「強迫症」の版間の差分

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英語名:obsessive-compulsive disorder 独:Zwangsstörung 仏:trouble obsessionnel compulsif  
英語名:obsessive-compulsive disorder 独:Zwangsstörung 仏:trouble obsessionnel compulsif<br>
 
英略語:OCD <br>
英略語:OCD <br>
同義語: 強迫性障害
同義語: 強迫性障害
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 反復的または侵入的な思考やイメージ、繰り返し行動は、他の精神障害でもしばしば見られるが、内容がその障害の特異的病理に限定的な場合、OCDとは診断されない(体重やカロリーへの執着([[摂食障害]])、恐怖する対象や状況へのとらわれ([[恐怖症]])など)。大うつ病性障害では、[[抑うつ気分]]に一貫した側面として、家計など現実的問題を過剰に心配し、好ましくない状況や罪悪感などに執拗にとらわれる場合がある。しかし自我違和感や不合理性の洞察を伴わず、意欲・行為障害など、より多彩な病像を呈す。  
 反復的または侵入的な思考やイメージ、繰り返し行動は、他の精神障害でもしばしば見られるが、内容がその障害の特異的病理に限定的な場合、OCDとは診断されない(体重やカロリーへの執着([[摂食障害]])、恐怖する対象や状況へのとらわれ([[恐怖症]])など)。大うつ病性障害では、[[抑うつ気分]]に一貫した側面として、家計など現実的問題を過剰に心配し、好ましくない状況や罪悪感などに執拗にとらわれる場合がある。しかし自我違和感や不合理性の洞察を伴わず、意欲・行為障害など、より多彩な病像を呈す。  


 また[[統合失調症]]、[[幻聴]]や[[思考吹入]]などは、自らの心の産物ではなく、外部からの体験と認識される点で、また妄想的思考や奇異な[[常同行動]]は、通常[[自我異和性]]に乏しく現実的検討が加えられていない点で、それぞれ強迫症状と区別される。[[広汎性発達障害]]においても、限局的対象、ないし習慣、儀式への極端な執着や、常同的、反復的行動が認められる。しかしこれらは自らの興味や行動様式への頑なこだわりによるもので通常不安を伴わず、コミュニケーション障害なども見られる。
 また[[統合失調症]]、[[幻聴]]や[[思考吹入]]などは、自らの心の産物ではなく、外部からの体験と認識される点で、また妄想的思考や奇異な[[常同行動]]は、通常[[自我異和性]]に乏しく現実的検討が加えられていない点で、それぞれ強迫症状と区別される。[[広汎性発達障害]]においても、限局的対象、ないし[[習慣]]、儀式への極端な執着や、常同的、反復的行動が認められる。しかしこれらは自らの興味や行動様式への頑なこだわりによるもので通常不安を伴わず、コミュニケーション障害なども見られる。


== 臨床像 ==
== 臨床像 ==
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[[Image:強迫性障害 図1.jpg|thumb|350px|'''図1.強迫症状構造(Y-BOCSによる因子構造のメタ解析)'''<br>OCDにおけるsymptom dimension<ref name=ref6><pubmed>18923068</pubmed></ref><br>点線は、子供のみが関連しているもの]]  
[[Image:強迫性障害 図1.jpg|thumb|350px|'''図1.強迫症状構造(Y-BOCSによる因子構造のメタ解析)'''<br>OCDにおけるsymptom dimension<ref name=ref6><pubmed>18923068</pubmed></ref><br>点線は、子供のみが関連しているもの]]  


 表1に本邦のOCD患者における強迫症状の内容を出現頻度とともに示す<ref name="ref4"><pubmed>9718239</pubmed></ref>。  
 '''表1'''に本邦のOCD患者における強迫症状の内容を出現頻度とともに示す<ref name="ref4"><pubmed>9718239</pubmed></ref>。  
 
'''表1.日本人によくみられる強迫症状''' <ref><pubmed>9718239</pubmed></ref>


{| cellspacing="1" cellpadding="1" border="1"
{| class="wikitable"
|+表1.日本人によくみられる強迫症状<ref name="ref4"></ref>
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| 汚染恐怖 ー 洗浄強迫
| 汚染恐怖 ー 洗浄強迫
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 一般的に強迫症状は、外出時の施錠の確認、トイレ後の手洗いなど日常や社会生活における通常の思考やこだわり、行動の延長上に出現する。また多くの場合、「泥棒に入られるかも」、「汚染を周囲にばらまくかも」などの強迫観念が強迫行為に先行し、その過剰性や不合理性を理解しつつも、様々な認知的プロセスによる修飾がなされ、最悪の事態をイメージし、脅威の危険性や現実性の誤った認識、そして不安が自制できない程度にまで増強されてしまう。その結果、この脅威を完璧にコントロールしたいという欲求により、繰り返し行動に駆り立てられている<ref name="ref8">'''松永寿人、三戸宏典、山西恭輔ほか'''<br>典型例を知る「神経症性障害 2」強迫性障害」<br>''精神科治療学''27; 929-934, 2012.</ref>。この様な典型的なOCD患者では、他の不安症と同様に強迫症状が誘発される対象や状況を、しばしば避けようとする(回避)。また手洗いや確認を、自分の納得する方法で強要したり、「大丈夫か」の保証を繰り返し要求したりして、強迫症状に家族などを巻き込むことが多い<ref name="ref8" />。  
 一般的に強迫症状は、外出時の施錠の確認、トイレ後の手洗いなど日常や社会生活における通常の思考やこだわり、行動の延長上に出現する。また多くの場合、「泥棒に入られるかも」、「汚染を周囲にばらまくかも」などの強迫観念が強迫行為に先行し、その過剰性や不合理性を理解しつつも、様々な認知的プロセスによる修飾がなされ、最悪の事態をイメージし、脅威の危険性や現実性の誤った認識、そして不安が自制できない程度にまで増強されてしまう。その結果、この脅威を完璧にコントロールしたいという欲求により、繰り返し行動に駆り立てられている<ref name="ref8">'''松永寿人、三戸宏典、山西恭輔ほか'''<br>典型例を知る「神経症性障害 2」強迫性障害」<br>''精神科治療学''27; 929-934, 2012.</ref>。この様な典型的なOCD患者では、他の不安症と同様に強迫症状が誘発される対象や状況を、しばしば避けようとする(回避)。また手洗いや確認を、自分の納得する方法で強要したり、「大丈夫か」の保証を繰り返し要求したりして、強迫症状に家族などを巻き込むことが多い<ref name="ref8" />。  


 一方、強迫行為が不安反応として出現する典型的パターン以外にも、「厳密に適用しなければならないルールに従って、駆り立てられる様に行なわれる」場合がある<ref name="ref2" /> <ref name="ref8" />。例えば、スリッパを完璧な左右対称に並べ直す動作を延々と繰り返したり、本の背の高さをきちんと正確に揃えることにこだわり、整頓が止まらなくなったりする。あるいは、腕を袖に通す時や髭を剃る際の感覚、ドアや冷蔵庫の扉を閉めた時の完璧な「ぴったり」感にこだわり、服の着脱や髭剃り、ドアの開閉など同じ動作を数時間にわたり何度もやり直したり、動けず固まったりして、次の行動に移れなくなる、いわゆる「[[強迫性緩慢]]」に陥ることがある<ref name="ref8" />。この様な繰り返し行為は、通常は観念、あるいは認知的不安増強プロセスの先行を認めず、あるいは不明瞭であり、概ね自我親和性で洞察に乏しい<ref name="ref8" />。この背景には、[[チック障害]]([[tic disorder]]; TD)との密接な関連、そしてチック症状に先行する[[感覚知覚現象]]&nbsp;(sensory phenomena)と同様に、“まさにぴったり”感 (just right feeling)の追求や不完全感を解消したいという精神知覚、あるいは物に触る感覚へのこだわりなどがしばしば見られ、OCDからチック障害に至る連続性が想定される<ref name="ref8" /> <ref name="ref9"><pubmed>16389213</pubmed></ref> <ref name="ref10">'''金生由紀子'''<br>チック障害との関連によるOCDの検討<br>''精神経誌'' 111; 810-815, 2009.</ref> <ref name="ref11">'''山西恭輔、荒井克純、林田和久ほか'''<br>トウレット症候群を伴う強迫性障害の臨床像と治療~blonanserineを用いたSSRI強化療法を中心に~<br>''最新精神医学''20; 326-332, 2012.</ref>。[[DSM-5]]では、新たなサブタイプとして、慢性チック障害の生涯罹病を有するOCD患者は、「チック関連性」と特定される予定である。  
 一方、強迫行為が不安反応として出現する典型的パターン以外にも、「厳密に適用しなければならないルールに従って、駆り立てられる様に行なわれる」場合がある<ref name="ref2" /> <ref name="ref8" />。例えば、スリッパを完璧な左右対称に並べ直す動作を延々と繰り返したり、本の背の高さをきちんと正確に揃えることにこだわり、整頓が止まらなくなったりする。あるいは、腕を袖に通す時や髭を剃る際の感覚、ドアや冷蔵庫の扉を閉めた時の完璧な「ぴったり」感にこだわり、服の着脱や髭剃り、ドアの開閉など同じ動作を数時間にわたり何度もやり直したり、動けず固まったりして、次の行動に移れなくなる、いわゆる「[[強迫性緩慢]]」に陥ることがある<ref name="ref8" />。この様な繰り返し行為は、通常は観念、あるいは認知的不安増強プロセスの先行を認めず、あるいは不明瞭であり、概ね自我親和性で洞察に乏しい<ref name="ref8" />。この背景には、[[チック障害]]([[tic disorder]]; TD)との密接な関連、そしてチック症状に先行する[[感覚知覚現象]]&nbsp;(sensory phenomena)と同様に、“まさにぴったり”感 (just right feeling)の追求や不完全感を解消したいという精神知覚、あるいは物に触る感覚へのこだわりなどがしばしば見られ、OCDからチック障害に至る連続性が想定される<ref name="ref8" /> <ref name="ref9"><pubmed>16389213</pubmed></ref> <ref name="ref10">'''金生由紀子'''<br>チック障害との関連によるOCDの検討<br>''精神経誌'' 111; 810-815, 2009.</ref> <ref name="ref11">'''山西恭輔、荒井克純、林田和久ほか'''<br>トウレット症候群を伴う強迫性障害の臨床像と治療~blonanserineを用いたSSRI強化療法を中心に~<br>''最新精神医学''20; 326-332, 2012.</ref>。[[DSM-5]]では、新たなサブタイプとして、慢性チック障害の生涯罹病を有するOCD患者は、「チック関連性」と特定される予定である。


=== 併発症  ===
=== 併発症  ===
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=== 認知行動療法 ===
=== 認知行動療法 ===


 [[曝露反応妨害法]]を用いることが多く、これまで恐れ回避していたことに直面化し(曝露法)、不安を軽減する為の強迫行為をあえてしないこと(反応妨害法)を継続的に練習する<ref name="ref1" /> <ref name="ref12" />。その効果には、洞察や治療的動機づけの程度が影響する為、予めこれらを評価し適応を判断する。導入時には行動分析が重要であり、症状がどの様な場面や刺激により出現し、どの様な観念が生じて不安になるか、どの様な行為や回避を伴い、家族など周囲の巻き込みはあるか、日常や社会生活への影響はどの程度かなどを明確にして、治療目標を具体的に決める。課題設定は、通常不安階層表(ヒエラルキー)の不安値の低いものから順次行うが、患者が一番治したいもの、生活や社会的機能に関連し治療効果を実感しやすいものなどを、優先させる場合もある。当初は概ね治療者主導であるが、自ら課題を考え、問題を分析し解決する方法を模索するなど、徐々に自己制御へ移行することが重要である。
 [[曝露反応妨害法]]を用いることが多く、これまで恐れ回避していたことに直面化し(曝露法)、不安を軽減する為の強迫行為をあえてしないこと(反応妨害法)を継続的に練習する<ref name="ref1" /> <ref name="ref12" />。その効果には、洞察や治療的動機づけの程度が影響する為、予めこれらを評価し適応を判断する。
 
 導入時には[[行動分析]]が重要であり、症状がどの様な場面や刺激により出現し、どの様な観念が生じて不安になるか、どの様な行為や回避を伴い、家族など周囲の巻き込みはあるか、日常や社会生活への影響はどの程度かなどを明確にして、治療目標を具体的に決める。課題設定は、通常不安階層表(ヒエラルキー)の不安値の低いものから順次行うが、患者が一番治したいもの、生活や社会的機能に関連し治療効果を実感しやすいものなどを、優先させる場合もある。
 
 当初は概ね治療者主導であるが、自ら課題を考え、問題を分析し解決する方法を模索するなど、徐々に自己制御へ移行することが重要である。


 前述したが、OCD患者の中で、明確な強迫観念や切迫した不安の先行を認めず強迫行為に至るものでは、履物など物の並べ方の正確性にこだわり、儀式的に常同行為を繰り返してしまう。この中で思うように完了できない時に不安焦燥が高じ、しばしば強迫性緩慢に陥る。この様なタイプにはERP以外の技法、例えばシェイピングやモデリング、限度設定、儀式短縮化訓練などが適用される<ref name="ref10" /> <ref name="ref11" />。  
 前述したが、OCD患者の中で、明確な強迫観念や切迫した不安の先行を認めず強迫行為に至るものでは、履物など物の並べ方の正確性にこだわり、儀式的に常同行為を繰り返してしまう。この中で思うように完了できない時に不安焦燥が高じ、しばしば強迫性緩慢に陥る。この様なタイプにはERP以外の技法、例えばシェイピングやモデリング、限度設定、儀式短縮化訓練などが適用される<ref name="ref10" /> <ref name="ref11" />。


== 疫学 ==
== 疫学 ==