「脂肪酸結合タンパク質7型」の版間の差分

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[[Image:Balendrian-FABP7withDHA.jpg|thumb|right]] BLBPはFABPファミリーの中で7番目に脳から単離されたため、FABP7もしくはB-FABPとも呼ばれる(本稿では、最近一般的に使用されているFABP7を用いる)。  
[[Image:Balendrian-FABP7withDHA.jpg|thumb|right]] BLBPはFABPファミリーの中で7番目に脳から単離されたため、FABP7もしくはB-FABPとも呼ばれる(本稿では、最近一般的に使用されているFABP7を用いる)。  


 脳組織は[[wikipedia:ja:多価不飽和脂肪酸|多価不飽和脂肪酸]](PUFA)の含有率が高く、脳を構成する細胞のリン脂質膜には[[wikipedia:ja:ドコサヘキサエン酸|ドコサヘキサエン酸]](DHA)や[[wikipedia:ja:エイコサペンタエン酸|エイコサペンタエン酸]](EPA)などのPUFAが他の組織より多く含まれている。中枢神経系の細胞分化や[[シナプス]]形成の際にPUFAは必須の物質であり、脳の正常発達に不可欠である。また、PUFAの摂取不足は[[学習]]の低下や行動の異常を引き起こす。水に不溶なPUFAは、脂肪酸結合タンパク質FABPと結合して細胞内を移動し、脂質膜を構成し、[[シグナル伝達]]や[[wikipedia:ja:転写|転写]]制御を行う<ref name="ref2"><pubmed> 10854433 </pubmed></ref><ref name="ref1"><pubmed> 18323691 </pubmed></ref> 。  
 脳組織は[[wikipedia:ja:多価不飽和脂肪酸|多価不飽和脂肪酸]](PUFA)の含有率が高く、脳を構成する細胞のリン脂質膜には[[wikipedia:ja:ドコサヘキサエン酸|ドコサヘキサエン酸]](DHA)や[[wikipedia:ja:エイコサペンタエン酸|エイコサペンタエン酸]](EPA)などのPUFAが他の組織より多く含まれている。中枢神経系の細胞分化や[[シナプス]]形成の際にPUFAは必須の物質であり、脳の正常発達に不可欠である。また、PUFAの摂取不足は[[学習]]の低下や行動の異常を引き起こす。水に不溶なPUFAは、脂肪酸結合タンパク質FABPと結合して細胞内を移動し、脂質膜を構成し、[[シグナル伝達]]や[[wikipedia:ja:転写|転写]]制御を行う</ref><ref name="ref1"><pubmed> 10854433 </pubmed></ref><ref name="ref2"><pubmed> 18323691 </pubmed>。  


== 分子構造とリガンド結合能  ==
== 分子構造とリガンド結合能  ==

2012年4月18日 (水) 23:40時点における版

Balendrian-FABP7withDHA.jpg

 BLBPはFABPファミリーの中で7番目に脳から単離されたため、FABP7もしくはB-FABPとも呼ばれる(本稿では、最近一般的に使用されているFABP7を用いる)。

 脳組織は多価不飽和脂肪酸(PUFA)の含有率が高く、脳を構成する細胞のリン脂質膜にはドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)などのPUFAが他の組織より多く含まれている。中枢神経系の細胞分化やシナプス形成の際にPUFAは必須の物質であり、脳の正常発達に不可欠である。また、PUFAの摂取不足は学習の低下や行動の異常を引き起こす。水に不溶なPUFAは、脂肪酸結合タンパク質FABPと結合して細胞内を移動し、脂質膜を構成し、シグナル伝達転写制御を行う</ref>[1]引用エラー: <ref> タグに対応する </ref> タグが不足しています。FABP7は、脂肪酸のなかでもDHAやEPAなどのn-3系脂肪酸と親和性が高い。なおFABP3はn-6系脂肪酸、表皮型FABP(FABP5)は飽和脂肪酸に親和性が高いとされる[1]

発現の制御と機能

 FABP7遺伝子はヒトで6番染色体短腕22-23、マウスでは10番染色体に存在している (NCBI website, http://www.ncbi.nlm.nih.gov/gene/?term=FABP7)。 発達期の脳のFABP7を制御する転写因子としてNotchシグナル経路、Reelin-DAB1PAX6、NF-1、POUドメインタンパク質が知られている。マウスではNotchシグナル経路、ラットではPAX6が特に重要な役割を果たすと考えられている [2][3]

 FABPは核と細胞質の双方に発現しており、proliferator-activated receptor (PPAR)などの核内受容体を活性化することによって遺伝子を制御していると考えられている。肝臓型FABP1がPPARαとPPARγ、脂肪細胞型FABP4と表皮型FABP5がPPARγおよびPPARβに結合することが明らかにされている一方、FABP7のとの核内受容体との結合や転写調節の詳細は明らかではない[2]。FABP7がDHAを輸送することにより、悪性膠芽腫ではPPARγが活性化され標的遺伝子を抑制して腫瘍の浸潤を抑制し[4]、トリプルネガティブ乳がん(Triple-negative breast cancer )ではretinoid X receptorβ (RXRβ)が活性化され腫瘍の増殖を促進している可能性が示唆されている[5]

神経系での局在と機能

 胎児期の大脳皮質発達過程において神経細胞の移動は放射状グリア細胞によって誘導されると考えられている。哺乳類の脳の発達期にFABP7は小脳のBergmanグリアや、脊髄や大脳皮質の放射状グリア細胞(神経幹細胞)に高い発現を示し、大脳皮質や小脳の神経細胞移動に関与していると考えられている[1]。哺乳類のFABP7は神経細胞の新生が活発な胎生期の脳室帯および脳室下帯神経上皮や成熟期海馬歯状回顆粒細胞層の神経幹細胞に局在している。最近の研究では、FABP7が神経幹細胞の未分化性の維持に深く関わることが示されている[3][6]。これらの神経幹細胞の他にアストロサイトオリゴデンドロサイト前駆細胞(OPC)での局在が報告されている[7]

 FABP7は様々な神経精神疾患、特に統合失調症の病態との関連が示唆されている。統合失調症患者群において、FABP7の2番目のエクソンに存在する一塩基多型(SNP)で有意な相関が認められ、FABP7mRNAレベルが統合失調症患者の死後脳で非患者と比較して有意に上昇していることも明らかにされている。FABP7欠損マウスでは統合失調症のエンドフェノタイプのひとつとされるプレパルスインヒビション(PPI)が障害されている。PPIの機能障害は他の神経精神疾患アルツハイマー病自閉症障害双極性障害など)にも見られることから、これらの疾患にもFABP7が関与していると考えられている [6][8]。また、FABP7はダウン症患者の脳に過剰に発現している。末梢神経系ではFABP7の発現は低いが、神経傷害時にシュワン細胞において発現誘導が認められ、シュワン細胞と再生神経軸索の接着に関与することが知られている[9]。 さらにFABP7はヒト悪性膠芽腫に発現し、FABP7の発現と生存率の間には有意の相関がある。ヒト悪性膠芽腫の浸潤と進行にFABP7は重要な役割を担っており、有効な予後マーカーになりうると考えられている[4]

神経系以外での局在と機能

 FABP7はリンパ節など末梢性免疫臓器のT細胞領域特異的線維芽細胞(fibroblastic reticular cell, FRC)での局在や肝臓のクッパー細胞での局在も報告されており、リンパ球の生存・移動や炎症反応への関与が示唆されている[10]。また、前述した悪性膠芽腫や乳癌の他にも悪性黒色腫[5]腎癌[11]などの種々の腫瘍での発現が知られており、腫瘍の増殖や浸潤に関わるとされている。


参考文献

  1. 1.0 1.1 1.2 Balendiran, G.K., Schnutgen, F., Scapin, G., Borchers, T., Xhong, N., Lim, K., ..., & Sacchettini, J.C. (2000).
    Crystal structure and thermodynamic analysis of human brain fatty acid-binding protein. The Journal of biological chemistry, 275(35), 27045-54. [PubMed:10854433] [WorldCat] [DOI]
  2. 2.0 2.1 引用エラー: 無効な <ref> タグです。「ref3」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません
  3. 3.0 3.1 Arai, Y., Funatsu, N., Numayama-Tsuruta, K., Nomura, T., Nakamura, S., & Osumi, N. (2005).
    Role of Fabp7, a downstream gene of Pax6, in the maintenance of neuroepithelial cells during early embryonic development of the rat cortex. The Journal of neuroscience : the official journal of the Society for Neuroscience, 25(42), 9752-61. [PubMed:16237179] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  4. 4.0 4.1 Mita, R., Beaulieu, M.J., Field, C., & Godbout, R. (2010).
    Brain fatty acid-binding protein and omega-3/omega-6 fatty acids: mechanistic insight into malignant glioma cell migration. The Journal of biological chemistry, 285(47), 37005-15. [PubMed:20834042] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  5. 5.0 5.1 Liu, R.Z., Graham, K., Glubrecht, D.D., Lai, R., Mackey, J.R., & Godbout, R. (2012).
    A fatty acid-binding protein 7/RXRβ pathway enhances survival and proliferation in triple-negative breast cancer. The Journal of pathology, 228(3), 310-21. [PubMed:22322885] [WorldCat] [DOI]
  6. 6.0 6.1 Maekawa, M., Iwayama, Y., Arai, R., Nakamura, K., Ohnishi, T., Toyota, T., ..., & Yoshikawa, T. (2010).
    Polymorphism screening of brain-expressed FABP7, 5 and 3 genes and association studies in autism and schizophrenia in Japanese subjects. Journal of human genetics, 55(2), 127-30. [PubMed:20057506] [WorldCat] [DOI]
  7. Sharifi, K., Morihiro, Y., Maekawa, M., Yasumoto, Y., Hoshi, H., Adachi, Y., ..., & Owada, Y. (2011).
    FABP7 expression in normal and stab-injured brain cortex and its role in astrocyte proliferation. Histochemistry and cell biology, 136(5), 501-13. [PubMed:21938553] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  8. Watanabe, A., Toyota, T., Owada, Y., Hayashi, T., Iwayama, Y., Matsumata, M., ..., & Yoshikawa, T. (2007).
    Fabp7 maps to a quantitative trait locus for a schizophrenia endophenotype. PLoS biology, 5(11), e297. [PubMed:18001149] [PMC] [WorldCat] [DOI]
  9. 引用エラー: 無効な <ref> タグです。「ref2」という名前の注釈に対するテキストが指定されていません
  10. Tokuda, N., Adachi, T., Adachi, Y., Higashi, M., Sharifi, K., Tuerxun, T., ..., & Owada, Y. (2010).
    Identification of FABP7 in fibroblastic reticular cells of mouse lymph nodes. Histochemistry and cell biology, 134(5), 445-52. [PubMed:21042809] [WorldCat] [DOI]
  11. Takaoka, N., Takayama, T., Teratani, T., Sugiyama, T., Mugiya, S., & Ozono, S. (2011).
    Analysis of the regulation of fatty acid binding protein 7 expression in human renal carcinoma cell lines. BMC molecular biology, 12, 31. [PubMed:21771320] [PMC] [WorldCat] [DOI]


(執筆者:徳田信子、大和田祐二 担当編集委員:大隅典子)