「熱ショックタンパク質」の版間の差分

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英語名:Heat shock protein   
英語名:Heat shock protein   


  [[Image:PDB 3hsc EBI.jpg|thumb|right|500px|Hsp70の分子構造と基質結合<span class=]]<pubmed> 21403864 </pubmed>" class="fck_mw_frame fck_mw_right" />
  [[Image:PDB 3hsc EBI.jpg|thumb|right|500px|Hsp70の分子構造と基質結合<ref><pubmed> 21403864 </pubmed></ref>]]


 熱ショックタンパク質(Heat Shock Protein; HSP)とは[[wikipedia:ja:細胞|細胞]]が[[wikipedia:ja:ヒート|熱]]、[[wikipedia:ja:化学物質|化学物質]]、虚血などの[[wikipedia:ja:ストレス|ストレス]]にさらされた際に発現が上昇して細胞を保護する[[wikipedia:ja:タンパク質|タンパク質]]の一群である。分子[[wikipedia:ja:シャペロン|シャペロン]]として機能し、ストレスタンパク質(Stress Protein)とも呼ばれる<ref><pubmed> 4219221 </pubmed></ref>。HSPはその分子量により[[wikipedia:HSP60|Hsp60]]、[[wikipedia:Hsp70|Hsp70]]、[[wikipedia:Hsp90|Hsp90]]などに分類されている。HSPは[[wikipedia:ja:真性細菌|細菌]]から[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]まで広く似た機能を持つことが知られており、その[[wikipedia:ja:一次構造|アミノ酸配列]]は生物の進化の過程においてよく保存されている。  
 熱ショックタンパク質(Heat Shock Protein; HSP)とは[[wikipedia:ja:細胞|細胞]]が[[wikipedia:ja:ヒート|熱]]、[[wikipedia:ja:化学物質|化学物質]]、虚血などの[[wikipedia:ja:ストレス|ストレス]]にさらされた際に発現が上昇して細胞を保護する[[wikipedia:ja:タンパク質|タンパク質]]の一群である。分子[[wikipedia:ja:シャペロン|シャペロン]]として機能し、ストレスタンパク質(Stress Protein)とも呼ばれる<ref><pubmed> 4219221 </pubmed></ref>。HSPはその分子量により[[wikipedia:HSP60|Hsp60]]、[[wikipedia:Hsp70|Hsp70]]、[[wikipedia:Hsp90|Hsp90]]などに分類されている。HSPは[[wikipedia:ja:真性細菌|細菌]]から[[wikipedia:ja:ヒト|ヒト]]まで広く似た機能を持つことが知られており、その[[wikipedia:ja:一次構造|アミノ酸配列]]は生物の進化の過程においてよく保存されている。  
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== 熱ショックタンパク質作動薬  ==
== 熱ショックタンパク質作動薬  ==


 熱ショックタンパク質の作動薬である[[wikipedia:en:Arimoclomol|Arimoclomol]]はマウスALSモデルにおいてHsp70、Hsp90の発現を亢進し、病気の進行を抑えることが分かっている<ref><pubmed> 15034571 </pubmed></ref>。また培養した運動神経細胞に[[グルタミン酸]]を投与するとHsp70の発現が阻害されるが、Arimoclomolはこのグルタミン酸の効果を低下させる。製薬会社の[[wikipedia:en:CytRx|CytRx]]は、[[wikipedia:en:Clinical trial|臨床試験]]第2相を施行している<ref>[http://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT00706147 Phase II/III Randomized, Placebo-Controlled Trial of Arimoclomol in SOD1 Positive Familial Amyotrophic Lateral Sclerosis - Full Text View - ClinicalTrials.gov]</ref>。  
 熱ショックタンパク質の作動薬である[[wikipedia:en:Arimoclomol|Arimoclomol]]は、マウスALSモデルにおいてHsp70、Hsp90の発現を亢進させ、病気の進行を抑えることが分かっている。培養脊髄組織に熱ショックあるいは[[グルタミン酸]]処理によりストレスを与えた場合に、アストロサイトにおいてHsp70の発現が上昇する。しかし同様のストレスを与えても、運動神経におけるHsp70の発現は上昇しない。このようなストレス下で、Arimoclomolを加えると、神経細胞のHsp70の発現が上昇して神経保護作用を示す<ref><pubmed> 15034571 </pubmed></ref>。製薬会社の[[wikipedia:en:CytRx|CytRx]]は、[[wikipedia:en:Clinical trial|臨床試験]]第2相を施行している<ref>[http://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT00706147 Phase II/III Randomized, Placebo-Controlled Trial of Arimoclomol in SOD1 Positive Familial Amyotrophic Lateral Sclerosis - Full Text View - ClinicalTrials.gov]</ref>。  


 ニシキギ科の植物から抽出した[[wikipedia:en:Quinone methide|quinine methide]] tritepeneであるCelastrolはPD、ALSそして[[ハンチントン病]]などの動物モデルにおいて、Hsp70を誘導し、保護的に働く<ref><pubmed> 16092942 </pubmed></ref>。  
 ニシキギ科の植物から抽出した[[wikipedia:en:Quinone methide|quinine methide]] tritepeneであるCelastrolはPD、ALSそして[[ハンチントン病]]などの動物モデルにおいて、Hsp70を誘導し、保護的に働く<ref><pubmed> 16092942 </pubmed></ref>。  
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== 熱ショックによる前処理と神経保護作用  ==
== 熱ショックによる前処理と神経保護作用  ==


 あらかじめ熱ショックを組織に加えることにより、Hsp70、[[wikipedia:en:HSPA8|Hsc70]]、Hsp32や[[wikipedia:en:Hsp27|Hsp27]]が亢進し、神経保護作用を示すことが分かっている<ref><pubmed> 10341239 </pubmed></ref>。熱ショックによりHsc70が[[大脳皮質]]神経細胞で増加し、シナプスにおいて[[wikipedia:en:Chaperone DnaJ|Hsp40]]と会合して変性タンパク質をリフォールディングする。また熱ショックによりグリア細胞からHsp70が産生され、細胞間を移動して隣り合う[[神経細胞]]の突起に輸送されることが分かっている<ref><pubmed> 3947949 </pubmed></ref>。この生理反応を応用し、[[坐骨神経]]細胞の切断端にHsp70/Hsc70を細胞外から添加すると神経細胞死が抑制されると報告されている<ref><pubmed> 9222601 </pubmed></ref>。  
 あらかじめ熱ショックを組織に加えることにより、Hsp70、[[wikipedia:en:HSPA8|Hsc70]]、Hsp32や[[wikipedia:en:Hsp27|Hsp27]]が亢進し、神経保護作用を示すことが分かっている<ref><pubmed> 10341239 </pubmed></ref>。熱ストレスによりHsc70が[[大脳皮質]][[神経細胞]]のシナプスに局在し、[[wikipedia:en:Chaperone DnaJ|Hsp40]]と会合し、変性タンパク質をリフォールディングする。また熱ストレスによりグリア細胞においてHsp70が産生され、細胞間を移動して隣り合う神経細胞の突起に輸送される<ref><pubmed> 3947949 </pubmed></ref>。この反応を応用し、[[坐骨神経]]細胞の切断端にHsp70/Hsc70を細胞外から添加すると、神経細胞死が抑制される<ref><pubmed> 9222601 </pubmed></ref>。  


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== Hsc70の発現と神経変性疾患 ==
== シャペロン介在オートファジーによるハンチントン病の治療 ==


 Hsc70は神経組織において発現が高い。しかし、ADにおける主要病変部位である[[海馬]]や[[内嗅皮質]]においてはHsc70の発現レベルは低い。またPDにおける主要病変部位である[[黒質]]においても発現レベルは中等度である。このことからHsc70の神経変性疾患における神経保護作用が示唆されている<ref><pubmed> 17441507 </pubmed></ref>。ただしALSにおける病変部位である脊髄では比較的高いレベルのHsc70が発現している。
 マウスハンチントン病モデルでは、神経細胞に伸長ポリグルタミン鎖が蓄積する。Hsc70の伸長ポリグルタミン鎖への結合を促進すると、伸長ポリグルタミン鎖がリソソームに運ばれ、オートファジーにより分解される。これにより行動異常が改善され、寿命が延びる<ref><pubmed> 20190739 </pubmed></ref>


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== 自己免疫疾患とHsp70  ==
== 自己免疫疾患とHsp70  ==


 Hsp70は[[wikipedia:ja:抗原|抗原]]に結合して[[wikipedia:ja:主要組織適合遺伝子複合体|MHCI、MHCII]]依存経路どちらにおいても[[wikipedia:ja:抗原|抗原]]性を高めると報告されている<ref name="Turturici"><pubmed> 21403864 </pubmed></ref>。また[[多発性硬化症]](multiple sclerosis; MS)の動物モデルである実験的[[自己免疫性脳脊髄炎]](experimental autoimmune encephalomyelitis; EAE)の誘導および進展にHsp70が関わると報告されている<ref name="Turturici"><pubmed> 21403864 </pubmed></ref>。実際にMS患者の[[脳脊髄液]]からはHsp70に対する自己抗体が、運動神経疾患の患者と比較して高い頻度で観察される。そしてMS患者において、自己抗原である[[ミエリン塩基性タンパク質]](myelin basic protein; MBP)や[[Myelin proteolipid protein]](PLP)とHsp70との会合も観察されている。一方、でHsp70が[[wikipedia:ja:ナチュラルキラー細胞|ナチュラルキラー細胞]]に働きかけてEAEの進展を抑制するとの報告もある。従ってHsp70は[[中枢神経系]]の[[wikipedia:ja:自己免疫疾患|自己免疫疾患]]における病因と保護両者に関わる二面性をもつことが議論されている[1]。  
 Hsp70は[[wikipedia:ja:抗原|抗原]]に結合して、[[wikipedia:ja:主要組織適合遺伝子複合体|MHCIおよびMHCII]]依存的に[[wikipedia:ja:抗原|抗原]]性を高める<ref name="Turturici"><pubmed> 21403864 </pubmed></ref>。また[[多発性硬化症]](multiple sclerosis; MS)の動物モデルである実験的[[自己免疫性脳脊髄炎]](experimental autoimmune encephalomyelitis; EAE)の発症および増悪にHsp70が関わる<ref name="Turturici"><pubmed> 21403864 </pubmed></ref>。MS患者の[[脳脊髄液]]には、Hsp70に対する自己抗体が、運動神経疾患の患者と比較して高い頻度で観察される。そしてMS患者において、自己抗原である[[ミエリン塩基性タンパク質]](myelin basic protein; MBP)や[[Myelin proteolipid protein]](PLP)とHsp70との会合も観察されている。しかし一方でHsp70が[[wikipedia:ja:ナチュラルキラー細胞|ナチュラルキラー細胞]]に働きかけてEAEの増悪を抑制するとの報告もあるため[[中枢神経系]]の[[wikipedia:ja:自己免疫疾患|自己免疫疾患]]における役割が議論されている<ref name="Turturici"><pubmed> 21403864 </pubmed></ref>。  


== 参考文献  ==
== 参考文献  ==
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