>'''H Van Belle'''<br>R 24 571: A potent inhibitor of calmodulin-activated enzymes.<br>''Cell Calcium 2, 483-494'':1981</ref>など、さまざまな物質がカルモジュリン阻害剤として働くことが見出されている<ref><pubmed>17400264 </pubmed></ref><ref><pubmed>25536331 </pubmed></ref>。


==疾患と関連するカルモジュリンの変異==
==疾患と関連するカルモジュリンの変異==
 カルモジュリンの点突然変異が、[[カテコールアミン誘発性多形性心室性頻拍]]、[[QT延長症候群]]、特発性[[心室細動]]で見出されている(表3)。
 カルモジュリンの点突然変異が、[[カテコールアミン誘発性多形性心室性頻拍]]、[[QT延長症候群]]、特発性[[心室細動]]で見出されている('''表3''')。
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|+表3. 疾患と関連するカルモジュリンの変異
|+表3. 疾患と関連するカルモジュリンの変異

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