「ミクログリア」の版間の差分

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<font size="+1">津田 誠、[http://researchmap.jp/read0105934 齊藤 秀俊]、山下 智大、松田 烈士</font><br>
<font size="+1">[http://yakkou.phar.kyushu-u.ac.jp/Member.html 津田 誠*]、[http://researchmap.jp/read0105934 齊藤 秀俊]、山下 智大、松田 烈士</font><br>
''九州大学大学院薬学研究院ライフイノベーション分野、薬理学分野''<br>
''九州大学大学院薬学研究院ライフイノベーション分野、薬理学分野''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年2月29日 原稿完成日:2016年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2016年2月29日 原稿完成日:2016年3月15日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/fujiomurakami 村上 富士夫](大阪大学 大学院生命機能研究科)<br>
 *corresponding author
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英語:microglia 独:microglial-Zelle 仏:microglie
英語:microglia 独:Microglial-Zelle 仏:microglie


同義語:マイクログリア、小膠細胞、Hortega細胞
同義語:マイクログリア、小膠細胞、Hortega細胞
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==歴史==
==歴史==
[[image:ミクログリア1.png|thumb|300px|'''図1. 成体マウスの大脳皮質で見られるミクログリア'''<br>IIba1抗体による免疫組織染色(著者原図)]]
 ミクログリアは1920年代に[[wikipedia:Pío del Río Hortega|Pio del Rio-Hortega]]によって[[中枢神経系]]における「第3のエレメント」として位置付けられ、「ミクログリア」と命名された。彼の一連の研究から、ミクログリアの発達初期に脳への浸潤し、その細胞は[[wikipedia:ja:アメボイド|アメボイド]]形態で[[wikipedia:ja:中胚葉|中胚葉]]由来であろうということ、成体脳では枝分かれした形態で一定間隔を保って分布し、病態ではアメボイド形態になり、移動、増殖、[[wikipedia:ja:貪食能|貪食能]]を有するという仮説が立てられた<ref name=ref1><pubmed>21527731</pubmed></ref>。これらは、現在までの多くの研究から明らかになったミクログリアの特徴や機能にマッチしており、非常に先駆的な研究といえる(彼はFather of Microgliaとも呼ばれている)。
 ミクログリアは1920年代に[[wikipedia:Pío del Río Hortega|Pio del Rio-Hortega]]によって[[中枢神経系]]における「第3のエレメント」として位置付けられ、「ミクログリア」と命名された。彼の一連の研究から、ミクログリアの発達初期に脳への浸潤し、その細胞は[[wikipedia:ja:アメボイド|アメボイド]]形態で[[wikipedia:ja:中胚葉|中胚葉]]由来であろうということ、成体脳では枝分かれした形態で一定間隔を保って分布し、病態ではアメボイド形態になり、移動、増殖、[[wikipedia:ja:貪食能|貪食能]]を有するという仮説が立てられた<ref name=ref1><pubmed>21527731</pubmed></ref>。これらは、現在までの多くの研究から明らかになったミクログリアの特徴や機能にマッチしており、非常に先駆的な研究といえる(彼はFather of Microgliaとも呼ばれている)。


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==突起伸長・細胞遊走==
==突起伸長・細胞遊走==
[[image:ミクログリア2.png|thumb|300px|'''図2. 損傷部位へ対するミクログリア突起伸長<br>(黄色:レーザー照射による損傷部位, 緑色:ミクログリア)'''<br>CX3CR1-EGFPマウスと2光子顕微鏡を用いて, レーザー照射による障害を与えた際の成体マウス大脳皮質のin vivoイメージングを行った。脳が損傷を受けるとミクログリアは直ちにそれを感知し, 損傷部位へと突起を伸ばす。(著者原図)]]
 2005年にNimmerjahnらとGanらの研究グループは[[2光子顕微鏡]]を用いたin vivoイメージングにより、生きたままのマウスの脳内ミクログリアを非侵襲的に観察することに成功し、従来静止状態とされてきたラミファイドミクログリアが常に突起を動かし伸縮を繰り返して活発に活動していることを発見した<ref name=ref28><pubmed>15831717</pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed>15895084</pubmed></ref>。固定組織標本からは認識されなかったこの発見はミクログリア研究のブレイクスルーとなり、ミクログリアの挙動とその生理的な役割に注目を集めることとなった。
 2005年にNimmerjahnらとGanらの研究グループは[[2光子顕微鏡]]を用いたin vivoイメージングにより、生きたままのマウスの脳内ミクログリアを非侵襲的に観察することに成功し、従来静止状態とされてきたラミファイドミクログリアが常に突起を動かし伸縮を繰り返して活発に活動していることを発見した<ref name=ref28><pubmed>15831717</pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed>15895084</pubmed></ref>。固定組織標本からは認識されなかったこの発見はミクログリア研究のブレイクスルーとなり、ミクログリアの挙動とその生理的な役割に注目を集めることとなった。


 ミクログリアの突起伸長や細胞遊走は化学誘引物質の濃度勾配に従う走化性によって起こる。ミクログリアの代表的[[走化性誘導因子]]としては[[ATP]]および[[ADP]]が知られており、[[初代培養]]ミクログリア細胞を用いた研究からP2Y12受容体を介したシグナルが重要な役割を担っていることが明らかにされている<ref name=ref30><pubmed>11245682</pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed>14603465</pubmed></ref>。加えて、[[P2X4受容体]]や[[アデノシン受容体]]A1や[[A3受容体]]も細胞遊走に関与する<ref name=ref32><pubmed>17299767</pubmed></ref> <ref name=ref33><pubmed>22335470</pubmed></ref>。その一方で、ミクログリアの突起の退縮には[[A2A受容体]]が関与することも報告されている<ref name=ref34><pubmed>19525944</pubmed></ref>。ATPやADP以外にも[[Aβ]]や[[ブラジキニン]]、[[グルタミン酸]]、補体[[C5a]]、[[CCL21]]、[[NGF]]、[[EGF]]といった多岐にわたる因子がミクログリア走化性誘導因子として報告されている<ref name=ref1 /> <ref name=ref35><pubmed>11316806</pubmed></ref> <ref name=ref36><pubmed>7563239</pubmed></ref> <ref name=ref37><pubmed>9283823</pubmed></ref>。
 ミクログリアの突起伸長や細胞遊走は化学誘引物質の濃度勾配に従う走化性によって起こる。ミクログリアの代表的[[走化性誘導因子]]としては[[ATP]]および[[ADP]]が知られており、[[初代培養]]ミクログリア細胞を用いた研究からP2Y12受容体を介したシグナルが重要な役割を担っていることが明らかにされている<ref name=ref30><pubmed>11245682</pubmed></ref> <ref name=ref31><pubmed>14603465</pubmed></ref>。加えて、[[P2X4受容体]]や[[アデノシン受容体]][[A1受容体|A1]]や[[A3受容体]]も細胞遊走に関与する<ref name=ref32><pubmed>17299767</pubmed></ref> <ref name=ref33><pubmed>22335470</pubmed></ref>。その一方で、ミクログリアの突起の退縮には[[A2A受容体]]が関与することも報告されている<ref name=ref34><pubmed>19525944</pubmed></ref>。ATPやADP以外にも[[Aβ]]や[[ブラジキニン]]、[[グルタミン酸]]、補体[[C5a]]、[[CCL21]]、[[NGF]]、[[EGF]]といった多岐にわたる因子がミクログリア走化性誘導因子として報告されている<ref name=ref1 /> <ref name=ref35><pubmed>11316806</pubmed></ref> <ref name=ref36><pubmed>7563239</pubmed></ref> <ref name=ref37><pubmed>9283823</pubmed></ref>。


==機能==
==機能==
[[image:ミクログリア3.png|thumb|300px|'''図3. ミクログリアの機能'''<br>(A) 神経障害時やストレス、細菌感染などによって活性化したミクログリアからは炎症性サイトカインやケモカインが放出され、炎症応答や神経変性を引き起こす。<br>(B) ミクログリアは突起をシナプス構造と接触させ、相互作用を行っている。<br>(C) 感染や局所的な損傷時に、ミクログリアは異常部位へと突起を伸ばし、活性化を伴って異常部位へ遊走する. その後、異物や死細胞を貪食し、除去する。]]
===液性因子産生放出===
===液性因子産生放出===
 ミクログリアは中枢神経系の機能に様々な影響を及ぼすが、この生理機能への調節機構の手段の一つとして液性因子の産生や放出が挙げられる。神経障害時や[[ストレス]]、細胞内感染などによって活性化したミクログリアからは[[腫瘍壊死因子]]([[TNF-α]])、[[IL-1β]]、[[IL-6]]などの炎症性サイトカインが放出され、[[神経変性]]や中枢神経系の炎症応答を引き起こす<ref name=ref38><pubmed>16169595</pubmed></ref>。それ故、ミクログリア由来の炎症性サイトカインにより中枢神経系の機能に何らかの支障が生じることで、[[多発性硬化症]]や[[アルツハイマー病]]などの中枢神経系疾患の悪化につながることが示唆されている。
 ミクログリアは中枢神経系の機能に様々な影響を及ぼすが、この生理機能への調節機構の手段の一つとして液性因子の産生や放出が挙げられる。神経障害時や[[ストレス]]、細胞内感染などによって活性化したミクログリアからは[[腫瘍壊死因子]]([[TNF-α]])、[[IL-1β]]、[[IL-6]]などの炎症性サイトカインが放出され、[[神経変性]]や中枢神経系の炎症応答を引き起こす<ref name=ref38><pubmed>16169595</pubmed></ref>。それ故、ミクログリア由来の炎症性サイトカインにより中枢神経系の機能に何らかの支障が生じることで、[[多発性硬化症]]や[[アルツハイマー病]]などの中枢神経系疾患の悪化につながることが示唆されている。
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 ミクログリアはその挙動からマクロファージに類似した細胞と認識されている。1900年代に[[wikipedia:F. Robertson|Robertson]]によって、神経細胞由来の崩壊物がミクログリアの細胞内に多数存在していることが見出されており、ミクログリアの貪食についての初めての観察とされている。ミクログリアは活性化型の形態の一つとして、通常は細く枝分かれした突起の退縮を引き起こし、アメボイド形態に変化する。このようなミクログリアは強い貪食作用を示し、死細胞やデブリ(障害を受けた細胞の破片など)を取り除く作用を持っている。ミクログリアが障害を受けた死細胞を取り除くことは、有害な細胞内因子の漏出を防いで脳内環境を保つ意味で重要なプロセスである。
 ミクログリアはその挙動からマクロファージに類似した細胞と認識されている。1900年代に[[wikipedia:F. Robertson|Robertson]]によって、神経細胞由来の崩壊物がミクログリアの細胞内に多数存在していることが見出されており、ミクログリアの貪食についての初めての観察とされている。ミクログリアは活性化型の形態の一つとして、通常は細く枝分かれした突起の退縮を引き起こし、アメボイド形態に変化する。このようなミクログリアは強い貪食作用を示し、死細胞やデブリ(障害を受けた細胞の破片など)を取り除く作用を持っている。ミクログリアが障害を受けた死細胞を取り除くことは、有害な細胞内因子の漏出を防いで脳内環境を保つ意味で重要なプロセスである。


 現在では、神経細胞の自己死の一つの形態に、ミクログリアが生きた神経細胞を貪食して組織中から取り除くといった現象も報告されている([[phagoptosis]])<ref name=ref59><pubmed>21402900</pubmed></ref> <ref name=ref60><pubmed>24646669</pubmed></ref>。これらミクログリアの貪食活性は死細胞に対してだけではなく、病原体や細胞からの分泌物や老廃物の除去という役割も持っており、ミクログリアの最も重要な機能の一つである。
 現在では、神経細胞の自己死の一つの形態に、ミクログリアが生きた神経細胞を貪食して組織中から取り除くといった現象も報告されている([[ファゴプトーシス]] [[phagoptosis]])<ref name=ref59><pubmed>21402900</pubmed></ref> <ref name=ref60><pubmed>24646669</pubmed></ref>。これらミクログリアの貪食活性は死細胞に対してだけではなく、病原体や細胞からの分泌物や老廃物の除去という役割も持っており、ミクログリアの最も重要な機能の一つである。


 また、不要物の除去はその後の脳組織の回復にも寄与すると考えられ、障害によって変性した[[軸索]]の再生の促進にも関与するとされる。
 また、不要物の除去はその後の脳組織の回復にも寄与すると考えられ、障害によって変性した[[軸索]]の再生の促進にも関与するとされる。
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==中枢神経疾患における役割==
==中枢神経疾患における役割==
[[image:ミクログリア4.png|thumb|300px|'''図4. 末梢神経損傷により引き起こされる脊髄ミクログリアの活性化'''<br>Iba1抗体で標識したミクログリア(著者原図)]]
===疼痛===
===疼痛===
 神経系のダメージや機能不全により[[神経障害性疼痛]]と総称される慢性的な[[痛み]]が発症する。その発症と維持メカニズムはわかっていないが、近年脊髄におけるミクログリアの役割が注目されている。同疼痛の[[モデル動物]]である人為的な末梢神経損傷モデルや神経障害を伴う病態モデル([[wikipedia:ja:糖尿病|糖尿病]]、[[wikipedia:ja:がん|がん]]、[[脊髄損傷]]、[[wikipedia:ja:帯状疱疹|帯状疱疹]]など)において、脊髄のミクログリアは肥大化し、突起の退縮が起こる。さらに、細胞マーカー[[CD11b]]やIba1の発現が増加し、損傷ニューロンで発現するCSF1によって[[細胞増殖]]が誘発され、細胞数が2~3倍に増加する<ref name=ref64><pubmed>15667933</pubmed></ref> <ref name=ref65><pubmed>26642091</pubmed></ref>。
 神経系のダメージや機能不全により[[神経障害性疼痛]]と総称される慢性的な[[痛み]]が発症する。その発症と維持メカニズムはわかっていないが、近年脊髄におけるミクログリアの役割が注目されている。同疼痛の[[モデル動物]]である人為的な末梢神経損傷モデルや神経障害を伴う病態モデル([[wikipedia:ja:糖尿病|糖尿病]]、[[wikipedia:ja:がん|がん]]、[[脊髄損傷]]、[[wikipedia:ja:帯状疱疹|帯状疱疹]]など)において、脊髄のミクログリアは肥大化し、突起の退縮が起こる。さらに、細胞マーカー[[CD11b]]やIba1の発現が増加し、損傷ニューロンで発現するCSF1によって[[細胞増殖]]が誘発され、細胞数が2~3倍に増加する<ref name=ref64><pubmed>15667933</pubmed></ref> <ref name=ref65><pubmed>26642091</pubmed></ref>。

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