社交不安症

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貝谷 久宣
医療法人和楽会 パニック障害研究センター
DOI XXXX/XXXX 原稿受付日:2014年2月21日 原稿完成日:2014年月日
担当編集委員:加藤 忠史(独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)

英: social anxiety disorder  独:soziale Phobien  仏:phobie sociale

同義語:社交不安症、社会恐怖(social phobia)

 DSM-5のsocial anxiety disorderは日本不安症学会の提案で従来の「社交不安障害」から「社交不安症」と変更される。社交不安障害はそれまで社会不安障害とか社会恐怖と呼ばれていた時期がある。社交不安症は、自分が他人から低く評価されるのではないかという恐怖を示す病態である。社交不安症は他の重篤な精神障害を併発しやすく、そうなると社会的障害度が高くなる。近年、有効性の高い薬物療法と精神療法が出現したが治療を受ける人はなお少ない。社交不安症は本邦では従来から対人恐怖(Anthrophobia)と呼ばれていた病態とほぼ同じであるが、異なる部分も一部ある。日本特有の社会現象とされる「引きこもり」の約4割は社交不安症である可能性が示唆されている。

診断

 自分の身体的または技術的、知能的、精神的能力が他人から否定的な評価を受けることに対する恐怖症である。表1にDSM-5(2013) [1]の診断基準を示す。   臨床場面で問題となるのは、これらの患者の訴えを深刻な苦悩ととらえず、また年余にわたる社会機能障害を引き起こす重大な精神疾患と考えない診察者が多いことである [2] (Stein & Stein、2008)。また、 “内気(shyness)”は健常者の性格であり、内気がすべて社交不安症に発展するわけではないし、社交不安症の前駆状態として必ずしも内気が存在するわけでもない。

 社交不安症の重症度を検討する尺度[3]として、治療者による評価尺度ではLiebowitz Social Anxiety Scale日本語版(朝倉ら、2002)、自記式評価尺度ではBrief Social Phobia Scale(Davidsonら、1991)を参考にして身体症状も評価できるように作成された東大式社会不安障害尺度[4] (貝谷ら、2004)がある。その他の自記式評価尺度としてFear of Negative Evaluationの日本語版(石川ら、1992)がある。

鑑別診断:パニック障害でも人前でパニック発作に対する予期不安と当惑で社交を回避することがある。しかし、パニック障害の恐怖の本質は身体的生命の喪失であり、社交不安症のそれは社会的生命の喪失である。広場恐怖は人前で気分が悪くなったときすぐ逃げだせないかまたは助けを求めることが出来ない不安・恐怖のために社交状況を恐れ回避する。自閉症スペクトラムではコミュニケーションや対人的相互反応の質的障害により人間関係が円滑に進まない点で社交不安症とは異なる。醜形恐怖症は自分の容貌の想像上の欠陥にこだわり対人関係が障害された状況である。従来日本で言われていた対人恐怖は社交不安症の病態以外に、自己臭恐怖、自己視線恐怖や身体醜形恐怖などの自分の身体的状況が他人に不快感・緊張感を引き起こすと確信し、他人を回避する状況も含まれる。しかし、DSM-5ではこれらの状態は妄想性障害または醜形恐怖症と診断される。統合失調症も社会恐怖を持ち、人付き合いを好まないことがあるが、社交不安症には統合失調症のような精神病症状(幻覚・妄想)はない。うつ病でも社交を恐れ嫌う場合があるが、うつ病が寛解すれば消失する。

DSM-5 社交不安症(社交恐怖)300.23(F40.10)

A.他人の注視をあびるかもしれない社会的状況に対しての顕著な恐怖もしくは不安。例えば、社会的交流(例:会話をする、知らない人に会う)、注視される(例:食事をする,飲み物を摂る)、他人の前で行為をする(例:スピーチをする)。

B.その人は、自分が否定的な評価(例:恥をかかされる、恥ずかしい思いをする、拒絶されることにつながる、他人の気分を害する)を受けるような行動を取ったり、不安症状を呈することを恐れる。

C.この社交的状況はほとんど常に恐怖もしくは不安を誘発する。注:子どもの場合は、社会的状況で泣く、かんしゃくを起こす、立ちすくむ、まとわりつく、遠ざかる、うまく話せないという形で,恐怖または不安が表現されることがある。

D.この社会的状況は回避されるか、そうでなければ、強い恐怖または不安を感じながら耐え忍ばれる。

E.この恐怖もしくは不安は、その社会的状況における実際の脅威に相応しないし、社会文化的兼ね合いからもつり合いを欠いている。

F.この恐怖もしくは不安は通常6カ月以上持続する。

G.この恐怖、不安、もしくは回避は,臨床上著しい苦痛を引き起こすか、もしくは、社会的、職業的、または他の重要な活動領域における機能を損じている。

H.その恐怖、不安、もしくは回避は、物質使用(例:薬物乱用,服薬)または他の医学的状況の生理学的効果によるものではない。

I.その恐怖、不安、もしくは回避は、他の精神障害、例えば、パニック障害、自閉症スペクトラム、醜形恐怖症、の症状により説明することはできない。

J.他の医学的状況(例:パーキンソン病,肥満、火傷や外傷により容姿が損なわれている状態)が存在している場合、この恐怖、不安、もしくは回避は、明らかにそれらとは関連がないか過剰である。

該当すれば特定せよ 

 行為のみ:恐怖が公衆の面前でのスピーチまたは行為に限定されている場合

(平成26年2月貝谷久宣訳)

病因・病態生理

 (家族研究)社交不安症の第1度親族の発症率は健常対照群のそれよりも高く、また二卵性双生児より一卵性双生児のほうが発症一致率は高いので、社交不安症は家族性の傾向がある疾患と考えられている。

 (遺伝子研究)16番遺伝子ノルエピネフィリン・トランスポータの近位部との連鎖が社交不安症で示唆された(Gelernterら、2004)。その他の遺伝子研究はすべて社交不安症そのものとではなく、社交不安症の表現型との関連を示している。外向性の低さ:ベーター1アドレノ受容体(ADRB1)(Steinら、2004)やカテコールOメチールトランスフェレース(COMT)の塩基多型。扁桃体の高活性:セロトニン・トランスポーターS対立遺伝子(Furmark ら、2004、 2008、 2009; Lauら、2009)。小児の行動抑制や内向性格および扁桃体/島の過活性:RGS2遺伝子(Smollerら2008)。行動抑制:コルチコトロピン放出ホルモン遺伝子(Steinら、2005)。神経質:グルタミン酸脱炭酸酵素1(GAD1)遺伝子(Hettemaら、2008)。

 (画像研究)。プロトンMRSで前帯状回のグルタミン酸増加。PET血流研究でスピーチによる扁桃体の血流増加過剰、これは薬物療法で改善。PET受容体研究で線条体ドパミン受容体およびトランスポーター結合の減少;扁桃体、前帯状回、島皮質におけるセロトニン1A受容体結合の減少。fMRI研究で不快表情提示により扁桃体または前帯状回の過活性;線条体の活動性低下;公衆でのスピーチ時の前頭眼窩皮質の活性低下;不快表情刺激による扁桃体活性と前頭眼窩皮質および後帯状回皮質/前楔部との結合性低下[5](Hahnら、2011)。

 社交不安症において病態生理の中心的役割を果たし過活性を示す扁桃体と、人間関係、道徳、社会活動および情動の評価と扁桃体制御に関係する前頭眼窩皮質および身体感覚も含めた自己参照機能に関係する後帯状回皮質/前楔部との連絡性が弱まっている所見は社交不安症の発症機構仮説を提唱している。最近の拡散テンソル画像研究や安静時fMRI研究により扁桃体以外にも大脳皮質全体の広範な神経ネットワークが社交不安症の発症と関係していることが明らかにされつつある[6](Foucheら,2013)。

治療

 本邦で上市されているセロトニン再取り込阻害薬(SSRI)はすべて社交不安症に対しての効果が国際的には検証されている。その平均効果量は1.5。SSRI治療開始22ヶ月後もなおその治療効果が増している事実がある。Clonazepamなどのベンゾジアゼピン抗不安薬も有効である。認知行動療法CBT)とりわけ暴露療法の効果は十分に認められており、その平均効果量は1.8と薬物療法より高い。一般に、SSRIでは効果発現がより速く、CBTでは効果がより持続的である。両者の併用療法が単独療法より勝るかどうかは検証されていない。恐怖学習の消去作用を有するD-サイクロセリンの暴露療法での併用が注目されている。モノアミン酸化酵素阻害薬の効果は検証されているが、副作用が出やすいので本邦では使用されていない。

疫学

 世界精神保健(WMH)日本調査2002-2006(最終データ4134名)[7] における社交不安症の重みづけ後の12ヶ月有病率は0.7で、生涯有病率は1.4であった。この生涯有病率は米国(6.8)や欧州(7.7)に比べ著しく低い。また同じ調査で、社交不安症がその後の大うつ病障害発症に及ぼすハザード比は7.2と顕著に高い。米国のアルコール症とその関連疾患の疫学調査[8]では社交不安症は男性より女性に多く(約1.5倍)、平均発症年齢は15.1歳、平均罹病期間16.3年で、80%以上は治療を受けず、初診時平均年齢は27.2歳であった。コモルビデティは脳科学辞典不安障害の項 図4を参照。その他の注目すべき合併しやすい精神障害は、双極性障害I型、回避性人格障害及び依存性人格障害であった。また、平均7つの恐怖対象状況があり、多くはパーフォーマンス場面であった。欧米では社交不安症は不登校の大きな原因とされている。

参考文献


参考図書 (1) 樋口輝彦・久保木富房・不安抑うつ臨床研究会(編)「社会不安障害」 日本評論社 東京 2002 (2) 貝谷久宣 「対人恐怖 社会不安障害 (講談社健康ライブラリー) 」講談社,東京.2002 (3) 貝谷久宣(編著),樋口輝彦(監修)「社交不安障害」 (新現代精神医学文庫)  新興医学出版社,東京.2010