両眼視野闘争

2012年3月20日 (火) 21:58時点におけるHiromasatakemura (トーク | 投稿記録)による版

英:binocular rivalry

両眼視野闘争とは、2つの目にそれぞれ異なる視覚図形が呈示された場合、どちらか一方の図形が知覚され、時間が過ぎるとともに知覚が切り替わる現象。両眼視野闘争は多義知覚の一種であり、今日では視覚入力に対する気づき(visual awareness)について研究する心理物理学的手法として良く用いられている。両眼視野闘争のデモはhttp://www.psy.vanderbilt.edu/faculty/blake/rivalry/BR.html を参照。

歴史的背景

両眼視野闘争研究の歴史

両眼視野闘争の歴史は古く、16世紀には既にルネサンス期イタリアの博学者であるジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ(Giambattista della Porta)によって両眼視野闘争に関する記述がなされている[1]。19世紀には、チャールズ・ホイートストンが両眼視野闘争に関する最初の体系的な実験心理学的研究を行った[2]。ホイートストンは、自身で発明したミラー式ステレオスコープを用いて、左目と右目にそれぞれ異なるアルファベットを呈示した際、どちらか片方のアルファベットが知覚されること、どちらのアルファベットが知覚されるかは時間が経つと入れ替わるといった両眼視野闘争の特性に関する記述を行った。このホイートストンの研究に触発されて、ドイツのヘルマン・フォン・ヘルムホルツ、 アメリカのウィリアム・ジェームズ、イギリスのチャールズ・シェリントンといった研究者らによって両眼視野闘争に関する研究が次々となされた[1][3]

日本における研究の歴史

日本においては、両眼視野闘争の研究が大正時代に始まった。1915年に、黒田源次が「色彩視野闘争の時間的研究」と題する論文を「京都医学雑誌」に発表している[4]。黒田は、両目にそれぞれ異なる色を持つ視覚図形を呈示し、知覚の切り替わりにかかる時間や、どの色が知覚にのぼりやすいかといった研究を行った[4]。また、「京都医学雑誌」の同号において、石川日出鶴丸が、「闘争中枢」というメカニズムを仮定した視野闘争に関する生理学的仮説を発表している[5]。我が国における古典的な両眼視野闘争に関する研究に関しては、柿崎(1963)を参照[6]

両眼視野闘争は、現在英語では通常binocular rivalryと呼ばれている。日本語では、黒田・石川の時代から「視野闘争」という訳語が伝統的に用いられており、今日では「両眼視野闘争」と呼ばれることが多い。

両眼視野闘争の主観的な特性

図1のような図形を、片方の目に赤色のフィルター、もう片方の目に緑色のフィルターをかけて観察すると、両眼視野闘争を体験することができる。図1の図形は赤い顔と、緑の家を透明にして重ねあわせた画像で、フィルターを通して見ると、この画像は、物理的には2つの目の網膜にそれぞれ投影される。しかし、私たちの意識にのぼるのは、2つの画像のうちどちらか一方である(両眼視野闘争のターゲットの図形が小さい場合はどちらかだけが知覚されるが、ある程度以上の大きさになると、2つの図形が混ざったものが意識にのぼることが多い [7])。どちらの画像が知覚されるかは、時間が経つとともに変化し、一方の画像が現れては消え、もう一方の画像が現れるというダイナミックな知覚の切り替わりが生じる。

両眼視野闘争やその他の両義図形と呼ばれる知覚においては、知覚の切り替わりが不規則なタイミングで生じ、いつ知覚が切り替わるのかについて正確に予測をすることはできない[3][8]。知覚の切り替わりにかかる時間のばらつきは、ガンマ分布と呼ばれる確率分布に従う[9][10][11]。また、どちらか一方の目に呈示される視覚刺激の強さを操作すると、他方の目に呈示している刺激の知覚される時間が変化する[3](例えばコントラスト・明度の高い刺激や動いている刺激はより長く知覚される[12][13][14][15])。

どのような視覚情報が「闘争」しているか?

両眼視野闘争という言葉が使われているにも関わらず、実は、一体「何が」闘争しているのか、というのは未だに明らかになっていない。左目からの入力と、右目からの入力は網膜から視床の一部である外側膝状体を通り、それらの情報は一次視覚皮質で初めて統合される。1980年代後半までは、両目からの入力が統合される所で、それぞれの目からの情報がお互いを抑えつけている、という眼間闘争(eye-based rivalry)という仮説が一般的であった[16]

しかし、90年代以降、闘争は2つの視覚刺激の脳内表現同士の間で起こっているとする刺激間闘争(stimulus rivalry)という考えが台頭してきた。Logothetis らは、闘争する刺激同士を、左目と右目の間で素早く入れ替えたとしても(1秒間に3回の割合)、意識の上では2つの刺激が数秒毎に入れ替わることを報告した(スワップ闘争, swap rivalry;図2)。これは目のレベルだけで闘争が起きているとすると説明ができない[17]。また、関連した現象として、両眼間のグルーピングというものがある。両眼視野闘争用の刺激が大きい場合は、両目からの入力が混ざって知覚されることが多いが、その混ざり具合はランダムでなく、高次の視覚領域で処理されるような刺激の意味などの情報が反映される。例えば、Kovácsらは、2つの視覚イメージを分解して混ぜ合わせたパターンを左目、右目にそれぞれ分けて呈示した。結果、左目、右目にそれぞれ呈示された視覚刺激の間で知覚交代が起こるのでなく、分解される前の2種類の視覚イメージの間で知覚交代が起こることをしめした[18]。スワップ闘争や、両眼間のグルーピングなどの結果は、両眼視野闘争においては眼間のレベルだけで闘争が起こっているのでなく、両眼間の情報が融合された視覚刺激の表象の間のレベルでも闘争が起こっていることを示唆する。

もし闘争が眼間でなく、視覚刺激の表象間で起こっているのであれば、「両眼視野闘争」と言う学術用語は適切な表現ではないが、今のところ、「何」が闘争しているのかについては、未だにはっきりとした答えはない。現在は、闘争は階層的な視覚処理の中の様々な段階で起こっており、低次の神経メカニズムに基づく眼間闘争と高次のメカニズムに基づく刺激間闘争のどちらの特徴が現れるかは、闘争を起こすときの刺激条件による、という仮説が主流になっている[16][19][20][21][22]

フラッシュ抑制

フラッシュ抑制

先述した通り、両眼視野闘争において知覚が切り替わるタイミングはランダムであり、実験者はそのタイミングを予測できない。しかし、フラッシュ抑制(flash suppression)という、両眼視野闘争に関連すると考えられている現象では、知覚交代のタイミングがある程度コントロールできる。フラッシュ抑制とは、片目に図形を突然呈示すると、もう片方の目にそれまで呈示されていた図形の知覚が抑制される現象である。例えば、左目に建物の画像、右目にブランクのスクリーンを最初に呈示した後に、ある時点で右目に顔の画像を呈示すると、顔の画像の知覚が優位となり、建物の画像に対する知覚は抑制される(図3)。フラッシュ抑制の場合、通常の両眼視野闘争と異なり、知覚交代のタイミングを統制できるため、今日では単一ニューロン記録などの研究に広く用いられている[23]

近年注目されるようになったフラッシュ抑制だが、現象自体は古くから報告されていた。フラッシュ抑制は1901年にWilliam McDougallによって発見され[24]、1964年にはRobert Lansingにより再発見された[25]。日本においても、1950年に柿崎祐一が「視野闘争に及ぼす先行条件の効果」としてフラッシュ抑制と同一の現象を報告した[26]。1980年代には、Jeremy Wolfeによって体系的な研究がなされた[27]

連続フラッシュ抑制

フラッシュ抑制は知覚交代のタイミングをコントロールする手法として有効だが、抑制される刺激が事前に被験者に提示されていないと効果を発揮できないため、意識にのぼらない脳内視覚処理の研究には向いていない。この欠点を克服し、ある刺激を長時間、意識にのぼらないように被験者に提示できるようにした手法が連続フラッシュ抑制(continuous flash suppression;図4)である。連続フラッシュ抑制では、たくさんのカラフルな長方形からなるランダムな図形(オランダの画家ピエット・モンドリアン(Piet Mondriaan)の絵にも似ているためモンドリアン図形とも呼ばれる)が、0.1秒ごとに違う図形に変化する動画を片目に呈示することで、もう片方の目に呈示される刺激に対する知覚が長時間抑制される現象である。両眼視野闘争では数秒で知覚が交代するのに対し、連続フラッシュ抑制を用いると、1分あるいはそれ以上の時間、片目の知覚が抑制され続ける[28]。連続フラッシュ抑制は、2005年にカリフォルニア工科大学(当時)の土谷尚嗣クリストフ・コッホによって初めて報告され[28]、今日では視覚刺激に対する気づきをコントロールする手法として幅広く用いられている[29][30]

両眼視野闘争と立体視

両眼視野闘争と立体視はどのような関係にあるのだろうか?右目と左目は離れているために、網膜にうつる世界の像は左目と右目で「微妙に」異なる。この違いは、奥行きの知覚を成立させる一つの手がかりになっている(「立体視」の項目を参照)。立体視では2つのイメージの違いが統合されて奥行き知覚に貢献する一方で、両眼視野闘争では2つの異なるイメージのどちらかだけが意識にのぼる。このように考えると、両者は矛盾する現象のように思えるが、同時に経験されることもある。立体視と視野闘争の関係は、両目からの情報が「微妙に」違う時は立体視、「非常に異なる」時は視野闘争、というような単純な関係ではない。

両眼視野闘争と立体視はさまざまなケースで同時に成立する[31][32][33]。例えば、右目と左目にうつる2つの物体の「形と位置」が微妙にずれているために奥行きが感じられる一方で、両目にうつる「色」が十分に異なるために色の闘争が起こる、というような刺激条件を設定できる。また、両者の間には、コントラストや両眼の視覚入力の類似度などに依存して、両眼視野闘争が優位となり両眼立体視が抑制されるなどの干渉効果もある[34][35]

両眼視野闘争と意識研究

両眼視野闘争では、大脳以降での視覚処理システムへの入力が一定であるにもかかわらず、意識にのぼる刺激が交代する。この状況を用いて、時々刻々と変化する被験者による意識経験の報告にぴったりと相関するような神経活動(the Neuronal Correlates of Consciousness, NCC)を見つけよう、というのが今日での有力な意識の神経メカニズムを探る手法の一つである(「意識」の項目参照)。NCCの研究には、両眼視野闘争、フラッシュ抑制、連続フラッシュ抑制の他にも、逆行マスキング(backward masking)や運動誘発盲(motion-induced blindness)、順応誘発盲(adaptation-induced blindness)[36]などが用いられている [37]

両眼視野闘争などによる無意識の研究

両眼視野闘争などは、無意識の視覚処理の研究にも使われている。例えば、ある一定の光(太陽など)を数秒以上見つめ続けたあとに白い壁などに目を向けると、その刺激の残像(afterimage)が見える。連続フラッシュ抑制を用いて、残像をつくり出す刺激を一切意識にのぼらせなくても残像は生じる。これは、網膜のレベルで残像が生じており、網膜レベルのプロセスが意識の内容には関係がないからである。ただし、残像を誘発する刺激がフラッシュ抑制等によって意識的に知覚されなかった場合は、その強度が弱まる[28][38]。このような研究は他の残効(aftereffect)に関しても行われている[39]。網膜で生じる残像とは異なり、顔残効などの高次の視覚処理メカニズムが重要だと考えられているような残効[40]では、残効を及ぼす顔が意識的に知覚されない場合には消失する[41][42]。このほかにも、運動による位置ずれ[43]、運動残効[44]、傾き残効[45]、誘導運動[46]Craik-O’Brien-Cornsweet錯視[47]などといった錯視現象と意識的知覚の関連が調べられている。

注意による両眼視野闘争のコントロール

「注意」が両眼視野闘争においてどのような役割を果たしているかを理解することは、前章で触れた両眼視野闘争の研究からどこまで意識のメカニズムに迫れるかを考える上で重要である。

両眼視野闘争における知覚交代は、トップダウンの意図や注意などによってある程度制御できる。古くはヘルムホルツが、注意によって知覚交代をバイアスさせることができるという観察結果を残しており[48]、日本においても柿崎(1948, 1963)が被験者に「一方の刺激を出現せしめようと努力し、出現したならばできるだけこれを持続しようとする態度」を取るよう教示したところ、教示した側の刺激の出現回数が多くなり、知覚時間も長くなるという結果を報告している[6][49]。注意や意図によって、ある一定の時間内での知覚交代のスピードを早めたり遅めたりすることは可能だが、知覚交代を完全にストップさせたり、自由自在に近く交代を起こすことができるかどうかについては、未だにわかっていない[50][51]

両眼視野闘争を使った意識の研究:NCC

両眼視野闘争を使った神経基盤に関する研究は、主にサルを対象とした単一ニューロン記録研究と、ヒトを対象とした脳機能イメージング(機能的磁気共鳴画像法(fMRI))研究を中心に近年大きな発展をとげた。

サルを対象とした単一ニューロン記録の研究では、一次視覚野などの低次視覚野では両眼視野闘争時の知覚交代に関連した活動を示すニューロンが少なく(20%程度)、下側頭連合皮質(Inferior temporal cortex; IT)などの高次の視覚領野では多い(90%程度)[52][53]。一方で、fMRIで得られる血液酸素処理レベル依存性信号(Blood oxygenation level dependent (BOLD) signal)によって間接的にヒト脳の神経活動を測った一連の研究によると、一次視覚野や[54][55]さらに初期の外側膝状体(Lateral geniculate nucleus; LGN)における神経活動も視野闘争中に変化する意識の中身と相関している[56]

単一ニューロン記録とfMRIで、両眼視野闘争中に意識の中身と相関する神経活動が異なる理由には様々な可能性があり、現在でも研究が続いている。一つの可能性として、計測手法の違いが挙げられる。Maierらは、同一の刺激条件を用い、サルを対象とした両眼視野闘争知覚時の単一ニューロン活動、局所細胞外電位(Local field potential; LFP)、BOLD信号の比較を行った[57]。彼らは、一次視覚野での単一ニューロン記録では、大半のニューロンは知覚交代が生じても発火率を変化させないが、LFPとBOLD信号においては一次視覚野においても知覚交代によって活動が変化することを示した。

意識に相関する神経活動と注意に相関する神経活動

両眼視野闘争中に、意識の中身が顔や建物の間で交代する時には、注意が向く対象もそれに伴って交代する。そのため、両眼視野闘争を意識研究のツールとして使い神経活動を計測した場合、意識の中身に相関するような神経活動は、同時に、注意が向けられている視覚処理とも相関することになる。ここで問題なのは、注意と意識の神経基盤は密接に関係があるものの、両者は異なるメカニズムによって支えられている可能性があることである。注意と意識の関係性は一つの大きなトピックであり、現在も議論が続いている([29][58] Frontiers in Consciousness Research のリサーチトピック http://www.frontiersin.org/consciousness_research/researchtopics/Attention_and_consciousness_in/357 も参照)。

2011年に、過去のfMRI実験で示されたV1における意識に相関する神経活動は、実は注意に相関する神経活動であるという報告がなされた[59] 。両眼視野闘争に関わる神経活動にどの程度注意の影響が及んでいるのかは今後慎重に解明されるべき課題である。

まとめ・今後の展望

両眼視野闘争は、視覚システムへの入力が一定であるにもかかわらず、意識にのぼる刺激がランダムに切り替わる。実験状況がシンプルであるために、古くから哲学者から医学者、一般人まで広く興味を引きつけ、多くの心理学者や神経科学者がさまざまな研究を行なってきた。しかし、本稿でも触れたように、両眼視野闘争については未解明の部分がまだ多く、その時間空間的特性、「何」が闘争しているのか、注意や意識との関連性、神経基盤については現在も世界中で研究が行われている。広範な文献を総括した専門書や、最新の知見が得られるウェブサイトを下記に挙げたので、興味のある読者は参考にされたい。

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Frontiers in Human Neuroscience “Binocular rivalry: a gateway to consciousness” (Research topic) http://www.frontiersin.org/Human%20Neuroscience/researchtopics/binocular_rivalry_a_gateway_to/215

関連項目

一次視覚野

外側膝状体

機能的磁気共鳴画像法(fMRI)

意識

立体視

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(執筆者:竹村浩昌、土谷尚嗣、担当編集委員:藤田一郎)