「自殺」の版間の差分

ナビゲーションに移動 検索に移動
144 バイト追加 、 2015年11月22日 (日)
編集の要約なし
(2人の利用者による、間の3版が非表示)
2行目: 2行目:
<font size="+1">柳 雅也、辻井 農亜、[http://researchmap.jp/oshirakawa 白川 治 ]</font><br>
<font size="+1">柳 雅也、辻井 農亜、[http://researchmap.jp/oshirakawa 白川 治 ]</font><br>
''近畿大学医学部精神神経科学教室''<br>
''近畿大学医学部精神神経科学教室''<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年7月8日 原稿完成日:2014年月日<br>
DOI:<selfdoi /> 原稿受付日:2014年7月8日 原稿完成日:2014年10月21日<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
担当編集委員:[http://researchmap.jp/tadafumikato 加藤 忠史](独立行政法人理化学研究所 脳科学総合研究センター)<br>
</div>
</div>
48行目: 48行目:
 ノルアドレナリン神経系(Noradrenergic system)は、[[ストレス応答]]や絶望感などの心理学的特性に関与する系で、セロトニン神経系ほどではないが、その失調と自殺との関連が指摘されている。
 ノルアドレナリン神経系(Noradrenergic system)は、[[ストレス応答]]や絶望感などの心理学的特性に関与する系で、セロトニン神経系ほどではないが、その失調と自殺との関連が指摘されている。


 自殺既遂者において、ノルアドレナリン神経系の起始核である[[青斑核]]([[locus coeruleus]])の神経細胞数の減少と細胞密度の低下が報告されている<ref name=ref23><pubmed>8717609</pubmed></ref>。同じく自殺既遂者の脳幹においてノルアドレナリンが低下しており、その二次的な変化とされる[[アドレナリンα2受容体]](以下α2受容体)結合の増加が報告されている<ref name=ref24><pubmed>8035185 </pubmed></ref>。これらの所見は、脳幹におけるノルアドレナリンの枯渇を示唆する。一方、自殺既遂者の前頭前野では、ノルアドレナリンの上昇とα2受容体結合の低下が報告されているが<ref name=ref25><pubmed>8118693</pubmed></ref>、これは皮質でのノルアドレナリン活性の亢進を示すと考えられる。しかし、前頭前野におけるα2およびそのサブタイプであるα2A受容体が増加しているとの報告も多数あり<ref name=ref26><pubmed>1349830</pubmed></ref> <ref name=ref27><pubmed>9489732</pubmed></ref> <ref name=ref28><pubmed>9886080</pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed>12192620</pubmed></ref> <ref name=ref30><pubmed>15199368</pubmed></ref>、自殺既遂者の皮質においてみられるこのような相反した所見は、青斑核においてもノルアドレナリン生合成の律速酵素である[[チロシン水酸化酵素]](tyrosine hydroxylase; TH)の増加または減少として報告されている<ref name=ref9 />。これらのことは、状態依存的にノルアドレナリン神経系が変化する可能性を示唆しており、当初みられたノルアドレナリンの活性亢進がやがては低活性に至るような過程が自殺にはあるのかもしれない。
 自殺既遂者において、ノルアドレナリン神経系の起始核である[[青斑核]]([[locus coeruleus]])の神経細胞数の減少と細胞密度の低下が報告されている<ref name=ref23><pubmed>8717609</pubmed></ref>。同じく自殺既遂者の脳幹においてノルアドレナリンが低下しており、その二次的な変化とされる[[アドレナリンα2受容体]](以下α2受容体)結合の増加が報告されている<ref name=ref24><pubmed>8035185 </pubmed></ref>。これらの所見は、脳幹におけるノルアドレナリンの枯渇を示唆する。一方、自殺既遂者の前頭前野では、ノルアドレナリンの上昇とα2受容体結合の低下が報告されているが<ref name=ref25><pubmed>8118693</pubmed></ref>、これは皮質でのノルアドレナリン活性の亢進を示すと考えられる。しかし、前頭前野におけるα2およびそのサブタイプであるα2A受容体が増加しているとの報告も多数あり<ref name=ref26><pubmed>1349830</pubmed></ref> <ref name=ref27><pubmed>9489732</pubmed></ref> <ref name=ref28><pubmed>9886080</pubmed></ref> <ref name=ref29><pubmed>12192620</pubmed></ref> <ref name=ref30><pubmed>15199368</pubmed></ref>、自殺既遂者の皮質においてみられるこのような相反した所見は、青斑核においてもノルアドレナリン生合成の律速酵素である[[チロシン水酸化酵素]](tyrosine hydroxylase; TH)の増加または減少として報告されている<ref name=ref9 />。このような不一致は、研究間での対象の違いに起因する可能性が考えられ、もしそうだとすれば、状態依存的にノルアドレナリン神経系が変化する可能性がある。したがって、自殺においては、当初みられたノルアドレナリンの活性亢進がやがては低活性に至るような過程があるのかもしれない。


====視床下部―下垂体―副腎系====
====視床下部―下垂体―副腎系====
60行目: 60行目:


=== 遺伝学 ===
=== 遺伝学 ===
[[image:自殺1.png|thumb|350px|'''図1.自殺行動のストレスー素因モデルに基づいた生物学的仮説(<ref name=ref9><pubmed>14523381</pubmed></ref>より改変)]]
[[image:自殺1.png|thumb|350px|'''図1.自殺行動のストレスー素因モデルに基づいた生物学的仮説(<ref name=ref9><pubmed>14523381</pubmed></ref>より改変)]]
 [[家族研究]]、[[双生児研究]]、[[養子研究]]により、自殺には遺伝的要因が関与することが示されている('''表''')。これまでの研究から、自殺行動の致死性が高いほど、すなわち自殺念慮から自殺既遂へと致死性が高くなるほど、遺伝的要因も強くなることが示されている<ref name=ref1><pubmed>8956681</pubmed></ref>。家族研究では自殺者および非自殺者の血縁者における自殺傾性を比較するが、対象や評価方法、解析方法等の問題はあるものの、自殺者の家族では対照者と比べて自殺行動をとる危険性が高くなると報告されている<ref name=ref2 />。


 また、双生児研究では、自殺関連行動の[[一卵性双生児]]における一致率は、[[二卵性双生児]]のそれよりも有意に高い(23.0% vs 0.7%)ことが[[メタ解析]]で報告されている<ref name=ref2 />。さらに養子研究では、自殺の遺伝負因を持つ養子は負因を持たない養子に比べて自殺率が高いと報告されている<ref name=ref4 />。自殺行動の水準を、自殺念慮から致死的な自殺企図まで幅をもたせて設定すると、自殺行動の遺伝力(heritability)は38-55%と推測されており、それらは精神疾患の有無から独立した遺伝的素因として同定される<ref name=ref2 />。
{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
|+ 表.自殺に関する遺伝学的知見(<ref name=ref2><pubmed>15648081</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>18439442</pubmed></ref>)
|+ 表.自殺に関する遺伝学的知見(<ref name=ref2><pubmed>15648081</pubmed></ref> <ref name=ref4><pubmed>18439442</pubmed></ref>)
|-  
|-  
| colspan="3" |* 養子研究:約6倍<br>* 双生児研究:遺伝率 38~55%
| colspan="3" |養子研究:約6倍<br>双生児研究:遺伝率 38~55%
|-  
|-  
| colspan="2" |  [[NO|No]]. of Twins(%)Concordant  for Suicidal Behavior
| colspan="2" |  双生児間で自殺行動が一致した例数(括弧内は%
|
|
|-  
|-  
79行目: 80行目:
| style="text-align:center" | ''p''< 0.0001
| style="text-align:center" | ''p''< 0.0001
|-
|-
| colspan="3" |* 家族研究:2~12倍
| colspan="3" |家族研究:2~12倍
|}
|}


 [[家族研究]]、[[双生児研究]]、[[養子研究]]により、自殺には遺伝的要因が関与することが示されている。これまでの研究から、自殺行動の致死性が高いほど、すなわち自殺念慮から自殺既遂へと致死性が高くなるほど、遺伝的要因も強くなることが示されている<ref name=ref1><pubmed>8956681</pubmed></ref>。家族研究では自殺者および非自殺者の血縁者における自殺傾性を比較するが、対象や評価方法、解析方法等の問題はあるものの、自殺者の家族では対照者と比べて自殺行動をとる危険性が高くなると報告されている<ref name=ref2 />。
 [[ヒト]][[ゲノム]]上には多くの[[遺伝子多型]]が存在し、自殺行動に関わる遺伝的な背景に関与すると考えられている。これらの自殺への感受性を担う遺伝子多型は世代間で伝達され、自殺傾性の遺伝的要因となりうる。どの遺伝子多型が自殺行動への重要な遺伝要因であるか、個別の多型について自殺行動への関与を調べる遺伝子関連研究がこれまでに数多くおこなわれてきた。しかしながら、従来の[[遺伝子関連研究]]では一度に検討できる遺伝子多型数が限られていたことや、他の精神疾患同様、個々の多型が自殺に及ぼす影響は大きくないと考えられることもあり、これまでのところ自殺の遺伝要因と定義できる明確な遺伝子多型は同定されていない。
 
 また、双生児研究では、自殺関連行動の[[一卵性双生児]]における一致率は、[[二卵性双生児]]のそれよりも有意に高い(23.0% vs 0.7%)ことが[[メタ解析]]で報告されている<ref name=ref2 />。さらに養子研究では、自殺の遺伝負因を持つ養子は負因を持たない養子に比べて自殺率が高いと報告されている<ref name=ref4 />。自殺行動の水準を、自殺念慮から致死的な自殺企図まで幅をもたせて設定すると、自殺行動の遺伝力(heritability)は38-55%と推測されており、それらは精神疾患の有無から独立した遺伝的素因として同定される<ref name=ref2 />。
 
 [[ヒト]][[ゲノム]]上には多くの[[遺伝子多型]]が存在し、自殺行動に関わる遺伝的な背景に関与すると考えられている。これらの自殺への感受性を担う遺伝子多型は世代間で伝達され、自殺傾性の遺伝的要因となりうる。どの遺伝子多型が自殺行動への重要な遺伝要因であるか、個別の多型について自殺行動への関与を調べる遺伝子相関研究がこれまでに数多くおこなわれてきた。しかしながら、従来の[[遺伝子相関研究]]では一度に検討できる遺伝子多型数が限られていたことや、他の精神疾患同様、個々の多型が自殺に及ぼす影響は大きくないと考えられることもあり、これまでのところ自殺の遺伝要因と定義できる明確な遺伝子多型は同定されていない。


 近年、目覚ましいゲノム科学の発展に伴い、ヒトがもつすべての遺伝子についての網羅的[[検索]]を可能にする[[ゲノムワイド関連研究]] (genome-wide association study, GWAS) が利用可能となっていることから、その技術を自殺のゲノム研究に用いる試みが現在始まっている<ref name=ref5><pubmed>21041247</pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed>21423239</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>21750702 </pubmed></ref>。
 近年、目覚ましいゲノム科学の発展に伴い、ヒトがもつすべての遺伝子についての網羅的[[検索]]を可能にする[[ゲノムワイド関連研究]] (genome-wide association study, GWAS) が利用可能となっていることから、その技術を自殺のゲノム研究に用いる試みが現在始まっている<ref name=ref5><pubmed>21041247</pubmed></ref> <ref name=ref6><pubmed>21423239</pubmed></ref> <ref name=ref7><pubmed>21750702 </pubmed></ref>。

案内メニュー