プロスタグランジン

2012年8月13日 (月) 10:46時点におけるTomoyukifuruyashiki (トーク | 投稿記録)による版

英:prostaglandin、英略語:PG、独:Prostaglandine、仏:Prostaglandine

プロスタグランジンは五員環構造を含む20個の炭素鎖からなる生理活性脂質である[1]。プロスタグランジンと構造の類似したトロンボキサンを併せてプロスタノイド(prostanoid)と称する。1930年にヒトの精液に含まれる子宮収縮物質として発見された。非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)の抗炎症作用、鎮痛作用、解熱作用は、主にプロスタノイドの合成阻害によると考えられている[2]。生体には五員環構造の側鎖や炭素鎖の二重結合の数の異なる多種のプロスタノイドが存在するが、これまでの研究では主にプロスタグランジンD2 (PGD2)、プロスタグランジンE2(PGE2)、プロスタグランジンF(PGF)、 プロスタサイクリン(プロスタグランジンI2、PGI2)、トロンボキサンA2(TXA2)の役割が解析されてきた。PGD2、PGE2、PGF、PGI2、TXA2はDP、EP、FP、IP、TPと呼ばれる特異的なG蛋白共役型受容体を介して、多様な生理機能、病態生理機能に関わる[3]。これらの機能には、循環器・消化器・骨の恒常性維持、卵巣や子宮といった生殖器の機能、局所炎症に伴う血管透過性亢進や疼痛惹起、細胞性免疫応答、睡眠、疾病時の発熱や内分泌応答、神経変性疾患や脳虚血に伴う神経細胞死、脳機能的充血、シナプス可塑性や記憶学習、心理ストレス下での情動制御などが含まれる。

プロスタグランジン生合成

炭素鎖内の二重結合を二つ有するPGD2、PGE2、PGF、PGI2、TXA2は、遊離アラキドン酸から生成される[2][3][4][5][6]。まず、酸素添加酵素であるシクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase; COX)により、アラキドン酸からプロスタグランジンG2(PGG2)、さらにプロスタグランジンH2(PGH2)が産生される。次いで特異的な合成酵素の働きにより、PGH2が各種PGに変換される。

一般にPG生成はphospholipase A2(PLA2)により細胞膜中のリン脂質からアラキドン酸が切り出されて開始すると考えられている[5][6]。例えば、マクロファージからのPG産生はcytosolic PLA2 (cPLA2)の遺伝子欠損によりほぼ完全に消失する。cPLA2の活性は細胞内Ca2+上昇によるcPLA2の膜移行、MAPキナーゼなどによるリン酸化、遺伝子発現制御といった複数のメカニズムにより制御されている。しかし近年、脳、肝臓、肺の遊離アラキドン酸とその下流で生成されるPGの多くが、モノアシルグリセロールリパーゼ(monoacylglycerol lipase; MAGL)依存的な内因性カナビノイド2-アラキドノイルグリセロール(2-arachidonyl-glycerol; 2-AG)の加水分解により生ずることが報告されている[7]

COXにはCOX-1とCOX-2と呼ばれる二つのアイソフォームが存在する[2][3][4][5][6]。一般に、COX-1は刺激による誘導性が乏しいことから構成型と呼ばれ、COX-2は刺激により遺伝子発現が誘導されることから誘導型と呼ばれるが、脳や腎臓ではCOX-1、COX-2のいずれも恒常的に発現している。生理的条件ではCOX-1はミクログリアや血管周囲マクロファージに[8]、COX-2は大脳皮質や海馬などの錐体神経細胞に発現している[9]。さらに炎症や神経変性疾患では、血管内皮細胞やグリア細胞にもCOX-2の発現が誘導される[10][11]。COXは非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)の主たる標的分子であり、NSAIDの抗炎症作用、鎮痛作用、解熱作用はPGの合成阻害活性によると考えられている[2]。 PGH2から各種PG合成を触媒する酵素群も多数同定されている[4][6]。PGH2からPGD2の合成にはPGD合成酵素(PGDS)が関与し、造血器型PGDS(hematopoietic PGDS; H-PGDS)とリポカリン型PGDS(lipocalin-type PGDS; L-PGDS)の二種類が存在する[12]。PGH2からPGE2の合成に関わるPGE合成酵素(PGES)には、cytosolic PGES(cPGES)、microsomal PGES-1(mPGES-1)、microsomal PGES-2(mPGES-2)の三つのアイソフォームが報告され、それぞれ異なる機能を有することが示されている[6]。COXとPGESの共役にはアイソフォーム特異性があることが知られ、cPGESはCOX-1と、mPGES-1はCOX-2と、mPGES-2はCOX-1とCOX-2の両方と共役しPGE2合成に関わるとされる。PGH2からPGFの合成にはPGF合成酵素(PGFS)が関与し、現在までaldo-keto reductase (AKR) 1C familyやAKR5A familyがPGFS活性を持つことが報告されている[13]。PGH2からPGI2やTXA2の合成にはシトクロームp450ファミリーに属するPGI合成酵素(PGIS)やTXA合成酵素(TXAS)が関与する[14]

プロスタグランジン受容体

PGD2、PGE2、PGF、PGI2、TXA2は、それぞれDP、EP、FP、IP、TPと呼ばれるG蛋白共役型受容体に結合して作用を発揮する[3]。DPにはDP1とDP2が、EPにはEP1、EP2、EP3、EP4が存在し、それぞれ異なる遺伝子によりコードされている。

これらPG受容体は組織、細胞レベルの発現分布や細胞内情報伝達が異なることで、特異的な機能を発揮すると考えられている[3]。DP2以外の八種の受容体はプロスタノイド受容体ファミリーを形成し、細胞内情報伝達とその作用からrelaxant receptor、contractile receptor、inhibitory receptorの三種に分類されている[3]。Relaxant receptorは主にGsを介してcAMP上昇を惹起し平滑筋の弛緩を誘導する受容体で、DP1、EP2、EP4、IPを含む。Contractile receptorは主に細胞内Ca2+上昇を惹起し平滑筋の収縮を誘導する受容体で、TP、FP、EP1を含む。Inhibitory receptorは主にGiを介するcAMP抑制により平滑筋の弛緩を抑制する受容体で、EP3を含む。但し、EP3にはマウスでは三種、ヒトでは四種のalternative splicingアイソフォームが存在し、ヒトTPにもαとβと呼ばれる二つのアイソフォームが存在する。これらのアイソフォームは異なる細胞内情報伝達に共役することが知られている。DP2は他の八種の受容体とは別のファミリーに属し、CRTH2やGPR44とも称される[15]。Giと共役してTh2細胞、好酸球、好塩基球の遊走を誘導することが知られている。

このように、プロスタグランジンの生合成や作用に関わる分子種は多岐にわたるが、PG生合成酵素群やPG受容体の遺伝子欠損マウスや特異的阻害薬に登場により、各種PGとその受容体の特異的な役割が解明されてきた。本稿では、脳機能と関連の深い機能に限って紹介する。

脳機能におけるプロスタグランジンの役割

疾病応答

発熱

HPA系活性化

摂食行動

覚醒睡眠

疼痛

ドパミン系と情動

シナプス可塑性と記憶学習

脳機能的充血

高血圧

神経細胞死

アルツハイマー病

筋萎縮性側索硬化症

精神疾患


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