「リアノジン受容体」の版間の差分

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 薬理学的な刺激により、脳における機能的RyRの存在、あるいはRyRを介するCa2+放出の存在を示した報告は、現在では多数存在する。しかし、生理的な刺激によるRyRの活性化を示した報告は、薬理学的刺激による報告に比べると遥かに少なく、さらに、シナプス可塑性や個体の行動の様な機能的役割と関連付けたものは限られたものになり、RyRの脳における機能的役割は、未だ解明の途上にあると言える。  
 薬理学的な刺激により、脳における機能的RyRの存在、あるいはRyRを介するCa2+放出の存在を示した報告は、現在では多数存在する。しかし、生理的な刺激によるRyRの活性化を示した報告は、薬理学的刺激による報告に比べると遥かに少なく、さらに、シナプス可塑性や個体の行動の様な機能的役割と関連付けたものは限られたものになり、RyRの脳における機能的役割は、未だ解明の途上にあると言える。  


 RyRの機能的役割解明を困難なものにしている主要な原因として、遺伝子欠損動物の致死性が挙げられる。上述の通り、哺乳類の脳の多くの領域では、複数のRyRサブタイプが重複して発現しているが、RyR1欠損マウス、RyR2欠損マウスはそれぞれ単独で、出生致死、胎生致死を示す。したがって、複数のRyRサブタイプ遺伝子の二重もしくは三重欠損マウスが成熟しないことは自明であり、全身レベルでの遺伝子欠損マウスを用いたアプローチによっては、脳におけるRyRの機能は困難である。しかし、RyR3欠損マウスは生後も生存・成熟するため、その解析結果の報告が存在する。また、脳型ジャンクトフィリン遺伝子欠損マウスも同様に出生後も生存・成熟可能であり、このマウスを用いた研究により、脳におけるRyRの機能的役割が明らかにされつつある。<br>7.1 RyR3欠損マウスの解析 RyR3欠損マウスは、RyR1欠損マウスが出生致死、RyR2マウスが胎生致死を示すのとは対照的に、出生後も生育し、成熟するため、成熟個体を用いた解析が行われてきた。これまでに、RyR3欠損マウスにおける自発運動活性の亢進、社会的接触行動の減少、恐怖条件付け反応の低下が、個体レベルでの機能への影響として報告されている。また、RyR3欠損マウスの海馬CA1領域において、穏やかな刺激で誘導されたLTPの維持が阻害されるとの報告がある一方で、同じく海馬領域におけるLTPの誘導閾値が低下するとの報告もある。<br>7.2 脳型ジャンクトフィリン欠損マウスの解析 ジャンクトフィリン (junctophilin; JP)は、筋細胞などの興奮性細胞における細胞膜と小胞体膜との隣接構造である「結合膜構造」に深く寄与する分子として同定された。哺乳類では異なる遺伝子に由来する4種のJPサブタイプが存在し、骨格筋特異的なJP1、筋細胞全般に分布するJP2、神経細胞特異的なJP3、JP4が同定されている。JPは分子量72-90 kDa程度のタンパク質で、C末端に小胞体膜貫通セグメントを有し、残りの部分は細胞質側に配向する。この細胞質側の領域にMORNモチーフと呼ばれる14アミノ酸残基よりなる相同配列が8回繰り返され、MORNモチーフとリン脂質との相互作用によりJPは細胞膜に直接結合すると考えられている。JP1欠損マウスは出生致死、JP2欠損マウスは胎生致死を示す一方で、JP3、JP4単独欠損マウスには顕著な異常は観察されず、またJP3とJP4の発現分布に重複が見られることから、両サブタイプ間の機能補完作用が推測される。JP3、JP4二重欠損(JP-DKO)マウスは、通常飼育条件下では離乳時期に衰弱し死亡するが、固形飼料でなくペースト状飼料で飼育すると、ほぼ正常に生育する。JP-DKO成熟個体では、海馬依存的な記憶学習試験における成績低下、小脳依存的な運動学習脳・運動協調の低下が見られる。さらに、これらの個体レベルでの異常に対応するかのように、海馬CA1シナプスにおける長期増強の阻害、小脳平行線維-プルキンエ細胞シナプスにおける長期抑圧の異常(長期抑圧誘導刺激による長期増強の誘導)が見られる。さらに、海馬CA1錐体細胞、プルキンエ細胞では、興奮後過分極(afterhyperpolarization、AHP)の阻害が見られるが、これはRyRを介して放出されるCa2+による小コンダクタンスCa2+依存性K+チャネル(SKチャネル)の活性化の阻害によるものであり、小脳プルキンエ細胞では、slow AHPの阻害によりLTDがLTP化することが示されている。したがって、海馬錐体細胞、小脳プルキンエ細胞などの中枢神経系細胞では、RyRはJPが媒介するSKチャネルとの機能的共役を介して細胞の興奮性、ひいては、シナプス可塑性、記憶学習機能に関与することが示された。<br>7.3 シナプス前終末における機能 海馬CA3領域の苔状線維軸索(シナプス前終末よりも軸索起始部寄りの部分)においては、電位依存性Ca2+チャネルによるCa2+シグナルがRyR1によるCICR機構を介して増幅されることにより、高頻度刺激に神経伝達物資の放出が増強されることが示されており、シナプス前終末における可塑性へのRyRの関与も示唆されている<br>7.4 一酸化窒素依存的Ca2+放出 脂質二重膜に発現させたRyR1の開口確率がNOの作用により上昇することは以前より知られていたが、この現象が生細胞で内因性のNOの作用により起こること、およびその機能的意義については長いこと不明であった。しかし、小脳平行線維-プルキンエ細胞シナプスにおけるNO依存的LTPがプルキンエ細胞内の細胞内Ca2+シグナルにも依存的であることが判明したことから、プルキンエ細胞内でのNOとCa2+との関連性について解明が進み、神経活動によって産生放出された内因性のNOがRyR1を活性化することでCa2+放出が誘導される現象、NO依存的Ca2+放出(NO-induced Ca2+ release; NICR)が発見された。このNICRはウサギRyR1における3635位のシステイン(マウスでは3636位に相当)がNOによりS-ニトロシル化されることで誘導されると推測されている。また、NO合成酵素の発現は平行線維では見られるがプルキンエ細胞では見られないことから、平行線維活動により産生放出されたNOがプルキンエ細胞内のRyR1を活性化すると考えられている。これまでに、NICRの小脳平行線維-プルキンエ細胞シナプスにおけるLTPへの関与、および、中大脳動脈の虚血再灌流による大脳皮質の神経細胞死への関与が示唆されている。
=== ノックアウトマウスの表現型 ===
 RyRの機能的役割解明を困難なものにしている主要な原因として、遺伝子欠損動物の致死性が挙げられる。上述の通り、哺乳類の脳の多くの領域では、複数のRyRサブタイプが重複して発現しているが、RyR1欠損マウス、RyR2欠損マウスはそれぞれ単独で、出生致死、胎生致死を示す。したがって、複数のRyRサブタイプ遺伝子の二重もしくは三重欠損マウスが成熟しないことは自明であり、全身レベルでの遺伝子欠損マウスを用いたアプローチによっては、脳におけるRyRの機能は困難である。しかし、RyR3欠損マウスは生後も生存・成熟するため、その解析結果の報告が存在する。
==== RyR1欠損マウス ====


ノックアウトマウスの表現型
: 横隔膜の骨格筋細胞の機能不全に起因すると考えられる呼吸不全により、生後全く動くことなく出生致死の表現型を示す。


RyR1欠損マウスは横隔膜の骨格筋細胞の機能不全に起因すると考えられる呼吸不全により、生後全く動くことなく出生致死の表現型を示す。
==== RyR2欠損マウス ====
: RyR2欠損マウスは、心拍動の開始直後の胎生10日ごろに心筋細胞の小胞体Ca2+過剰負荷により心不全となり死亡する。


RyR2:RyR2欠損マウスは、心拍動の開始直後の胎生10日ごろに心筋細胞の小胞体Ca2+過剰負荷により心不全となり死亡する。
==== RyR3欠損マウス ====
: RyR3欠損マウスはほぼ正常に発育し重篤な異常は認められないが、これまでに自発的運動活性の亢進、社会的接触行動の減少、恐怖条件付け反応の低下が報告され、その神経系での重要性が示唆されている。また、海馬CA1領域において、穏やかな刺激で誘導されたLTPの維持が阻害されるとの報告がある一方で、同じく海馬領域におけるLTPの誘導閾値が低下するとの報告もある。ただし、RyR3欠損マウスの軽度な中枢機能異常に関しては、重複して発現する他のサブタイプによる補完作用を考慮する必要がある。


RyR3:RyR3欠損マウスはほぼ正常に発育し重篤な異常は認められないが、これまでに自発的運動活性の亢進、社会的接触行動の減少、恐怖条件付け反応の低下、海馬CA1領域におけるシナプス長期増強(LTP)の低下などが報告され、その神経系での重要性が示唆されている。ただし、RyR3欠損マウスの軽度な中枢機能異常に関しては、重複して発現する他のサブタイプによる補完作用を考慮する必要がある。  <br>  
===シナプス前終末における機能===
 海馬CA3領域の苔状線維軸索(シナプス前終末よりも軸索起始部寄りの部分)においては、電位依存性Ca2+チャネルによるCa2+シグナルがRyR1によるCICR機構を介して増幅されることにより、高頻度刺激に神経伝達物資の放出が増強されることが示されており、シナプス前終末における可塑性へのRyRの関与も示唆されている。
 
=== 一酸化窒素依存的Ca<sup>2+</sup>放出 ===
 脂質二重膜に発現させたRyR1の開口確率がNOの作用により上昇することは以前より知られていたが、この現象が生細胞で内因性のNOの作用により起こること、およびその機能的意義については長いこと不明であった。しかし、小脳平行線維-プルキンエ細胞シナプスにおけるNO依存的LTPがプルキンエ細胞内の細胞内Ca2+シグナルにも依存的であることが判明したことから、プルキンエ細胞内でのNOとCa2+との関連性について解明が進み、神経活動によって産生放出された内因性のNOがRyR1を活性化することでCa2+放出が誘導される現象、NO依存的Ca2+放出(NO-induced Ca2+ release; NICR)が発見された。このNICRはウサギRyR1における3635位のシステイン(マウスでは3636位に相当)がNOによりS-ニトロシル化されることで誘導されると推測されている。また、NO合成酵素の発現は平行線維では見られるがプルキンエ細胞では見られないことから、平行線維活動により産生放出されたNOがプルキンエ細胞内のRyR1を活性化すると考えられている。これまでに、NICRの小脳平行線維-プルキンエ細胞シナプスにおけるLTPへの関与、および、中大脳動脈の虚血再灌流による大脳皮質の神経細胞死への関与が示唆されている。
 
(林 コメント:ジャンクトフィリンについては別項目?)
 
 また、脳型ジャンクトフィリン遺伝子欠損マウスも同様に出生後も生存・成熟可能であり、このマウスを用いた研究により、脳におけるRyRの機能的役割が明らかにされつつある。
 
脳型ジャンクトフィリン欠損マウスの解析 ジャンクトフィリン (junctophilin; JP)は、筋細胞などの興奮性細胞における細胞膜と小胞体膜との隣接構造である「結合膜構造」に深く寄与する分子として同定された。哺乳類では異なる遺伝子に由来する4種のJPサブタイプが存在し、骨格筋特異的なJP1、筋細胞全般に分布するJP2、神経細胞特異的なJP3、JP4が同定されている。JPは分子量72-90 kDa程度のタンパク質で、C末端に小胞体膜貫通セグメントを有し、残りの部分は細胞質側に配向する。この細胞質側の領域にMORNモチーフと呼ばれる14アミノ酸残基よりなる相同配列が8回繰り返され、MORNモチーフとリン脂質との相互作用によりJPは細胞膜に直接結合すると考えられている。JP1欠損マウスは出生致死、JP2欠損マウスは胎生致死を示す一方で、JP3、JP4単独欠損マウスには顕著な異常は観察されず、またJP3とJP4の発現分布に重複が見られることから、両サブタイプ間の機能補完作用が推測される。JP3、JP4二重欠損(JP-DKO)マウスは、通常飼育条件下では離乳時期に衰弱し死亡するが、固形飼料でなくペースト状飼料で飼育すると、ほぼ正常に生育する。JP-DKO成熟個体では、海馬依存的な記憶学習試験における成績低下、小脳依存的な運動学習脳・運動協調の低下が見られる。さらに、これらの個体レベルでの異常に対応するかのように、海馬CA1シナプスにおける長期増強の阻害、小脳平行線維-プルキンエ細胞シナプスにおける長期抑圧の異常(長期抑圧誘導刺激による長期増強の誘導)が見られる。さらに、海馬CA1錐体細胞、プルキンエ細胞では、興奮後過分極(afterhyperpolarization、AHP)の阻害が見られるが、これはRyRを介して放出されるCa2+による小コンダクタンスCa2+依存性K+チャネル(SKチャネル)の活性化の阻害によるものであり、小脳プルキンエ細胞では、slow AHPの阻害によりLTDがLTP化することが示されている。したがって、海馬錐体細胞、小脳プルキンエ細胞などの中枢神経系細胞では、RyRはJPが媒介するSKチャネルとの機能的共役を介して細胞の興奮性、ひいては、シナプス可塑性、記憶学習機能に関与することが示された。


== 疾患との関連<ref name="ref9" /><ref name="ref10" />  ==
== 疾患との関連<ref name="ref9" /><ref name="ref10" />  ==