「抗精神病薬」の版間の差分

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[[Image:第2世代抗精神病薬の構造式.jpg|thumb|right|300px|'''図2 代表的な第2,3世代抗精神病薬の化学構造式''']]  
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 SDAとしてリスペリドン、ペロスピロン、パリペリドン、lurasidone(本邦臨床試験中)、ziprasidone(本邦臨床試験中)、asenapine(本邦臨床試験中)がある。多元受容体標的化抗精神病薬 (multi-acting receptor-targeted antipsychotics; MARTA)としてクロザピン、オランザピン、クエチアピンがあるが、欧米ではMARTAの呼称は一般的ではない。ブロナンセリンはD<sub>2</sub>受容体の親和性が5-HT<sub>2A</sub>受容体の親和性よりも強いSGAであるため、Dopamine Serotonin Antagonist (DSA)と呼ぶ研究者もいる。なお、本邦では未承認のamisulprideは、D<sub>2</sub>受容体よりもD<sub>3</sub>受容体に選択性が高いベンズアミド誘導体でありSGAに分類される。(図2)  
 SDAとしてリスペリドン、ペロスピロン、パリペリドン、ルラシドン(lurasidone)(本邦臨床試験中)、ジプラシドン(ziprasidone)(本邦臨床試験中)、アセナピン(asenapine)(本邦臨床試験中)がある。多元受容体標的化抗精神病薬 (multi-acting receptor-targeted antipsychotics; MARTA)としてクロザピン、オランザピン、クエチアピンがあるが、欧米ではMARTAの呼称は一般的ではない。ブロナンセリンはD<sub>2</sub>受容体の親和性が5-HT<sub>2A</sub>受容体の親和性よりも強いSGAであるため、Dopamine Serotonin Antagonist (DSA)と呼ぶ研究者もいる。なお、本邦では未承認のアミスルプリド(amisulpride)は、D<sub>2</sub>受容体よりもD<sub>3</sub>受容体に選択性が高いベンズアミド誘導体でありSGAに分類される。(図2)  


=== 第3世代  ===
=== 第3世代  ===


 アリピプラゾールが現在上市されており、[[dopamine system stabilizer]] (DSS)とも称される。D<sub>2</sub>受容体と5-HT<sub>1A</sub>部分作動作用などを有するOPC-34712と、D<sub>2</sub>とD<sub>3</sub>受容体の遮断作用と部分作動作用を有するcariprazineは、2012年4月現在臨床試験中である。
 アリピプラゾールが現在上市されており、[[dopamine system stabilizer]] (DSS)とも称される。D<sub>2</sub>受容体と5-HT<sub>1A</sub>部分作動作用などを有するOPC-34712と、D<sub>2</sub>とD<sub>3</sub>受容体の遮断作用と部分作動作用を有するカリプラジン(cariprazine)は、2012年4月現在臨床試験中である。


== 作用機序  ==
== 作用機序  ==
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 KapurとSeemanら <ref><pubmed> 11229973 </pubmed></ref>は、抗精神病薬がいかに速くD<sub>2</sub>受容体に結合するかよりも、D<sub>2</sub>受容体からいかに速く解離するか(k<sub>off</sub>で示す)が、SGAの“非定型性”に重要であるとする「急速解離 (fast dissociation)仮説」を提唱した。すなわちすべての抗精神病薬は、D<sub>2</sub>受容体からの解離の速度にかかわらず、その占拠率に応じて持続性の ドーパミン伝達を抑制する。しかし、D<sub>2</sub>受容体から素早く解離できる薬剤は、ストレスなどによるドーパミンの一過性の過剰放出に反応して速やかに置換することで、ドーパミン伝達をより生理的に近い状態に保持できると考えた。Loose bindingは、内因性のドーパミンよりD<sub>2</sub>受容体に対する親和性が弱いクロザピン、クエチアピン、オランザピンでEPSが少ない理由の一つとなり、fast dissociationはクロザピン、クエチアピン、ペロスピロンによるEPSや高プロラクチン血症の発現頻度が少ない機序を説明可能である。しかしリスペリドンは、内因性のドーパミンより強く結合し、1日1回投与でも24時間以上D<sub>2</sub>受容体の阻害が持続する抗精神病薬であり、彼らの理論に当てはまらない。同様に、SGAのブロナンセリンやオランザピンは遅いk<sub>off</sub>を示す。したがって「セロトニン-ドーパミン仮説」や「急速解離仮説」は、多くのSGAの作用機序を説明できるのは事実であるが、すべてのSGAに共通した機序ではない点に留意する必要がある <ref name="ref2"><pubmed> 15289815 </pubmed></ref>。  
 KapurとSeemanら <ref><pubmed> 11229973 </pubmed></ref>は、抗精神病薬がいかに速くD<sub>2</sub>受容体に結合するかよりも、D<sub>2</sub>受容体からいかに速く解離するか(k<sub>off</sub>で示す)が、SGAの“非定型性”に重要であるとする「急速解離 (fast dissociation)仮説」を提唱した。すなわちすべての抗精神病薬は、D<sub>2</sub>受容体からの解離の速度にかかわらず、その占拠率に応じて持続性の ドーパミン伝達を抑制する。しかし、D<sub>2</sub>受容体から素早く解離できる薬剤は、ストレスなどによるドーパミンの一過性の過剰放出に反応して速やかに置換することで、ドーパミン伝達をより生理的に近い状態に保持できると考えた。Loose bindingは、内因性のドーパミンよりD<sub>2</sub>受容体に対する親和性が弱いクロザピン、クエチアピン、オランザピンでEPSが少ない理由の一つとなり、fast dissociationはクロザピン、クエチアピン、ペロスピロンによるEPSや高プロラクチン血症の発現頻度が少ない機序を説明可能である。しかしリスペリドンは、内因性のドーパミンより強く結合し、1日1回投与でも24時間以上D<sub>2</sub>受容体の阻害が持続する抗精神病薬であり、彼らの理論に当てはまらない。同様に、SGAのブロナンセリンやオランザピンは遅いk<sub>off</sub>を示す。したがって「セロトニン-ドーパミン仮説」や「急速解離仮説」は、多くのSGAの作用機序を説明できるのは事実であるが、すべてのSGAに共通した機序ではない点に留意する必要がある <ref name="ref2"><pubmed> 15289815 </pubmed></ref>。  


 SGAの中には5-HT<sub>2C</sub>、[[5-HT<sub>6</sub>]]、[[5-HT<sub>7</sub>]]受容体遮断作用や[[5-HT<sub>1A</sub>]]受容体部分作動作用を有する薬剤がある。5-HT<sub>1A</sub>受容体は、縫線核ではシナプス前の[[細胞体]]に自己受容体として存在し、5-HT ニューロンの発火率を抑制する。また辺縁系や大脳皮質ではシナプス後に存在し、発火率を抑制している。クロザピン、ペロスピロン、クエチアピンおよびziprasidoneは、5-HT<sub>1A</sub>受容体部分作動作用を有しており、D<sub>2</sub>と5-HT<sub>2A</sub>受容体間の相互作用と5-HT<sub>1A</sub>受容体の機能的活性化を介して、前頭葉皮質のドーパミン遊離を促進することで、陰性症状や認知機能障害、不安・抑うつ症状に対する効果が期待できる可能性がある。  
 SGAの中には5-HT<sub>2C</sub>、[[5-HT<sub>6</sub>]]、[[5-HT<sub>7</sub>]]受容体遮断作用や[[5-HT<sub>1A</sub>]]受容体部分作動作用を有する薬剤がある。5-HT<sub>1A</sub>受容体は、縫線核ではシナプス前の[[細胞体]]に自己受容体として存在し、5-HT ニューロンの発火率を抑制する。また辺縁系や大脳皮質ではシナプス後に存在し、発火率を抑制している。クロザピン、ペロスピロン、クエチアピンおよびジプラシドンは、5-HT<sub>1A</sub>受容体部分作動作用を有しており、D<sub>2</sub>と5-HT<sub>2A</sub>受容体間の相互作用と5-HT<sub>1A</sub>受容体の機能的活性化を介して、前頭葉皮質のドーパミン遊離を促進することで、陰性症状や認知機能障害、不安・抑うつ症状に対する効果が期待できる可能性がある。  


=== ドーパミン部分作動薬の作用機序  ===
=== ドーパミン部分作動薬の作用機序  ===
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=== 陽性症状と陰性症状  ===
=== 陽性症状と陰性症状  ===


 SGAとFGAの有効性を比較した150本の無作為化二重盲検比較試験のメタ解析 <ref name="ref3"><pubmed> 19058842 </pubmed></ref>では、4種類のSGA (amisulpiride、クロザピン、オランザピン、リスペリドン) が、[[陽性症状]]に対してFGAよりも有意に高いeffect size (-0.13〜-0.36)を示したが、他のSGA (アリピプラゾール、クエチアピン、sertindole、ziprasidone、ゾテピン)は、FGAと有意差がみられなかった。陰性症状に対しても、上記の4種類のSGAが、FGAよりも有意に高いeffect size (-0.13〜-0.32)を示したが、他のSGAは、FGAと有意差を認めなかった。ただし、一次性の陰性症状に対する有効性は、低用量のamisulpirideを除いて明らかではなく、SGAの一部は、抑うつ症状に対する改善効果や低いEPS発現率を介して、二次性の陰性症状に効果を発揮している可能性がある<ref name="ref1" />。
 SGAとFGAの有効性を比較した150本の無作為化二重盲検比較試験のメタ解析 <ref name="ref3"><pubmed> 19058842 </pubmed></ref>では、4種類のSGA (アミスルピリド(amisulpiride)、クロザピン、オランザピン、リスペリドン) が、[[陽性症状]]に対してFGAよりも有意に高いeffect size (-0.13〜-0.36)を示したが、他のSGA (アリピプラゾール、クエチアピン、セルチンドール(sertindole)、ジプラシドン、ゾテピン)は、FGAと有意差がみられなかった。陰性症状に対しても、上記の4種類のSGAが、FGAよりも有意に高いeffect size (-0.13〜-0.32)を示したが、他のSGAは、FGAと有意差を認めなかった。ただし、一次性の陰性症状に対する有効性は、低用量のアミスルピリドを除いて明らかではなく、SGAの一部は、抑うつ症状に対する改善効果や低いEPS発現率を介して、二次性の陰性症状に効果を発揮している可能性がある<ref name="ref1" />。


 抗精神病薬の短期間の有効性 (efficacy)を検証する臨床試験は、厳密に統制された条件下で実施するため、その結果が日常臨床にすぐに還元できるとは限らない。そこで、対象患者や併用薬などの制限を緩和し、実際の臨床現場の実情を反映した総合的な治療効果(有用性:effectiveness)を示す評価指標を用いたより長期のアウトカム(effectiveness)試験が、デザインされ実施されてきた。その代表的な試験は、米国政府主導で実施された[[wikipedia:Clinical Antipsychotic Trials of Intervention Effectiveness|Clinical Antipsychotic Trials of Intervention Effectiveness]] (CATIE)である <ref><pubmed> 16172203 </pubmed></ref>。CATIEは1,493名の慢性期統合失調症患者を対象とした3相から成る18か月間の多施設二重盲検比較試験で、主要評価項目は「あらゆる理由による治療中断」である。第I相では、SGA4剤 (オランザピン、クエチアピン、リスペリドン、ziprasidone)とFGAのペルフェナジンが比較され、オランザピンが最も低い治療中断率(64%)を示したが、その他のSGAは陽性症状や陰性症状に対してペルフェナジンと有意な違いを示さなかった。
 抗精神病薬の短期間の有効性 (efficacy)を検証する臨床試験は、厳密に統制された条件下で実施するため、その結果が日常臨床にすぐに還元できるとは限らない。そこで、対象患者や併用薬などの制限を緩和し、実際の臨床現場の実情を反映した総合的な治療効果(有用性:effectiveness)を示す評価指標を用いたより長期のアウトカム(effectiveness)試験が、デザインされ実施されてきた。その代表的な試験は、米国政府主導で実施された[[wikipedia:Clinical Antipsychotic Trials of Intervention Effectiveness|Clinical Antipsychotic Trials of Intervention Effectiveness]] (CATIE)である <ref><pubmed> 16172203 </pubmed></ref>。CATIEは1,493名の慢性期統合失調症患者を対象とした3相から成る18か月間の多施設二重盲検比較試験で、主要評価項目は「あらゆる理由による治療中断」である。第I相では、SGA4剤 (オランザピン、クエチアピン、リスペリドン、ジプラシドン)とFGAのペルフェナジンが比較され、オランザピンが最も低い治療中断率(64%)を示したが、その他のSGAは陽性症状や陰性症状に対してペルフェナジンと有意な違いを示さなかった。


 498名の初回エピソード統合失調症患者を対象とした[[wikipedia:European First-Episode Schizophrenia Trial|European First-Episode Schizophrenia Trial]] (EUFEST)は、1年間の多施設オープン無作為化試験であり、amisulpride、オランザピン、クエチアピンおよびziprasidoneのeffectivenessが、低用量のハロペリドールと比較された <ref><pubmed> 18374841 </pubmed></ref>。この試験の主要評価項目も「あらゆる理由による治療中断」であった。治療中断率はamisulpride 40%、オランザピン 33%、クエチアピン 53%、ziprasidone 45%、 ハロペリドール 72%であり、SGAはハロペリドールより有意に治療中断率が低かった。しかし、陽性症状や陰性症状に関しては、薬剤群間で有意な差はみられなかった。したがって、CATIE とEUFEST 試験の結果からは、SGAがFGAより陽性症状や陰性症状に関して明らかに優っているわけではなく、薬剤間の違いも大きくないことが判明した。
 498名の初回エピソード統合失調症患者を対象とした[[wikipedia:European First-Episode Schizophrenia Trial|European First-Episode Schizophrenia Trial]] (EUFEST)は、1年間の多施設オープン無作為化試験であり、アミスルプリド、オランザピン、クエチアピンおよびジプラシドンのeffectivenessが、低用量のハロペリドールと比較された <ref><pubmed> 18374841 </pubmed></ref>。この試験の主要評価項目も「あらゆる理由による治療中断」であった。治療中断率はアミスルプリド 40%、オランザピン 33%、クエチアピン 53%、ジプラシドン 45%、 ハロペリドール 72%であり、SGAはハロペリドールより有意に治療中断率が低かった。しかし、陽性症状や陰性症状に関しては、薬剤群間で有意な差はみられなかった。したがって、CATIE とEUFEST 試験の結果からは、SGAがFGAより陽性症状や陰性症状に関して明らかに優っているわけではなく、薬剤間の違いも大きくないことが判明した。


=== 認知機能障害に対する効果  ===
=== 認知機能障害に対する効果  ===
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=== 抑うつ症状に対する効果  ===
=== 抑うつ症状に対する効果  ===


 SGAの抗うつ効果に関して、placeboと比較した無作為化対照試験では、amisulpride、アリピプラゾール、オランザピン、クエチアピン、リスペリドン、ziprasidoneは、有意な抗うつ効果を有する可能性が示唆されている <ref><pubmed> 15812601 </pubmed></ref>。また、SGAとFGAの有効性を比較したメタ解析 <ref name="ref3" />では、amisulpride、アリピプラゾール、クロザピン、オランザピンおよびクエチアピンは、抑うつ症状に関してはFGAより有意に優れた有効性を示した。しかし、これらのSGA薬剤間での優劣は不明である。
 SGAの抗うつ効果に関して、placeboと比較した無作為化対照試験では、アミスルプリド、アリピプラゾール、オランザピン、クエチアピン、リスペリドン、ジプラシドンは、有意な抗うつ効果を有する可能性が示唆されている <ref><pubmed> 15812601 </pubmed></ref>。また、SGAとFGAの有効性を比較したメタ解析 <ref name="ref3" />では、アミスルプリド、アリピプラゾール、クロザピン、オランザピンおよびクエチアピンは、抑うつ症状に関してはFGAより有意に優れた有効性を示した。しかし、これらのSGA薬剤間での優劣は不明である。


=== 再発予防効果  ===
=== 再発予防効果  ===


 Leuchtら <ref name="ref3" />は、FGAとSGAを比較した14本の長期投与試験についてメタ解析を実施し再発率を検討した。その結果、オランザピン、リスペリドンおよびsertindoleは、FGAよりも有意に再発予防効果が優れていた。この理由として、有効性が高いためかadherenceが向上したためか、あるいはその両者によるかは不明である。
 Leuchtら <ref name="ref3" />は、FGAとSGAを比較した14本の長期投与試験についてメタ解析を実施し再発率を検討した。その結果、オランザピン、リスペリドンおよびセルチンドールは、FGAよりも有意に再発予防効果が優れていた。この理由として、有効性が高いためかadherenceが向上したためか、あるいはその両者によるかは不明である。


== 副作用  ==
== 副作用  ==