「注意のモデル」の版間の差分

 
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 注意の瞬きは1秒間に10個程度のペースで高速に非標的(たとえば文字)を同じ位置に逐次呈示したとき、その中に2つ混ぜた標的(例えば数字)のうち2つめを見落としやすいという現象である。1項目あたり100-120msの逐次呈示事態でも、標的が1つであれば検出・同定ができるが、標的が2つ含まれると200-500ms程度は報告できない期間が続く<ref name=Broadbent1987><pubmed>3627930</pubmed></ref><ref name=Raymond1992><pubmed>1500880</pubmed></ref>。あたかも注意という点で瞬きが起こったかのように標的の報告ができなくなるのでこのように呼ばれ,時間軸上での注意配置に限界があることを反映するといわれている。
 注意の瞬きは1秒間に10個程度のペースで高速に非標的(たとえば文字)を同じ位置に逐次呈示したとき、その中に2つ混ぜた標的(例えば数字)のうち2つめを見落としやすいという現象である。1項目あたり100-120msの逐次呈示事態でも、標的が1つであれば検出・同定ができるが、標的が2つ含まれると200-500ms程度は報告できない期間が続く<ref name=Broadbent1987><pubmed>3627930</pubmed></ref><ref name=Raymond1992><pubmed>1500880</pubmed></ref>。あたかも注意という点で瞬きが起こったかのように標的の報告ができなくなるのでこのように呼ばれ,時間軸上での注意配置に限界があることを反映するといわれている。


 この現象は文字や数字に限らず、顔や物体画像、別モダリティの刺激に対しても頑健に生じること、手続が注意の制御手法として使えること、[[意識的気づき]]と[[神経対件]]にも言及できる可能性があることなどから幅広い分野の注目を集めた。理論的説明としては<ref name=Raymond1992 />の第1標的の定義特徴を検出した後に非標的を抑制するモデルから始まり、第1・第2標的を[[記憶固定化]]する際の中枢性容量制限に原因を求める[[ボトルネックモデル]](2段階モデル) <ref name=Chun1995><pubmed>7707027</pubmed></ref>が主流となった。'''図5'''に示すような2段階モデルでは、第1段階は容量制限を持たず、標的候補の知覚的表象を活性化させる。この表象の減衰や[[逆向マスキング]]を防ぐために、第2段階で[[符号化]]し、[[作業記憶]]への固定化する必要がある。第2段階は容量制限があり、第1標的の固定化が済むまで次の標的候補の分析を待たせてしまうため、結果として後続刺激による逆向マスキングを受けて注意の瞬きが起こると説明した。
 この現象は文字や数字に限らず、顔や物体画像、別モダリティの刺激に対しても頑健に生じること、手続が注意の制御手法として使えること、[[意識的気づき]]と[[神経相関]]にも言及できる可能性があることなどから幅広い分野の注目を集めた。理論的説明としては<ref name=Raymond1992 />の第1標的の定義特徴を検出した後に非標的を抑制するモデルから始まり、第1・第2標的を[[記憶固定化]]する際の中枢性容量制限に原因を求める[[ボトルネックモデル]](2段階モデル) <ref name=Chun1995><pubmed>7707027</pubmed></ref>が主流となった。'''図5'''に示すような2段階モデルでは、第1段階は容量制限を持たず、標的候補の知覚的表象を活性化させる。この表象の減衰や[[逆向マスキング]]を防ぐために、第2段階で[[符号化]]し、[[作業記憶]]への固定化する必要がある。第2段階は容量制限があり、第1標的の固定化が済むまで次の標的候補の分析を待たせてしまうため、結果として後続刺激による逆向マスキングを受けて注意の瞬きが起こると説明した。


 [[注意の瞬き現象]]を増幅・低減させる条件の特定がさらに進み、複数の計算モデルが登場し、代表的なものとしては[[グローバルワークスペースモデル]]<ref name=Dehaene2003><pubmed>12829797</pubmed></ref>、[[促進・反発モデル]]<ref name=Olivers2008><pubmed>18954206</pubmed></ref>、[[スレッド化認識モデル]]<ref name=Taatgen2009><pubmed>19217086</pubmed></ref>、[[一時的同時タイプ・逐次トークンモデル]]<ref name=Wyble2011><pubmed>21604913</pubmed></ref>が挙げられる('''表1''')。次の諸特徴はモデルが説明すべき要件となっている。具体的にその要件とは、第1・第2標的の処理時間を左右する諸要因の効果、および複数の標的が間に非標的を含まずに連続する際に注意の瞬きが起こらないこと(第1標的直後の見落とし回避現象(Lag-1 sparing)を含む)、標的報告順の逆転効果、見落とされた第2標的は報告はできないが意味処理までは進むこと、妨害を加えることで却って注意の瞬きが減少することなどである。
 [[注意の瞬き現象]]を増幅・低減させる条件の特定がさらに進み、複数の計算モデルが登場し、代表的なものとしては[[グローバルワークスペースモデル]]<ref name=Dehaene2003><pubmed>12829797</pubmed></ref>、[[促進・反発モデル]]<ref name=Olivers2008><pubmed>18954206</pubmed></ref>、[[スレッド化認識モデル]]<ref name=Taatgen2009><pubmed>19217086</pubmed></ref>、[[一時的同時タイプ・逐次トークンモデル]]<ref name=Wyble2011><pubmed>21604913</pubmed></ref>が挙げられる('''表1''')。次の諸特徴はモデルが説明すべき要件となっている。具体的にその要件とは、第1・第2標的の処理時間を左右する諸要因の効果、および複数の標的が間に非標的を含まずに連続する際に注意の瞬きが起こらないこと(第1標的直後の見落とし回避現象(Lag-1 sparing)を含む)、標的報告順の逆転効果、見落とされた第2標的は報告はできないが意味処理までは進むこと、妨害を加えることで却って注意の瞬きが減少することなどである。
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[[ファイル:横澤 注意のモデル Fig6.png|サムネイル|'''図6. 一貫性理論<ref name=Rensink2000 />における3極構造を図式化したもの'''<br>下部の灰色で塗られた矩形領域において、感覚器官を通じて得られた小円形がそれぞれ外界に存在する事物であり、システム1において、それらすべてを含む、プロトオブジェクトと呼ぶ脆弱な表象が形成され、左経路によって、システム3においてジストやレイアウトといった概略情報を得ることで、過去の経験の積み重ねによって形成された外界に関する知識などと照合することができる。さらに、右経路に示すように、システム2において、ネクサスと呼ぶ、次の行動に必要な一部の情報だけが集中的注意によって選ばれ、長期記憶と照合され、さらに高次の情報処理を続けることが可能になる。]]
[[ファイル:横澤 注意のモデル Fig6.png|サムネイル|'''図6. 一貫性理論<ref name=Rensink2000 />における3極構造を図式化したもの'''<br>下部の灰色で塗られた矩形領域において、感覚器官を通じて得られた小円形がそれぞれ外界に存在する事物であり、システム1において、それらすべてを含む、プロトオブジェクトと呼ぶ脆弱な表象が形成され、左経路によって、システム3においてジストやレイアウトといった概略情報を得ることで、過去の経験の積み重ねによって形成された外界に関する知識などと照合することができる。さらに、右経路に示すように、システム2において、ネクサスと呼ぶ、次の行動に必要な一部の情報だけが集中的注意によって選ばれ、長期記憶と照合され、さらに高次の情報処理を続けることが可能になる。]]
==一貫性理論==
==一貫性理論==


 常に変化し、しかも豊富な情報を含む情景に対して、我々は注意を向けることが可能な部分情報にしか、詳細な知覚情報処理ができないが、大まかな印象情報であるジストや、オブジェクトの配置情報であるレイアウトなどの概略情報は、注意を向けなくても、抽出可能である<ref name=Li2002><pubmed>12077298</pubmed></ref>。すなわち、外界を一貫性のある世界として情景理解することを可能にしているのは、ジストやレイアウトという外界の概略情報と、[[長期記憶]]された情景スキーマとの連携からなるネクサスと呼ぶ表象が瞬時に生成され、ネクサスに対して集中的注意を向けることで、特定のオブジェクトの詳細な高次認知処理が可能であることに基づくと仮定するのが、一貫性理論である<ref name=Rensink2000>'''Rensink, R. A. (2000).'''<br>The Dynamic Representation of Scenes. Visual Cognition, 7, 17-42. [https://doi.org/10.1080/135062800394667 PDF]</ref>。
 常に変化し、しかも豊富な情報を含む情景に対して、我々は注意を向けることが可能な部分情報にしか、詳細な知覚情報処理ができないが、大まかな印象情報であるジストや、オブジェクトの配置情報であるレイアウトなどの概略情報は、注意を向けなくても、抽出可能である<ref name=Li2002><pubmed>12077298</pubmed></ref>。すなわち、外界を一貫性のある世界として情景理解することを可能にしているのは、ジストやレイアウトという外界の概略情報と、[[長期記憶]]された情景スキーマとの連携からなる[[ネクサス]]と呼ぶ表象が瞬時に生成され、ネクサスに対して集中的注意を向けることで、特定のオブジェクトの詳細な高次認知処理が可能であることに基づくと仮定するのが、一貫性理論である<ref name=Rensink2000>'''Rensink, R. A. (2000).'''<br>The Dynamic Representation of Scenes. Visual Cognition, 7, 17-42. [https://doi.org/10.1080/135062800394667 PDF]</ref>。


 一貫性理論は三つのシステムからなる3極構造のモデルを仮定する。'''図6'''下部の灰色で塗られた矩形領域において、感覚器官を通じて得られた小円形がそれぞれ外界に存在する事物であり、システム1において、それらすべてを含む、プロトオブジェクトと呼ぶ脆弱な表象が形成され、左経路によって、システム3において、ジストやレイアウトといった概略情報を得ることで、過去の経験の積み重ねによって形成された外界に関する知識などと照合することができる。さらに、右経路に示すように、システム2において、ネクサスと呼ぶ、次の行動に必要な一部の情報だけが集中的注意によって選ばれ、長期記憶と照合され、さらに高次の情報処理を続けることが可能になる。このようなシステム1とシステム2の処理を仮定することは、特徴統合理論<ref name=Treisman1980><pubmed>7351125</pubmed></ref>とも整合的であると共に、神経科学的現象とも整合性の高いモデルの提案にもつながっている<ref name=Walther2006><pubmed>17098563</pubmed></ref>。
 一貫性理論は三つのシステムからなる3極構造のモデルを仮定する。'''図6'''下部の灰色で塗られた矩形領域において、[[感覚器官]]を通じて得られた小円形がそれぞれ外界に存在する事物であり、システム1において、それらすべてを含む、プロトオブジェクトと呼ぶ脆弱な表象が形成され、左経路によって、システム3において、ジストやレイアウトといった概略情報を得ることで、過去の経験の積み重ねによって形成された外界に関する知識などと照合することができる。さらに、右経路に示すように、システム2において、ネクサスと呼ぶ、次の行動に必要な一部の情報だけが集中的注意によって選ばれ、長期記憶と照合され、さらに高次の情報処理を続けることが可能になる。このようなシステム1とシステム2の処理を仮定することは、[[特徴統合理論]]<ref name=Treisman1980><pubmed>7351125</pubmed></ref>とも整合的であると共に、神経科学的現象とも整合性の高いモデルの提案にもつながっている<ref name=Walther2006><pubmed>17098563</pubmed></ref>。


 一方、集中的注意を向けたオブジェクト以外は、詳細な高次認知処理が行われていなくても、システム3における、ジストやレイアウトといった概略情報によって、目の前の情景のほとんどが[[脳内表象]]として存在していると錯覚していることになる。このような状況を顕在させるような実験環境を作れば、にわかには信じがたい現象を体験できる。その代表が、情景の中に変化部分があっても見落としてしまう、[[変化の見落とし現象]]である<ref name=Rensink1997>'''Rensink, R. A., O'Regan, J. K., & Clark, J. J. (1997).'''<br>To see or not to see: The need for attention to perceive changes in scenes. Psychological Science, 8, 368-373. [https://doi.org/10.1111/j.1467-9280.1997.tb00427.x PDF]</ref>。例えば、2つの動画内容に連続性があるとき、1つの情景スキーマに基づいて表象が作られているために、変化の見落とし現象が生じると考えられる。一方、情景全体に対しては、瞬時に表象が作成され、情景すべての脳内表象が存在すると錯覚してしまうので、簡単に変化を検出できるのではないかと予想してしまうのである。
 一方、集中的注意を向けたオブジェクト以外は、詳細な高次認知処理が行われていなくても、システム3における、ジストやレイアウトといった概略情報によって、目の前の情景のほとんどが[[脳内表象]]として存在していると錯覚していることになる。このような状況を顕在させるような実験環境を作れば、にわかには信じがたい現象を体験できる。その代表が、情景の中に変化部分があっても見落としてしまう、[[変化の見落とし現象]]である<ref name=Rensink1997>'''Rensink, R. A., O'Regan, J. K., & Clark, J. J. (1997).'''<br>To see or not to see: The need for attention to perceive changes in scenes. Psychological Science, 8, 368-373. [https://doi.org/10.1111/j.1467-9280.1997.tb00427.x PDF]</ref>。例えば、2つの動画内容に連続性があるとき、1つの情景スキーマに基づいて表象が作られているために、変化の見落とし現象が生じると考えられる。一方、情景全体に対しては、瞬時に表象が作成され、情景すべての脳内表象が存在すると[[錯覚]]してしまうので、簡単に変化を検出できるのではないかと予想してしまうのである。


 我々には外界の情報を、ネクサスという限られた容量で逐次的にしか脳に伝えることができない視覚情報処理の限界、注意容量の限界があるので、変化の見落としは起こりうるものである。我々は目に映った情景におけるすべてのオブジェクトが同時に認識されていると誤解しがちであるが、実は情景の大まかな情報をもとに、情景の詳細を見ているような錯覚しているのに過ぎないと一貫性理論では説明する。
 我々には外界の情報を、ネクサスという限られた容量で逐次的にしか脳に伝えることができない視覚情報処理の限界、注意容量の限界があるので、変化の見落としは起こりうるものである。我々は目に映った情景におけるすべてのオブジェクトが同時に認識されていると誤解しがちであるが、実は情景の大まかな情報をもとに、情景の詳細を見ているような錯覚しているのに過ぎないと一貫性理論では説明する。


==参考文献==
==参考文献==