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<font size="+1">[http://researchmap.jp/80292788 伊原 さよ子]、[https://researchmap.jp/touhara 東原 和成]</font><br>
<font size="+1">[http://researchmap.jp/80292788 伊原 さよ子]、[https://researchmap.jp/touhara 東原 和成]</font><br>
''東京大学大学院 農学生命科学研究科''<br>
''東京大学大学院 農学生命科学研究科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2023年11月10日 原稿完成日:2023年X月XX日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2023年11月10日 原稿完成日:2023年11月21日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之](神戸大学大学院医学研究科・医学部 薬理学分野)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/read0192882 古屋敷 智之](神戸大学大学院医学研究科・医学部 薬理学分野)<br>
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 生物は外界からの様々な刺激を感知し、適切に応答することで生存を維持している。様々な感覚のうち、[[嗅覚]]は[[化学物質]]を媒体として外界の情報を感知するシステムであり、食物や配偶者の探索、敵からの逃避、といった生存に必須な行動に重要な役割を果たす。極めて多様なシグナルを感度良く識別できるのが嗅覚システムの特徴であり、嗅覚受容体はその識別の出発点としての役目を果たす。
 生物は外界からの様々な刺激を感知し、適切に応答することで生存を維持している。様々な感覚のうち、[[嗅覚]]は[[化学物質]]を媒体として外界の情報を感知するシステムであり、食物や配偶者の探索、敵からの逃避、といった生存に必須な行動に重要な役割を果たす。極めて多様なシグナルを感度良く識別できるのが嗅覚システムの特徴であり、嗅覚受容体はその識別の出発点としての役目を果たす。


 日本語ではいずれも嗅覚受容体であるが、英語でolfactory receptorは、広義に嗅覚組織に発現している嗅覚受容体全般を指す一方、odorant receptorは狭義に揮発性匂い物質の受容体を指す。脊椎動物では通常olfactory receptorが用いられるが、昆虫では嗅覚受容体ファミリー名がodorant receptorと定められている。また、[[げっ歯類]]において、嗅覚受容体は広義に、[[鋤鼻器]]官に発現する”[[フェロモン受容体]]”も含める場合もあるが、本項目では含めない。[[フェロモン受容体]]の項目を参照。
 「嗅覚受容体」を指す言葉として、英語ではolfactory receptor、または、odorant receptorが用いられる。Olfactory receptorは、広義に嗅覚組織に発現している嗅覚受容体全般を指す一方、odorant receptorは狭義に揮発性匂い物質の受容体を指す。脊椎動物では通常olfactory receptorが用いられるが、昆虫では嗅覚受容体ファミリー名がodorant receptorと定められている。また、[[げっ歯類]]において、嗅覚受容体は広義に、[[鋤鼻器]]官に発現する”[[フェロモン受容体]]”も含める場合もあるが、本項目では含めない。[[フェロモン受容体]]の項目を参照。


== 脊椎動物 ==
== 脊椎動物 ==
=== 発見、歴史的経緯など ===
=== 発見、歴史的経緯など ===
 我々が匂いを感知する仕組みについては、古くから複数の学説が唱えられていたが、そのうちのひとつが、[[wj:ジョン・アムーア|Amoore]]による[[立体化学説]]であった。匂い分子の化学構造、形とサイズが[[鼻腔上皮]]の受容部位の構造に適合すると匂いが感知されるとの説である<ref name=Amoore1963><pubmed>14012641</pubmed></ref>。この学説で概念に過ぎなかった”[[受容体]]”の存在は、1991年、[[wj:リンダ・バック|Buck]]と[[wj:リチャード・アクセル|Axel]]による、[[ラット]]嗅覚受容体(遺伝子ファミリーの歴史的な発見により明らかとなった<ref name=Buck1991><pubmed>1840504</pubmed></ref>。
 我々が匂いを感知する仕組みについては、古くから複数の学説が唱えられていたが、そのうちのひとつが、[[wj:ジョン・アムーア|Amoore]]による[[立体化学説]]であった。匂い分子の化学構造、形とサイズが[[鼻腔上皮]]の受容部位の構造に適合すると匂いが感知されるとの説である<ref name=Amoore1963><pubmed>14012641</pubmed></ref>。この学説で概念に過ぎなかった”[[受容体]]”の存在は、1991年、[[wj:リンダ・バック|Buck]]と[[wj:リチャード・アクセル|Axel]]による、[[ラット]]嗅覚受容体遺伝子ファミリーの歴史的な発見により明らかとなった<ref name=Buck1991><pubmed>1840504</pubmed></ref>。


 その後、嗅覚受容体遺伝子によりコードされるタンパク質が匂い物質に応答し、[[嗅神経細胞]]の活性化をもたらすことが実証された<ref name=Touhara1999><pubmed>10097159</pubmed></ref><ref name=Zhao1998><pubmed>9422698</pubmed></ref>。嗅覚受容体遺伝子は脊椎動物全般において、最大の遺伝子ファミリーとして存在し、多重遺伝子ファミリーを形成するが、その数は生物種により大きく異なり、例えば[[マウス]]では約1100、[[ヒト]]では約400存在する<ref name=Niimura2014><pubmed>25053675</pubmed></ref>。嗅覚受容体遺伝子ファミリーは他の遺伝子ファミリーに比べると[[偽遺伝子]]の割合が高く、進化の過程での重複、欠失が多いことも特徴である。さらに、ヒト個人間においても数多くの[[遺伝子多型]]が存在し、特定の匂いへの知覚感度に影響する例も報告されている <ref name=Markt2022><pubmed> 35113854 </pubmed></ref><ref name=Niimura2020>'''Niimura Y, Ihara S, Touhara K (2020).'''<br>3.25 - Mammalian Olfactory and Vomeronasal Receptor Families. In The Senses: A Comprehensive Reference (Second Edition). Edited by Fritzsch B: Elsevier; pp 516-535.</ref><ref name=Sato-Akuhara2023><pubmed> 36625229 </pubmed></ref><ref name=Trimmer2019><pubmed> 31040214 </pubmed></ref>。
 その後、嗅覚受容体遺伝子によりコードされるタンパク質が匂い物質に応答し、[[嗅神経細胞]]の活性化をもたらすことが実証された<ref name=Touhara1999><pubmed>10097159</pubmed></ref><ref name=Zhao1998><pubmed>9422698</pubmed></ref>。嗅覚受容体遺伝子は脊椎動物全般において、最大の遺伝子ファミリーとして存在し、多重遺伝子ファミリーを形成するが、その数は生物種により大きく異なり、例えば[[マウス]]では約1100、[[ヒト]]では約400存在する<ref name=Niimura2014><pubmed>25053675</pubmed></ref>。嗅覚受容体遺伝子ファミリーは他の遺伝子ファミリーに比べると[[偽遺伝子]]の割合が高く、進化の過程での重複、欠失が多いことも特徴である。さらに、ヒト個人間においても数多くの[[遺伝子多型]]が存在し、特定の匂いへの知覚感度に影響する例も報告されている <ref name=Markt2022><pubmed> 35113854 </pubmed></ref><ref name=Niimura2020>'''Niimura Y, Ihara S, Touhara K (2020).'''<br>3.25 - Mammalian Olfactory and Vomeronasal Receptor Families. In The Senses: A Comprehensive Reference (Second Edition). Edited by Fritzsch B: Elsevier; pp 516-535.</ref><ref name=Sato-Akuhara2023><pubmed> 36625229 </pubmed></ref><ref name=Trimmer2019><pubmed> 31040214 </pubmed></ref>。


 嗅覚受容体に加え、2006年、[[嗅上皮]]で発現する[[微量アミン関連受容体]] ([[trace amine-associated receptor]], [[TAAR]])ファミリーも嗅覚受容体として機能することが報告された<ref name=Liberles2006><pubmed>16878137</pubmed></ref>。その後、げっ歯類嗅上皮で発現する[[グアニル酸シクラーゼ D]] ([[guanylyl cyclase D]], [[GCD]]) が呼気中の[[CO2|CO<sub>2</sub>]]、[[CS2|CS<sub>2</sub>]]の受容体としてはたらくことが示された<ref name=Hu2007><pubmed>17702944</pubmed></ref><ref name=Munger2010><pubmed>20637621</pubmed></ref>。
 前述の嗅覚受容体ファミリーに加え、2006年、[[嗅上皮]]で発現する[[微量アミン関連受容体]] ([[trace amine-associated receptor]], [[TAAR]])ファミリーも嗅覚受容体として機能することが報告された<ref name=Liberles2006><pubmed>16878137</pubmed></ref>。その後、げっ歯類嗅上皮で発現する[[グアニル酸シクラーゼ D]] ([[guanylyl cyclase D]], [[GCD]]) が呼気中の[[CO2|CO<sub>2</sub>]]、[[CS2|CS<sub>2</sub>]]の受容体としてはたらくことが示された<ref name=Hu2007><pubmed>17702944</pubmed></ref><ref name=Munger2010><pubmed>20637621</pubmed></ref>。


 さらに2016年、嗅上皮のくぼみに存在する嗅神経細胞に発現する嗅覚受容体として、[[membrane-spanning 4A receptor]] ([[MS4A]])が発見されている<ref name=Greer2016><pubmed>27238024</pubmed></ref>。
 さらに2016年、嗅上皮のくぼみに存在する嗅神経細胞に発現する嗅覚受容体として、[[membrane-spanning 4A receptor]] ([[MS4A]])が発見されている<ref name=Greer2016><pubmed>27238024</pubmed></ref>。
[[ファイル:Touhara Olfactory Receptor Fig1.png|サムネイル|350px|'''図1. 脊椎動物の嗅覚受容体''']]
[[ファイル:Touhara Olfactory Receptor Fig1.png|サムネイル|350px|'''図1. 脊椎動物の嗅覚受容体'''<br>OR: 嗅覚受容体、TAAR: 微量アミン関連受容体、GC-D: グアニル酸シクラーゼD、MS4A: Membrane-spanning 4A receptor]]
=== 構造 ===
=== 構造 ===
 嗅覚受容体は[[Gタンパク質共役型受容体]]ファミリーのうち、[[ロドプシン]]ファミリーとよばれるサブファミリーに属し、ヘリックス構造から成る7回膜貫通構造を有する('''図1''')。全てのGタンパク質共役型受容体に共通な配列の他、3番目の膜貫通領域細胞質側のMAYDRYVAICモチーフをはじめ、嗅覚受容体を特徴づける複数の配列をもつ。
 嗅覚受容体は[[Gタンパク質共役型受容体]]ファミリーのうち、[[ロドプシン]]ファミリーとよばれるサブファミリーに属し、ヘリックス構造から成る7回膜貫通構造を有する('''図1''')。全てのGタンパク質共役型受容体に共通な配列の他、3番目の膜貫通領域細胞質側のMAYDRYVAICモチーフをはじめ、嗅覚受容体を特徴づける複数の配列をもつ。
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 嗅覚受容体は、匂い物質がもつ化学情報を電気信号に変換し、神経細胞の興奮をもたらし、脳に伝達する役目をもつ。
 嗅覚受容体は、匂い物質がもつ化学情報を電気信号に変換し、神経細胞の興奮をもたらし、脳に伝達する役目をもつ。


 リガンドである匂い分子が結合すると、受容体と共役している[[3量体Gタンパク質]]の[[αサブユニット]]、[[Gαolf|Gα<sub>olf</sub>]]が[[Gβ|β]]、[[Gγ|γ]]サブユットと解離し、[[GDP]]型から[[GTP]]型への変換を受け、活性化される。活性化Gα<sub>olf</sub>が[[アデニル酸シクラーゼ]]の活性化を引き起こし、細胞内cAMP濃度の上昇をもたらすと[[環状ヌクレオチド作動性チャネル]]([[cyclic nucleotide-gated channel]], [[CNG]])が開口し、Na<sup>+</sup>イオン、[[カルシウム|Ca<sup>2+</sup>イオン]]の流入による[[細胞膜]]の[[脱分極]]がおきる。細胞内Ca<sup>2+</sup>イオン濃度の上昇は、Ca<sup>2+</sup>作動性Cl<sup>-</sup>チャネル, transmembrane protein16B (TMEM16B, 別名 anoctamin 2, calcium-activated chloride channel, ANO2)の活性化をもたらし、[[塩化物イオン|Cl<sup>-</sup>イオン]]が細胞外へ流出することでより大きな脱分極が起きる。これにより、神経細胞の[[活動電位]]が生じる。シグナルを終結させる機構として、CNGのcAMPによるチャネルの開口がCa<sup>2+</sup>濃度依存的な[[フィードバック制御]]をうけること、細胞内濃度が上昇したCa<sup>2+</sup>は、Na+/Ca<sup>2+</sup>交換体である[[Na+/Ca2+-exchanger isoform 4|Na<sup>+</sup>/Ca<sup>2+</sup>-exchanger isoform 4]] (NCKX4)によって細胞外へ排出されることが明らかになっている。
 リガンドである匂い分子が結合すると、受容体と共役している[[3量体Gタンパク質]]の[[αサブユニット]]、[[Gαolf|Gα<sub>olf</sub>]]が[[Gβ|β]]、[[Gγ|γ]]サブユットと解離し、[[GDP]]型から[[GTP]]型への変換を受け、活性化される。活性化Gα<sub>olf</sub>が[[アデニル酸シクラーゼ]]の活性化を引き起こし、細胞内cAMP濃度の上昇をもたらすと[[環状ヌクレオチド作動性チャネル]]([[cyclic nucleotide-gated channel]], [[CNG]])が開口し、Na<sup>+</sup>イオン、[[カルシウム|Ca<sup>2+</sup>イオン]]の流入による[[細胞膜]]の[[脱分極]]がおきる。細胞内Ca<sup>2+</sup>イオン濃度の上昇は、[[カルシウム依存性塩素チャネル|Ca<sup>2+</sup>作動性Cl<sup>-</sup>チャネル]]である[[transmembrane protein16B]] ([[TMEM16B]], 別名 [[anoctamin 2]], [[calcium-activated chloride channel]], [[ANO2]])の活性化をもたらし、[[塩化物イオン|Cl<sup>-</sup>イオン]]が細胞外へ流出することでより大きな脱分極が起きる。これにより、神経細胞の[[活動電位]]が生じる。シグナルを終結させる機構として、環状ヌクレオチド作動性チャネルのcAMPによるチャネルの開口がCa<sup>2+</sup>濃度依存的な[[フィードバック制御]]をうけること、細胞内濃度が上昇したCa<sup>2+</sup>は、[[Na+/Ca2+交換体|Na<sup>+</sup>/Ca<sup>2+</sup>交換体]]である[[Na+/Ca2+-exchanger isoform 4|Na<sup>+</sup>/Ca<sup>2+</sup>-exchanger isoform 4]] ([[NCKX4]])によって細胞外へ排出されることが明らかになっている。


 嗅覚受容体とリガンドである匂い分子との対応関係は、一部の例外を除いては、「多対多」の関係にある。すなわち、一つの受容体は、複数の匂い分子に応答し、一つの匂い分子は複数の受容体応答を生み出すため、異なる匂いは、応答受容体の組み合わせパターンの違いによって識別される。この仕組みは“[[combinatorial coding]]”と呼ばれ<ref name=Malnic1999><pubmed>10089886</pubmed></ref>、受容体数をはるかに超える膨大な種類の匂いの嗅ぎ分けを可能にする。
 嗅覚受容体とリガンドである匂い分子との対応関係は、一部の例外を除いては、「多対多」の関係にある。すなわち、一つの受容体は、複数の匂い分子に応答し、一つの匂い分子は複数の受容体応答を生み出すため、異なる匂いは、応答受容体の組み合わせパターンの違いによって識別される。この仕組みは“[[combinatorial coding]]”と呼ばれ<ref name=Malnic1999><pubmed>10089886</pubmed></ref>、受容体数をはるかに超える膨大な種類の匂いの嗅ぎ分けを可能にする。
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 嗅覚受容体が多様な構造の匂い物質を広く認識するのに対し、微量アミン関連受容体は、揮発性アミン化合物をリガンドとして認識する。揮発性アミン化合物は、尿中や腐った食物に存在しており、げっ歯類では、微量アミン関連受容体は異性、天敵、食物の質の区別の検知に関わるとされている<ref name=Dewan2021><pubmed>33237477</pubmed></ref>。微量アミン関連受容体も嗅覚受容体と同様、Gα<sub>olf</sub>と共役し、cAMP産生を通じて嗅神経細胞の活動を起こすとされている<ref name=Liberles2015></ref>。
 嗅覚受容体が多様な構造の匂い物質を広く認識するのに対し、微量アミン関連受容体は、揮発性アミン化合物をリガンドとして認識する。揮発性アミン化合物は、尿中や腐った食物に存在しており、げっ歯類では、微量アミン関連受容体は異性、天敵、食物の質の区別の検知に関わるとされている<ref name=Dewan2021><pubmed>33237477</pubmed></ref>。微量アミン関連受容体も嗅覚受容体と同様、Gα<sub>olf</sub>と共役し、cAMP産生を通じて嗅神経細胞の活動を起こすとされている<ref name=Liberles2015></ref>。


 グアニル酸シクラーゼDは、糞尿中に存在するペプチドの他、呼気中に存在するCO<sub>2</sub>, CS<sub>2</sub>をリガンドとして認識する<ref name=Hu2007><pubmed>17702944</pubmed></ref><ref name=Munger2010><pubmed>20637621</pubmed></ref>。匂いリガンドとしてはたらくCO<sub>2</sub>, CS<sub>2</sub>は嗅神経細胞膜を通過し、細胞内で炭酸水素イオンに変換されるが、この炭酸水素イオンがGCDの細胞内触媒ドメインに作用し、cGMP 産生がおきる。cGMPはcGMP依存性イオンチャネルを開口させることにより、神経細胞の脱分極を引き起こす。
 グアニル酸シクラーゼDは、糞尿中に存在するペプチドの他、呼気中に存在するCO<sub>2</sub>, CS<sub>2</sub>をリガンドとして認識する<ref name=Hu2007><pubmed>17702944</pubmed></ref><ref name=Munger2010><pubmed>20637621</pubmed></ref>。匂いリガンドとしてはたらくCO<sub>2</sub>, CS<sub>2</sub>は嗅神経細胞膜を通過し、細胞内で[[wj:炭酸水素イオン|炭酸水素イオン]]に変換されるが、この炭酸水素イオンがグアニル酸シクラーゼDの細胞内触媒ドメインに作用し、[[cGMP]]産生がおきる。cGMPは[[cGMP依存性イオンチャネル]]を開口させることにより、神経細胞の脱分極を引き起こす。


 Membrane-spanning 4A receptorはリガンドとして、動物行動に関連のある[[脂肪酸]]や[[フェロモン]]様物質、[[2,5-dimethylpyrazine]] ([[2,5-DMP]])を認識するが、シグナル伝達は明らかになっていない<ref name=Greer2016><pubmed>27238024</pubmed></ref>。
 Membrane-spanning 4A receptorはリガンドとして、動物行動に関連のある[[脂肪酸]]や[[フェロモン]]様物質、[[2,5-ジメチルピラジン]] ([[2,5-dimethylpyrazine]], [[2,5-DMP]])を認識するが、シグナル伝達は明らかになっていない<ref name=Greer2016><pubmed>27238024</pubmed></ref>。


=== 疾患との関わり ===
=== 疾患との関わり ===
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 上記嗅覚受容体, イオノトロピック型嗅覚受容体ファミリータンパク質以外に、[[味覚受容体#昆虫の味覚受容体|味覚受容体]]([[味覚受容体#昆虫の味覚受容体|gustatory receptor]], [[味覚受容体#昆虫の味覚受容体|GR]])ファミリータンパク質のメンバー、[[Gr21a]]、[[Gr63a]]が嗅神経細胞に発現し、CO<sub>2</sub>を匂い物質として受容することが明らかになっている<ref name=Jones2007><pubmed>17167414</pubmed></ref><ref name=Kwon2007><pubmed>17360684</pubmed></ref>('''図2''')。
 上記嗅覚受容体, イオノトロピック型嗅覚受容体ファミリータンパク質以外に、[[味覚受容体#昆虫の味覚受容体|味覚受容体]]([[味覚受容体#昆虫の味覚受容体|gustatory receptor]], [[味覚受容体#昆虫の味覚受容体|GR]])ファミリータンパク質のメンバー、[[Gr21a]]、[[Gr63a]]が嗅神経細胞に発現し、CO<sub>2</sub>を匂い物質として受容することが明らかになっている<ref name=Jones2007><pubmed>17167414</pubmed></ref><ref name=Kwon2007><pubmed>17360684</pubmed></ref>('''図2''')。
[[ファイル:Touhara Olfactory Receptor Fig2.png|サムネイル|350px|'''図2. 昆虫の嗅覚受容体''']]
[[ファイル:Touhara Olfactory Receptor Fig2.png|サムネイル|350px|'''図2. 昆虫の嗅覚受容体'''<br>OR: 昆虫嗅覚受容体、Orco: olfactory receptor co-receptor、IR: イオノトロピック型嗅覚受容体、Gr: 味覚受容体]]


=== 構造 ===
=== 構造 ===
==== 昆虫嗅覚受容体 ====
==== 昆虫嗅覚受容体 ====
 脊椎動物嗅覚受容体と同様、7回膜貫通構造を有するが、その膜トポロジーは逆であり、N末端が細胞質に、C末端が細胞外領域に位置する<ref name=Benton2006><pubmed>16402857</pubmed></ref><ref name=Hopf2015><pubmed>25584517</pubmed></ref>('''図2''')。脊椎動物嗅覚受容体と異なり、Gタンパク質共役型受容体との相同性はない。全般的に種間での配列保存性は低いが、唯一、種を超えて保存性の高い共通の嗅覚受容体が存在し、olfactory receptor co-receptor (Orco)と呼ばれる。Olfactory receptor co-receptorは、リガンド選択性を有する嗅覚受容体とヘテロ多量体を形成して機能すると考えられている。
 脊椎動物嗅覚受容体と同様、7回膜貫通構造を有するが、その膜トポロジーは逆であり、N末端が細胞質に、C末端が細胞外領域に位置する<ref name=Benton2006><pubmed>16402857</pubmed></ref><ref name=Hopf2015><pubmed>25584517</pubmed></ref>('''図2''')。脊椎動物嗅覚受容体と異なり、Gタンパク質共役型受容体との相同性はない。全般的に種間での配列保存性は低いが、唯一、種を超えて保存性の高い共通の嗅覚受容体が存在し、[[olfactory receptor co-receptor]] ([[Orco]])と呼ばれる。Orcoは、リガンド選択性を有する嗅覚受容体とヘテロ多量体を形成して機能すると考えられている。


 近年、クライオ電子顕微鏡解析により、イチジク寄生バチの一種、''Apocrypta baker''のolfactory receptor co-receptor、および、イシノミ類の昆虫''Machilis hrabei''の嗅覚受容体, MhOR5について、立体構造が明らかになった<ref name=Butterwick2018><pubmed>30111839</pubmed></ref><ref name=DelMármol2021><pubmed>34349260</pubmed></ref>。Olfactory receptor co-receptorは単独ではホモ4量体構造を形成することが示され、チャネルの開閉制御に重要な領域が明らかになった<ref name=Butterwick2018><pubmed>30111839</pubmed></ref>。MhOR5については、s種類の匂いリガンドとの共構造からリガンド結合によるチャネルの構造変化が示されるとともに、単一の受容体が多様な構造のリガンドを認識し得る構造基盤として、リガンド受容が複数の疎水的相互作用に基づくことも示された<ref name=DelMármol2021><pubmed>34349260</pubmed></ref>。
 近年、[[クライオ電子顕微鏡]]解析により、[[イチジク]]寄生バチの一種、''[[Apocrypta bakeri]]''のOrco、および、[[イシノミ]]類の昆虫''[[Machilis hrabei]]''の嗅覚受容体, MhOR5について、立体構造が明らかになった<ref name=Butterwick2018><pubmed>30111839</pubmed></ref><ref name=DelMármol2021><pubmed>34349260</pubmed></ref>。Orcoは単独ではホモ4量体構造を形成することが示され、チャネルの開閉制御に重要な領域が明らかになった<ref name=Butterwick2018><pubmed>30111839</pubmed></ref>。MhOR5については、2種類の匂いリガンドとの共構造からリガンド結合によるチャネルの構造変化が示されるとともに、単一の受容体が多様な構造のリガンドを認識し得る構造基盤として、リガンド受容が複数の疎水的相互作用に基づくことも示された<ref name=DelMármol2021><pubmed>34349260</pubmed></ref>。


==== イオノトロピック型嗅覚受容体 ====
==== イオノトロピック型嗅覚受容体 ====
 [[イオンチャネル型グルタミン酸受容体]] (iGluR)と相同性が高く、3回膜貫通構造を持つ。イオノトロピック型受容体においてもリガンド選択性を有するIR-Xと、olfactory receptor co-receptor同様、リガンドに関わらず共通なIR-coY(ショウジョウバエでは、IR8a, IR25a, IR76b)が存在する。チャネルとしての機能ユニットは、2つのIR-Xと2つのIR-coYから構成されるヘテロ4量体と考えられている<ref name=Abuin2011><pubmed>21220098</pubmed></ref><ref name=Abuin2019><pubmed> 30995910 </pubmed></ref>。IR-coYはアミノ末端ドメイン(amino-terminal domain, ATD), リガンド結合ドメイン(ligand-binding domain, LBD)、イオンチャネルドメインから構成され、iGluRと高度な保存性を有する一方、IR-XはATDを持たず、iGluRとの相同性が低く、特にLBDの保存度が低い。イオノトロピック型受容体の立体構造は明らかになっていない。
 [[イオンチャネル型グルタミン酸受容体]] (iGluR)と相同性が高く、3回膜貫通構造を持つ。イオノトロピック型受容体においてもリガンド選択性を有するIR-Xと、Orco同様、リガンドに関わらず共通な[[IR-coY]](ショウジョウバエでは、[[IR8a]], [[IR25a]], [[IR76b]])が存在する。チャネルとしての機能ユニットは、2つのIR-Xと2つのIR-coYから構成されるヘテロ4量体と考えられている<ref name=Abuin2011><pubmed>21220098</pubmed></ref><ref name=Abuin2019><pubmed> 30995910 </pubmed></ref>。IR-coYはアミノ末端ドメイン(amino-terminal domain, ATD), リガンド結合ドメイン(ligand-binding domain, LBD)、イオンチャネルドメインから構成され、iGluRと高度な保存性を有する一方、IR-Xはアミノ末端ドメインを持たず、iGluRとの相同性が低く、特にリガンド結合ドメインの保存度が低い。イオノトロピック型受容体の立体構造は明らかになっていない。


==== 味覚受容体 ====
==== 味覚受容体 ====
 嗅覚受容体と同様、7回膜貫通構造を持ち、N末端が細胞質側、C末端が細胞外側のトポロジーを示す。Gr21a, Gr63aそのものの構造は示されていないが、他のGrファミリーメンバーである、カイコBmGr9のホモロジーモデリングと変異体解析において、GRも嗅覚受容体と同様のチャネル構造をもつことが示唆されている<ref name=Morinaga2022><pubmed>36209821</pubmed></ref>。
 嗅覚受容体と同様、7回膜貫通構造を持ち、N末端が細胞質側、C末端が細胞外側のトポロジーを示す。[[Gr21a]], [[Gr63a]]そのものの構造は示されていないが、他の味覚受容体ファミリーメンバーである、[[カイコ]][[BmGr9]]のホモロジーモデリングと変異体解析において、味覚受容体も嗅覚受容体と同様のチャネル構造をもつことが示唆されている<ref name=Morinaga2022><pubmed>36209821</pubmed></ref>。


=== 発現部位 ===
=== 発現部位 ===
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==== イオノトロピック型嗅覚受容体 ====
==== イオノトロピック型嗅覚受容体 ====
 匂い物質をリガンドとするリガンド作動性イオンチャネルとして機能し、Na<sup>+</sup>, K<sup>+</sup>, Ca<sup>2+</sup>を透過させる非選択性陽イオンチャネルを構成する<ref name=Abuin2011><pubmed>21220098</pubmed></ref>。匂い物質のうち、主に[[酸]]、[[アミン]]、[[アルデヒド]]を受容する点で、[[エステル]]や[[アルコール]]を中心に受容する嗅覚受容体と相補的なはたらきをすると考えられている<ref name=Silbering2011><pubmed>21940430</pubmed></ref>。嗅覚受容体と同様、リガンド認識は「多対多」が基本であるが、選択的な認識が特定の行動に結びつく場合もあり、ショウジョウバエ[[Ir92a]]によるアミンや[[アンモニア]]の受容が誘引行動に、[[Ir84a]]による食物由来の匂いの受容が雄のショウジョウバエの[[交尾行動]]促進に繋がる報告例がある<ref name=Grosjean2011><pubmed>21964331</pubmed></ref><ref name=Min2013><pubmed>23509267</pubmed></ref>。イオノトロピック型嗅覚受容体発現神経細胞は、昆虫嗅覚受容体発現神経細胞に比べ、活性化に、より高濃度のリガンドあるいは、長時間のリガンド刺激が必要であり、順応がおきにくい<ref name=Getahun2012><pubmed>23162431</pubmed></ref>。
 匂い物質をリガンドとするリガンド作動性イオンチャネルとして機能し、Na<sup>+</sup>, K<sup>+</sup>, Ca<sup>2+</sup>を透過させる非選択性陽イオンチャネルを構成する<ref name=Abuin2011><pubmed>21220098</pubmed></ref>。匂い物質のうち、主に[[酸]]、[[アミン]]、[[アルデヒド]]を受容する点で、[[エステル]]や[[アルコール]]を中心に受容する嗅覚受容体と相補的なはたらきをすると考えられている<ref name=Silbering2011><pubmed>21940430</pubmed></ref>。嗅覚受容体と同様、リガンド認識は「多対多」が基本であるが、選択的な認識が特定の行動に結びつく場合もあり、ショウジョウバエ[[Ir92a]]によるアミンや[[アンモニア]]の受容が誘引行動に、[[Ir84a]]による食物由来の匂いの受容が雄のショウジョウバエの[[交尾行動]]促進に繋がる報告例がある<ref name=Grosjean2011><pubmed>21964331</pubmed></ref><ref name=Min2013><pubmed>23509267</pubmed></ref>。イオノトロピック型嗅覚受容体発現神経細胞は、昆虫嗅覚受容体発現神経細胞に比べ、活性化に、より高濃度のリガンドあるいは、長時間のリガンド刺激が必要であり、[[順応]]がおきにくい<ref name=Getahun2012><pubmed>23162431</pubmed></ref>。


== 関連項目 ==
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