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[[file:hippocampus.gif|thumb|300px|'''図.海馬(赤)''']]
[[file:hippocampus.gif|thumb|300px|'''図1.海馬(赤)''']]


羅、英:hippocampus
羅、英:hippocampus


 海馬は[[大脳]][[側頭葉]]の内側部で[[側脳室]]下角底部に位置し、[[エピソード記憶]]等の[[顕在性記憶]]の形成に不可欠な[[皮質]]部位である。[[記憶]]形成に関与する側頭葉皮質部位には、[[嗅内野]]、[[傍海馬台]]、[[前海馬台]]、[[海馬台]]、[[海馬]]([[アンモン角]])、[[歯状回]]がある。また、海馬台、海馬、歯状回に、[[中隔]]側へ連続する[[脳梁]]上部の脳梁灰白層を加えて集合的に[[海馬体]] (hippocampal formation) と呼ぶ。
 海馬は[[大脳]][[側頭葉]]の内側部で[[側脳室]]下角底部に位置し、[[エピソード記憶]]等の[[顕在性記憶]]の形成に不可欠な[[皮質]]部位である(図1)。[[記憶]]形成に関与する側頭葉皮質部位には、[[嗅内野]]、[[傍海馬台]]、[[前海馬台]]、[[海馬台]]、[[海馬]]([[アンモン角]])、[[歯状回]]がある。また、海馬台、海馬、歯状回に、[[中隔]]側へ連続する[[脳梁]]上部の脳梁灰白層を加えて集合的に[[海馬体]] (hippocampal formation) と呼ぶ。


== 名称 ==
== 名称 ==
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== 海馬と記憶 ==
== 海馬と記憶 ==


[[image:海馬1.png|thumb|300px|'''図1.記憶回路の神経結合を示す概念図'''<br>青は大脳皮質領域、ピンクは皮質下領域の出力先、橙色は皮質下領域からの入力路]]
[[image:海馬1.png|thumb|300px|'''図2.記憶回路の神経結合を示す概念図'''<br>青は大脳皮質領域、ピンクは皮質下領域の出力先、橙色は皮質下領域からの入力路]]


 大脳皮質側頭葉の内側部に位置する嗅周皮質、嗅内野、海馬体(海馬台、アンモン角、歯状回)、海馬の後方皮質(前海馬台、傍海馬台)および[[脳梁膨大後皮質]]は記憶の形成に関与する。大脳皮質連合野で分析された種々の情報は、嗅周皮質と嗅内野で混合され、嗅内野から[[貫通線維]]束として海馬体に入る(図1)。これらの情報は海馬体の内部回路により信号処理され、脳弓によって皮質下構造(視床前核、視床下部、乳頭体、[[中隔側坐核]])へ出力されるとともに、複数の投射経路によって嗅内野へ帰還する。そして、嗅内野から大脳皮質へ信号が運ばれ、記憶として貯蔵されると考えられる。海馬の中に入ってきた信号は、すでに視覚、聴覚といった感覚種(modality)が曖昧な超感覚種の信号という。
 大脳皮質側頭葉の内側部に位置する嗅周皮質、嗅内野、海馬体(海馬台、アンモン角、歯状回)、海馬の後方皮質(前海馬台、傍海馬台)および[[脳梁膨大後皮質]]は記憶の形成に関与する。大脳皮質連合野で分析された種々の情報は、嗅周皮質と嗅内野で混合され、嗅内野から[[貫通線維]]束として海馬体に入る(図2)。これらの情報は海馬体の内部回路により信号処理され、脳弓によって皮質下構造(視床前核、視床下部、乳頭体、[[中隔側坐核]])へ出力されるとともに、複数の投射経路によって嗅内野へ帰還する。そして、嗅内野から大脳皮質へ信号が運ばれ、記憶として貯蔵されると考えられる。海馬の中に入ってきた信号は、すでに視覚、聴覚といった感覚種(modality)が曖昧な超感覚種の信号という。


 記憶機能には[[記銘]](つくる)、[[貯蔵]](しまう)、[[想起]](とりだす)の過程がある。難治性てんかんの治療で両側海馬体を除去した症例([[患者HM]]など)や一時的心停止後に[[CA1]]細胞が特異的に脱落した症例([[患者RB]])では、遠い過去の記憶の想起は可能だが、顕著な順行性健忘([[記銘障害]])が見られた。[[アルツハイマー病]]では早期に記銘障害が出現することが特徴で、まず[[嗅内野]]、海馬台、CA1に変性が見られる。他方、乳頭体変性をきたす[[コルサコフ症候群]]や[[間脳]]性の傷害では、[[順行性健忘]]に加えて逆行性健忘(想起障害)も見られる。さらに、大脳皮質の広範囲に変性が見られる[[老人性痴呆]]では、全般的な記憶の破壊が見られる。したがって、それぞれの記憶過程には、これを司る特異的脳部位があると考えられる。このうち海馬体を中心とする側頭葉内側部は、記憶の形成([[暗号化]]:[[コーディング]])に不可欠な部位とされる。また、エピソード形成(記憶事象の順序立て)や想起にはPapez 回路(海馬体、乳頭体、視床前核、帯状回)や前頭葉の関与が考えられている。
 記憶機能には[[記銘]](つくる)、[[貯蔵]](しまう)、[[想起]](とりだす)の過程がある。難治性てんかんの治療で両側海馬体を除去した症例([[患者HM]]など)や一時的心停止後に[[CA1]]細胞が特異的に脱落した症例([[患者RB]])では、遠い過去の記憶の想起は可能だが、顕著な順行性健忘([[記銘障害]])が見られた。[[アルツハイマー病]]では早期に記銘障害が出現することが特徴で、まず[[嗅内野]]、海馬台、CA1に変性が見られる。他方、乳頭体変性をきたす[[コルサコフ症候群]]や[[間脳]]性の傷害では、[[順行性健忘]]に加えて逆行性健忘(想起障害)も見られる。さらに、大脳皮質の広範囲に変性が見られる[[老人性痴呆]]では、全般的な記憶の破壊が見られる。したがって、それぞれの記憶過程には、これを司る特異的脳部位があると考えられる。このうち海馬体を中心とする側頭葉内側部は、記憶の形成([[暗号化]]:[[コーディング]])に不可欠な部位とされる。また、エピソード形成(記憶事象の順序立て)や想起にはPapez 回路(海馬体、乳頭体、視床前核、帯状回)や前頭葉の関与が考えられている。
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=== 海馬体の入力線維 ===
=== 海馬体の入力線維 ===


[[image:海馬2.png|thumb|300px|'''図2.内側嗅内野からの貫通線維束の終止部位(焦茶色)''']]
[[image:海馬2.png|thumb|300px|'''図3.内側嗅内野からの貫通線維束の終止部位(焦茶色)''']]


 海馬体への入力路としては、1)嗅内野からの貫通線維束、2)[[内側中隔核]]、[[乳頭体上核]]、[[青斑核]]、[[縫線核]]から上行してくる脳弓、および3)反対側CA3と歯状回門からの[[交連線維]]が通る[[腹側海馬交連]]がある。貫通線維束は大脳皮質から記憶の源情報を運び、交連線維は海馬内情報処理回路の一部を担い、上行性入力は海馬体内部回路の活動を修飾する。皮質性の貫通線維束とCA3線維は[[グルタメート]]、内側中隔核線維は[[アセチルコリン]]と [[GABA]]、乳頭体上核線維は[[ドーパミン]]、青斑核線維は[[アドレナリン]]、縫線核線維は[[セロトニン]]、そして、反対側の歯状回[[多形細胞]]からの線維はGABAを伝達物質としている。
 海馬体への入力路としては、1)嗅内野からの貫通線維束、2)[[内側中隔核]]、[[乳頭体上核]]、[[青斑核]]、[[縫線核]]から上行してくる脳弓、および3)反対側CA3と歯状回門からの[[交連線維]]が通る[[腹側海馬交連]]がある。貫通線維束は大脳皮質から記憶の源情報を運び、交連線維は海馬内情報処理回路の一部を担い、上行性入力は海馬体内部回路の活動を修飾する。皮質性の貫通線維束とCA3線維は[[グルタメート]]、内側中隔核線維は[[アセチルコリン]]と [[GABA]]、乳頭体上核線維は[[ドーパミン]]、青斑核線維は[[アドレナリン]]、縫線核線維は[[セロトニン]]、そして、反対側の歯状回[[多形細胞]]からの線維はGABAを伝達物質としている。


 貫通線維束は海馬台[[錐体細胞]]層を貫いて分子層へ出て、海馬台(SUB)、アンモン角、歯状回(DG)の分子層に同時に投射する。内側嗅内野(MEA)へ白インゲン豆レクチンを注入し、取り込んだ細胞から海馬体各領域への[[軸索]]投射および終末分布を可視化した像を図2に示す。嗅内野II層からは歯状回とCA3 へ投射し、外側嗅内野(LEA)からの線維が分子層の表層部分に、内側嗅内野(MEA)からの線維がより深い部分に分布する。III 層からはCA1 と海馬台の分子層および海馬台の最深層に両側性に投射があり、MEAからの投射線維はCA1の近位部(CA3に近い側)と海馬台の遠位部(前海馬台Preに近い側)に終止し、LEAからの投射線維はCA1の遠位部と海馬台の近位部に終止する。したがって、歯状回顆粒細胞とCA3錐体細胞は一様にMEA、LEA両領域からの情報を受けるのに対し、CA1と海馬台錐体細胞は、近位部・遠位部によってMEAのみ、あるいはLEAのみの情報を受ける。他の皮質入力としては、[[wikipedia:ja:サル|サル]]では嗅周皮質や前頭葉からCA1への入力の報告もあるが、[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]ではあまり見られない。
 貫通線維束は海馬台[[錐体細胞]]層を貫いて分子層へ出て、海馬台(SUB)、アンモン角、歯状回(DG)の分子層に同時に投射する。内側嗅内野(MEA)へ白インゲン豆レクチンを注入し、取り込んだ細胞から海馬体各領域への[[軸索]]投射および終末分布を可視化した像を図3に示す。嗅内野II層からは歯状回とCA3 へ投射し、外側嗅内野(LEA)からの線維が分子層の表層部分に、内側嗅内野(MEA)からの線維がより深い部分に分布する。III 層からはCA1 と海馬台の分子層および海馬台の最深層に両側性に投射があり、MEAからの投射線維はCA1の近位部(CA3に近い側)と海馬台の遠位部(前海馬台Preに近い側)に終止し、LEAからの投射線維はCA1の遠位部と海馬台の近位部に終止する。したがって、歯状回顆粒細胞とCA3錐体細胞は一様にMEA、LEA両領域からの情報を受けるのに対し、CA1と海馬台錐体細胞は、近位部・遠位部によってMEAのみ、あるいはLEAのみの情報を受ける。他の皮質入力としては、[[wikipedia:ja:サル|サル]]では嗅周皮質や前頭葉からCA1への入力の報告もあるが、[[wikipedia:ja:ラット|ラット]]ではあまり見られない。


=== 海馬体の内部回路===  
=== 海馬体の内部回路===  


[[image:海馬3.png|thumb|300px|'''図3.海馬体各領域の連続する結合と出力先を示す図'''<br>文献<ref name=ref8 />より改変]]
[[image:海馬3.png|thumb|300px|'''図4.海馬体各領域の連続する結合と出力先を示す図'''<br>文献<ref name=ref8 />より改変]]


[[image:海馬4.png|thumb|300px|'''図4.CA1, CA3錐体細胞の樹状突起分布'''<br>文献<ref name=ref11><pubmed>8576427</pubmed></ref>より改変]]
[[image:海馬4.png|thumb|300px|'''図5.CA1, CA3錐体細胞の樹状突起分布'''<br>文献<ref name=ref11><pubmed>8576427</pubmed></ref>より改変]]


[[image:海馬5.png|thumb|300px|'''図5.CA3領域への各種入力の分布勾配を示す図''']]
[[image:海馬5.png|thumb|300px|'''図6.CA3領域への各種入力の分布勾配を示す図''']]


[[image:海馬6.png|thumb|300px|'''図6.CA3からCA1へのシャッファー側枝の分布を示す図'''<br>文献<ref name=ref7 />より改変]]
[[image:海馬6.png|thumb|300px|'''図7.CA3からCA1へのシャッファー側枝の分布を示す図'''<br>文献<ref name=ref7 />より改変]]


 他の皮質領域と同様に、海馬体にも興奮性の結合と抑制性の結合が存在する。興奮性ニューロンの概数は、SDラットで、歯状回顆粒細胞が100万、CA3錐体細胞が33万、CA1錐体細胞が42万、海馬台錐体細胞が13万という。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]では歯状回顆粒細胞が880万、CA3錐体細胞が232万、CA1錐体細胞が472万である。抑制性細胞の数はよくわかっていない。
 他の皮質領域と同様に、海馬体にも興奮性の結合と抑制性の結合が存在する。興奮性ニューロンの概数は、SDラットで、歯状回顆粒細胞が100万、CA3錐体細胞が33万、CA1錐体細胞が42万、海馬台錐体細胞が13万という。[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]では歯状回顆粒細胞が880万、CA3錐体細胞が232万、CA1錐体細胞が472万である。抑制性細胞の数はよくわかっていない。
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==== 海馬(アンモン角)====  
==== 海馬(アンモン角)====  
 組織学的な領域区分としては、[[wikipedia:Santiago Ramón y Cajal|Cajal]]はアンモン角の上部(背側部)に位置する小錐体細胞群をregio superieur、下方の大錐体細胞群をregio inferieurと区分したが、現在ではLorente de Nó(1934)の区分CA1〜CA4領域(CAはCornu Ammonis に由来する)が一般に用いられることが多い(図3)。CA1が小錐体細胞、CA2〜CA4が大錐体細胞にあたる。CA2は苔状線維を受ける棘状瘤を持たない大錐体細胞群をさす。CA4は歯状回に陥入した門 (hilus) と呼ばれる部分に位置する大錐体細胞群で、[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]や[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]で顕著だが、[[wikipedia:ja:齧歯類|齧歯類]]ではCA4の細胞塊は見られず、CA3錐体細胞に似た大型の細胞([[苔状細胞]])が散在するにとどまる。アンモン角には[[脳軟膜]]から[[脳室]]方向に[[分子層]]、[[放線層]]、[[透明層]]、[[錐体細胞層]]、[[上昇層]]が識別される。透明層は苔状線維の走行部位で、CA2、CA1ではこれを欠く。アンモン角の脳室面には、海馬領域への入出力線維からなる海馬白板があり、海馬上縁では海馬采となり上方で脳弓へ連続する。
 組織学的な領域区分としては、[[wikipedia:Santiago Ramón y Cajal|Cajal]]はアンモン角の上部(背側部)に位置する小錐体細胞群をregio superieur、下方の大錐体細胞群をregio inferieurと区分したが、現在ではLorente de Nó(1934)の区分CA1〜CA4領域(CAはCornu Ammonis に由来する)が一般に用いられることが多い(図4)。CA1が小錐体細胞、CA2〜CA4が大錐体細胞にあたる。CA2は苔状線維を受ける棘状瘤を持たない大錐体細胞群をさす。CA4は歯状回に陥入した門 (hilus) と呼ばれる部分に位置する大錐体細胞群で、[[wikipedia:ja:霊長類|霊長類]]や[[wikipedia:ja:ネコ|ネコ]]で顕著だが、[[wikipedia:ja:齧歯類|齧歯類]]ではCA4の細胞塊は見られず、CA3錐体細胞に似た大型の細胞([[苔状細胞]])が散在するにとどまる。アンモン角には[[脳軟膜]]から[[脳室]]方向に[[分子層]]、[[放線層]]、[[透明層]]、[[錐体細胞層]]、[[上昇層]]が識別される。透明層は苔状線維の走行部位で、CA2、CA1ではこれを欠く。アンモン角の脳室面には、海馬領域への入出力線維からなる海馬白板があり、海馬上縁では海馬采となり上方で脳弓へ連続する。


=====CA3=====
=====CA3=====
 CA3への入力は、分子層に貫通線維、透明層に苔状線維、上昇層に内側中隔核からの線維、放線層と上昇層にCA3の連合線維と交連線維が終止する。乳頭体上核からの線維はCA2、CA3a の上昇層に多く終止する。樹状突起の総長と各層へ分布する部分突起長は細胞体の位置によって連続的に異なる(図4、細胞A-F)。総長は約7.5mm(CA3c:歯状回側F)から18.0mm(CA3a:CA1側B)である。CA2錐体細胞は分子層への樹状突起分布量が多く、嗅内野入力を最大に受容しているが、透明層を欠くから顆粒細胞からの情報を受けない(図4、細胞A)。これの対極にあるCA3cでは嗅内野入力の受容が最小で、分子層に全く突起を分布しないCA3c細胞(図4、細胞F)もある。そして、歯状回顆粒細胞からの入力はCA3cが最大に受ける。基底樹状突起長は、海馬采付着部 の細胞で最大で、CA1と歯状回の双方向へ向け漸減する。上昇層へは内側中隔核入力と同時に同側・対側のCA3錐体細胞からの投射があり、基底樹状突起長と入力の関係が一意には定まらない。放線層では、樹状突起部分長に各亜区分間の顕著な差は見られない。これらの収支の濃淡を様相を模式的に図5に示す。
 CA3への入力は、分子層に貫通線維、透明層に苔状線維、上昇層に内側中隔核からの線維、放線層と上昇層にCA3の連合線維と交連線維が終止する。乳頭体上核からの線維はCA2、CA3a の上昇層に多く終止する。樹状突起の総長と各層へ分布する部分突起長は細胞体の位置によって連続的に異なる(図5、細胞A-F)。総長は約7.5mm(CA3c:歯状回側F)から18.0mm(CA3a:CA1側B)である。CA2錐体細胞は分子層への樹状突起分布量が多く、嗅内野入力を最大に受容しているが、透明層を欠くから顆粒細胞からの情報を受けない(図5、細胞A)。これの対極にあるCA3cでは嗅内野入力の受容が最小で、分子層に全く突起を分布しないCA3c細胞(図5、細胞F)もある。そして、歯状回顆粒細胞からの入力はCA3cが最大に受ける。基底樹状突起長は、海馬采付着部 の細胞で最大で、CA1と歯状回の双方向へ向け漸減する。上昇層へは内側中隔核入力と同時に同側・対側のCA3錐体細胞からの投射があり、基底樹状突起長と入力の関係が一意には定まらない。放線層では、樹状突起部分長に各亜区分間の顕著な差は見られない。これらの収支の濃淡を様相を模式的に図6に示す。


 CA3 錐体細胞の出力は両側性で、[[Schaffer 側枝]]によってCA1 放線層と上昇層へ投射するとともに、CA3 領域へも連合性側枝を分布する<ref name=ref10><pubmed>2358523</pubmed></ref>。 CA3cからは歯状回門へも少量の分布がある。さらに、両側性に外側中隔核に投射するが、海馬台や嗅内野には投射しない。Schaffer側枝は海馬長軸方向に5mm以上にわたり投射し(海馬の全長は約8mm)、CA3錐体細胞の細胞体の位置や投射レベルによってCA1 への終止部位が連続的・段階的に変化する(図6)。第一に、CA3cからは中隔方向へ投射が多く、軸索は主に放線層に分布して頂上樹状突起に終止する。反対に、CA3aからは側頭葉方向へ投射が多く、軸索は主に上昇層に分布し、基底樹状突起に終止する割合が多い。第二に、投射レベルが中隔側に行くほど終止部位がCA1近位部(CA3側)かつ海馬白板側に移行し、樹状突起の下方に終止するのに対し、投射レベルが側頭葉側ほどCA1遠位部(海馬台側)かつ放線層浅層へ終止する。CA3内の連合性軸索側枝は、CA3c錐体細胞ではCA3c域に限局して終止するのに対し、CA3a錐体細胞の軸索は横断面上でもCA3領域内に広く分布している。長軸方向の分布では、終止部位の頂上・基底方向への変移もCA1への投射様式と同様に見られる。
 CA3 錐体細胞の出力は両側性で、[[Schaffer 側枝]]によってCA1 放線層と上昇層へ投射するとともに、CA3 領域へも連合性側枝を分布する<ref name=ref10><pubmed>2358523</pubmed></ref>。 CA3cからは歯状回門へも少量の分布がある。さらに、両側性に外側中隔核に投射するが、海馬台や嗅内野には投射しない。Schaffer側枝は海馬長軸方向に5mm以上にわたり投射し(海馬の全長は約8mm)、CA3錐体細胞の細胞体の位置や投射レベルによってCA1 への終止部位が連続的・段階的に変化する(図7)。第一に、CA3cからは中隔方向へ投射が多く、軸索は主に放線層に分布して頂上樹状突起に終止する。反対に、CA3aからは側頭葉方向へ投射が多く、軸索は主に上昇層に分布し、基底樹状突起に終止する割合が多い。第二に、投射レベルが中隔側に行くほど終止部位がCA1近位部(CA3側)かつ海馬白板側に移行し、樹状突起の下方に終止するのに対し、投射レベルが側頭葉側ほどCA1遠位部(海馬台側)かつ放線層浅層へ終止する。CA3内の連合性軸索側枝は、CA3c錐体細胞ではCA3c域に限局して終止するのに対し、CA3a錐体細胞の軸索は横断面上でもCA3領域内に広く分布している。長軸方向の分布では、終止部位の頂上・基底方向への変移もCA1への投射様式と同様に見られる。


====CA1====
====CA1====
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=== 海馬体の出力===  
=== 海馬体の出力===  


[[image:海馬7.png|thumb|300px|'''図7.出力から見た海馬体の層構造と内部結合'''<br>文献<ref name=ref8 />より改変]]
[[image:海馬7.png|thumb|300px|'''図8.出力から見た海馬体の層構造と内部結合'''<br>文献<ref name=ref8 />より改変]]


 歯状回細胞、およびアンモン角錐体細胞の出力は皮質性投射であるのに対し、海馬台錐体細胞は皮質性投射に加えて皮質下(線条体、視床、視床下部、乳頭体)に投射する(図3,7)。海馬台錐体細胞層には、皮質下に投射する中隔側坐核(線条体)投射細胞、乳頭体内側核投射細胞、視床腹側前核投射細胞が、錐体細胞層の表層から深層へと層状に分布しており、大脳皮質V・VI層に見られる皮質下投射細胞の深浅配列順序と同じである<ref name=ref12><pubmed>11370013</pubmed></ref>。
 歯状回細胞、およびアンモン角錐体細胞の出力は皮質性投射であるのに対し、海馬台錐体細胞は皮質性投射に加えて皮質下(線条体、視床、視床下部、乳頭体)に投射する(図4,8)。海馬台錐体細胞層には、皮質下に投射する中隔側坐核(線条体)投射細胞、乳頭体内側核投射細胞、視床腹側前核投射細胞が、錐体細胞層の表層から深層へと層状に分布しており、大脳皮質V・VI層に見られる皮質下投射細胞の深浅配列順序と同じである<ref name=ref12><pubmed>11370013</pubmed></ref>。


 海馬台からの皮質性投射は、ラットでは、嗅内野、嗅周皮質(近位部からのみ)、前海馬台、傍海馬台、顆粒性脳梁膨大後部皮質、前頭前野などへの投射がある。これらの投射は主に線条体投射細胞や乳頭体投射細胞から起こる。嗅内野へは、主にV, VI層に終止し、海馬台の近位部(CA1側)がLEAへ、遠位部がMEA内側部へ投射する。前海馬台、傍海馬台への投射にも局所対応結合が見られる。また、錐体細胞層の深部からはCA1へ戻る投射(再入線維:re-entrant fiber)がある。
 海馬台からの皮質性投射は、ラットでは、嗅内野、嗅周皮質(近位部からのみ)、前海馬台、傍海馬台、顆粒性脳梁膨大後部皮質、前頭前野などへの投射がある。これらの投射は主に線条体投射細胞や乳頭体投射細胞から起こる。嗅内野へは、主にV, VI層に終止し、海馬台の近位部(CA1側)がLEAへ、遠位部がMEA内側部へ投射する。前海馬台、傍海馬台への投射にも局所対応結合が見られる。また、錐体細胞層の深部からはCA1へ戻る投射(再入線維:re-entrant fiber)がある。
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=== 海馬皮質の層構造===  
=== 海馬皮質の層構造===  


 大脳皮質のそれぞれの領野は一般にVI層構造をとるとされ、各層は特異的な出力投射様式を示す<ref name=ref13> '''Ishizuka N'''<br>Structural organization of the efferent channels of the subiculum.<br>In: Limbic and Association Cortical Systems – Basic, Clinical and Computational Aspects.<br>Eds by Ono T, Matsumoto G, Linas RR, Berthoz A, Norgrren R, Nishijo H and Tamura R.<br>Elsevier, Amsterdam p.121-129 (2003). International Congress Series 1250.</ref>。II層は同側性に近位への皮質投射、III層は遠位への皮質投射で交連性投射を含む、IV層は視床特異核からの入力を受け[[顆粒上層]](II、 III層)へ軸索を送る、V層は視床下部、脳幹、脊髄への下行性投射の起始部、VI層は主に視床への投射部位である。これに対して、海馬体に属する歯状回、アンモン角、海馬台は、それぞれが独立した皮質領域と考えられ、単純な層構造を示す皮質と考えられてきた。しかしながら、海馬体の各領域と大脳皮質各層の主に出力様式から見た神経結合を比較して見ると、歯状回は大脳皮質のII層、アンモン角(CA1~CA4)はIII層、海馬台はV-VI層に相当すると考える事ができる。したがって、海馬体全体で大脳皮質の一領野を構成しているといえる(図7)。IV層は体性感覚野、聴覚野、視覚野などの感覚皮質で特に発達しており、視床特異核からの入力を受ける顆粒細胞からなる層であり、もともと側頭葉ではほとんど発達しておらず、海馬体でもこれを欠く。
 大脳皮質のそれぞれの領野は一般にVI層構造をとるとされ、各層は特異的な出力投射様式を示す<ref name=ref13> '''Ishizuka N'''<br>Structural organization of the efferent channels of the subiculum.<br>In: Limbic and Association Cortical Systems – Basic, Clinical and Computational Aspects.<br>Eds by Ono T, Matsumoto G, Linas RR, Berthoz A, Norgrren R, Nishijo H and Tamura R.<br>Elsevier, Amsterdam p.121-129 (2003). International Congress Series 1250.</ref>。II層は同側性に近位への皮質投射、III層は遠位への皮質投射で交連性投射を含む、IV層は視床特異核からの入力を受け[[顆粒上層]](II、 III層)へ軸索を送る、V層は視床下部、脳幹、脊髄への下行性投射の起始部、VI層は主に視床への投射部位である。これに対して、海馬体に属する歯状回、アンモン角、海馬台は、それぞれが独立した皮質領域と考えられ、単純な層構造を示す皮質と考えられてきた。しかしながら、海馬体の各領域と大脳皮質各層の主に出力様式から見た神経結合を比較して見ると、歯状回は大脳皮質のII層、アンモン角(CA1~CA4)はIII層、海馬台はV-VI層に相当すると考える事ができる。したがって、海馬体全体で大脳皮質の一領野を構成しているといえる(図8)。IV層は体性感覚野、聴覚野、視覚野などの感覚皮質で特に発達しており、視床特異核からの入力を受ける顆粒細胞からなる層であり、もともと側頭葉ではほとんど発達しておらず、海馬体でもこれを欠く。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==