「抑制性シナプス」の版間の差分

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===長期増強と長期抑圧===
===長期増強と長期抑圧===
[[image:抑制性シナプス4.png|thumb|450px|'''図4.GABAの放出確率調節による抑制性LTP(iLTP)とLTD(iLTD)モデル'''<br>(A)内因性カンナビノイド(eCB)を介したiLTD, (B)脳由来神経栄養因子(BDNF)を介したiLTP, (C)一酸化窒素(NO)を介したiLTP, (D)前シナプスのNMDA型グルタミン酸受容体を介したiLTDおよびiLTP<br>(mGluR-I:グループ1代謝型グルタミン酸受容体、PLC:ホスホリパーゼC、DAG:ジアシルグリセロール、DGL:ジアシルグリセロールリパーゼ、2-AG:2-アラキドノイルグリセロール、CB1R:カンナビノイド受容体I型、VGCC:電位依存性カルシウムチャネル、、PKA:プロテインキナーゼA、CaN:カルシニューリン、RIM1α:Rab3相互作用分子1α、TrkB受容体:脳由来神経栄養因子受容体、NOS:一酸化窒素合成酵素、GC:グアニル酸シクラーゼ、cGMP:環状グアノシン一リン酸)<ref name=ref55><pubmed>21334194</pubmed></ref>を改変]]
[[image:抑制性シナプス4.png|thumb|450px|'''図4.GABAの放出確率調節による抑制性LTP(iLTP)とLTD(iLTD)モデル'''<br>(A)[[内因性カンナビノイド]]([[内因性カンナビノイド|eCB]])を介したiLTD, (B)[[脳由来神経栄養因子]]([[BDNF]])を介したiLTP, (C)[[一酸化窒素]]([[NO]])を介したiLTP, (D)前シナプスの[[NMDA型グルタミン酸受容体]]を介したiLTDおよびiLTP<br>([[mGluR]]-I:グループ1[[代謝型グルタミン酸受容体]]、[[ホスホリパーゼC|PLC]]:[[ホスホリパーゼC]]、[[DAG]]:[[ジアシルグリセロール]]、[[ジアシルグリセロールリパーゼ|DGL]]:[[ジアシルグリセロールリパーゼ]]、[[2-AG]]:[[2-アラキドノイルグリセロール]]、[[CB1R]]:[[カンナビノイド受容体I型]]、[[VGCC]]:[[電位依存性カルシウムチャネル]]、[[PKA]]:[[プロテインキナーゼA]]、[[カルシニューリン |CaN]]:[[カルシニューリン]]、[[RIM1α]]:[[Rab3相互作用分子1α]]、[[TrkB受容体]]:[[脳由来神経栄養因子受容体]]、[[NOS]]:[[一酸化窒素合成酵素]]、[[グアニル酸シクラーゼ|GC]]:[[グアニル酸シクラーゼ]]、[[cGMP]]:[[環状グアノシン一リン酸]])<ref name=ref55><pubmed>21334194</pubmed></ref>を改変]]


 [[長期増強]]([[long-term potentiation]]:[[LTP]])と[[長期抑圧]]([[long-term depression]]:[[LTD]])は、刺激の頻度とタイミングによって、その後のシナプス伝達効率の変化が長時間に渡って持続する現象である。前者は伝達効率が上昇する一方、後者は伝達効率が減少する。このLTPとLTDは興奮性シナプスにおいてよく知られているが、抑制性シナプスにおいても生じることが報告されている(iLTP/iLTD)<ref name=ref50><pubmed>2882427</pubmed></ref> <ref name=ref51><pubmed>1729715</pubmed></ref> <ref name=ref52><pubmed>1313949</pubmed></ref> <ref name=ref53><pubmed>8103683</pubmed></ref>。いずれの現象についても、前シナプスと後シナプスそれぞれにおける様々な機序によって生じることが報告されている<ref name=ref54><pubmed>12392931</pubmed></ref>。前シナプスについては、[[内因性カンナビノイド]][[脳由来神経栄養因子]]([[BDNF]])、[[一酸化窒素]]([[NO]])などの[[逆行性シグナル]]や神経前終末の[[NMDA型グルタミン酸受容体]]を介して、伝達物質の[[放出確率]]を調節するメカニズムが考えられている(図4)。
 [[長期増強]]([[long-term potentiation]]:[[LTP]])と[[長期抑圧]]([[long-term depression]]:[[LTD]])は、刺激の頻度とタイミングによって、その後のシナプス伝達効率の変化が長時間に渡って持続する現象である。前者は伝達効率が上昇する一方、後者は伝達効率が減少する。このLTPとLTDは興奮性シナプスにおいてよく知られているが、抑制性シナプスにおいても生じることが報告されている(iLTP/iLTD)<ref name=ref50><pubmed>2882427</pubmed></ref> <ref name=ref51><pubmed>1729715</pubmed></ref> <ref name=ref52><pubmed>1313949</pubmed></ref> <ref name=ref53><pubmed>8103683</pubmed></ref>。いずれの現象についても、前シナプスと後シナプスそれぞれにおける様々な機序によって生じることが報告されている<ref name=ref54><pubmed>12392931</pubmed></ref>。前シナプスについては、[[内因性カンナビノイド]]([[内因性カナビノイド|eCB]])、[[脳由来神経栄養因子]]([[BDNF]])、[[一酸化窒素]]([[NO]])などの[[逆行性シグナル]]や神経前終末の[[NMDA型グルタミン酸受容体]]を介して、伝達物質の[[放出確率]]を調節するメカニズムが考えられている(図4)。


* '''内因性カンナビノイドを介したiLTD(図4A)'''<br />シナプス後膜のグループI[[代謝型グルタミン酸受容体]](mGluR-I)の活性化によって、内因性カンナビノイドである[[2-アラキドノイルグリセロール]]([[2-AG]])が産生、放出される。これにより抑制性シナプス前終末の[[カンナビノイド受容体]]I型([[CB1R]])が活性化すると、[[プロテインキナーゼA]]([[PKA]])活性が低下し、[[アクティブゾーン]]タンパク質である[[RIM1&alpha;]]([[Rab3相互作用分子1&alpha;]])の[[リン酸化]]が減少する。同時に、[[細胞内カルシウム]]上昇によって[[カルシニューリン]]([[CaN]])が活性化すると、RIM1αの[[脱リン酸化]]が促進され、結果的にRIM1α依存的なGABAの放出が減弱する。


<GABAの放出確率調節による抑制性LTP(iLTP)とLTD(iLTD)モデル(図4)>
* '''脳由来神経栄養因子を介したiLTP(図4B)'''<br />細胞内のカルシウムイオン濃度上昇によってシナプス後細胞から脳由来神経栄養因子が放出される。それによりシナプス前終末に発現する[[TrkB受容体]]が活性化することで、GABA放出が増加する。また、シナプス後細胞におけるGABA<sub>B</sub>受容体の活性化は、細胞内カルシウムストアからのカルシウムイオンの放出を誘導する。


・内因性カンナビノイド(eCB)を介したiLTD
* '''一酸化窒素を介したiLTP(図4C)<br />'''細胞内のカルシウム濃度上昇によって[[一酸化窒素合成酵素]]([[NOS]])が活性化し、一酸化窒素が産生される。細胞膜を透過したNOは、シナプス前終末の[[グアニル酸シクラーゼ]](GC)に作用して[[環状グアノシン一リン酸]]([[cGMP]])を増加させ、その結果GABA放出を増加させる。一方、NOによるcGMPの上昇は、[[&mu;オピオイド受容体]]([[μOR]])の活性化によって阻害される。


シナプス後膜のグループI代謝型グルタミン酸受容体(mGluR-I)の活性化によって、内因性カンナビノイドである2-アラキドノイルグリセロール(2-AG)が産生、放出される。これにより抑制性シナプス前終末のカンナビノイド受容体I型(CB1R)が活性化すると、プロテインキナーゼA(PKA)活性が低下し、アクティブゾーンタンパク質であるRIM1α(Rab3相互作用分子1α)のリン酸化が減少する。同時に、細胞内カルシウム上昇によってカルシニューリン(CaN)が活性化すると、RIM1αの脱リン酸化が促進され、結果的にRIM1α依存的なGABAの放出が減弱する。
* '''前シナプスのNMDA型受容体を介したiLTDおよびiLTP(図4D)'''<br />抑制性神経前終末に発現したNMDA型グルタミン酸受容体の活性化は、細胞内カルシウム濃度を上昇させる。これによって、GABA放出の減弱(iLTD)、あるいはプロテインキナーゼA(PKA)の活性化とアクティブゾーンタンパク質であるRab3相互作用分子1α(RIM1α)のリン酸化を介してGABA放出の増強(iLTP)を誘導する。


・脳由来神経栄養因子(BDNF)を介したiLTP
 一方、後シナプスについては、[[GABARAP]]など[[受容体]]の輸送に関わる分子やGABA<sub>A</sub>受容体自体の[[リン酸化]]‐[[脱リン酸化]]によって、シナプスにおける受容体の数や局在、[[イオン透過性]]などの構造的・機能的修飾が生じることが報告されている<ref name=ref55 />。また、この他には[[KCC2]]や[[NKCC1]]などの細胞内塩化物イオン濃度調節機構への作用によって細胞内塩化物イオン濃度が変化し、その結果GABAやグリシンによる応答の振幅が変化することも示唆されている<ref name=ref56><pubmed>16837578</pubmed></ref>。
 
細胞内のカルシウムイオン濃度上昇によってシナプス後細胞から脳由来神経栄養因子(BDNF)が放出される。それによりシナプス前終末に発現するTrkB受容体が活性化することで、GABA放出が増加する。また、シナプス後細胞におけるGABAB受容体の活性化は、細胞内カルシウムストアからのカルシウムイオンの放出を誘導する。
 
・一酸化窒素(NO)を介したiLTP
 
細胞内のカルシウム濃度上昇によって一酸化窒素合成酵素(NOS)が活性化し、一酸化窒素(NO)が産生される。細胞膜を透過したNOは、シナプス前終末のグアニル酸シクラーゼ(GC)に作用してグアノシン一リン酸(cGMP)を増加させ、その結果GABA放出を増加させる。一方、NOによるcGMPの上昇は、ミューオピオイド受容体(μOR)の活性化によって阻害される。
 
・前シナプスのNMDA型受容体を介したiLTDおよびiLTP
 
抑制性神経前終末に発現したNMDA型受容体の活性化は、細胞内カルシウム濃度を上昇させる。これによって、GABA放出の減弱(iLTD)、あるいはプロテインキナーゼA(PKA)の活性化とアクティブゾーンタンパク質であるRab3相互作用分子1α(RIM1α)のリン酸化を介してGABA放出の増強(iLTP)を誘導する。
 
 
 一方、後シナプスについては、[[GABARAP]]など[[受容体]]の輸送に関わる分子やGABA<sub>A</sub>受容体自体の[[リン酸化]]‐[[脱リン酸化]]によって、シナプスにおける受容体の数や局在、イオン透過性などの構造的・機能的修飾が生じることが報告されている<ref name=ref55 />。また、この他にはKCC2やNKCC1などの細胞内塩化物イオン濃度調節機構への作用によって細胞内塩化物イオン濃度が変化し、その結果GABAやグリシンによる応答の振幅が変化することも示唆されている<ref name=ref56><pubmed>16837578</pubmed></ref>。


==シナプス外受容体による持続性抑制==
==シナプス外受容体による持続性抑制==