「精神病性障害」の版間の差分

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同義語:精神病 (psychosis)  
同義語:精神病 (psychosis)  


{{box|text=精神病症状 (psychotic symptom) とは、幻覚、妄想、解体した(まとまりのない)会話、解体した(まとまりのない)行動など、現実検討を著しく障害する症状を示し、こうした症状を呈する疾患は、以前は「精神病」と呼ばれていた。以前用いられた「精神病」にほぼ相当する現在の用語が、「精神病性障害 (psychotic disorder) 」である。現在、精神病という用語を単独で病名として用いることはほとんどなくなっているが、記述用語として「精神病性 (psychotic) 」あるいは「精神病症状」という用語が使用されている。精神病性障害は、その成因によって、身体疾患によるもの、精神作用物質の使用によるもの、身体的基盤が明らかでないもの(統合失調症など)に大別される。なお、精神病性障害以外の一部の障害(双極性障害、うつ病など)も、精神病症状を伴いうる。}}
{{box|text=精神病症状 (psychotic symptom) とは、幻覚、妄想、解体した(まとまりのない)会話、解体した(まとまりのない)行動など、現実検討を著しく障害する症状を示し、こうした症状を呈する疾患は、以前は「精神病」と呼ばれていた。以前用いられた「精神病」にほぼ相当する現在の用語が、「精神病性障害 (psychotic disorder) 」である。現在、精神病という用語を単独で病名として用いることはほとんどなくなっており、記述用語として「精神病性 (psychotic) 」あるいは「精神病症状」という用語が使用されている。精神病性障害は、その成因によって、身体疾患によるもの、精神作用物質の使用によるもの、身体的基盤が明らかでないもの(統合失調症など)に大別される。なお、精神病性障害以外の一部の障害(双極性障害、うつ病など)も、精神病症状を伴いうる。}}


==「精神病」とは==
==「精神病」とは==


 「精神病psychosis」は、[[妄想]]、[[幻覚]]、解体した(まとまりのない)会話、解体した(まとまりのない)行動などにより、現実検討が著しく障害される疾患を示し、こうした症状を精神病症状、こうした特徴を精神病性という。歴史的には、精神病症状を呈する疾患を精神病と呼んできたが、スティグマを伴う疾患名であるため、現在はあまり用いられない(もっとも英語圏では、psychosisという語は上記の症状を呈する「精神病状態」という状態像診断として再び頻用されるようになっている。たとえば、first-episode psychosisとは経過の中で初めて発現した精神病状態を示す)。しかし、形容詞的な精神病性という使い方や、精神病症状という使い方は現在でも広くなされている。<br> 今日では、精神病症状を主徴とする病態を精神病性障害と呼ぶ。精神病症状は、脳疾患、薬物中毒などの身体疾患によって生じる場合もあれば、統合失調症などの基盤とする身体疾患が未だ不明とされる精神障害によって生じる場合もある。
 「精神病psychosis」は、[[妄想]]、[[幻覚]]、解体した(まとまりのない)会話、解体した(まとまりのない)行動などにより、現実検討が著しく障害される疾患を示し、こうした症状を精神病症状、こうした特徴を精神病性という。精神病という語はDSM-III以降使用されなくなり、わが国でもスティグマを伴う用語であるため、現在はあまり用いられない。しかし、形容詞的な精神病性という使い方や、精神病症状という使い方は現在でも広くなされている。<br> 今日では、精神病症状を主徴とする病態を精神病性障害と呼ぶ。もっとも英語圏では、psychosisという語は疾患名ではなく、上記の症状を呈する「精神病状態」という状態像診断として、再び頻用されるようになっている。たとえば、first-episode psychosisとは経過の中で初めて発現した精神病状態を示す。精神病症状は、脳疾患、薬物中毒などの身体疾患によって生じる場合もあれば、統合失調症などの基盤とする身体疾患が未だ不明とされる精神障害によって生じる場合もある。


== 精神病性障害の諸種 ==
== 精神病性障害の諸種 ==
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==精神病性障害の診断基準==
==精神病性障害の診断基準==


 かつて「精神病psychosis」という語は、DSM-II(1968年)<ref name=ref1>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 2nd ed. <br>Washington DC Association, APA, 1968.</ref>では「生活の通常の要求を満たす能力に著しい支障を来すほど精神機能が障害されている」と広く定義されていたのに対し、[[DSM-III]](1980年)<ref name=ref2>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 3rd ed. <br>Washington DC, APA, 1980. </ref>とDSM-III-R(1987年)<ref name=ref3>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 3rd Ed, Revised. <br>Washington DC, APA, 1987</ref>への改訂を経て、「精神病」と言う語は用いられなくなった。「精神病性psyhchotic」という語も、従来の「精神病psychosis」の定義と同一ではなく、「現実検討の著しい障害」というより狭い意味で用いられた。<br> この背景として、精神障害の診断基準においては、本質的で重大な問題を生じうる疾患diseaseや疾病illnessなどと言った用語が避けられるようになったことが挙げられる。代わりに、決して正確な用語ではないが、機能上の苦痛や阻害に伴い、臨床的に認知可能な一連の症状や行動が存在しているという意味の「障害disorder」が統一して用いられることになった。精神病性障害と言う用語もまた、こうした趨勢の中で作成されたものである。<br> DSM-IIIでは、精神病症状psychotic symptomとして[[妄想]]、[[幻覚]]、滅裂な会話、解体した行動が挙げられた。[[DSM-IV-TR]](2000年)<ref name=ref4>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 4th Ed, Text Revision<br>Washington DC, APA, 2000.</ref>においても、「精神病性」の意味は概ね変わらず、妄想、幻覚、解体した会話、解体した行動および[[緊張病性行動]]を示す記述用語として用いられた。[[DSM-5]](2013年)<ref name=ref5>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 5th ed. <br>Washington DC, APA, 2013. </ref>では、「精神病性」の意味はさらに狭められ、妄想、幻覚、解体した会話のいずれかの存在を意味するとされ、緊張病の非特異化がなされたことが特徴である。<br> 上記をまとめると、DSMにおけるpsychosis/psychoticの定義の変遷は表の通りとなる。DSM-IIでは、機能障害の程度に基づく広義の概念だったが、DSM-IIIでは従来の“psychosis”と言う用語は放棄され、現実検討の障害に基づいた狭義の概念として“psychotic”という用語が用いられるようになった。DSM-IVになると、“psychotic”は特定の症状(妄想、幻覚、解体した会話・行動、緊張病性行動)を示す記述用語になった。DSM-5では、DSM-IVの“psychotic”から緊張病性行動が除かれた形で“psychosis”と言う概念が復活している。ただし、それは現実歪曲(妄想および幻覚)および重度の解体(まとまりのない会話)によって定義されるものであり、従来の意味での“psychosis”とは異なるものである。<br> [[ICD-10]](1992年)<ref name=ref10 />の中でも、精神病性は「精神力動的機序に関する推測を含まない、便利な記述用語」として用いられ、「幻覚、妄想、および著しい興奮と過活動、著しい精神運動制止、緊張病性行動などいくつかの重度の行動異常」の存在を示す。
==精神病性障害の診断基準==


 DSM-5では、[[せん妄]]と精神病症状を伴う[[気分障害]]などを除けば、精神病症状を認める障害は成因によらず「[[統合失調症スペクトラム障害]]および他の精神病性障害群」に含められる。ICD-10では、精神病症状を呈する障害は成因によってF0~F3のいずれのカテゴリーに分類される。すなわち、F0群のうち[[認知症]]、せん妄、[[器質性精神病性障害]]、F1群のうち[[精神作用物質]]使用による急性[[中毒]]、せん妄を伴う[[離脱状態]]、精神病性障害、[[残遺性及び遅発性精神病性障害]]、F2群のうち[[統合失調症]]、[[妄想性障害]]、[[急性一過性精神病性障害]]、[[感応精神病]]、[[統合失調感情障害]]、F3群のうち精神病症状を伴う気分障害([[うつ病]]、[[躁病]]あるいは[[混合性エピソード)]]である。
 かつて「精神病psychosis」という語は、DSM-II(1968年)<ref name=ref1>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 2nd ed. <br>Washington DC Association, APA, 1968.</ref>では「生活の通常の要求を満たす能力に著しい支障を来すほど精神機能が障害されている」と広く定義されていたのに対し、[[DSM-III]](1980年)<ref name=ref2>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 3rd ed. <br>Washington DC, APA, 1980. </ref>とDSM-III-R(1987年)<ref name=ref3>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 3rd Ed, Revised. <br>Washington DC, APA, 1987</ref>では、「精神病」と言う語は用いられなくなり、「精神病性psychotic」という語が「現実検討の著しい障害」というより狭い意味で用いられた。<br> DSM-IIIで精神病と神経症という二分法は廃止され、「障害disorder」という表現が統一して用いられることになった。精神病性障害と言う用語はこうした趨勢の中で作成された。<br> DSM-IIIでは、精神病症状psychotic symptomとして[[妄想]]、[[幻覚]]、滅裂な会話、解体した行動が挙げられた。[[DSM-IV-TR]](2000年)<ref name=ref4>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 4th Ed, Text Revision<br>Washington DC, APA, 2000.</ref>においても、「精神病性」の意味は概ね変わらず、妄想、幻覚、解体した会話、解体した行動および[[緊張病性行動]]を示す記述用語として用いられた。[[DSM-5]](2013年)<ref name=ref5>'''American Psychiatric Association'''<br>Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders. 5th ed. <br>Washington DC, APA, 2013. </ref>では、「精神病性」の意味はさらに狭められ、妄想、幻覚、解体した会話のいずれかの存在を意味するとされ、緊張病の非特異化がなされたことが特徴である。<br> DSM-5の本文中では、妄想、幻覚、解体した会話のいずれかを呈する「精神病状態」という意味でpsychosisという語が復活している。上記をまとめると、DSMにおけるpsychosis/psychoticの定義の変遷は表の通りとなる。
 
 DSM-5では、[[せん妄]]と精神病症状を伴う[[気分障害]]などを除けば、精神病症状を認める障害は成因によらず「[[統合失調症スペクトラム障害]]および他の精神病性障害群」に含められる。ICD-10では、精神病症状を呈する障害は成因によってF0~F3のいずれのカテゴリーに分類される。すなわち、F0群のうち[[認知症]]、せん妄、[[器質性精神病性障害]]、F1群のうち[[精神作用物質]]使用による急性[[中毒]]、せん妄を伴う[[離脱状態]]、精神病性障害、[[残遺性及び遅発性精神病性障害]]、F2群のうち[[統合失調症]]、[[妄想性障害]]、[[急性一過性精神病性障害]]、[[感応精神病]]、[[統合失調感情障害]]、F3群のうち精神病症状を伴う気分障害([[うつ病]]、[[躁病]]あるいは[[混合性エピソード]]]である。


 一方、精神病症状を伴う病態が必ずしも精神病性障害とは限らない。たとえば、せん妄や気分障害においても精神病症状が生じるが、これらは精神病性障害に含まれない。また、[[強迫性障害]]、[[解離性障害]]、[[身体醜形障害]]、[[パーソナリティ障害]]、[[発達障害]]などでも精神病症状が出現することがある。DSM-5では、強迫性障害や身体醜形障害における思い込みが妄想的確信を伴うものである場合、「[[病識]]が欠如した/妄想的確信を伴うもの」という特定用語が付与される。ICD-10によれば、強迫性障害や解離性障害に精神病症状が伴う場合、何らかの精神病性障害の診断が与えられる。
 一方、精神病症状を伴う病態が必ずしも精神病性障害とは限らない。たとえば、せん妄や気分障害においても精神病症状が生じるが、これらは精神病性障害に含まれない。また、[[強迫性障害]]、[[解離性障害]]、[[身体醜形障害]]、[[パーソナリティ障害]]、[[発達障害]]などでも精神病症状が出現することがある。DSM-5では、強迫性障害や身体醜形障害における思い込みが妄想的確信を伴うものである場合、「[[病識]]が欠如した/妄想的確信を伴うもの」という特定用語が付与される。ICD-10によれば、強迫性障害や解離性障害に精神病症状が伴う場合、何らかの精神病性障害の診断が与えられる。


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references /> 
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