「細胞接着分子」の版間の差分

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英語名:cell adhesion molecules 独:Zelladhäsionsmolekül 仏:protéine d'adhésion cellulaire
英語名:cell adhesion molecules 独:Zelladhäsionsmolekül 仏:protéine d'adhésion cellulaire


 細胞が互いに認識・結合し、組織や器官を形成し、これらが集まり合うことで[[wikipedia:jp:多細胞生物|多細胞生物]]の個体が形作られる。また、細胞外環境に存在する[[細胞外マトリックス]]分子や分泌因子あるいは他の細胞の膜蛋白質など、多種多様な細胞外情報が細胞接着・認識分子群によって読み取られ、移動・接着・シグナル伝達・分化などの細胞の行動・運命が決定される。このように生物のかたちの形成と維持のみならず、生体機能の発現過程において多種多様な細胞接着分子群が機能している。神経系の発生・発達・機能発現の諸過程においても細胞接着分子群が重要な役割を果たしている。例えば、[[wikipedia:jp:幹細胞|幹細胞]]の維持、細胞移動、軸索伸長・ガイダンス、[[wikipedia:jp:樹状突起|樹状突起]]形成、[[シナプス]]形成、[[ニューロン]]-[[グリア細胞]]間結合、[[シナプス可塑性]]などの様々な場面における細胞接着分子群の機能が報告されている。
 細胞が互いに認識・結合し、組織や器官を形成し、これらが集まり合うことで[[wikipedia:jp:多細胞生物|多細胞生物]]の[[wikipedia:ja:個体|個体]]が形作られる。また、細胞外環境に存在する[[細胞外マトリックス]]([[細胞外基質]])分子や分泌因子あるいは他の細胞の[[wikipedia:ja:膜蛋白質|膜蛋白質]]など、多種多様な細胞外情報が[[wikipedia:ja:細胞接着・認識分子|細胞接着・認識分子]]群によって読み取られ、[[移動]]・[[接着]]・[[シグナル伝達]]・[[分化]]などの細胞の行動・運命が決定される。このように生物のかたちの形成と維持のみならず、生体機能の発現過程において多種多様な細胞接着分子群が機能している。神経系の発生・発達・機能発現の諸過程においても細胞接着分子群が重要な役割を果たしている。例えば、[[幹細胞]]の維持、[[細胞移動]]、[[軸索伸長]]・[[ガイダンス]]、[[樹状突起]]形成、[[シナプス]]形成、[[ニューロン]]-[[グリア]]細胞間結合、[[シナプス可塑性]]などの様々な場面における細胞接着分子群の機能が報告されている。


 細胞接着は、細胞同士の結合、細胞と細胞外マトリックス(細胞外基質)との結合に大別される。細胞同士の結合はさらに、[[カドヘリン]]や[[免疫グロブリンスーパーファミリー]]などによる膜蛋白質同士の相互作用による特異的認識と接着、[[wikipedia:jp:密着結合|タイトジャンクション]]における強固な細胞間接着に分類することができる。細胞外マトリックス分子との接着はおもに[[wikipedia:integrin|インテグリン]]・ファミリー分子群が細胞膜受容体としてはたらく。  
 細胞接着は、細胞同士の結合、細胞と細胞外マトリックスとの結合に大別される。細胞同士の結合はさらに、[[カドヘリン]]や[[免疫グロブリンスーパーファミリー]]などによる膜蛋白質同士の相互作用による特異的認識と接着、[[wikipedia:jp:密着結合|タイトジャンクション]]における強固な細胞間接着に分類することができる。細胞外マトリックス分子との接着はおもに[[インテグリン]]・ファミリー分子群が細胞膜受容体としてはたらく。  


== 細胞接着における分子間の結合様式  ==
== 細胞接着における分子間の結合様式  ==
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=== ホモフィリック結合(同種分子親和性結合)  ===
=== ホモフィリック結合(同種分子親和性結合)  ===


 同種の分子が結合する様式をホモフィリック結合(Homophilic adhesion)という。神経系に発現する代表的なホモフィリック結合分子として、[[カドヘリン]]、NCAM、[[L1]]、P0などが挙げられる。同じタイプの神経細胞を集めて配置する神経核の形成過程や、同じタイプの[[軸索]]を集めて束化する軸索束形成過程において、細胞接着分子によるホモフィリック結合が重要な役割を果たす。  
 同種の分子が結合する様式をホモフィリック結合(Homophilic adhesion)という。神経系に発現する代表的なホモフィリック結合分子として、カドヘリン、[[NCAM]][[L1]]、[[P0]]などが挙げられる。同じタイプの神経細胞を集めて配置する[[神経核]]の形成過程や、同じタイプの[[軸索]]を集めて束化する軸索束形成過程において、細胞接着分子によるホモフィリック結合が重要な役割を果たす。  


=== ヘテロフィリック結合(異種分子親和性結合) ===
=== ヘテロフィリック結合(異種分子親和性結合) ===


 異種の分子が特異性をもって結合する様式をヘテロフィリック結合(Heterophilic adhesion)という。代表的なヘテロフィリック結合ペアとして、[[L1]]ファミリーとContactinファミリーの結合、ICAMファミリーとβ2インテグリンファミリーの結合などが報告されている。異なったタイプの細胞間の相互作用で使われる接着様式であり、最も研究が進展している例として、[[ニューロン]][[シュワン細胞]](あるいは[[オリゴデンドロサイト]])の接着による軸索の髄鞘化における[[免疫グロブリンスーパーファミリー]]分子群(Contactin, TAG-1, NrCAM, Neurofascin, Neclなど)の役割が知られている(詳細は「[[免疫グロブリンスーパーファミリー]]」の項を参照)。また、シナプス前部に存在する多様なNeurexinアイソフォームとシナプス後部のNeuroliginファミリーが選択的ヘテロフィリック結合をすることによって、シナプス形成の特異性を規定すると考えられている。
 異種の分子が特異性をもって結合する様式をヘテロフィリック結合(Heterophilic adhesion)という。代表的なヘテロフィリック結合ペアとして、[[L1]]ファミリーと[[Contactin]]ファミリーの結合、[[ICAM]]ファミリーと[[β2インテグリン]]ファミリーの結合などが報告されている。異なったタイプの細胞間の相互作用で使われる接着様式であり、最も研究が進展している例として、ニューロンと[[シュワン細胞]](あるいは[[オリゴデンドロサイト]])の接着による軸索の[[髄鞘化]]における[[免疫グロブリンスーパーファミリー]]分子群(Contactin, [[TAG-1]], [[NrCAM]], [[Neurofascin]], [[Necl]]など)の役割が知られている(詳細は「免疫グロブリンスーパーファミリー」の項を参照)。また、[[シナプス前部]]に存在する多様な[[Neurexin]]アイソフォームと[[シナプス後部]]の[[Neuroligin]]ファミリーが選択的ヘテロフィリック結合をすることによって、シナプス形成の特異性を規定すると考えられている。


=== リガンド架橋型結合 ===
=== リガンド架橋型結合 ===
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 Ligand-bridged adhesion
 Ligand-bridged adhesion


 細胞表面の接着分子の間をリガンド分子が架橋しできる結合である。GDNFを介したGFRα1同士の結合やCbln1を介したNeurexinをGluD2の結合が、特異的なシナプス形成に関与することが報告されている<ref><pubmed>17310246</pubmed></ref><ref><pubmed>23189042</pubmed></ref><ref><pubmed>21342763</pubmed></ref>。  
 細胞表面の接着分子の間をリガンド分子が架橋しできる結合である。[[GDNF]]を介した[[GFRα1]]同士の結合や[[Cbln1]]を介した[[Neurexin]]を[[GluD2]]の結合が、特異的なシナプス形成に関与することが報告されている<ref><pubmed>17310246</pubmed></ref><ref><pubmed>23189042</pubmed></ref><ref><pubmed>21342763</pubmed></ref>。  


== 細胞接着分子の構造と機能 ==
== 構造と機能 ==


 神経系で発現・機能する細胞接着分子群はそれらの分子構造に基づいて以下のように分類される。  
 神経系で発現・機能する細胞接着分子群はそれらの分子構造に基づいて以下のように分類される。  
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[[Image:Furutani fig 2.jpg|thumb|300px|'''図2.カドヘリン・スーパーファミリー'''<br>カドヘリンは細胞外領域に複数のカドヘリンドメインを持つ蛋白質である。プロトカドヘリン1-21のカドヘリン様ドメイン数は分子によって異なる(6個または7個)。]]
[[Image:Furutani fig 2.jpg|thumb|300px|'''図2.カドヘリン・スーパーファミリー'''<br>カドヘリンは細胞外領域に複数のカドヘリンドメインを持つ蛋白質である。プロトカドヘリン1-21のカドヘリン様ドメイン数は分子によって異なる(6個または7個)。]]


 [[カドヘリン]]・スーパーファミリー(Cadherin superfamily)は、細胞外領域にカドヘリン様ドメインを有し、カルシウムイオン依存的なホモフィリック結合により細胞接着活性を現す膜蛋白質群の総称である<ref><pubmed>17133224</pubmed></ref>。マウスにおいて少なくとも80種類のメンバーが存在する(図2)。これまでのカドヘリン分子群の発見及び機能解析においては、多くの日本人研究者が中心的役割と果たしてきた。1980年代に竹市雅俊らによって次々と発見されたクラシックカドヘリンファミリー(N-, E-, P-, R-カドヘリン)は、細胞内領域で[[wikipedia:Catenin|カテニン]]と結合し、アクチン細胞骨格系や様々なシグナル伝達を制御する<ref><pubmed>2197976</pubmed></ref>。1993年、鈴木信太郎らは新たなカドヘリン多重遺伝子群の神経系における発現を報告した<ref><pubmed>8508762</pubmed></ref>。さらに1998年、八木健らはチロシンリン酸化酵素Fynに結合する分子としてCNR(プロトカドヘリン)を発見した<ref><pubmed>9655502</pubmed></ref>。プロトカドヘリンα、β、γは、複数の可変領域エクソンと1つの定常領域エクソンからmRNAの選択的スプライシングによって多様性が形成されるユニークな細胞接着分子群である。個々のニューロンごとに異なった組み合わせのプロトカドヘリンが発現し、神経回路構築・シナプス形成に重要な役割を果たすと予想されている<ref><pubmed>10817752</pubmed></ref>。また、上村匡らは7回膜貫通型カドヘリン(ショウジョウバエのFlamingo; マウスのCelsr)を発見した<ref><pubmed>10490098</pubmed></ref>。(詳細は「[[カドヘリン]]」の項を参照)  
 カドヘリン・スーパーファミリー(Cadherin superfamily)は、細胞外領域にカドヘリン様ドメインを有し、[[カルシウム]]イオン依存的なホモフィリック結合により細胞接着活性を現す膜蛋白質群の総称である<ref><pubmed>17133224</pubmed></ref>。マウスにおいて少なくとも80種類のメンバーが存在する(図2)。これまでのカドヘリン分子群の発見及び機能解析においては、多くの日本人研究者が中心的役割と果たしてきた。1980年代に[[竹市雅俊]]らによって次々と発見されたクラシックカドヘリンファミリー([[N-カドヘリン|N-]], [[E-カドヘリン|E-]], [[P-カドヘリン|P-]], [[R-カドヘリン]])は、細胞内領域で[[カテニン]]と結合し、[[アクチン]][[細胞骨格]]系や様々なシグナル伝達を制御する<ref><pubmed>2197976</pubmed></ref>
 
 1993年、鈴木信太郎らは新たなカドヘリン多重遺伝子群の神経系における発現を報告した<ref><pubmed>8508762</pubmed></ref>
 
 さらに1998年、八木健らは[[チロシンリン酸化酵素]][[Fyn]]に結合する分子として[[CNR]]([[プロトカドヘリン]])を発見した<ref><pubmed>9655502</pubmed></ref>。プロトカドヘリンα、β、γは、複数の可変領域エクソンと1つの定常領域エクソンからmRNAの選択的スプライシングによって多様性が形成されるユニークな細胞接着分子群である。個々のニューロンごとに異なった組み合わせのプロトカドヘリンが発現し、神経回路構築・シナプス形成に重要な役割を果たすと予想されている<ref><pubmed>10817752</pubmed></ref>
 
 また、上村匡らは7回膜貫通型カドヘリン([[ショウジョウバエ]]の[[Flamingo]]; [[wikipedia:ja:マウス|マウス]]の[[Celsr]])を発見した<ref><pubmed>10490098</pubmed></ref>。(詳細は「[[カドヘリン]]」の項を参照)  


=== 免疫グロブリンスーパーファミリー ===
=== 免疫グロブリンスーパーファミリー ===
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[[Image:Furutani fig 3.jpg|thumb|300px|'''図3.神経系に発現する免疫グロブリンスーパーファミリー'''<br>細胞外領域に1つまたは複数のIgドメインを持つ蛋白質群を免疫グロブリンスーパーファミリー(IgSF)と総称する。神経系には100種類以上のIgSF分子群が存在する。 Cys: Cysteine-rich domain, EGF: epidermal growth factor-like repeat, Kr: Kringle domain, LRR: leucine-rich repeat, MAM: meprin/A5/protein tyrosine phosphatase &mu;domain, Sema: semaphorin domain, TK: tyrosine kinase, TP: tyrosine phosphatase, TS: thrombospondin domain.]]
[[Image:Furutani fig 3.jpg|thumb|300px|'''図3.神経系に発現する免疫グロブリンスーパーファミリー'''<br>細胞外領域に1つまたは複数のIgドメインを持つ蛋白質群を免疫グロブリンスーパーファミリー(IgSF)と総称する。神経系には100種類以上のIgSF分子群が存在する。 Cys: Cysteine-rich domain, EGF: epidermal growth factor-like repeat, Kr: Kringle domain, LRR: leucine-rich repeat, MAM: meprin/A5/protein tyrosine phosphatase &mu;domain, Sema: semaphorin domain, TK: tyrosine kinase, TP: tyrosine phosphatase, TS: thrombospondin domain.]]


 [[wikipedia:jp:抗体|抗体]]分子(免疫グロブリン:Ig)の構造と類似した免疫グロブリン様ドメイン(Igドメイン)を細胞外領域に有する膜蛋白質群を免疫グロブリンスーパーファミリー(Immunoglobulin superfamily, IgSF)と総称する<ref><pubmed>1710044</pubmed></ref><ref><pubmed>8528906</pubmed></ref>。1987年、EdelmanらはIgドメインを有し、神経細胞に発現する膜蛋白質NCAM(Neural cell adhesion molecule)を最初に発見した<ref><pubmed>3576199</pubmed></ref>。その後、神経系に発現する100種類以上ものIgSFが同定された(図3)。代表的なIgSF分子として、軸索伸長・ガイダンスに機能する[[L1]], Contactin, DCC, [[Robo]]、樹状突起発達、シナプス形成に関与するTelencephalin, SynCAM, Dscam, Sidekick、髄鞘形成を司るP0などがあり、神経系発達の様々な過程で機能的役割を果たしている(詳細は「[[免疫グロブリンスーパーファミリー]]」の項を参照)。  
 [[wikipedia:jp:抗体|抗体]]分子([[wikipedia:ja:免疫グロブリン|免疫グロブリン]]:Ig)の構造と類似した免疫グロブリン様ドメイン(Igドメイン)を細胞外領域に有する膜蛋白質群を免疫グロブリンスーパーファミリー(Immunoglobulin superfamily, IgSF)と総称する<ref><pubmed>1710044</pubmed></ref><ref><pubmed>8528906</pubmed></ref>
 
 1987年、EdelmanらはIgドメインを有し、神経細胞に発現する膜蛋白質[[NCAM]]([[Neural cell adhesion molecule]])を最初に発見した<ref><pubmed>3576199</pubmed></ref>。その後、神経系に発現する100種類以上ものIgSFが同定された(図3)。代表的なIgSF分子として、軸索伸長・ガイダンスに機能する[[L1]], Contactin, [[DCC]]、[[Robo]]、樹状突起発達、シナプス形成に関与する[[Telencephalin]]、[[SynCAM]]、[[Dscam]]、[[Sidekick]]、髄鞘形成を司るP0などがあり、神経系発達の様々な過程で機能的役割を果たしている(詳細は「[[免疫グロブリンスーパーファミリー]]」の項を参照)。  


=== インテグリン・ファミリー ===
=== インテグリン・ファミリー ===