「脳弓下器官」の版間の差分

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 脳弓下器官は第三脳室前壁に位置する脳神経核であり、体液(血液及び脳脊髄液)に含まれるイオンの濃度を監視するとともに、末梢器官由来のホルモンを検出することにより、体液恒常性を制御する中枢と考えられている。血液脳関門(血液と脳及び脊髄の組織液との間の物質交換を制限する機構)が無い脳室周囲器官(circumventricular organs: CVOs)と呼ばれる神経組織群に属する。脳室周囲器官の中でニューロンの細胞体が存在する脳弓下器官、終板脈管器官(organum vasculosum laminae terminalis: OVLT)、最後野(area postrema: AP)を特に感覚性脳室周囲器官(sensory circumventricular organs: sCVOs)と総称することもある[1]
 脳弓下器官は第三脳室前壁に位置する脳神経核であり、体液(血液及び脳脊髄液)に含まれるイオンの濃度を監視するとともに、末梢器官由来のホルモンを検出することにより、体液恒常性を制御する中枢と考えられている。血液脳関門(血液と脳及び脊髄の組織液との間の物質交換を制限する機構)が無い脳室周囲器官(circumventricular organs: CVOs)と呼ばれる神経組織群に属する。脳室周囲器官の中でニューロンの細胞体が存在する脳弓下器官、終板脈管器官(organum vasculosum laminae terminalis: OVLT)、最後野(area postrema: AP)を特に感覚性脳室周囲器官(sensory circumventricular organs: sCVOs)と総称することもある<ref name=ref1><pubmed>12901335</pubmed></ref>
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== 神経結合 ==
== 神経結合 ==


 脳弓下器官からの遠心性の神経投射先には、同じく体液恒常性に関与していると考えられている正中視索前核(median preoptic nucleus: MnPO)や終板脈管器官(OVLT)への神経連絡がある。また、分界条床核(bed nucleus of stria terminalis: BST)や[[扁桃体]](amygdala)などの辺縁系、抗利尿ホルモンであるバソプレッシンの分泌制御に関わっている[[視床下部]]の[[室傍核]](paraventricular nucleus: PVN)、視索上核(supraoptic nucleus: SON)に神経投射がある[1]。さらに、室傍核を介して血圧調節の中枢である延髄吻側腹外側部(rostal ventrolateral medulla: RVLM)の制御に関わっていると考えられている[2]。一方、塩分や水分の摂取行動の制御に関わる神経経路についての詳細は明らかになっていない。
 脳弓下器官からの遠心性の神経投射先には、同じく体液恒常性に関与していると考えられている正中視索前核(median preoptic nucleus: MnPO)や終板脈管器官(OVLT)への神経連絡がある。また、分界条床核(bed nucleus of stria terminalis: BST)や[[扁桃体]](amygdala)などの辺縁系、抗利尿ホルモンであるバソプレッシンの分泌制御に関わっている[[視床下部]]の[[室傍核]](paraventricular nucleus: PVN)、視索上核(supraoptic nucleus: SON)に神経投射がある<ref name=ref1 />。さらに、室傍核を介して血圧調節の中枢である延髄吻側腹外側部(rostal ventrolateral medulla: RVLM)の制御に関わっていると考えられている<ref name=ref2><pubmed>17519130</pubmed></ref>。一方、塩分や水分の摂取行動の制御に関わる神経経路についての詳細は明らかになっていない。


 脳弓下器官から遠心性の投射を受けている正中視索前核、終板脈管器官、分界条床核、室傍核などは、逆に脳弓下器官に対する神経投射をしており、双方向に神経連絡を有する。その他、脳弓下器官に入力する求心性繊維を投射する神経核として、[[ストレス反応]]に関わる[[青斑核]]([[locus coeruleus]]: LC)、[[迷走神経]]や舌因神経からの情報を受け取る弧束核(nucleus tractus solitarius: NTS)が知られている[1]
 脳弓下器官から遠心性の投射を受けている正中視索前核、終板脈管器官、分界条床核、室傍核などは、逆に脳弓下器官に対する神経投射をしており、双方向に神経連絡を有する。その他、脳弓下器官に入力する求心性繊維を投射する神経核として、[[ストレス反応]]に関わる[[青斑核]]([[locus coeruleus]]: LC)、[[迷走神経]]や舌因神経からの情報を受け取る弧束核(nucleus tractus solitarius: NTS)が知られている<ref name=ref1 />


== 発現するセンサー分子及び受容体 ==
== 発現するセンサー分子及び受容体 ==


 脳弓下器官に発現するセンサータンパク質としては、体液ナトリウムセンサーNax[3]、[[カルシウム]]センサーCaR[4]、浸透圧の感知に関与するとされるTRPV4チャンネル[5]や水チャンネルのAQP-4[6]が報告されている。ペプチド受容体としては、アンジオテンシンII受容体[7]、アミリン受容体[8]、カルシトニン受容体[9]、ナトリウム利尿ペプチド受容体[10]、[[エストロゲン受容体α]][11]、[[糖質コルチコイド]]受容体[12]などの発現が報告されてきたが、さらに、近年のマイクロアレイ実験からエンドセリンやアディポネクチン、アペリン、[[エンドカンナビノイド]]、レプチン、プロラクチン、甲状腺ホルモンの受容体の発現が、他の脳領域に比べて脳弓下器官に多いと報告されている[13]
 脳弓下器官に発現するセンサータンパク質としては、体液ナトリウムセンサーNax<ref name=ref3><pubmed></pubmed></ref>、[[カルシウム]]センサーCaR<ref name=ref4><pubmed></pubmed></ref>、浸透圧の感知に関与するとされるTRPV4チャンネル<ref name=ref5><pubmed></pubmed></ref>や水チャンネルのAQP-4<ref name=ref6><pubmed></pubmed></ref>が報告されている。ペプチド受容体としては、アンジオテンシンII受容体<ref name=ref7><pubmed></pubmed></ref>、アミリン受容体<ref name=ref8><pubmed></pubmed></ref>、カルシトニン受容体<ref name=ref9><pubmed></pubmed></ref>、ナトリウム利尿ペプチド受容体<ref name=ref10><pubmed></pubmed></ref>、[[エストロゲン受容体α]]<ref name=ref11><pubmed></pubmed></ref>、[[糖質コルチコイド]]受容体<ref name=ref12><pubmed></pubmed></ref>などの発現が報告されてきたが、さらに、近年のマイクロアレイ実験からエンドセリンやアディポネクチン、アペリン、[[エンドカンナビノイド]]、レプチン、プロラクチン、甲状腺ホルモンの受容体の発現が、他の脳領域に比べて脳弓下器官に多いと報告されている<ref name=ref13><pubmed></pubmed></ref>


== 体液ナトリウムレベル感知機構 ==
== 体液ナトリウムレベル感知機構 ==


 センサー分子の中で、生理機能が最もよくわかっているのはNaxである。Naxは電位依存性ナトリウムチャンネルと構造的に近いが電位感受性を示さないチャンネル分子である[14]。細胞外のナトリウムレベルが平常レベルから上昇したことに応答して開口する[15]。脳弓下器官においてはエンドセリン3(ET-3)が発現しており、ETBR受容体を介した信号伝達によりNaxのナトリウム濃度感受性を高めている[16]。さらに脱水時には、このET-3の発現が上昇することがわかっている[16]。脳弓下器官のグリア細胞(アストロサイト及び[[上衣細胞]])の多くは、膜状突起を伸ばして神経細胞を取り巻いているが、Naxは、主にその突起部に発現している[17]。長時間の絶水により体液(血液や脳脊髄液)のナトリウムレベルが通常レベルよりも上昇すると、Naxが開口してナトリウムイオンが流入し、Na/Kポンプ(Na+/K+-ATPase)が活性化される。これに伴い、嫌気的糖代謝活性が上昇し、最終代謝産物である乳酸が細胞外に放出される。この乳酸がグリア―ニューロン間の伝達物質として機能し、[[GABA]]ニューロンの発火活動が亢進することが確認されている[18]
 センサー分子の中で、生理機能が最もよくわかっているのはNaxである。Naxは電位依存性ナトリウムチャンネルと構造的に近いが電位感受性を示さないチャンネル分子である<ref name=ref14><pubmed></pubmed></ref>。細胞外のナトリウムレベルが平常レベルから上昇したことに応答して開口する<ref name=ref15><pubmed></pubmed></ref>。脳弓下器官においてはエンドセリン3(ET-3)が発現しており、ETBR受容体を介した信号伝達によりNaxのナトリウム濃度感受性を高めている<ref name=ref16><pubmed></pubmed></ref>。さらに脱水時には、このET-3の発現が上昇することがわかっている<ref name=ref16 />。脳弓下器官のグリア細胞(アストロサイト及び[[上衣細胞]])の多くは、膜状突起を伸ばして神経細胞を取り巻いているが、Naxは、主にその突起部に発現している<ref name=ref17><pubmed></pubmed></ref>。長時間の絶水により体液(血液や脳脊髄液)のナトリウムレベルが通常レベルよりも上昇すると、Naxが開口してナトリウムイオンが流入し、Na/Kポンプ(Na+/K+-ATPase)が活性化される。これに伴い、嫌気的糖代謝活性が上昇し、最終代謝産物である乳酸が細胞外に放出される。この乳酸がグリア―ニューロン間の伝達物質として機能し、[[GABA]]ニューロンの発火活動が亢進することが確認されている<ref name=ref18><pubmed></pubmed></ref>


== 脳弓下器官と疾患 ==
== 脳弓下器官と疾患 ==


 血中ナトリウムレベルが持続的に高い症状を示す、本態性高ナトリウム血症の一部の患者の体内において、Naxに対する自己抗体の産生が報告された。Naxを発現している上衣細胞やアストロサイトは脳弓下器官の神経細胞を保護する役目も果たしており、補体活性化によるNax陽性グリア細胞の損傷によって抗利尿ホルモンの分泌を制御する神経の活動制御に異常を来たしたものと考えられた[19]。この患者では、脱水時の抗利尿ホルモンの分泌応答がなく、口渇感も欠損していた。
 血中ナトリウムレベルが持続的に高い症状を示す、本態性高ナトリウム血症の一部の患者の体内において、Naxに対する自己抗体の産生が報告された。Naxを発現している上衣細胞やアストロサイトは脳弓下器官の神経細胞を保護する役目も果たしており、補体活性化によるNax陽性グリア細胞の損傷によって抗利尿ホルモンの分泌を制御する神経の活動制御に異常を来たしたものと考えられた<ref name=ref19><pubmed></pubmed></ref>。この患者では、脱水時の抗利尿ホルモンの分泌応答がなく、口渇感も欠損していた。


  脳弓下器官を含む脳室周囲器官は、[[血液脳関門]]を欠くことから血中の病原物質に対して脆弱であり、脳への入り口となり得る。近年、敗血症、自己免疫性脳炎、全身性アミロイドーシス、[[プリオン]]感染等、幅広い疾患に関与する可能性が指摘されている[20]
 脳弓下器官を含む脳室周囲器官は、[[血液脳関門]]を欠くことから血中の病原物質に対して脆弱であり、脳への入り口となり得る。近年、敗血症、自己免疫性脳炎、全身性アミロイドーシス、[[プリオン]]感染等、幅広い疾患に関与する可能性が指摘されている<ref name=ref20><pubmed></pubmed></ref>


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==


 [[神経ペプチド]]
*[[神経ペプチド]]


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
<references />