「妄想」の版間の差分

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英語名: delusion 独:Wahn 仏:délire、trouble délirant
英語名: delusion 独:Wahn 仏:délire、trouble délirant


{{box|text= 妄想とは明らかな反証があっても確信が保持される、誤った揺るぎない信念である。妄想は、形式面では[[一次妄想]]と[[二次妄想]]に、内容(主題)面では[[被害妄想]]、[[誇大妄想]]、[[微小妄想]]などに大別される。診断上は内容よりも形式が重要である。妄想の形式は[[精神疾患]]の種類に規定される一方、その内容は患者の気分、パーソナリティ、生活史、状況などに左右される。[[DSM-5]]では、[[統合失調症性]]の[[自我障害]]も妄想に含められている。}}
{{box|text= 妄想とは明らかな反証があっても確信が保持される、誤った揺るぎない信念である。妄想は、形式面では[[一次妄想]]と[[二次妄想]]に、内容(主題)面では[[被害妄想]]、[[誇大妄想]]、[[微小妄想]]などに大別される。診断上は内容よりも形式が重要である。妄想の形式は[[精神障害]]の種類に規定される一方、その内容は患者の気分、パーソナリティ、生活史、状況などに左右される。[[DSM-5]]では、[[統合失調症性]]の[[自我障害]]も妄想に含められている。}}


==妄想とは==
==妄想とは==
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 [[ICD-10]]<ref name=ref14>'''World Health Organization'''<BR>The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders; Clinical descriptions and diagnostic guidelines. <BR>''WHO, Geneva'', 1992<BR>(融道男,中根允文,小見山実ら訳<BR>ICD-10 精神および行動の障害—臨床記述と診断ガイドライン、新訂版<BR>医学書院、東京、2005.)</ref>では妄想は定義されていない。しかし、WHOが別に用意した用語集<ref name=ref13>'''World Health Organization'''<BR>Lexicon of psychiatric and mental health terms. 2nd ed,<BR>''Geneva, WHO'', 1994</ref>の中では「現実とも、また患者の背景や文化が有する社会的に共有された信念とも一致しない、誤った訂正不能な確信ないし判断」と定義される。この定義は、「不正確な推論に基づく」という指標がないことを除けば、DSM-5のものと基本的に同一である。用語集では、続けて「一次妄想は、患者の生活史・パーソナリティから本質的に了解不能である。二次妄想は心理学的に了解可能であり、病的および他の精神状態、たとえば感情障害や猜疑心から生じる。1908年にBimbaumに、また1913年にJaspersによって真正妄想と妄想様観念との区別が行われた。後者は過度に保持される誤判断にすぎない」と記載され、DSMとは異なり、了解可能性による一次妄想([[真正妄想]])と二次妄想([[妄想様観念]])との区別に触れている。ICD-10のテキストの中では、この区別は直接に触れられていないが、統合失調症の診断基準の中に、真正妄想の一形態である[[妄想知覚]]が挙げられている。
 [[ICD-10]]<ref name=ref14>'''World Health Organization'''<BR>The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders; Clinical descriptions and diagnostic guidelines. <BR>''WHO, Geneva'', 1992<BR>(融道男,中根允文,小見山実ら訳<BR>ICD-10 精神および行動の障害—臨床記述と診断ガイドライン、新訂版<BR>医学書院、東京、2005.)</ref>では妄想は定義されていない。しかし、WHOが別に用意した用語集<ref name=ref13>'''World Health Organization'''<BR>Lexicon of psychiatric and mental health terms. 2nd ed,<BR>''Geneva, WHO'', 1994</ref>の中では「現実とも、また患者の背景や文化が有する社会的に共有された信念とも一致しない、誤った訂正不能な確信ないし判断」と定義される。この定義は、「不正確な推論に基づく」という指標がないことを除けば、DSM-5のものと基本的に同一である。用語集では、続けて「一次妄想は、患者の生活史・パーソナリティから本質的に了解不能である。二次妄想は心理学的に了解可能であり、病的および他の精神状態、たとえば感情障害や猜疑心から生じる。1908年にBimbaumに、また1913年にJaspersによって真正妄想と妄想様観念との区別が行われた。後者は過度に保持される誤判断にすぎない」と記載され、DSMとは異なり、了解可能性による一次妄想([[真正妄想]])と二次妄想([[妄想様観念]])との区別に触れている。ICD-10のテキストの中では、この区別は直接に触れられていないが、統合失調症の診断基準の中に、真正妄想の一形態である[[妄想知覚]]が挙げられている。
===作話との関係===
===作話との関係===
 なお、[[作話]] (confabulation)とは、実際に体験されなかったことが誤って追想され、体験したかのように語られることである。出任せの空想的な内容を真実であるかのように話すため、内容も変化しやすい。記憶減退を埋め合わせる[[当惑作話]] (英:embarrassment confabulation, 独:Verlegenheitskonfabulation)と、空想・想像傾向の強い生産的な[[空想作話]] (英:fantastic confabulation、独:phantastische Konfabulation)に分けられる。前者は主として[[老年期認知症]]に、後者は[[空想虚言]]、[[空想妄想病]]、[[コルサコフ症候群]]などにみられる。妄想が思考の障害である一方、作話は追想の質的な障害であり、[[偽記憶]] (pseudomnesia)或いは[[仮性記憶]](過去に全く体験していないのに実際にあったかのように追想すること)を語ると作話となり、空想的に際限なく発展すると空想妄想になる。物忘れのある老人の妄想は多少とも作話傾向を帯びる可能性がある。
 なお、[[作話]] (confabulation)とは、実際に体験されなかったことが誤って追想され、体験したかのように語られることである。出任せの空想的な内容を真実であるかのように話すため、内容も変化しやすい。記憶減退を埋め合わせる[[当惑作話]] (英:embarrassment confabulation, 独:Verlegenheitskonfabulation)と、空想・想像傾向の強い生産的な[[空想作話]] (英:fantastic confabulation、独:phantastische Konfabulation)に分けられる。前者は主として[[老年期認知症]]に、後者は[[空想虚言]]、[[コルサコフ症候群]]などにみられる。妄想が思考の障害である一方、作話は追想の質的な障害であり、[[偽記憶]] (pseudomnesia)或いは[[仮性記憶]](過去に全く体験していないのに実際にあったかのように追想すること)を語ると作話となる。


==妄想の形式による分類==
==妄想の形式による分類==
 妄想の形式は、一次妄想と二次妄想に分けられる<ref name=ref5 />。妄想の形式は精神疾患の種類に規定され、診断上重要とされている。
 妄想の形式は、一次妄想と二次妄想に分けられる<ref name=ref5 />。妄想の形式は精神障害の種類に規定され、診断上重要とされている。


===一次妄想===
===一次妄想===
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 [[操作的診断基準]]における「奇異な妄想」は、Research Diagnostic Criteria(RDC)<ref name=ref11>'''Spitzer R, Endicott J, Robins E.'''<BR>Research Diagnostic Criteria (RDC) for a Selected Group of Functional Disorders.<BR>''New York: New York State Psychiatric Institute, Biometrics Research''; 1975.</ref>に端を発する。妄想が奇異であるとは、DSM-5では「その人の文化が物理的にありえないと見なす現象に関するもの」と定義される。   
 [[操作的診断基準]]における「奇異な妄想」は、Research Diagnostic Criteria(RDC)<ref name=ref11>'''Spitzer R, Endicott J, Robins E.'''<BR>Research Diagnostic Criteria (RDC) for a Selected Group of Functional Disorders.<BR>''New York: New York State Psychiatric Institute, Biometrics Research''; 1975.</ref>に端を発する。妄想が奇異であるとは、DSM-5では「その人の文化が物理的にありえないと見なす現象に関するもの」と定義される。   


 DSM-IIIの作成に中心的役割を果たしたSpitzer, R, L.<ref name=ref12><PUBMED>8494062</PUBMED></ref>によれば、奇異な妄想という概念は、[[wj:エミール・クレペリン|Kraepelin]]が[[早発性痴呆]](統合失調症)における妄想を「無意味性」という概念で規定し、またJaspersがそれを「了解不能」とみなしたことに由来するという。DSM-III以降、考想伝播、考想吹入、考想奪取、および感情・衝動・行動の領域における他者によるさせられ体験・被影響体験(DSMでは被支配妄想delusion of controlと呼ばれる)など多くの自我障害は、すべて奇異な妄想に含まれる。
 DSM-IIIの作成に中心的役割を果たしたSpitzer, R, L.<ref name=ref12><PUBMED>8494062</PUBMED></ref>によれば、奇異な妄想という概念は、[[wj:エミール・クレペリン|Kraepelin]]が[[早発性痴呆]](統合失調症)における妄想を「無意味性」という概念で規定し、またJaspersがそれを「了解不能」とみなしたことに由来するという。DSM-III以降、考想伝播、考想吹入、考想奪取、および感情・衝動・行動の領域における他者によるさせられ体験・被影響体験(被支配妄想delusion of controlと呼ばれる)など多くの自我障害は、すべて奇異な妄想に含まれる。


 ICD-10では「奇異な妄想」という語は用いられていないが、統合失調症の全般基準(1)(d)「文化的に不適切でまったくありえない持続的妄想」は、DSMによる奇異な妄想の定義に一致する。ただし、考想伝播、考想吹入、考想奪取など考想被影響体験は(1)(a)に、また被支配妄想、被影響妄想は(1)(b)に含められており、DSMとは異なり、自我障害を「奇異な妄想」として一括りにはしていない。
 ICD-10では「奇異な妄想」という語は用いられていないが、統合失調症の全般基準(1)(d)「文化的に不適切でまったくありえない持続的妄想」は、DSMによる奇異な妄想の定義に一致する。ただし、考想伝播、考想吹入、考想奪取など考想被影響体験は(1)(a)に、また被支配妄想、被影響妄想は(1)(b)に含められており、DSMとは異なり、自我障害を「奇異な妄想」として一括りにはしていない。
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