「強迫症」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
524 バイト追加 、 2017年1月14日 (土)
編集の要約なし
(3人の利用者による、間の20版が非表示)
1行目: 1行目:
英語名:obsessive-compulsive disorder 独:Zwangsstörung 仏:trouble obsessionnel compulsif
<div align="right"> 
<font size="+1">[http://researchmap.jp/read0069446 松永 寿人]</font><br>
''兵庫医科大学精神科''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2013年4月5日 原稿完成日:2013年4月30日 更新日:2014年7月10日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
</div>


英略語:OCD  
英語名:obsessive-compulsive disorder 独:Zwangsstörung 仏:trouble obsessionnel compulsif<br>
英略語:OCD <br>
同義語: 強迫性障害


 強迫性障害は[[不安障害]]の一型であり、無意味ないし不適切、侵入的と判断され、無視やコントロールを試みても絶えず心を占める思考や衝動、イメージなどの[[強迫観念]]と、観念に伴い高まる不安を緩和、打ち消すことを目的とし、そのばかばかしさや、過剰であることを自ら認識し止めたいと思いつつも、駆り立てられる様に行う[[強迫行為]]からなる。[[大うつ病性障害]] ([[Major depressive disorder]], MDD)、[[社交不安障害]] ([[Social anxiety disorder]], SAD)]、[[恐怖]]、[[パニック障害]]などの[[不安障害]][[強迫スペクトラム障害]]、[[心気症]]、[[身体醜形障害]] [[(body dysmorphic disorder]], BDD)]]、[[抜毛症]]、[[強迫買い物症]]、摂食障害、[[物質乱用]]、[[トゥレット症候群]] ([[Tourette's syndrome]]; TS)、[[自閉症性スペクトラム障害]]との併存がみられる。[[パーキンソン病]]、トゥレット症候群、[[シデナム舞踏病]]など、[[大脳基底核]]における[[ドーパミン]]系機能異常を伴う神経精神疾患との関連性が指摘されている。特に若年発症例では、家系内集積性がより明らかな傾向であり、発症における遺伝要因の比重が高いが、特異的遺伝子の解明は十分なされていない。[[前頭葉]]—皮質下回路に関する神経ネットワークの異常が推定されている。神経化学的には[[セロトニン]]系、ドーパミン系や[[ノルアドレナリン]]系を含む多くの[[神経伝達物質]]、及び神経調整機能が複雑に関連しているものと推定されている。治療には、[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]を主とした薬物、および[[認知行動療法]]&nbsp;([[Cognitive-behavioral therapy]], [[CBT]])を用いる。  
{{box|text=
 強迫症は[[不安症]]の一型であり、無意味ないし不適切、侵入的と判断され、無視やコントロールを試みても絶えず心を占める思考や衝動、イメージなどの[[強迫観念]]と、観念に伴い高まる不安を緩和、打ち消すことを目的とし、そのばかばかしさや、過剰であることを自ら認識し止めたいと思いつつも、駆り立てられる様に行う[[強迫行為]]からなる。[[大うつ病性障害]] ([[Major depressive disorder]], MDD)、[[社交不安症]] ([[Social anxiety disorder]], SAD)、[[恐怖]]、[[パニック症]]などの不安症、[[強迫スペクトラム障害]]、[[心気症]]、[[身体醜形障害]] ([[body dysmorphic disorder]], BDD)、[[抜毛症]]、[[強迫買い物症]]、摂食障害、[[物質乱用]]、[[トゥレット症候群]] ([[Tourette's syndrome]]; TS)、[[自閉症性スペクトラム障害]]との併存がみられる。[[パーキンソン病]]、トゥレット症候群、[[シデナム舞踏病]]など、[[大脳基底核]]における[[ドーパミン]]系機能異常を伴う神経精神疾患との関連性が指摘されている。特に若年発症例では、家系内集積性がより明らかな傾向であり、発症における遺伝要因の比重が高いが、特異的遺伝子の解明は十分なされていない。[[前頭葉]]—皮質下回路に関する神経ネットワークの異常が推定されている。神経化学的には[[セロトニン]]系、ドーパミン系や[[ノルアドレナリン]]系を含む多くの[[神経伝達物質]]、及び神経調整機能が複雑に関連しているものと推定されている。治療には、[[選択的セロトニン再取り込み阻害薬]]を主とした薬物、および[[認知行動療法]]&nbsp;([[Cognitive-behavioral therapy]], [[CBT]])を用いる。  
}}


== 強迫性障害とは ==
== 強迫症とは ==


 強迫性障害は[[不安障害]]の一型であり、無意味ないし不適切、侵入的と判断され、無視やコントロールを試みても絶えず心を占める思考や衝動、イメージなどの強迫観念と、主には観念に伴い高まる不安を緩和、打ち消すことを目的とし、そのばかばかしさや、過剰であることを自ら認識し止めたいと思いつつも、駆り立てられる様に行う行為、すなわち[[強迫行為]]からなる。具体的には、トイレの度に「汚れ」を強く感じ、それをまき散らす不安から執拗に手洗いを続けたり、泥棒や火事の心配から、外出前に施錠やガス栓の確認を、きりがなく繰り返したりする。  
 強迫症は不安症の一型であり、無意味ないし不適切、侵入的と判断され、無視やコントロールを試みても絶えず心を占める思考や衝動、イメージなどの強迫観念と、主には観念に伴い高まる不安を緩和、打ち消すことを目的とし、そのばかばかしさや、過剰であることを自ら認識し止めたいと思いつつも、駆り立てられる様に行う行為、すなわち[[強迫行為]]からなる。具体的には、トイレの度に「汚れ」を強く感じ、それをまき散らす不安から執拗に手洗いを続けたり、泥棒や火事の心配から、外出前に施錠やガス栓の確認を、きりがなく繰り返したりする。  


== 診断と鑑別診断 ==
== 診断と鑑別診断 ==
55行目: 64行目:
 この様な強迫症状の内容、あるいは各出現頻度は、社会文化的背景や民族の相違などに影響されず、世界的に概ね安定している<ref name="ref5"><pubmed>15677583</pubmed></ref>。さらに、汚染‐洗浄行為など、因子分析で抽出された強迫症状間の特異的関連性を示す症状ディメンジョンも、地域や文化差、年齢などに関わらず概ね一定とされる<ref name="ref6"><pubmed>18923068</pubmed></ref>。表2にBlochら<ref name="ref6" />が行った症状ディメンジョンに関するメタ・アナリシスの結果を示すが、これは我々が抽出した本邦のOCD患者での症状構造とほぼ一致している<ref name="ref7"><pubmed>18006873</pubmed></ref>(図1)。  
 この様な強迫症状の内容、あるいは各出現頻度は、社会文化的背景や民族の相違などに影響されず、世界的に概ね安定している<ref name="ref5"><pubmed>15677583</pubmed></ref>。さらに、汚染‐洗浄行為など、因子分析で抽出された強迫症状間の特異的関連性を示す症状ディメンジョンも、地域や文化差、年齢などに関わらず概ね一定とされる<ref name="ref6"><pubmed>18923068</pubmed></ref>。表2にBlochら<ref name="ref6" />が行った症状ディメンジョンに関するメタ・アナリシスの結果を示すが、これは我々が抽出した本邦のOCD患者での症状構造とほぼ一致している<ref name="ref7"><pubmed>18006873</pubmed></ref>(図1)。  


 一般的に強迫症状は、外出時の施錠の確認、トイレ後の手洗いなど日常や社会生活における通常の思考やこだわり、行動の延長上に出現する。また多くの場合、「泥棒に入られるかも」、「汚染を周囲にばらまくかも」などの強迫観念が強迫行為に先行し、その過剰性や不合理性を理解しつつも、様々な認知的プロセスによる修飾がなされ、最悪の事態をイメージし、脅威の危険性や現実性の誤った認識、そして不安が自制できない程度にまで増強されてしまう。その結果、この脅威を完璧にコントロールしたいという欲求により、繰り返し行動に駆り立てられている<ref name="ref8">'''松永寿人、三戸宏典、山西恭輔ほか'''<br>典型例を知る「神経症性障害 2」強迫性障害」<br>''精神科治療学''27; 929-934, 2012.</ref>。この様な典型的なOCD患者では、他の不安障害と同様に強迫症状が誘発される対象や状況を、しばしば避けようとする(回避)。また手洗いや確認を、自分の納得する方法で強要したり、「大丈夫か」の保証を繰り返し要求したりして、強迫症状に家族などを巻き込むことが多い<ref name="ref8" />。  
 一般的に強迫症状は、外出時の施錠の確認、トイレ後の手洗いなど日常や社会生活における通常の思考やこだわり、行動の延長上に出現する。また多くの場合、「泥棒に入られるかも」、「汚染を周囲にばらまくかも」などの強迫観念が強迫行為に先行し、その過剰性や不合理性を理解しつつも、様々な認知的プロセスによる修飾がなされ、最悪の事態をイメージし、脅威の危険性や現実性の誤った認識、そして不安が自制できない程度にまで増強されてしまう。その結果、この脅威を完璧にコントロールしたいという欲求により、繰り返し行動に駆り立てられている<ref name="ref8">'''松永寿人、三戸宏典、山西恭輔ほか'''<br>典型例を知る「神経症性障害 2」強迫性障害」<br>''精神科治療学''27; 929-934, 2012.</ref>。この様な典型的なOCD患者では、他の不安症と同様に強迫症状が誘発される対象や状況を、しばしば避けようとする(回避)。また手洗いや確認を、自分の納得する方法で強要したり、「大丈夫か」の保証を繰り返し要求したりして、強迫症状に家族などを巻き込むことが多い<ref name="ref8" />。  


 一方、強迫行為が不安反応として出現する典型的パターン以外にも、「厳密に適用しなければならないルールに従って、駆り立てられる様に行なわれる」場合がある<ref name="ref2" /> <ref name="ref8" />。例えば、スリッパを完璧な左右対称に並べ直す動作を延々と繰り返したり、本の背の高さをきちんと正確に揃えることにこだわり、整頓が止まらなくなったりする。あるいは、腕を袖に通す時や髭を剃る際の感覚、ドアや冷蔵庫の扉を閉めた時の完璧な「ぴったり」感にこだわり、服の着脱や髭剃り、ドアの開閉など同じ動作を数時間にわたり何度もやり直したり、動けず固まったりして、次の行動に移れなくなる、いわゆる「[[強迫性緩慢]]」に陥ることがある<ref name="ref8" />。この様な繰り返し行為は、通常は観念、あるいは認知的不安増強プロセスの先行を認めず、あるいは不明瞭であり、概ね自我親和性で洞察に乏しい<ref name="ref8" />。この背景には、[[チック障害]]([[tic disorder]]; TD)との密接な関連、そしてチック症状に先行する[[感覚知覚現象]]&nbsp;(sensory phenomena)と同様に、“まさにぴったり”感 (just right feeling)の追求や不完全感を解消したいという精神知覚、あるいは物に触る感覚へのこだわりなどがしばしば見られ、OCDからチック障害に至る連続性が想定される<ref name="ref8" /> <ref name="ref9"><pubmed>16389213</pubmed></ref> <ref name="ref10">'''金生由紀子'''<br>チック障害との関連によるOCDの検討<br>''精神経誌'' 111; 810-815, 2009.</ref> <ref name="ref11">'''山西恭輔、荒井克純、林田和久ほか'''<br>トウレット症候群を伴う強迫性障害の臨床像と治療~blonanserineを用いたSSRI強化療法を中心に~<br>''最新精神医学''20; 326-332, 2012.</ref>。[[DSM-5]]では、新たなサブタイプとして、慢性チック障害の生涯罹病を有するOCD患者は、「チック関連性」と特定される予定である。  
 一方、強迫行為が不安反応として出現する典型的パターン以外にも、「厳密に適用しなければならないルールに従って、駆り立てられる様に行なわれる」場合がある<ref name="ref2" /> <ref name="ref8" />。例えば、スリッパを完璧な左右対称に並べ直す動作を延々と繰り返したり、本の背の高さをきちんと正確に揃えることにこだわり、整頓が止まらなくなったりする。あるいは、腕を袖に通す時や髭を剃る際の感覚、ドアや冷蔵庫の扉を閉めた時の完璧な「ぴったり」感にこだわり、服の着脱や髭剃り、ドアの開閉など同じ動作を数時間にわたり何度もやり直したり、動けず固まったりして、次の行動に移れなくなる、いわゆる「[[強迫性緩慢]]」に陥ることがある<ref name="ref8" />。この様な繰り返し行為は、通常は観念、あるいは認知的不安増強プロセスの先行を認めず、あるいは不明瞭であり、概ね自我親和性で洞察に乏しい<ref name="ref8" />。この背景には、[[チック障害]]([[tic disorder]]; TD)との密接な関連、そしてチック症状に先行する[[感覚知覚現象]]&nbsp;(sensory phenomena)と同様に、“まさにぴったり”感 (just right feeling)の追求や不完全感を解消したいという精神知覚、あるいは物に触る感覚へのこだわりなどがしばしば見られ、OCDからチック障害に至る連続性が想定される<ref name="ref8" /> <ref name="ref9"><pubmed>16389213</pubmed></ref> <ref name="ref10">'''金生由紀子'''<br>チック障害との関連によるOCDの検討<br>''精神経誌'' 111; 810-815, 2009.</ref> <ref name="ref11">'''山西恭輔、荒井克純、林田和久ほか'''<br>トウレット症候群を伴う強迫性障害の臨床像と治療~blonanserineを用いたSSRI強化療法を中心に~<br>''最新精神医学''20; 326-332, 2012.</ref>。[[DSM-5]]では、新たなサブタイプとして、慢性チック障害の生涯罹病を有するOCD患者は、「チック関連性」と特定される予定である。  
67行目: 76行目:
 大うつ病性障害が併存すれば、患者の行動、あるいは認知面に重大な影響が及ぶ。例えば、嫌悪刺激の脅威、その危機が生じる確率や結果の過大評価、あるいは不確実性に対する耐性の低さなどの認知的問題がより強調される。さらにはOCD自体の臨床症状も重症化し、生活能力や社会的機能水準、生活の質などが有意に低下して、[[希死念慮]]や[[自殺企図]]に至る割合が増加する<ref name="ref14" /> <ref name="ref16">'''松永寿人'''<br>気分障害・不安障害における行動~特に行動療法における薬物併用の意義と注意点~<br>''分子精神医学''12; 222-225, 2012 </ref>(図2)。  
 大うつ病性障害が併存すれば、患者の行動、あるいは認知面に重大な影響が及ぶ。例えば、嫌悪刺激の脅威、その危機が生じる確率や結果の過大評価、あるいは不確実性に対する耐性の低さなどの認知的問題がより強調される。さらにはOCD自体の臨床症状も重症化し、生活能力や社会的機能水準、生活の質などが有意に低下して、[[希死念慮]]や[[自殺企図]]に至る割合が増加する<ref name="ref14" /> <ref name="ref16">'''松永寿人'''<br>気分障害・不安障害における行動~特に行動療法における薬物併用の意義と注意点~<br>''分子精神医学''12; 222-225, 2012 </ref>(図2)。  


 その他のcomorbidityでは、[[季節性感情障害]] (current; 3.6-26%, lifetime; 18-36%)が多く、特定の恐怖、[[パニック障害]]など、それ以外の不安障害全般では、0-12%に併存を、生涯有病率は1-23%程度とされる<ref name="ref12" /> <ref name="ref13" /> <ref name="ref14" />。さらには、[[強迫スペクトラム障害]] ([[Obsessive-Compulsive Spectrum Disorders]]; [[OCSDs]]) に分類されるもの、例えば[[心気症]]や身体醜形障害、[[抜毛症]]、[[強迫買い物症]]などの併発症も高率である。それぞれの生涯有病率は、心気症が8.2-13%、身体醜形障害が6.3-12.9%、抜毛癖(抜毛障害)が9.6-12.9%と報告されている<ref name="ref12" /> <ref name="ref13" /> <ref name="ref14" />。  
 その他のcomorbidityでは、[[季節性感情障害]] (current; 3.6-26%, lifetime; 18-36%)が多く、特定の恐怖、パニック症など、それ以外の不安症全般では、0-12%に併存を、生涯有病率は1-23%程度とされる<ref name="ref12" /> <ref name="ref13" /> <ref name="ref14" />。さらには、[[強迫スペクトラム障害]] ([[Obsessive-Compulsive Spectrum Disorders]]; [[OCSDs]]) に分類されるもの、例えば[[心気症]]や身体醜形障害、[[抜毛症]]、[[強迫買い物症]]などの併発症も高率である。それぞれの生涯有病率は、心気症が8.2-13%、身体醜形障害が6.3-12.9%、抜毛癖(抜毛障害)が9.6-12.9%と報告されている<ref name="ref12" /> <ref name="ref13" /> <ref name="ref14" />。  


 また摂食障害の生涯併発率は約4.7-9.6%であり、摂食障害患者におけるOCDの併発も高率である<ref name="ref13" />。  
 また摂食障害の生涯併発率は約4.7-9.6%であり、摂食障害患者におけるOCDの併発も高率である<ref name="ref13" />。  


 さらにOCD患者では、[[wikipedia:ja:アルコール|アルコール]]、[[トランキライザー]]などの[[物質乱用]]の出現も、他の不安障害患者に比し高率である<ref name="ref14" />。その他、チック障害、トゥレット症候群、[[自閉症性スペクトラム障害]] ([[Autism Spectrum Disorders]]; [[ASDs]])など、通常幼少~児童期に出現する精神障害も少なくない。例えば、OCD患者でのASDsの有病率は3~7%とされ、これは一般人口中の出現率に比して6~14倍高い<ref name="ref17"><pubmed>17353211</pubmed></ref>。また、OCD患者の約20%に、臨床的に有意な自閉症性スペクトラム障害傾向を認め、これは一般人口での約10倍に相当する。前述したが、OCDとチック障害、あるいはトゥレット症候群とは、密接な関連性が存在する。特に、児童・青年期OCD患者においては、これらの併発率は20-59%と明らかに高率である<ref name="ref9" /> <ref name="ref10" />。しかし、チック障害、あるいはトゥレット症候群と強迫症状の長期経過は、必ずしもパラレルではなく、前者の多くは成人前に軽減するが、強迫症状は遷延しやすく、成人期に重症化することが少なくない<ref name="ref9" />。  
 さらにOCD患者では、[[wikipedia:ja:アルコール|アルコール]]、[[トランキライザー]]などの[[物質乱用]]の出現も、他の不安症患者に比し高率である<ref name="ref14" />。その他、チック障害、トゥレット症候群、[[自閉症性スペクトラム障害]] ([[Autism Spectrum Disorders]]; [[ASDs]])など、通常幼少~児童期に出現する精神障害も少なくない。例えば、OCD患者での自閉症性スペクトラム障害の有病率は3~7%とされ、これは一般人口中の出現率に比して6~14倍高い<ref name="ref17"><pubmed>17353211</pubmed></ref>。また、OCD患者の約20%に、臨床的に有意な自閉症性スペクトラム障害傾向を認め、これは一般人口での約10倍に相当する。前述したが、OCDとチック障害、あるいはトゥレット症候群とは、密接な関連性が存在する。特に、児童・青年期OCD患者においては、これらの併発率は20-59%と明らかに高率である<ref name="ref9" /> <ref name="ref10" />。しかし、チック障害、あるいはトゥレット症候群と強迫症状の長期経過は、必ずしもパラレルではなく、前者の多くは成人前に軽減するが、強迫症状は遷延しやすく、成人期に重症化することが少なくない<ref name="ref9" />。  


 Ⅱ軸に分類されるパーソナリティー障害に関しては、OCD患者の36-88%に認めるとされ、中でも回避性(5-53%)、依存性(5-50%)、強迫性(5-28%)などcluster Cに分類されるパーソナリティー障害が、一貫して高率である<ref name="ref4" /> <ref name="ref12" /> <ref name="ref13" />。その他、cluster Aパーソナリティー障害では、統合失調型 (schizotypal PD; SPD)が5-19%と比較的高率で、cluster Bパーソナリティー障害では、演技性(5-20%)、境界性( 0-19%)などを高率に認める<ref name="ref4" /> <ref name="ref12" /> <ref name="ref13" />。しかしOCD患者でパーソナリティー障害を評価する場合、OCD自体や併存する抑うつ、不安状態などによる日常生活上の機能的問題が、人格的病理と混同される場合がしばしばあり、発症や治療前後の人格的変化を注意深く評価する必要がある。  
 Ⅱ軸に分類されるパーソナリティー障害に関しては、OCD患者の36-88%に認めるとされ、中でも回避性(5-53%)、依存性(5-50%)、強迫性(5-28%)などcluster Cに分類されるパーソナリティー障害が、一貫して高率である<ref name="ref4" /> <ref name="ref12" /> <ref name="ref13" />。その他、cluster Aパーソナリティー障害では、統合失調型 (schizotypal PD; SPD)が5-19%と比較的高率で、cluster Bパーソナリティー障害では、演技性(5-20%)、境界性( 0-19%)などを高率に認める<ref name="ref4" /> <ref name="ref12" /> <ref name="ref13" />。しかしOCD患者でパーソナリティー障害を評価する場合、OCD自体や併存する抑うつ、不安状態などによる日常生活上の機能的問題が、人格的病理と混同される場合がしばしばあり、発症や治療前後の人格的変化を注意深く評価する必要がある。


== 病因、病態仮説  ==
== 病因、病態仮説  ==
83行目: 92行目:
==== 遺伝、あるいは家族性要因  ====
==== 遺伝、あるいは家族性要因  ====


 OCDにおいて、これらの病因的関与を裏付ける十分かつ一貫した知見は、未だ得られていない。しかし健常者を対照としたいくつかの家族研究では、OCD患者の第一度親族において、診断閾値に達しない程度、すなわち著しい苦痛や機能障害を伴わないものを含めたOCDの罹病率、さらには不安障害全般の危険率がより高度であったとされる<ref name="ref18">'''Rauch SL Cora-Locattelli G, Greenberg BD.'''<br> Pathogenesis of obsessive-compulsive disorder. In Pathogenesis of obsessive-compulsive disorder. <br>In; (eds) Stein DJ, Hollander E Textbook of anxiety disorders.<br>''American Psychiatric Association'', Washington, DC. 191-205,2002. </ref>。特に若年発症例では、家系内集積性がより明らかな傾向であり、発症における遺伝要因の比重が高まる可能性が考えられる<ref name="ref19"><pubmed>15892140</pubmed></ref>。  
 OCDにおいて、これらの病因的関与を裏付ける十分かつ一貫した知見は、未だ得られていない。しかし健常者を対照としたいくつかの家族研究では、OCD患者の第一度親族において、診断閾値に達しない程度、すなわち著しい苦痛や機能障害を伴わないものを含めたOCDの罹病率、さらには不安症全般の危険率がより高度であったとされる<ref name="ref18">'''Rauch SL Cora-Locattelli G, Greenberg BD.'''<br> Pathogenesis of obsessive-compulsive disorder. In Pathogenesis of obsessive-compulsive disorder. <br>In; (eds) Stein DJ, Hollander E Textbook of anxiety disorders.<br>''American Psychiatric Association'', Washington, DC. 191-205,2002. </ref>。特に若年発症例では、家系内集積性がより明らかな傾向であり、発症における遺伝要因の比重が高まる可能性が考えられる<ref name="ref19"><pubmed>15892140</pubmed></ref>。  


 またOCDとチック障害、あるいはトゥレット症候群とは、家族性、遺伝学的相互関連が推定されている<ref name="ref20"><pubmed>11690590</pubmed></ref>。すなわち、これらの障害をもつ患者の親族には、OCDが高率に見られ、同様にOCDの親族には、チック障害などの出現が高率とされる<ref name="ref20" />。この傾向は、患者が若年発症であるほど顕著であり、特に18歳未満の発症では、それ以降に発症した患者に比し、親族における閾値上ないし閾値下OCDの発病危険率が、約二倍であったとされる。一方遺伝子研究では、候補遺伝子としては、[[セロトニントランスポーター]]<ref><pubmed>14593431</pubmed></ref>や、[[グルタミン酸トランスポーター]]<ref><pubmed>16818866</pubmed></ref>が注目されている。最近の[[ゲノムワイド関連解析]]により、OCD自体、若年例、ないし保存症状の疾患感受性遺伝子の報告もなされているが<ref name="ref21"><pubmed>17329475</pubmed></ref>、未だ知見は乏しく、遺伝的要因の解明は十分なされていない。  
 またOCDとチック障害、あるいはトゥレット症候群とは、家族性、遺伝学的相互関連が推定されている<ref name="ref20"><pubmed>11690590</pubmed></ref>。すなわち、これらの障害をもつ患者の親族には、OCDが高率に見られ、同様にOCDの親族には、チック障害などの出現が高率とされる<ref name="ref20" />。この傾向は、患者が若年発症であるほど顕著であり、特に18歳未満の発症では、それ以降に発症した患者に比し、親族における閾値上ないし閾値下OCDの発病危険率が、約二倍であったとされる。一方遺伝子研究では、候補遺伝子としては、[[セロトニントランスポーター]]<ref><pubmed>14593431</pubmed></ref>や、[[グルタミン酸トランスポーター]]<ref><pubmed>16818866</pubmed></ref>が注目されている。最近の[[ゲノムワイド関連解析]]により、OCD自体、若年例、ないし保存症状の疾患感受性遺伝子の報告もなされているが<ref name="ref21"><pubmed>17329475</pubmed></ref>、未だ知見は乏しく、遺伝的要因の解明は十分なされていない。  
93行目: 102行目:
=== OCDの脳機能的病態  ===
=== OCDの脳機能的病態  ===


[[Image:強迫性障害 図3.jpg|thumb|350px|'''図3.Differential components of CSTC pathways'''<ref name=ref25><pubmed>22138231</pubmed></ref>]]  
[[Image:強迫性障害 図3.jpg|thumb|350px|'''図3.皮質-線条体-視床-皮質回路 (CSTC circuit)'''<ref name=ref25><pubmed>22138231</pubmed></ref><br>強迫症の原因回路と考えられている。]]  


 OCDに関する神経生物学的モデルでは、チック障害、トゥレット症候群など各種神経精神疾患との関連や、神経心理学的検査所見、外傷などによる限局性皮質損傷例、ならびに形態学的、機能的脳画像研究などの知見より、[[皮質]]-線条体-[[視床]]-皮質回路(cortico-striatal-thalamic-cortical (CSTC) circuit )が注目されている<ref name="ref18" /> <ref name="ref23">'''中尾智博'''<br>生物学的機序-治療的な観点から-<br>上島国利、松永寿人,多賀千明ほか編<br>エキスパートによる強迫性障害(OCD)治療ブック<br>''星和書店'', 東京, p41-52, 2010.</ref> <ref name="ref24"><pubmed>9829024</pubmed></ref> <ref name="ref25"><pubmed>22138231</pubmed></ref>。  
 OCDに関する神経生物学的モデルでは、チック障害、トゥレット症候群など各種神経精神疾患との関連や、神経心理学的検査所見、外傷などによる限局性皮質損傷例、ならびに形態学的、機能的脳画像研究などの知見より、[[皮質]]-線条体-[[視床]]-皮質回路(cortico-striatal-thalamic-cortical (CSTC) circuit)が注目されている<ref name="ref18" /> <ref name="ref23">'''中尾智博'''<br>生物学的機序-治療的な観点から-<br>上島国利、松永寿人,多賀千明ほか編<br>エキスパートによる強迫性障害(OCD)治療ブック<br>''星和書店'', 東京, p41-52, 2010.</ref> <ref name="ref24"><pubmed>9829024</pubmed></ref> <ref name="ref25"><pubmed>22138231</pubmed></ref>。  


 OCDの脳病態に関しては、いくつかの仮説が立てられているが、その中に、Saxenaら<ref name="ref24" />による[[前頭葉]]—皮質下回路に関する神経ネットワーク仮説(OCD-loop仮説)がある。これによれば、眼窩前頭前皮質[[|]](OFC)を主とした前頭葉領域の活性化に伴い、それらの領域からの入力を間接経路(背側[[前頭前野]]—線条体—[[淡蒼球]]—[[視床下核]]—淡蒼球—視床—皮質)と直接経路([[前頭眼窩面]]—線条体—淡蒼球—視床—皮質)に振り分ける[[尾状核]]において制御障害が生じ(ブレイン・ロック)、視床への抑制性の制御が弱まる。その結果[[視床]]と前頭眼窩面の間でさらなる相互活性が生じ、強迫症状が維持、増幅されるという。これらの領域の機能的役割を考えると、社会的に適切な行動をとるための検出機能をもつ眼窩前頭前皮質、行動のモニタリングと調節に主要な役割を果たす[[前部帯状皮質]] (ACC)、辺縁系や前頭葉からの入力を受けるゲート機能を有する尾状核、入力された情報に対するフィルター機能をもち皮質への投射を行う視床、といったように各々の部位が連携しながら円滑な行動の遂行を担っている<ref name="ref23" />。その後の検証によってOCD-loopにはさらに広汎な脳部位の関与を考慮する必要が出てきている<ref name="ref25" />(図3)  
 OCDの脳病態に関しては、いくつかの仮説が立てられているが、その中に、Saxenaら<ref name="ref24" />による[[前頭葉]]—皮質下回路に関する神経ネットワーク仮説(OCD-loop仮説)がある。これによれば、[[眼窩前頭前皮質]](OFC)を主とした前頭葉領域の活性化に伴い、それらの領域からの入力を間接経路(背側[[前頭前野]]—線条体—[[淡蒼球]]—[[視床下核]]—淡蒼球—視床—皮質)と直接経路([[前頭眼窩面]]—線条体—淡蒼球—視床—皮質)に振り分ける[[尾状核]]において制御障害が生じ(ブレイン・ロック)、視床への抑制性の制御が弱まる。その結果[[視床]]と前頭眼窩面の間でさらなる相互活性が生じ、強迫症状が維持、増幅されるという。これらの領域の機能的役割を考えると、社会的に適切な行動をとるための検出機能をもつ眼窩前頭前皮質、行動のモニタリングと調節に主要な役割を果たす[[前帯状皮質]] (ACC)、辺縁系や前頭葉からの入力を受けるゲート機能を有する尾状核、入力された情報に対するフィルター機能をもち皮質への投射を行う視床、といったように各々の部位が連携しながら円滑な行動の遂行を担っている<ref name="ref23" />。その後の検証によってOCD-loopにはさらに広汎な脳部位の関与を考慮する必要が出てきている<ref name="ref25" />(図3)


=== 神経化学システム  ===
=== 神経化学システム  ===


 強力な[[セロトニン]]([[Serotonin]]; [[5-HT]])再取り込み阻害作用を有する[[選択的セロトニン再取り込阻害薬]]([[Selective serotonin reuptake inhibitors]]; [[SSRI]]) は、OCDに対する薬物療法の第一選択薬であり、OCDの病態にセロトニン神経伝達異常が密接に関連するというセロトニン仮説の根拠とされている<ref name="ref18" /> <ref name="ref23" />。しかし現在ところ、特定のセロトニン受容体や機能異常の関与は明らかではなく、セロトニン系が特異的にというよりは、ドーパミン(dopamine)や[[ノルアドレナリン]]系を含む多くの[[神経伝達物質]]、及び神経調整機能が複雑に関連しているものと推定されている。例えば、ドーパミン系には、セロトニン動態やネットワーク自体に直接的調整作用を有しており、セロトニンはドーパミンに対し抑制的に作用するなど、セロトニン系とドーパミン系には、密接な相互関連が存在し、さらにOCDの病態生理にドーパミン系機能障害の直接的関与が示唆されている<ref name="ref23" />。またSSRI単独投与に抵抗性の、またはチック障害やトゥレット症候群などと関連したOCD患者に対し、[[抗精神病薬]]([[非定型抗精神病薬]]を含む)の付加的投与が有効である<ref name="ref10" /> <ref name="ref11" /> <ref name="ref12" /> <ref name="ref26">'''松永寿人'''<br>強迫性障害. 「神経症性障害の治療ガイドライン」精神科治療学26(10)増刊号<br>(編集;「精神科治療学」編集委員会) ''星和書店''、東京、pp56-67.2011.</ref>。この様に、少なくともOCDの一部では、セロトニン、ドーパミン伝達系双方が、強迫症状の病態生理に関わる可能性があり、基底核における両者の機能的相互作用が存在し、ドーパミン系に対するセロトニン系の持続的抑制の減弱により、ドーパミン機能亢進が生じている可能性などが推定されている。  
 強力な[[セロトニン]]([[Serotonin]]; [[5-HT]])再取り込み阻害作用を有する[[選択的セロトニン再取り込阻害薬]] ([[Selective serotonin reuptake inhibitors]]; [[SSRI]]) は、OCDに対する薬物療法の第一選択薬であり、OCDの病態にセロトニン神経伝達異常が密接に関連するというセロトニン仮説の根拠とされている<ref name="ref18" /> <ref name="ref23" />。しかし現在ところ、特定のセロトニン受容体や機能異常の関与は明らかではなく、セロトニン系が特異的にというよりは、ドーパミン(dopamine)や[[ノルアドレナリン]]系を含む多くの[[神経伝達物質]]、及び神経調整機能が複雑に関連しているものと推定されている。例えば、ドーパミン系には、セロトニン動態やネットワーク自体に直接的調整作用を有しており、セロトニンはドーパミンに対し抑制的に作用するなど、セロトニン系とドーパミン系には、密接な相互関連が存在し、さらにOCDの病態生理にドーパミン系機能障害の直接的関与が示唆されている<ref name="ref23" />。また選択的セロトニン再取り込阻害薬単独投与に抵抗性の、またはチック障害やトゥレット症候群などと関連したOCD患者に対し、[[抗精神病薬]]([[非定型抗精神病薬]]を含む)の付加的投与が有効である<ref name="ref10" /> <ref name="ref11" /> <ref name="ref12" /> <ref name="ref26">'''松永寿人'''<br>強迫性障害. 「神経症性障害の治療ガイドライン」精神科治療学26(10)増刊号<br>(編集;「精神科治療学」編集委員会) ''星和書店''、東京、pp56-67.2011.</ref>。この様に、少なくともOCDの一部では、セロトニン、ドーパミン伝達系双方が、強迫症状の病態生理に関わる可能性があり、基底核における両者の機能的相互作用が存在し、ドーパミン系に対するセロトニン系の持続的抑制の減弱により、ドーパミン機能亢進が生じている可能性などが推定されている。  


 近年、OCDにおける[[グルタミン酸]]系機能異常の関与が注目されている<ref name="ref27"><pubmed>15841109</pubmed></ref>。特にこの過剰状態は、直接的経路の活性亢進を介して、OCDの病態に関連すると推定されている。また[[NMDA型グルタミン酸受容体|N-metyl-<small>D</small>-aspartate (NMDA)型グルタミン酸受容体]]は、認知行動療法時における学習や記憶、そして新たな行動パターンの習得に関連している<ref name="ref28"><pubmed>16919524</pubmed></ref>。この部分アゴニストである[[D-サイクロセリン]]は、[[向知性薬]]として、この作用を増強し、暴露時の恐怖消去を促して認知行動療法の有効性を高める効果が期待されている<ref name="ref29"><pubmed>21865528</pubmed></ref> <ref name="ref30"><pubmed>18316423</pubmed></ref>。  
 近年、OCDにおける[[グルタミン酸]]系機能異常の関与が注目されている<ref name="ref27"><pubmed>15841109</pubmed></ref>。特にこの過剰状態は、直接的経路の活性亢進を介して、OCDの病態に関連すると推定されている。また[[NMDA型グルタミン酸受容体|N-methyl-<small>D</small>-aspartate (NMDA)型グルタミン酸受容体]]は、認知行動療法時における学習や記憶、そして新たな行動パターンの習得に関連している<ref name="ref28"><pubmed>16919524</pubmed></ref>。この部分アゴニストである[[D-サイクロセリン|<small>D</small>-サイクロセリン]]は、[[向知性薬]]として、この作用を増強し、暴露時の恐怖消去を促して認知行動療法の有効性を高める効果が期待されている<ref name="ref29"><pubmed>21865528</pubmed></ref> <ref name="ref30"><pubmed>18316423</pubmed></ref>。


== 治療  ==
== 治療  ==
121行目: 130行目:
 薬物療法の第一選択は、OCDの保険適応を有している選択的セロトニン再取り込み阻害薬([[フルボキサミン]]、[[パロキセチン]])、あるいは[[クロミプラミン]]([[アナフラニ―ル]])などの強力なセロトニン再取り込み阻害作用をもつ[[抗うつ薬]]である。選択的セロトニン再取り込み阻害薬の副作用は、[[三環系抗うつ剤|三環系]]など他の抗うつ薬に比し軽度で、より安全性に優れるが、吐き気や不安増強などを一過性に認めることがある。これらの標準的な初期用量や投与量を表2に示す<ref name="ref33"><pubmed>22527872</pubmed></ref>。  
 薬物療法の第一選択は、OCDの保険適応を有している選択的セロトニン再取り込み阻害薬([[フルボキサミン]]、[[パロキセチン]])、あるいは[[クロミプラミン]]([[アナフラニ―ル]])などの強力なセロトニン再取り込み阻害作用をもつ[[抗うつ薬]]である。選択的セロトニン再取り込み阻害薬の副作用は、[[三環系抗うつ剤|三環系]]など他の抗うつ薬に比し軽度で、より安全性に優れるが、吐き気や不安増強などを一過性に認めることがある。これらの標準的な初期用量や投与量を表2に示す<ref name="ref33"><pubmed>22527872</pubmed></ref>。  


<br> '''表2.生物学的根拠に基づく強迫性障害の薬物療法の流れ'''<br>18-68歳のOCD患者に推奨される選択的セロトニン再取り込み阻害薬の使用量<br>  
<br> '''表2.生物学的根拠に基づく強迫症の薬物療法の流れ'''<br>18-68歳のOCD患者に推奨される選択的セロトニン再取り込み阻害薬の使用量<br>  


{| width="512" cellspacing="1" cellpadding="1" border="1"
{| width="512" cellspacing="1" cellpadding="1" border="1"
155行目: 164行目:
=== 認知行動療法 ===
=== 認知行動療法 ===


 [[曝露反応妨害法]]を用いることが多く、これまで恐れ回避していたことに直面化し(曝露法)、不安を軽減する為の強迫行為をあえてしないこと(反応妨害法)を継続的に練習する<ref name="ref1" /> <ref name="ref12" />。その効果には、洞察や治療的動機づけの程度が影響する為、予めこれらを評価し適応を判断する。導入時には行動分析が重要であり、症状がどの様な場面や刺激により出現し、どの様な観念が生じて不安になるか、どの様な行為や回避を伴い、家族など周囲の巻き込みはあるか、日常や社会生活への影響はどの程度かなどを明確にして、治療目標を具体的に決める。課題設定は、通常不安階層表(ヒエラルキー)の不安値の低いものから順次行うが、患者が一番治したいもの、生活や社会的機能に関連し治療効果を実感しやすいものなどを、優先させる場合もある。当初は概ね治療者主導であるが、自ら課題を考え、問題を分析し解決する方法を模索するなど、徐々に自己制御へ移行することが重要である。
 [[曝露反応妨害法]]を用いることが多く、これまで恐れ回避していたことに直面化し(曝露法)、不安を軽減する為の強迫行為をあえてしないこと(反応妨害法)を継続的に練習する<ref name="ref1" /> <ref name="ref12" />。その効果には、洞察や治療的動機づけの程度が影響する為、予めこれらを評価し適応を判断する。


 前述したが、OCD患者の中で、明確な強迫観念や切迫した不安の先行を認めず強迫行為に至るものでは、履物など物の並べ方の正確性にこだわり、儀式的に常同行為を繰り返してしまう。この中で思うように完了できない時に不安焦燥が高じ、しばしば強迫性緩慢に陥る。この様なタイプにはERP以外の技法、例えばシェイピングやモデリング、限度設定、儀式短縮化訓練などが適用される<ref name="ref10" /> <ref name="ref11" />。  
 導入時には[[行動分析]]が重要であり、症状がどの様な場面や刺激により出現し、どの様な観念が生じて不安になるか、どの様な行為や回避を伴い、家族など周囲の巻き込みはあるか、日常や社会生活への影響はどの程度かなどを明確にして、治療目標を具体的に決める。課題設定は、通常不安階層表(ヒエラルキー)の不安値の低いものから順次行うが、患者が一番治したいもの、生活や社会的機能に関連し治療効果を実感しやすいものなどを、優先させる場合もある。
 
 当初は概ね治療者主導であるが、自ら課題を考え、問題を分析し解決する方法を模索するなど、徐々に自己制御へ移行することが重要である。
 
 前述したが、OCD患者の中で、明確な強迫観念や切迫した不安の先行を認めず強迫行為に至るものでは、履物など物の並べ方の正確性にこだわり、儀式的に常同行為を繰り返してしまう。この中で思うように完了できない時に不安焦燥が高じ、しばしば強迫性緩慢に陥る。この様なタイプにはERP以外の技法、例えばシェイピングやモデリング、限度設定、儀式短縮化訓練などが適用される<ref name="ref10" /> <ref name="ref11" />。


== 疫学 ==
== 疫学 ==
170行目: 183行目:
== 参考文献  ==
== 参考文献  ==


<references />  
<references />
 
<br> (執筆者:松永寿人 担当編集委員:加藤忠史)

案内メニュー