「内部モデル」の版間の差分

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英: internal model
英: internal model 独: interne Modelle 仏: modèle interne


外部世界の仕組みを脳の内部で模倣・シミュレーションする神経機構である.ヒトや動物は,複雑な筋骨格系で構成される身体を,速く正確に制御できる.これは,脳の内部に,運動司令と身体の動きの関係を定量的に対応づけるモデル(信号変換器)が存在し,運動を実行する前に結果を予測したり,望ましい運動結果を実現するために必要な運動司令を予測することを可能にしているからと考えられている.このようなモデルは,身体の延長として機能する物体や道具の入出力特性も反映する.また,言語や思考などさまざまな認知機能に関与する可能性も指摘されている.
外部世界の仕組みを脳の内部で模倣・シミュレーションする神経機構である.ヒトや動物は,複雑な筋骨格系で構成される身体を,速く正確に制御できる.これは,脳の内部に,運動司令と身体の動きの関係を定量的に対応づけるモデル(信号変換器)が存在し,運動を実行する前に結果を予測したり,望ましい運動結果を実現するために必要な運動司令を予測することを可能にしているからと考えられている.このようなモデルは,身体の延長として機能する物体や道具の入出力特性も反映する.また,言語や思考などさまざまな認知機能に関与する可能性も指摘されている.
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視覚など感覚情報における変化が,自分の運動によるものか,他者や他の物の運動によるものかを区別することは,外界の恒常性を保ち,外敵から身を守るために重要である.順モデルは自分の運動による感覚フィードバックを予測するので,感覚入力から順モデルの予測を差し引けば,外界の変化を正確に知ることできる.自分で自分をくすぐってもくすぐったくないのは,くすぐるための運動司令の遠心性コピーから,くすぐられる感覚を予測し,引き算しているためと考えられている<ref><pubmed>10943682</pubmed></ref>.統合失調症の陽性症状で見られる幻聴は,このような予測や引き算のメカニズムに障害があり,自分自身の「つぶやき」や内語を自己に帰属できないために,他人の声のように感じられるという可能性が指摘されている<ref><pubmed>12039604</pubmed></ref>.脳の定量的な予測システムに関する研究は,運動制御から知覚・認知へと波及している.「内部モデル」は,学習によって獲得された予測メカニズムを示す言葉として広く使われつつあるが,分野や研究者によってだいぶ意味が異なることもある.どのような情報から(入力),どのような情報を予測(出力)する神経機構を想定しているのか,始めに示してから話を展開することが重要と思われる.
視覚など感覚情報における変化が,自分の運動によるものか,他者や他の物の運動によるものかを区別することは,外界の恒常性を保ち,外敵から身を守るために重要である.順モデルは自分の運動による感覚フィードバックを予測するので,感覚入力から順モデルの予測を差し引けば,外界の変化を正確に知ることできる.自分で自分をくすぐってもくすぐったくないのは,くすぐるための運動司令の遠心性コピーから,くすぐられる感覚を予測し,引き算しているためと考えられている<ref><pubmed>10943682</pubmed></ref>.統合失調症の陽性症状で見られる幻聴は,このような予測や引き算のメカニズムに障害があり,自分自身の「つぶやき」や内語を自己に帰属できないために,他人の声のように感じられるという可能性が指摘されている<ref><pubmed>12039604</pubmed></ref>.脳の定量的な予測システムに関する研究は,運動制御から知覚・認知へと波及している.「内部モデル」は,学習によって獲得された予測メカニズムを示す言葉として広く使われつつあるが,分野や研究者によってだいぶ意味が異なることもある.どのような情報から(入力),どのような情報を予測(出力)する神経機構を想定しているのか,始めに示してから話を展開することが重要と思われる.


==関連項目==
*[[運動学習・運動記憶]]
*[[手続き記憶]]
*[[遠心性コピー]]
*[[道具使用]]
*[[計算論的神経科学]]
==参考文献==
<references/>
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(執筆者:今水 寛,担当編集委員:入來篤史)
(執筆者:今水 寛,担当編集委員:入來篤史)
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